翌朝、再び丘の上で。
より春を感じられる陽気となったこの日、絶好のピクニック日和であるが、当然ながら目的は別にある。
ジュエルシードの大半を手中に収めたとはいえ、まだ六個のジュエルシードが未発見のままだ。たった一つでも大災害を起こし得るというそれを放置できるはずもなく、早期発見を目指すに越したことはない。
なのはは今日も気合十分に、バリアジャケットを身にまとい、魔法に集中していた。
使用魔法は昨日と同じく【ワイドエリアサーチ】。
ユーノいわく『とんでもない数』のサーチャーを昨日と同じ数だけ、昨日よりもスムーズに発動させることには成功した。しかし、昨日とは打って変わって手ごたえが感じられなかった。
「うーん、なかなか見つからないの……」
≪Please don't be impatient, master.≫(あせっても仕方がありません、マスター)
レイジングハートの言葉を継いで、今日も見守るためについてきた恭也が続ける。
「まあ、時間はまだある。昼前には学校に行くことになっているから、それまではじっくり行こう」
その言葉に、なのはは空を見上げる。元気一杯に輝く陽光が目に刺さり、思わず手でひさしを作った。その角度から見て、まだまだ朝と呼べる時間帯だろう。
魔法によるジュエルシード探索は早朝と、学校が終わってからの夕方ということに改めて決定した。この意見を主導したのは、なのはの魔法の暫定師匠であるユーノだ。
それはもちろん、実際のなのはの魔法を見て、魔力の回復具合などを考慮に出した意見だったが、彼が特に主張したのは『学校に行くこと』だったようになのはには思えた。なんなら、探索は学校終わりの一度だけでもいいとも言ったほどだ。
ジュエルシードが一日で多く見つかったために余裕ができたと判断したからか、なのはら家族に少しでも今までと変わらない日常を過ごしてもらいたいからか、それとも彼個人が学校を気に入ったのか。どんな理由かはわからないが、落ち着いて自分の意見を言う彼からは心の余裕が感じ取れた。
そんなユーノも、もちろんこの場についてきている。朝はまだ寒いからと桃子に手渡されたパーカー――どうやら恭也のお下がりらしい――を羽織り、ポケットに手を突っ込んでいる。
ちなみに恭也は道着姿に、木刀の入った竹刀袋を背負っていた。万一の護衛のために木刀くらいはと用意したが、それだけだと不審だからと、剣道の鍛練を装うために一式を用意したらしい。
ユーノが風になびくパーカーのフードを手で抑えながら言う。
「二十個あるのを見つけるのと、六個しかないものを見つけるのでは難易度が違うしね」
その上、比較的見つけやすいところを先に回収したと考えれば、その後の収穫が難しくなるのは道理である。
ユーノの説明に納得いくものがあったなのはは、少しだけ息を吐いて心を落ち着ける。
「うん、ありがとう。もう少しがんばってみる。レイジングハートも、お願いね」
≪All right.≫
なのはは目を閉じて、レイジングハートの補助を受けていることを感覚で理解しつつ、魔法の集中に戻る。
ところで、昆虫には複眼というものがあるらしい。複数のレンズで構成されたそれは、二つの目しかない動物よりも圧倒的に視野が広く、種によってはほぼ三百六十度全ての視野角を持つという。
なのはの操るサーチャーは魔力を感知するようにしているが、視覚を共有することももちろんできる。全て同時に見るのは厳しいが、一つや二つならば問題はない。自分の目で見るのとは違うサーチャーの視界を、その経験のない人へ説明するのは難しいものだが、もしかしたら複眼を持つ昆虫であれば理解してもらえるのかもしれなかった。
(人よりも虫さんに理解されるっていうのは、ちょっと面白いかも)
「……なのは?」
ユーノに呼ばれて、はっ、と口元に手を当てる。無意識のうちに頬が緩んでいたらしい。おかしなことを考えていたせいだ。
「な、なんでもないの!」
なのはは顔を赤くして、恥ずかしさを誤魔化すように杖を構えなおした。傍で恭也が苦笑している気配を感じたが、努めて意識からはずす。
そうしている間も、サーチャーは魔力探知を続けている。完全に集中が途切れたわけではなかったが、余計なことを考えたのは事実だ。改めてなのはは探索へと意識を向けた。
と、そのとき、サーチャーのひとつに反応があった。
「う……ん? なにかな、これ」
魔力感知を知らせたサーチャーへ意識を集中させる。
ジュエルシード、ではない。反応がごく小さい上に、魔力の質も、今まで見つけたものと比べるとどうにも違和感がある。具体性のない感覚的な話でしかないが、そもそもなのははその『感覚』に頼って魔力探知しているので、それを信じない理由はなかった。
