魔法少女パラレルなのは   作:祐茂

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第3話「街は危険が……?」(後編)

 翌朝、海鳴市の中心にある丘の上。

 快晴の下とはいえ、早朝特有の清涼な空気は少し肌寒くもある。しかし少しずつオレンジ色に染められていく美しい町並みを見れば、寒さも吹き飛ぶというものだった。

 そんな場所で、ユーノはあくびをかみ殺しながら、少し腫れぼったい目をこすっていた。昨夜は緊張で眠れなかった、というわけではなく、なのはに魔法について話をせがまれたために、二人の眠気が限界に来るまで話し込んでいたのである。

 

「眠そうだな。大丈夫か?」

「あ、はい。このくらいなら平気です」

 

 尋ねてくる恭也に、言葉通りにしっかりとした答えを返す。調べ物などで徹夜することも珍しくなかったので、慣れているといえば慣れているユーノである。

 それに、とユーノは言葉を続ける。

 

「今日メインでがんばってもらうのは、なのはですから」

「……あっちはあっちで、元気すぎる気もするけどね」

 

 苦笑する恭也の目線を追うと、少し離れたところで、丁度なのはがレイジングハートを起動しているところだった。バリアジャケットを身にまといつつ、なにやらポーズを決めていた。

 なのははこの丘へ来るときも、一人坂道を飛び跳ねるようにして登っていた。一言で言えば、テンションが高い。丘を超えて青空に届きそうなくらいに高かった。

 

 こうして見晴らしの良い丘の上に来たのは、もちろん、楽しいピクニックというわけではない。ここからジュエルシードを探すためである。

 今朝になっての話し合いで決まったことだけを並べるなら、以下のとおりだ。

 

 高町家全員で協力してジュエルシード捜索、発見、確保を目指す。

 なのはをメインとして魔法での捜索に当たる。やはり魔力が回復し切らなかったユーノはその補助に徹する。恭也は念のための護衛として、なのはとユーノに付く。本日は平日であるため、なのはと恭也は学校を欠席。

 士郎は警察へ青い宝石(ジュエルシード)らしき落し物の届出がないか確認、また近所の知人らへ情報提供の呼びかけを行う。同様に桃子は家業である喫茶店を通常営業しつつの情報収集。美由希は普通に高校へ行き、やはり情報収集。それぞれ情報収集の際、可能な限り危険性も周知する。

 魔法の存在については秘匿したまま。

 捜索の進行度やなのはの魔法の具合、ユーノの魔力回復度合いなどによって、今後どうするかはまた話し合う。

 

 と、これだけのことが、朝食を囲みながらほんの数分で決定したのである。

 あまりにもあっさり、というか、まるで最初から決まっていたかのようにスムーズに通ってしまった。おそらく自分となのはが布団に入った後にも大人たちで話し合いをしていたのではないか、というのがユーノの見立てだ。

 だが、そうだとしてもユーノに不満を感じる心はなかった。それぞれの行動に納得できるというというのも理由のひとつだったし、高町家に負担をかけるのを昨晩のうちに納得していたというのもそうだ。なにより、彼らの好意を無碍にすることこそが彼らを悲しませるのだと気づいたからだ。

 寝不足ではあるが、安心できる空間で休めたことが、ユーノの心身をリフレッシュさせていた。

 

 ともかくとして、あまり人が来ず、町の中心地ということで、こうして朝早くに丘に登ったわけである。

 と、なのはがひとしきり満足したのか、白い衣装――バリアジャケットをひらひらとなびかせて駆け寄って来る。

 

「それで、ユーノ君。どうしたらいいかな?」

 

 やはり爛々と目を輝かせて、早く魔法を使いたくて仕方がないといった風情だ。

 別に戦闘をするわけではないので、バリアジャケットを展開する必要はないのだが。まあ、水を差すのも悪いかと、なのはの表情を見てユーノは何も言わないことにした。

 

「そうだね。まずは僕が手本を見せるから、真似してやってみて。今から使うのは、探知系の魔法だ」

 

 探知系。その名の通り、何かを探すときに使われる魔法である。

 発掘作業に携わっているユーノは、この系統の魔法にもそこそこ造詣が深い。たとえば、地面の中に埋まっているものを掘り起こすことなく感知できるし、遺跡の探索でも危険な場所を事前に知ることができる。