「どうしたの?」
「ジュエルシードじゃなさそうなんだけど、ほんの小さな魔力反応があったの。もしかしたら気のせいかもしれないくらい、小さなものだけど……」
「ジュエルシード以外の魔力反応? 気になると言えば気になるけど」
ユーノは首をかしげて思案顔だ。
恭也が続けて尋ねる。
「どのあたりで感じたんだ、なのは」
「えーと、ちょっと待って」
言われて、サーチャーを少し上空に飛ばして周囲の風景を映し出す。サーチャーの操作も慣れたものだ。
そうして映し出された景色の中で、目印を探す。すると、ひときわ大きな建物が目に付いた。空から見るのは初めてだが、実際に訪れたことのある場所だったので、すぐにわかった。
「図書館の辺りかな」
「図書館というと、風芽丘図書館か。海鳴市内ではあるけど、少し遠いな」
恭也が視線をめぐらせ、ある方角で止める。おそらくその先に風芽丘図書館があるということだろうが、街を一望できる丘の上とはいえ、数え切れないほどある建物から目当てを探し出すのは困難だ。
その兄の隣で背伸びして、なんとか見ようと目をすぼめているユーノがいた。そもそも彼は図書館の外観も知らないのだから、見つけようもないはずだが。
それが可笑しかったからというわけではないが、なのはは目視するのは早々に諦め、サーチャーへと意識を戻した。
そこでなのはは自分の失敗を悟る。
「あっ……どうしよう? 見失っちゃった……」
サーチャーを動かしたのがまずかったか、かすかに感じていた魔力は、その残り香すらも感じられなくなっていた。
町中に散らばっているサーチャーをすぐに集めて、もう一度探そうと思えば探せるかもしれないが、少し時間が必要かもしれない。
そのことを二人に伝えると、恭也が腕を組んでたずねる。
「その魔力反応とやらに危険性はあるのか?」
「それはなんとも……。ただ、そもそも魔力が小さいなら、危険性も薄い可能性が高いですが。なのはの感覚的にはどう?」
「んー、なんて言えばいいのかな……。静かに眠ってる? ちょっと寝息が漏れたような、触れたら起きちゃいそうな…………えっと、こんな感じだけど、わかる?」
国語は苦手なの、と最後は笑って誤魔化す。国語の成績が関わるかは別として、感覚を伝えるのには語彙や表現力、比喩力があるべきではある。人に伝わらなくては、虫さんに感覚で理解されたところで意味はないのだ。
ただ、なのはの拙い言葉でも、危険性はなさそうというニュアンスだけは伝わったようだ。恭也は頷いてから口を開く。
「二人がそう言うなら、優先度は低めだろうね。気にはなるけど、他の探索を先に済ませたほうがいいな」
「わかった、お兄ちゃん。あ、でも、もう一通り街中を調べ回ったよ? 隅々まで、とはいかないかもだけど……」
「……おいおい、たった二日、というか合計数時間程度で海鳴市全域を調べたのか。魔法ってのはすごいな」
「……一応言っておきますが、なのはだけですからね、こんなことできるのは」
感心する恭也に、ユーノが肩をすくめて言った。なのはは少し照れ顔だ。
「しかし、そうなると、どう動くべきかな……」
「選択肢としては、主に三つですね」
考えをまとめやすくしようと、ユーノがなのはにもわかりやすく言葉で示す。
捜索範囲を海鳴市の外までさらに広げるか、もう一度同じところをより精密に調べなおすか、先ほどの小さな魔力反応を調査するか。
どれが効果的で、効率的かは、何とも言えない。闇雲に決めても良いが、何かしら判断材料や指標となる考えが欲しいところだ。
見晴らしの良い丘の上に、しばし三人のうなり声だけが通り過ぎた。
こういうときに頼りになるのは、やはり年長者なのかもしれない。真っ先に口を開いたのは恭也だった。
「ユーノ君、ジュエルシードが海鳴の周辺に落ちたのは間違いないんだよな?」
「はい。そう離れたところに散らばっているとは思えないんですけど……」
「だったら無闇に探索範囲を広げても意味はなさそうだな……。もう一度、海鳴の端から念入りに調べなおした方がいいんじゃないか? その途中でさっきの魔力反応が見つかれば改めてそちらを調べる。それがジュエルシードでもなく、そして海鳴全体まで調べ終えたら、捜索範囲を外に広げていく。それまでに見つけたジュエルシードの場所の分布を考えれば、可能性の高い範囲をある程度絞り込めるだろう。……こんなところでどうだ、ユーノ君、なのは」
「そう、ですね」
妥協案というべきか、妥当な意見というべきか。ユーノはしばし悩む素振りだったが、結局他に考えが思い浮かばなかったのだろう、すぐに頷いて、なのはに声をかけてきた。
「なのはも、それでいいかい?」
「うん。……お兄ちゃん、すごいね」
「ま、これでもお前たち二人分合わせたくらいは生きているからな」
なのはが素直に感心を顕わにすれば、からかうように恭也が笑った。まだまだこの兄には敵いそうになかった。
「さあ、そろそろ時間もなくなってきたぞ。もう少しだけがんばれるか、なのは?」
「うん、まだまだ大丈夫! 一度、サーチャーを戻して…………あ」
元気に答えたなのはだったが、サーチャーを動かす意識を思わず静止してしまう。ふと、気づいてしまったことがあった。
「どうした?」
「あのー、お兄ちゃん」
なのはは照れくささを誤魔化そうと指で頬をかいて、
「海鳴の端って、どこ?」
「おいおい……」
恭也は苦笑するが、なのはがわからないのも仕方のないことだ。まだ子どものために行動範囲はどうしても限られ、周辺の地理もこれから学校で習おうというところだった。
ただ、街の地理に明るければ、サーチャーを下手に動かすことなく風芽丘図書館の場所もわかったかもしれないと思うと、なのはは自分の知識の乏しさを少しばかり反省するのだった。
「次は地図を持ってくるか。適当にエリアを区切るとかして、漏れがないようにしよう。今回はとりあえず、臨海公園の辺りからでいいか」
「うん、じゃあサーチャーをそっちに…………」
と、言いかける途中で、なのはの頭に閃きが走った。
恭也の口から出た臨海公園とはその名の通り、海を臨める公園だ。景観がよく、デートスポットとしても人気の場所だった。すずか経由で聞いたことだが、恭也とすずかの姉・忍も、ときどきそこでデートしているらしい。
そう、海に隣接する臨海公園は海鳴市内にある。ということは。
なのはは思わず身を乗り出すようにして、二人に顔を近づけて言った。
「ジュエルシードが海に落ちた……っていうのは考えられないかな?」
『あっ……!』
ユーノと恭也の驚きの声が重なる。
盲点だった。今までが全て陸地にあったものだから、水中という発想へは思い至らなかった。遠からず気づいたことかもしれないが、行き詰まる前に気づけたのは大きい。
海に面したこの街で、そこにジュエルシードが落ちた可能性は十分にある。残り六個のうち、全てとは言わずとも、ひとつふたつくらいはあってもおかしくない。
「やるじゃないか、なのは」
「ちょっ、乱暴に撫でちゃだめなの、お兄ちゃん!」
お手柄とばかりに恭也に頭を撫でられ、なのははくすぐったさに首を竦める。
ただ、むやみに喜んではいられない。なぜなら、その捜索難度は今までの比ではないはずだからだ。いままでは地面の上を探すだけでよかった。人や動物が持っていたり、建物の屋上などにあったとしても、せいぜい地面から十数メートル以内の範囲だ。
しかし海底というのは意外に起伏に富み、岩陰などにジュエルシードが転がり落ちていれば見つけ出すのは困難を極める。ジュエルシードの大きさや重さからして海中を漂い続けている可能性もあるし、そうなれば海面から海底まですべての範囲をサーチしなければならなくなる。
最悪なのは、既に波にさらわれて海鳴から遠く離れた海域にまで流されていることだ。そこはもはや、祈るしかないだろう。
いずれにせよ、いくら鋭敏ななのはといえども、海中の宝石を捜すのは苦労するに違いなかった。
なのははサーチャーを海鳴公園まで移動させ、ひとつ息をつく。
「それじゃあ、海の中にサーチャーを潜らせるね」
杖を構えるなのはの顔にも、緊張の色が垣間見え……
「あ、ひとつ見つけた」
苦労を……
「やった、三つ固まってあったよ」
そう簡単に全ては…………
「よし、これで六つ全部!」
簡単だった。
実に簡単だった。
その間、実に十分足らずである。
「ああ、うん。そうだよね。薄々そんな予感はしてたよ」
昨日に引き続いての猛攻に、ユーノは天を仰ぎつつも、もはや苦笑いだ。
とはいえ、今回に限っては幸運が大いに手助けしたともいえるだろう。見つけた六個はそれぞれ近い場所の海底に転がっていたのだ。
ただし、懸念材料がひとつ出てきてしまった。というのも、なのはの感覚では、ジュエルシードはかなり深い位置にあったのだ。とてもではないが、素潜りできる場所ではなかった。
「どうしよう……。お兄ちゃん、ダイビングとかで潜れそうかなあ?」
「具体的にどのくらいの深さまで潜れるかはわからないが……そもそもダイビングは意外と難しいと聞くぞ。深さによっては免許がいるほどだし、経験がないと何とも言えないな……」