 魔力の回復が遅いために本調子でないユーノだが、初心者に教える程度であればなんら不都合はなかった。

 呼吸を少し落ち着けて、ユーノは軽く手を伸ばして宙に手の平を向けた。すると、手の平を中心として魔法陣が浮かび、魔法発動の準備が完了する。

 

「【エリアサーチ】」

 

 その言葉とともに、魔法陣から数個の光の球が飛び出した。若草色に淡く輝くそれに攻撃性はなく、ふよふよと空中を漂っていた。

 恭也はしげしげとそれを見つめ、興味深げに尋ねてくる。

 

「それは?」

「サーチャーって言って、もうひとつの『目』ってところでしょうか」

 

 今、ユーノの視界は普段のものとは別に、光の球――サーチャーの数の分だけ視野が増えていた。

 ユーノの言ったとおり、【エリアサーチ】とはサーチャーという『目』を増やす魔法だ。視野が広がる、といえば聞こえはいいが、広がった分だけ余計に情報の処理が必要となってしまうのがこの魔法の難しいところだ。

 その感覚は実際に体験しなければ理解しがたいものだが、強いてたとえるなら、視界内にテレビを複数台置いて見て、全ての内容を把握できるか、という話に近い。

 もちろん、魔法による補助はある。完全にサーチャーの視界を共有するわけではなく、ある程度フィルターが掛かった状態で見ることになる。それを加味すれば、ビルの守衛室で、複数の監視カメラをモニターする警備員のようなイメージに近いか。全体を順番に眺めつつ、何らかの異常に気づきさえすればいいのだ。

 

「と、まあこんな感じかな。こういう系統の魔法は実際にやってみて、感覚で慣れていくほうが早いよ」

 

 軽くなのはに説明を終え、ユーノはそう締めくくった。

 魔法を習得し、習熟する方法はいくつかあるが、昨日のなのはの魔法の使い方を見る限り、現段階では『やって慣れる』のがもっとも適しているという判断だ。まだ慣れない内に、理論がどうだとか魔法プログラムがどうだとか言ってもあまり理解できないだろう。

 

(それに、インテリジェントデバイスもついてるし)

 

 ちらりとユーノはなのはの持つ杖を見やる。そこには昨日と同様に、赤い宝石――レイジングハートが陽光を浴びて煌いていた。

 もともとユーノが持っていたレイジングハートだが、『彼女』と契約を交わしたのはなのはである。すでに所有権はなのはにあり、ユーノもそれに異論はなかった。

 

「それじゃあ、早速やってみるね」

 

 ユーノと心配そうな恭也が見守る中、なのはが杖を構える。

 その姿は、先ほどまで元気にはしゃいでいたのが嘘のように落ち着きを取り戻していた。

 丘の上に風が過ぎる。なびいた前髪がくすぐったくてユーノは目を細めるが、集中状態のなのはは眉をピクリとも動かす様子はない。外からではあまりわからないが、魔力を練り上げているのだろう。

 そうしてからしばらく経ち。なのはは杖を掲げて宣言した。

 

「……リリカル・マジカル! お願い、レイジングハート!」

≪All right. ――"Wide Area Search"≫

 

 なのはの願いにレイジングハートが答え、足元に魔方陣が浮かび上がる。

 そして。

 なのはを中心にして、()()()の桃色の光球が飛び立った。

 

「す、すごいサーチャーの数……!」

 

 それを目撃したユーノは目を丸くしてしまう。

 そもそも教えたのは【エリアサーチ】という魔法のはずだが、なのははその上位である広域探知魔法【ワイドエリアサーチ】をいきなり使用した。おそらく、インテリジェントデバイスであるレイジングハートの補助によるものだろう。

 デバイスとは、簡単に言えば魔法発動の補助を担う道具だ。中でも、高性能な人工知能が搭載されたものはインテリジェントデバイスと呼ばれ、所有者の意思と思考を読み取り、状況に応じて発動する魔法を自立的に最適化する働きがある。

 発動する魔法に対するなのはの意思、目的、想像力、魔力、適正、それらを勘案すれば【エリアサーチ】よりも【ワイドエリアサーチ】が適している……と、レイジングハートは判断したのだ。