「うーん、そっかあ……。ユーノ君、海の中に潜れる魔法とかないのかな?」
なのはは頭を抱え、もしかしたらと期待をこめてユーノを窺う。
対してユーノは緩やかに頭を振った。
「ちょっと聞いたことがないかな。いや、でも、結界魔法を上手く使えば何とかなるかもしれない、けど……」
「危険なのかい?」
歯切れの悪い提案に、恭也が問いかける。
案の定、ユーノはうなずきを返す。
「はい。水を遮る結界で周囲を囲めばたぶん潜ること自体はできます。……けど、もしも制御を誤れば結界が壊れて、生身で海中にさらされることになるわけですから」
「じゃあ駄目だな」
「ですね……。そもそもそんな状態で封印魔法まで使えるかは微妙だし……」
うーん、と三人で頭を悩ませる。これで何度目だろうか。ふりだし、というわけではないが、またもや行き詰ってしまった。
こういうときに口火を切るのは、やはり年長者だった。
「あまり悩んでも仕方がないな」
そもそも自分たちで全てを解決する必要はない。恭也はそう言って言葉を続ける。
「これでジュエルシードは全て見つかったんだし、海底なら暴走の危険も比較的少ないはずだ。一度父さんたちに相談してみよう」
「それもそうですね。一応、定期的にサーチして波に流されていないかはチェックしておきましょう」
「あ、それなら、サーチャーを海の中に置いておく? サーチャーひとつぐらいなら、ずっと維持できそうな感じだけど」
「……まあ、うん。なのはが辛くなければそれがいいけど」
「魔法ってのは本当に便利だな」
「何度も言うけど、なのはが特別なだけですからね……」
「にゃはは……」
ユーノの言ったように何度も繰り返したような会話が繰り広げられた後、ひとつのサーチャーを海に残してこの場は解散の流れとなった。
「じゃあ、俺は父さんに報告してくる。なのはたちはこのまま学校か?」
「うん。制服も着てきたし」
と、なのはがバリアジャケットを解除すると、よく似た白い服が身を包んでいた。なのはの通う小学校の制服だ。ベンチに置いてあった鞄を背負えば、そのまま登校スタイルとなった。
ちなみにユーノは制服がないので、パーカースタイルのままの登校となる。
「なら、ここで解散だな。なのは、携帯電話は持ってるな? 何かあったらすぐ連絡するんだぞ」
「うん、わかってる」
「今日はまだ遅刻は許されるけど、まっすぐ学校へ行くんだぞ。ユーノ君、なのはが寄り道しないように見張っててくれないか」
「そんなことしないもん!」
「あはは……」
まあ多少遅れてもバレないから大丈夫だろう、なんてからかうように言い残して、恭也は丘から走り去っていった。トレーニングの一環なのか、はたまた妹の文句を聞き流すためか、その足取りは素早いものだった。
なのははその背中を胡乱げな目で見送ってから、ユーノに声をかけた。
「じゃ、私たちも行こっか」
「寄り道して?」
「もう、ユーノ君まで!」
拗ねたような声と笑い声が風にさらわれ、ひとつのサーチャーを海に残してこの場は完全に解散――――とは、ならなかった。
「――えっ?」
「どうしたの、なのは?」
丘を降りようと歩を進めたなのはの胸に、突然ざわめきが走った。海中のサーチャーが魔力感知したのではない。なのは本人が魔力を感じ取ったのだ。
「今、誰か、魔法を使った……?」
魔力を感じ取った直後に、体を撫でるような感覚。何らかの魔法がなのはに影響を及ぼしたのだと判断できた。
「探知系っていうのかな。エリアサーチと似たような感じがする」
「サーチ? 誰かが……いや、魔導師が、この辺りで何かを探しているってこと……?」
「何か、って……」
なのははユーノと顔を見合わせる。魔導師――つまり、ユーノやなのはと同じく魔法を扱う者が、探しているもの。このタイミングで思い浮かぶものなんてひとつしかない。
二人が脳裏でその答えを描きかけたとき、またなのはの感覚が魔力を感知した。今度は魔法ではなく、魔導師本人の魔力のように感じる。
「あっ、近づいてくるよ。……え、空から!?」
なのはは思わず声を上げる。感覚の赴く方向に上空を見やれば、小さな影が遠くから向かってきているのが見えた。鳥かと一瞬思ったが、近づいてくるにつれて、すぐにそれは人だとわかった。
「飛行魔法だ……しかもだいぶ手馴れてるように見えるけど」
ポカンとなのはが口を開けている横で、ユーノもまた驚いた様子で空を見上げていた。いや、ユーノは自分たち以外の魔導師の存在に驚いているのだろうが、なのはとしては、人が飛んでいることに純粋に驚いていた。
(ううーん、でも、魔法使いなんだから飛ぶのは当然なのかな?)