 

 つまり、ユーノが考えていた以上に、なのはの探知魔法への適正はずば抜けて優れているということだ。

 

「なのは、そんなにサーチャー飛ばして大丈夫? もしもちゃんと掌握できてないなら数を減らした方がいいけど」

「ううん、大丈夫だと思う。レイジングハートも助けてくれてるから」

「そ、そう……」

 

 自信満々ななのはを見て、ユーノはかえって戸惑った。

 こういった複数のサーチャーを飛ばす探知魔法の場合、重要となるのは魔力量もさることながら、使用者のマルチタスク能力も大いに関わってくる。

 マルチタスク――つまり、複数の作業を同時処理する能力だ。この場合は、複数のサーチャーを操作した上で、同数の視界を同時に認識する、ということになる。

 魔法やデバイスによる補助があるとはいえ、それでもなのはの飛ばしたサーチャーの数は規格外に過ぎた。それでいて、探し物は子供の手の平に収まるような小ささだ。レイジングハートは大丈夫と判断したのだろうが、本当にきちんと制御できるのだろうか。

 

「魔法のことはよくわからないんだけど……まずいのか?」

 

 ユーノのなんとも煮え切らない反応に心配が耐え切れなくなったのか、恭也が小声でたずねてくる。

 

「いえ、まあ、探知魔法なので失敗しても特に害はありませんし……。とりあえず見守るしかないです」

「むう……」

 

 恭也は何もできないことがもどかしいのか、うなり声を上げてから黙り込んだ。

 

 ――そうしてユーノと恭也が見守り始めてから、数分ほど経って。

 

 そろそろ声をかけて様子を伺おうかと考え始めたところで、なのはのほうから話しかけてきた。

 

「ね、ねえ、ユーノ君」

「なに、なのは?」

 

 やはり何か問題が、と身構えるユーノだったが、それは的外れだった。

 

「たぶん見つけた……と思うんだけど」

「見つけた…………って、ジュエルシードを!? こんなに早く!?」

「うん、見つけた。見つけたんだけどね……」

 

 それはすごい快挙だ、と興奮するユーノだったが、なのはの言葉には続きがあった。もったいぶるように、あるいは困ったように、なのはは、こう言うのである。

 

「――――十個くらい、見つけちゃったかも」

 

 にゃはは、と控えめに笑うなのはに、ユーノは口をポカンと開けて固まるしかないのであった。

 

 

 

 ――結論から言えば、ジュエルシードは見つかった。

 道端に落ちていることもあれば、プールなどの施設内にもあったし、草むらの中や川原の石に紛れているなど、普通に探したのではまず見つからないだろう場所にもあった。危うく人が拾って持っていたものは、うまく事情を話して譲ってもらうことに成功した。

 幸運というべきか、発見がすばやかったので当然というべきか、どれも暴走前に回収できたのである。

 

 その数、

「こ、こんなにあっさり『十四個』も見つかるなんて……」

 

 ユーノが半ば呆然としてつぶやく。

 昨日ユーノとなのはが必死で封印した一つを合わせれば、十五個が回収済みとなる。

 ジュエルシードは全部で二十一個。

 

(えーと、つまり、あと何個だろう?)

 

 あまりのことに、ユーノは思考が麻痺していた。

 

「これで未発見なのは残り六個か……なかなか順調じゃないか?」

 

 別にユーノの思考の手助けというわけではないだろうが、恭也がそうつぶやいた。彼にはそのすごさが理解できていないようだったが、ユーノとしては順調なんてものじゃない、と叫びたい思いだった。

 一体なにがどうなっているんだ、と頭を抱えるユーノに、なのはは自分がしたことを伝えてくる。

 

 そもそも、なのはの使った魔法【ワイドエリアサーチ】は、本来は主に視覚を頼りにしてものを探す魔法だ。それをなのはは、サーチャーを通して魔力を感知したのだという。

 先の警備員のたとえで言うなら、監視カメラそれぞれに高性能なAIが搭載されていて、怪しい動きをする人間を発見次第に警報を鳴らしてくれるようなものだ。下手をすれば警備員はモニターを見る必要すらない。