考えてみれば、アニメなんかでも、魔法使いは当たり前のように空を駆け巡っている。なのはが自分で使う発想にいたらなかったのは、探知魔法を使う自分のイメージばかりが先行していたからだろう。
そんなことをなのはが思っている間に、人影はその容姿を確認できるまで近づいてくる。その姿に、なのははもう一度目を見張った。
(私と同じくらいの年の女の子……)
最初に持ったイメージは、黒と金。
黒を基調色とした体に密着する衣装に、羽織った同色のマントがバサバサと風になびいている。それがまるで鳥の羽ばたきのようで、実際に飛ぶ鳥のような速度で近づいてくる。
そしてツインテールに束ねた金色の髪は、陽の光を跳ね返すというよりは自らが煌めいているようだった。
彼女は途中で減速して、地面と水平にしていた体を起こし、ゆっくりと着地体制に入る。丁度、なのはたちの十メートルほど手前に着地する形となった。
魔法の力なのかはわからないが、空中で体制を整えるのは難しそうだ。器用なものだな、となのはが感心していると、ユーノの声が小さく耳に届いた。
「なのは。ジュエルシードのことは言わないようにしよう」
早口に言われたその言葉に問い返す暇はなかった。金色の少女がゆっくりと歩みを寄せてきていた。
丘の上に吹く穏やかな風に、ふわりと、彼女のマントがたなびく。
やがて立ち止まった彼女は、赤みがかった瞳に鋭い光を乗せ、観察するようにこちらに向けてきていた。会話するには色々な意味で少し遠い距離感だ。
「魔導師……」
なのは、ユーノ、そしてもう一度なのはに視線を向けて、少女は呟くように言った。
声音は固く、あからさまに警戒の雰囲気だ。
なのはは戸惑いつつ、とにかく話しかけなければ、と口を開く。
「ええと……こんにちは?」
「…………こんにちは」
挨拶はかろうじて返ってきたが、警戒が解かれる様子はない。
ユーノのほうを見れば、彼は彼で警戒の視線を金と黒の少女へと向けていた。
初対面において警戒するのが魔導士の流儀なのだろうか、となのはは首をかしげるが、そんなことはないはずだと頭をひねって話題を探す。
警戒を解くにはどうすれば、と考えても何も思いつかなかったので、ひとまず自分の興味のある話題について振ってみた。
「空、飛べるんだね」
「……?」
警戒が戸惑いへと変わる。
やや沈黙してから、金色の少女は少し首を傾げて言った。
「飛べないの?」
「……飛べるの?」
不思議そうに問われ、なのははユーノへスルーパスを決めた。
えっ、とユーノは戸惑いの表情を浮かべたが、とりあえずとばかりに返答する。
「まあ、資質にもよるけど、たぶんなのはなら大丈夫じゃないかな」
「うーん……。試してみてもいいかな?」
「え」
今度は金髪の少女へ標的を定めてパスを放つ。彼女は戸惑った様子のまま、小さく反した。
「いや、私に言われても……」
「あなたはどうやって飛んでるの?」
「いや、だから……」
「よかったら教えてほしいな」
「え、と…………」
にこにこと少女に笑顔を向けるなのは。なんと答えていいかわからず、助けを求めるように視線をさ迷わせる少女。いつの間にか警戒の色はだいぶ薄れていた。
なんだかよくわからない状況になった場を収めるため、同じく警戒の視線を和らげたユーノが苦笑いとともに答えた。
「基本は最初に魔法を使ったときと同じ。イメージしてみて、空を自在に駆け巡る自分の姿を」
空を飛ぶイメージ。アニメの魔法使いたちは、箒に乗っていたりしていた。
目の前の金色の少女のマントを見る。彼女の飛んでいる姿は、まるで羽ばたく鳥のようだった。
(鳥の羽みたいなイメージ? うーん、でも私はマント付けてないから背中につけてもなあ……)
別に空を飛ぶのに箒やマントが必要というわけではないだろうが、何か具体的なイメージを持つのは悪くないはずだ。