 魔力に対して鋭敏、などという単純な言葉で片付けていいものではなかった。

 魔力探知用の広域サーチ魔法もあるが、魔力効率が悪い上に制御が難しく、時間もかかる。下手に使えば魔力以上に体力を消耗しかねないものだ。初心者が使うには厳しいと思って、まずは通常のサーチを教えて様子を見ようとユーノは考えたのだが、サーチャーの数は多いわ範囲は広いわ魔力探知はするわ処理は早いわ、彼女は自身の才覚だけで全てを補ってしまった。

 探知魔法に関していえば、すでにユーノを遥かに凌いでいるだろう。

 遺跡探索や発掘の時になのはがいれば作業効率が跳ね上がるだろうな、という考えが頭をよぎるほどだ。ジュエルシードを無事に集め終えたら、彼女をスカウトすべきかもしれない。

 

 

 それはともかくとして。

 

≪Reception.≫

 

 ひとまず入念に封印処理を施したジュエルシードをレイジングハートの中へ格納する。デバイスの中に入れておくのが現状ではもっとも安全な保管場所だという判断だ。

 なお、封印処理をしたのはすべてユーノである。封印魔法を失敗して暴走でもしてしまえば目も当てられないので、ぶっつけ本番のなのはにさせるのは不安が残ったためだ。その裏で、大量に探し出した彼女にこれ以上負担をかけたくない、という思いもあったのだが。そのせいで、さらにユーノの魔力が乏しくなってしまったのは仕方のないことだろう。

 

「よーし、もっと遠くにサーチャーを飛ばせば残りもすぐに……」

 

 と、すべての格納を終えたなのはが再び杖を掲げようとしていた。

 ユーノはそれをあわてて止める。

 

「ダメだよ、なのは! 範囲を広げればそれだけ魔力も体力も消耗するんだ。慣れない魔法で疲れてるでしょ。今日はもうその魔法は使わないほうがいい」

 

 いくら才能があろうとも、慣れないことをすれば疲労するのは道理だ。

 そもそも、本来二つだけの目から得る情報を処理している脳を、過剰に酷使していたのだ。サーチャーの数に関する影響は言うに及ばず。処理できていたこと自体が驚くべきことではあるのだが、負荷がかかっていないということはあり得ない。

 

「あんまり自覚がないかもしれないけど、一日でこれだけ見つけるっていうのはとんでもない快挙なんだよ? これ以上無理する必要はどこにもないんだ」

「でも……」

 

 尚も言い募ろうとするなのはに、ユーノは別の人物――というか人格――にも水を向けることにした。

 

「レイジングハート、君はどう思う?」

≪It seems to be unstable magical-control. Please take a rest, master.≫(魔力制御に揺らぎが見受けられます。休息をお勧めします、マスター)

 

 レイジングハートは自らの身体を明滅させながら、主を諌める発言をする。

 そこへさらに、兄である恭也が諭すようにこう言った。

 

「それに、ユーノ君はなのはの魔法の師だろう? 師匠の言うことは聞くべきだ」

『師匠?』

 

 ユーノとなのはの言葉が重なる。顔を見合わせたのも同時だった。

 そしてなのはがコテン、と首を傾げつつ呟く。

 

「……お師匠様?」

「い、いや、そんな大層なものじゃ……」

 

 なんだか無性に照れくさくなったユーノは、誤魔化すように慌てて言葉を続ける。

 

「ま、まあ、とにかく、安心してよ。このペースなら全く問題ないから」

 

 それは希望的観測ではあったが、かといって今なのはに無理をさせて、全部見つかる前に倒れられてもまずい。なにより、ただ単純に、協力してもらっている立場の人間にあまり無理をさせたくはないというのがユーノの本心だった。協力は認めるとしても、過剰な負担を負わせてしまうのは違うのだ。

 さて、そうなると、随分と時間が余ってしまう。予定では、探知魔法を休み休み使いつつ探すことで丸一日費やすつもりだったのだが、雲ひとつない空を見上げても、まだ太陽は天辺にも来ていない。

 

「……まだ昼前か。よし、なのは、ユーノ。学校へ行くぞ」

「うん! …………え?」

「えっ?」

 

 今、何か変な発言が聞こえた気がした。

 

 

 

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「え、えーと……。外国から、学校見学……? に、来ました、ユーノ・スクライアと申します。よろしくお願いします」

 

(にゃはは……。どうしてこうなったんだろう)

 

 私立聖祥大附属小学校――なのはの通う小学校の、なのはのクラスにて。

 なぜか、ユーノが黒板の前に立ってクラスメイトたちへ自己紹介していた。

 そこへ担任の先生が補足を入れる。

 

「スクライア君は高町さんのご家族の知り合いで、しばらく高町さんの家に一緒に住むことになったそうです。せっかくなのでこちらの学校でいろいろ学びたいということなので、突然ですが、今日から皆の仲間になります。仲良くしましょうねー」

 

 と、いうことになったらしい。

 

≪なのは、僕、そんな話初めて聞いたんだけど……≫

≪大丈夫。私も今はじめて知ったから……≫

 

 離れた相手に言葉を伝えるテレパシーのような魔法――念話で、なのははユーノと会話をする。実際に声を出す必要なく意思疎通できるので、こういった内緒話にも適していた。魔力の消費も少ないので安心である。

 

≪たぶんお父さんかお母さんが余計なことをしたみたいなの≫

≪昨日の今日で、すごい行動力だ……≫

 

 どうやら朝のうちに根回ししていたらしい。

 推測になるが、なのはが『家の事情で』学校を休む、というのに(かこつ)けて、『高町家の大事な知り合いが海外から来るので学校を休ませるが、もしかしたらその子どもが学校見学に行くかもしれない』とでも連絡していたのだろう。というか絶対そうだ。

 

≪でも、今日の探索が早く終わるなんてわからなかったはずなのに。士郎さんや桃子さんはそこまで予想してたのかな……?≫

≪どうかなあ……。どうなるかまったく予想できなかったからこそ、早めに行動したって感じじゃないかな?≫

 

 それにしたって、当日中に突然昼から来るといって受け入れる学校側も学校側である。何かとフットワークが軽いのがこの街の特徴なのかもしれなかった。

 ちなみに恭也も普通に大学へ授業を受けに行った。せっかくサボる口実ができたと思ったんだけどな、と嘯いていたが、根が真面目な彼のこと、今頃はきちんと講義を受けていることだろう。

 

「それでは授業をはじめましょう……と思いましたが、このままじゃ皆、授業に集中できそうにありませんね。少しだけ質問タイムにしましょうか。スクライア君、大丈夫?」

「あ、はい。どうぞ」

 

≪それに、せっかくだからこっちの世界のことをユーノ君にも知ってもらいたかったんだと思うの≫

≪こっちの世界を……?≫

 

「はいはーい! スクライア君はどこの国から来たんですか?」「外国の学校ってどんな感じ?」「日本語うまいね!」「何人兄弟?」「高町さんとはどういう関係なの!?」「スポーツ得意!? 野球やろうぜ!」「ユーノが名前でスクライアが苗字だよね。ユーノきゅんって呼んでいい?」「いやなに言ってんのお前」

「え、えーと……?」

 

≪ふふっ、それよりも先に、みんながユーノ君のことを知るほうが先かな?≫

 

「みんな、スクライア君が困ってるじゃない! 一人ずつ手を上げて質問しなさいよね」

『はーい!』

 

≪み、みんな元気だね≫

 

 押され気味になりながらユーノから念話が飛んでくる。一人のクラスメイトの注意により少しだけ沈静化したものの、ある種の熱気がクラスを包んでいるのは変わりなかった。

 

≪ごめんね、ユーノ君……≫

≪大丈夫だよ。昨晩のなのはよりマシだから。もう何度もねだってきてぜんぜん寝かせてくれないんだもん≫

≪ううっ、それを言われると困ります……≫

≪あはは、冗談冗談≫

 

 もちろん、魔法の話をせがまれて寝かせてくれなかった、という話である。決して変な話ではない。

 

 ちなみにこうしてなのはと念話をしているこの間も、彼はクラスメイトたちの質問に一つ一つ律儀に答えていた。器用なものだとなのはは思ったが、とんでもない数のサーチャーを操るなのはの方が器用だということはまるで自覚していなかった。

 

「はい。まだまだ質問はあるかと思いますが、一度区切って、授業へ移りますね」

 