「よし、じゃあ、これで!」
≪"Flier Fin"≫
結局、なのはのイメージは靴の両脇から羽を伸ばしたものだった。レイジングハートの補助を受けて発動した飛行魔法【フライアーフィン】によって、なのはの体がゆっくりと浮き上がる。体を襲った浮遊感に一瞬バランスを崩しかけたが、魔法による補助でひっくり返るようなことはなかった。
おっかなびっくり、空中で体をひねったり、高度を上下したりと、色々と試しながら飛ぶ感覚を慣らしていく。少しぎこちなかったが、初めてにしては悪くない出来だろう。
「わ、わ、すごい! 見て見て! 私、飛んでるよ!」
空を飛んではしゃぐなのはを見て、不思議そうに金色の少女が尋ねる。
「空を飛ぶことがそんなに楽しい?」
「うん! とっても!」
ご機嫌ななのはは元気よく答え、少女の傍に降り立った。
手が触れ合えるその距離の近さに少女は一歩、後ろに後ずさったが、それ以上は下がることはなかった。
なのははそんな少女の反応も気にせず、にこにこと問いかける。
「あなたも、初めて飛んだときはこんな感じじゃなかった?」
「どうだったかな……」
彼女は首をかしげて思い出そうとしているようだったが、やがて首を振った。思い出せなかったらしい。
「それより、聞きたいことがある」
唐突に、金色の少女は言った。
「ジュエルシード」
「……」
どきりと、なのはの心臓がはねる。咄嗟にユーノのほうを窺わなかったのは、ファインプレーだろう。だが表情はどうだろうか。頬の辺りが引きつっている自覚がある。うまく取り繕えているだろうか?
「蒼く光る、小さな宝石なんだけど」
続けざまに、少女は言葉を付け加えた。……怪しんでいる様子では、ないように思えた。
「え……っと。探し物ってこと?」
「うん」
「そうなんだ。……ごめんね、見たことないかも」
なのはは、そっと首を横に振った。
隣では、ユーノが同じ仕草をしていた。なのはの回答は及第点だったのだろう。
「そう……。見つけたら、教えて欲しい」
そう俯きがちに言った彼女の瞳は何を写していたのか。なのはにはわからなかったが、どこか切羽詰ったような雰囲気の彼女に少し眉根を寄せる。
どうしてそれを探しているのか、と問いかけようとしたなのはだが、それよりも先に少女が踵を返して言った。
「もう、行くね」
「……そっか。ね、最後にひとつだけ聞いていいかな?」
少女は無言のまま、首だけで振り返る。愛想などまるで見あたらなかったが、煩わしそうでもない。
なぜだろうか、なんとなく、人の傍に近づくのに決して懐こうとしない猫を連想してしまい、なのはは小さく笑った。そのままの表情で、やわらかく言葉をつむぐ。
「私、高町なのは。あなたの名前、教えて欲しいな」
「……フェイト。フェイト・テスタロッサ」
少女は短く答え、そのまま飛び去っていった。
風にたなびく金と黒を目で追って、なのははそっと息を吐いた。
疲れたわけではない。ただ、あの少女――フェイトを見ていて少し、思うところがあったのだ。
「まさか、僕たち以外に魔導師がいたなんてね。でもたぶん、なのはみたいな現地住民じゃないと思う。魔法を使うのにだいぶ慣れてたし、僕と同じ世界の……って、なのは?」
なのはの横に並んでフェイトを見送ったユーノが口を開くが、なのはの耳には入っていなかった。代わりに、ぽつりとつぶやく。
「あの子、なんだか寂しそうな目をしてた」
なのははあの目を知っていた。
というより、幼いころの自分と重なって見えるところがあったのだ。
やや強引に構ってしまったのも、それを思い出したからだった。
「フェイトちゃん、か。また、会えるといいなあ……」
つぶやいた言葉は、澄んだ青空へと溶けていった。
出会いが変われば関係も変わる。ライバルにならないことだってある。