 と、先生の一言により、ユーノは解放されることとなった。なのはの隣の席に腰を落ち着けた彼は少し疲れた顔をしていた。……そんな彼には気の毒だが、休憩時間になればまた質問攻めに遭う未来が待っているのは間違いない。

 

 

 

 それからつつがなく授業は進み、休憩時間にはユーノの周りに人だかりができ続け、実に平和に放課後を迎えた。

 さすがに放課後までユーノが囲まれることはなく、帰り支度を早々に済ませたなのはたちに声が掛かった。

 

「なのは、ユーノ。帰りましょ」

 

 そちらを見れば、同じく帰り支度を済ませた様子の少女が二人立っていた。

 なのはの友達、アリサ・バニングスと月村すずかである。

 

 声をかけてきたほうがアリサで、最初にユーノへの質問攻めをクラスメイトたちに注意して諌めた人物こそ彼女である。

 その出来事にも表れているように、勝気な性格であり、他人への面倒見も良かった。美しい金髪にくっきりした目鼻立ちと、少し近寄りがたい容姿をしているが、そんなことは関係なしに自ら近寄って行くのが彼女であった。

 

 一方その隣で控えめに笑みを浮かべているのが月村すずかだ。何気ない立ち姿からして育ちのよさが見られ、アリサと並んでいるとさらに顕著に楚々とした印象を受けるだろう。

 ただ、こう見えてスポーツ万能という一面もある。今日も体育の授業でドッジボールをしたのだが、男女問わず彼女を止められるものはいなかったほどだ。

 そんな彼女は、椅子から立ち上がったユーノに声をかける。

 

「スクライア君、今日はずっと大変だったね。大丈夫?」

「月村さん、だったよね。うん、なんとかね。ちょっと疲れたけど、興味を持ってくれる分には悪い気はしないから」

「なら、良かった。あ、私のことは、すずかでいいよ」

「それなら僕のこともユーノでいいよ、すずか」

「うん、ユーノ君。改めてよろしくね」

 

 早速仲が良くなっているその光景を見て、なのはは胸をなでおろす。突然ユーノと学校へ行くことになってどうしようと不安に思ったが、彼がクラスメイトたちに受け入れられていて、また彼も皆を受け入れていて、結果としてはこれで良かったのだろう。

 それに、こうして傍から見ていると、ユーノに少し余裕が出てきたように思う。

 

 以前の――といっても出会ってから丸一日も経っていないのだが――彼は、全てを自身でこなそうとしていて、見ていて危うい印象を受けたものだ。

 それが変わったのはきっと、昨晩の家族会議のおかげだ。家族みんながユーノを心配し、そして彼を安心させることができた。

 そんな家族をなのはは誇らしく思う。

 

 ただ、それと同時に、思うことがひとつある。その会議の中でのなのははあまり発言できず、自身としては役に立てた気はしていないのだ。

 それが不満というわけではないが、少しもやもやとしたものが心に残るのは事実だった。

 

「なのは、ちょっといい?」

 

 と、すずかとユーノの会話を聞くではなしに考え事をしていると、アリサに腕を引かれて後ろを向かされた。彼女はそのまま声を潜めて言った。

 

「……で?」

「で、って?」

「クラスの皆にああ言った手前、休み時間じゃ質問攻めは勘弁してあげたけど……」

「うん?」

 

 虚を突かれたのも相まって、なのははまったく話が読めなかった。

 そんななのはにアリサは、ずいっと顔を近づけて言う。

 

「突然学校を休んだと思ったら突然来て、突然外国人を連れてくるなんて、一体何があったのよ、なのは?」

「えっとぉ~……」

 

 それは突っ込まれるよね、と思いつつ、特に何も言い訳を考えていなかったなのはは前髪をもてあそびながら言いよどむ。

 

「私も急な話で戸惑ってるんだけど、まあ、家の事情で? みたいな~……にゃ、にゃはは……」

「…………」

 

 あからさまに目を泳がせて言うなのはに、じとっとした目を向けてくるアリサ。

 だが、全てを話すというわけにはいかない。いくら親友だからといって、隠さなければならないこともある。

 だからなのはは、言える事だけを簡潔に言った。

 

「でも、悪い子じゃないよ? 私の家族みんな、ユーノ君のこと気に入ってるし。むしろ、すごくいい子」

「まあ、それは見ててわかるけど」

 

 二人が振り返ると、ユーノとすずかは話が弾んでいる様子だった。何か共通の話題でも見つけたのか、くすくすと笑いながら頷いたりしている。

 それからアリサはしばらく「む~」とうなっていたが、なのはの頑なな意思を感じてか、ため息をひとつ吐き、掴んでいたなのはの腕を解放した。

 

「ま、いいわ。今日はこれぐらいで勘弁してあげる。……すずか、ユーノ、いつまでも喋ってないで帰るわよ!」

 

 今日は、という言葉に一抹の不安を感じるが、まあそのうち忘れるだろうと信じて、なのは三人と一緒に帰ることにした。

 

 

 

 四人で連れ立って歩く帰り道。といっても自宅ではなくいつも通っている塾への道なのだが、ユーノへの街の案内がてらということで、同じ方向へ向かっていた。

 ユーノも塾へ通おう、いっそ今日から見学という名目で、いやさすがにそれは迷惑だろう、などと話しつつ、話題は次第に今日の授業の話へ移っていった。

 

「将来、かあ……」

 

 街のお仕事を知ろう、ということで、以前に色々なお店に見学に行ったときの事をまとめる授業があった。

 ユーノは『こちらの世界()の仕事が良く知れて面白かった』と好評を伝えてきたものだが、なのはとしては少し思いをめぐらせる授業内容だった。特に最後のまとめとして先生の言った『将来、どんな仕事に就きたいか』という言葉が、なのはの心の何かに引っかかっていた。

 

「ユーノ君はどんなお仕事に就きたいの?」

 

 すずかの問いに、ユーノはごく当たり前のようにすんなりと答えた。

 

「僕は考古学者かな。僕の世界(あっち)でも考古学学んでるしね」

「へえ! 小学校でもそんな専門的なこと学べるんだ。海外の学校って進んでるのね」

「まあ、うん……。すずかとアリサは?」

 

 あまり深く突っ込まれるとボロが出ると思ったのか、ユーノは二人にも話を振る。

 

「あたしは、お父さんとお母さんの会社の跡を継げるようにしたいわね」

「私は機械とか好きだから、工学系の大学へ行って、専門職に就きたいかな」

 

 この二人も、明確とまではいかないが、年相応以上にきちんと現実に沿って考えているようだった。

 と、三人ともが答えたのだから、当然ながらなのはにも質問が飛んでくる。

 

「なのはは? やっぱり翠屋を継ぐの?」

「私は……」

 

 父母の経営している喫茶店・翠屋。そこで働いている自分は、あっさりと想像できた。お母さん直伝のお菓子を作って、にこやかに接客して、たまに遊びに来る友人たちや常連のお客さんと談笑して……。

 本当にそれでいいのだろうか?

 自分には、なにかやりたいことはないだろうか?

 考えるよりも、なのはの口は辿々しくも言葉を紡いでいた。

 

「まだわかんないけど……ちょっと、やりたいことができたかも?」

「かも、ってなによ。煮え切らないわね」

「ふふ。でも、なのはちゃん。ほとんど決めてる、みたいな顔してるよ?」

「えっ? そ、そうかな」

「ホントね。『どうしてもやりたいの!』って顔してるわよ」

 

 そう言われて考えて、いや、きっと考えるまでもなく、心の中に浮かんでいたこと。

 昨日の怪物との戦い。今日の丘の上でのジュエルシード探索…………魔法。

 そのイメージが浮かんだ瞬間、なのはの心の引っ掛かりが、すっ、と解消された。

 

(そっか。私は、ちょっと期待しちゃってるんだ)

 

 同時に思ったのは、家族会議では余り役に立てなかった自分。

 しかし今日、ユーノの言によれば自分は相当な活躍をしたらしい。

 もしもそれが、ユーノの頑なだった心を溶かした理由の一端となっていたなら。

 昨日の怪物との戦い、そして今日のジュエルシード発見によって、彼を安心させることができたのなら。

 

 それはきっと、すごく素敵なことだ。

 魔法は、もしかしたら自分にとって天職なのかもしれない。

 魔法使いが具体的にどんな仕事をするのかは知らないが。

 

(その辺のこと、後でユーノ君に聞いてみようかな)

 

「で、何やりたいのよ?」

「うーん。まだ秘密、かな」

 

 アリサの追求を、なのはは誤魔化すことにした。

 魔法のことについて話すわけにはいかないが、それとは別に、このことはまだ秘密にしておきたかったのだ。

 

「むむ~。なんか、今日のなのはは秘密ばっかり」

「そ、そんなことは……」

「ない?」

「……ある、かも?」

「む~!」

「まあまあ、アリサちゃん、落ち着いて」

「あははは! 皆仲良いね」

 

 じゃれる二人に、たしなめるすずか。いつもの風景に楽しげに笑うユーノが加わり、いつもより少しだけ騒がしくして歩いていく。

 ふと、気まぐれでも覚えたのか、アリサがこんなことを言い出した。

 

「あ、こっちのほうが近道よ。たまには違う道を通っていかない?」

 

 指差す先は木々に囲まれた林道だった。

 本当に近道になるか疑問ではあったが、少しの好奇心に後押しされたか、特に反対意見はなく、その道を通ることとなった。

 

「あれ、こっちって……」

 

 道を歩いてしばらく、ユーノが何かに気づいたように呟く。なのはも、どことなく既視感のある光景に思えていたので、ユーノに話しかけようとした。

 しかしそれよりも早く、アリサが声を上げる。

 

「あれ? 何かしら、警察……?」

 

 視線の先を追うと、確かに青い制服を着た警察官が林道の脇に立っていた。その奥、木々の合間からは複数の警察官が何かの作業をしているのが見て取れた。

 ドラマでよく見るような立ち入り禁止の黄色いテープこそ張られていなかったが、どうやら林の奥で何かがあったらしい。警官はなのはたちに気づくと声をかけてきた。

 

「君たち、ここは入っちゃだめだよ」

「なにがあったんですか? まさか、事件とか!」

 

 好奇心旺盛なアリサが目を輝かせて問うと、警察官は苦笑して首を振った。

 

「ああ、いやいや、違うよ。たぶん、局所的な竜巻か突風か……まだ調査中だけど、自然災害みたいなんだ」

 

 言われて改めて見れば、警察関係者以外にも作業服を着た人たちも複数いることに気づいた。撤去の業者か、調査に来た役所の人間だろう。

 そしてそこには、幹に傷をつけられた大木や、派手に飛び散った枝葉、地面に倒れこんだ木すらもある。視界に入らない部分も含めれば、かなりの惨状であることは想像がつく。

 

「怖いね……」

 

 すずかが呟く。

 だが、なのはとユーノは引きつった表情を向き合わせていた。自然災害への恐怖……ではなく、ある事実に気づいてしまったからだ。

 

≪ユーノ君、ここって……≫

≪うん。……昨日の場所だね≫

 

 荒らしたのは、自分たち。

 いや、正確にはジュエルシードの怪物だが、自分たちが関わっているのは間違いがない。

 

≪魔法でなんとか元に戻せたり≫

≪なのは、残念だけど、魔法は便利であっても決して万能じゃないんだ……≫

 

 結界も、物への被害は守れない。

 残酷な現実である。

 

 さて、魔法で無理ならば、どうするか。

 

「この辺りで竜巻なんて聞いたことがないけど……?」

 

 アリサが首をかしげる。咄嗟になのはは反論していた。

 

「だ、だからこそ、調査してるんじゃないかな!?」

「そ、そうそう! ほら、ここにいたら作業してる人たちの邪魔みたいだし、僕らは早く行こう? ねっ?」

「ええっ? まあそうでしょうけど……ちょ、ちょっと、わかったから二人とも引っ張らないでよ!?」

「わ、皆ちょっと待ってよー!」

 

 二人は戦略的撤退を選んだ。

 

(ううっ……後で、元に戻せるように……えーっと、寄付とかするから……ご、ごめんなさい~!)

 

 

 ――後日、役所へ災害被害への寄付に来た小学生の姿があったとかなかったとか。

 とりあえず、魔法は気をつけて使おうと心に決めたなのはである。




街に危険なんてなかったが自然災害(?)はあった。

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