魔法少女パラレルなのは   作:祐茂

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第5話「このまちでひとり……?」

 ある時期、なのははいつも一人でいた。

 なのはが小学校に上がる前。四、五歳ごろのことだ。

 そのころ、父である士郎は仕事中に負った怪我により、昏睡状態にあった。

 なのはは一度だけその病室を見舞ったことがあるが、いつも精悍だった父が呼吸器をつけたままピクリとも動かない姿を見て、言葉が出なかったことをよく覚えている。その様子を見ていられなかったのだろう、顔をゆがめた母の胸に抱かれ、そのまま静かに退室してから――なのはは一人ぼっちになった。

 当時、家業である喫茶店の経営は順調であり、そうであるが故に忙しさも相応だった。アルバイトも雇ってはいたものの、家族経営という面が強く、士郎の抜けた穴をそう簡単に埋めることはできなかった。母はそちらに忙殺され、兄は父が倒れたことに思うところがあったのか、喫茶店の手伝いが終われば剣の鍛錬に明け暮れた。姉はその二人のフォローや父の世話も引き受け、家を空けることもしばしばだった。

 そんな家族の姿を見たなのはは、わがままを言える状況でないことを幼いなりに悟ってしまう。しかし、手伝おうにも足手まといで、邪険にされるのも嫌だったなのはは、いつも一人ぼっちで遊んでいた。

 家にあった絵本は擦り切れるほど何度も読み返したし、友達もいない近所の公園で適当に時間をつぶしたりしていた。夕食は誰かと一緒のことは多かったものの、家の中が暗く沈んだ雰囲気はぬぐい切れず、なのはは早々に食べ終えて自室に引っ込んでいた。

 この家中に漂う息苦しさを解消する術をなのはは知らず、自分にできることは何にもない。せいぜいが家族の邪魔にならないよう、息をひそめるように過ごすことだけだった。

 そうしてどのくらいの期間が経ったか。父が快復してからは元の明るい家へと戻り、なのははほっと胸を撫で下ろしたものだった。

 だが、一度知ってしまった疎外感と寂しさは、未だになのはの胸の奥で燻っているのかもしれない。

 

 

 ――夜、高町家のいつものリビングルームにて、家族会議が開かれた。

 

「ジュエルシードがすべて見つかったのはいいけど、海の底かあ……。また面倒なところにあるものね」

 

 本日の成果報告を聞いて、美由希が背もたれに体重を預けてそう言った。

 私は結局何も役に立ってないしー、と美由希が口をとがらせるのを、桃子がなだめている。

 その隣では、士郎が腕を組んで難しい顔をしていた。

 

「やっぱり取りに行くのは難しいか、父さん」

「色々調べたが、できるかできないかでいえば、できるだろう。ただ、気軽に、というわけにはいかない」

 

 恭也の言葉に、士郎は自分の考えを口にする。

 最初に考えた方法は、底引き網だった。網を海の底に沈め、海底をさらうようにして網を引き上げるのだ。ただ、こうするとジュエルシードと一緒に魚なども入ってしまう。

 ジュエルシードは自我の強い生物に反応しやすい。魚にどれほどの自我があるかはわからないが、網に掬われて引き上げられるという外的ストレスを受けることによって、ジュエルシードを反応させてしまう恐れがあった。

 したがって、ジュエルシードをピンポイントで引き上げるような方法が必要になる。

 だが、これもまた厄介で、素人が普通に潜るには深い位置にあり、相応の装備や訓練が必要になるだろう。

 

「本業の潜水士に頼むしかないだろうな」

「当てはあるの?」

「いや、これから探すことになるな。知り合いを当たってみるか……」

「それなら父さん、忍に……月村家に協力を頼むか? 人脈は相当に広いから、きっと力になってくれるはずだ」

「ふむ……」

 

 と、士郎、美由紀、恭也がそうやって話しているのをなのはがぼうっと眺めていると、肘をつつかれる感触がした。

 そちらを向くと、ユーノが遠慮がちに訊いてきた。

 

「なのは、月村家って?」

「すずかちゃんの家だよ。そのお姉さんが忍さんで、お兄ちゃんの恋人。月村家は簡単に言うと……お金持ち? 地元の名士、って言ったらいいのかな」

「なるほど」

 

 なのはがどこかで聞きかじった言葉を伝えると、ユーノは納得してうなずいた。

 二人のやり取りの間にも、議論は進んでいく。

 

「大げさじゃなく、放置してしまえば世界の危機になりかねないんだ。むやみに喧伝する必要はないけど、協力者は多いほうがいいんじゃないか?」

「……そうだな。ユーノ君、月村家にも魔法やジュエルシードのことを知らせることになるが、いいかい? あくまでも必要最低限の人にしか知らせないし、口が堅い人たちだ。外に漏れるようなことは決してないと誓うよ」

「その方たちに協力を仰げば、安全にジュエルシードを回収できるんですよね。なら、わかりました」

「よし。恭也、早速で悪いけど、忍さんに連絡を取ってもらえるか」

「わかった」

 

 と、月村家に協力を求める方向で結論が出たようだ。おそらく、断られることはないだろう。

 あとは彼女たちを通して回収作業に当たる人材を雇うなりすれば、もはや問題は解決したようなものだ。

 

(だったら……私にできることって、もうないのかな)

 

 なのはは思う。

 もちろん、ジュエルシードが海流に流されたりしないように監視のサーチャーは常に置くとしても、それで問題が発生しなければそれまでだ。

 ジュエルシードの回収はきっと、つつがなく終わるだろう。

 

(そしたら、ユーノくんも帰っちゃうのかな。レイジングハートともお別れで……魔法も使えなくなっちゃう?)

 

 実際にはレイジングハートの補助がなくなるだけで、魔法が完全に使えなくなるわけではないだろうが、少なくとも魔法を使う理由は何もなくなる。ユーノとしても魔法の存在はこちらの世界に知られたくないようだし、使わないようにお願いされるかもしれない。

 魔法のない自分に、何もない自分に戻るのは……嫌だ。なのはの心に焦燥が浮かんだ。

 

「そうなると、問題はひとつだけね」

「問題というか懸念事項というか」

 

 ひとり、もやもやした気持ちを抱えるなのはの耳に、そんな言葉が入ってきた。

 まだ何かあったかな、と首をかしげるなのはだが、続くユーノの言葉にはっと顔を上げる。

 

「もう一人の魔導士……フェイト・テスタロッサ、ですね」

 

 今日、丘の上で出会った、金色の髪の少女だ。

 彼女の素っ気ない態度と、それに相反するような寂しそうな目をなのはは思い出す。理由は不明だが、ジュエルシードを探しているのだという。

 なぜジュエルシードを探しているのか、という議論になりかけたところで、ちょっと気になったんだけど、と美由希が手を挙げた。

 

「そもそもジュエルシードって、誰でも知ってるような有名なものなの?」

「ロストロギア関連の専門家ならまあ知ってるでしょうし、少し詳しい人だと名前ぐらいは聞いたことがあるかも、っていう程度ですね。僕たちが発掘に成功した段階で本国に連絡は入れているから、調べようと思えば『ジュエルシードを発掘した』という事実も知れるんだろうけど……」

 

 そこで一拍おいて、ユーノは眉をひそめて言葉をつづけた。

 

「問題は、そのジュエルシードが今『事故によってこの世界に落とした』と知っている人がどれだけいるのか、っていう話です」

「確かに奇妙だな。それを知るにはまず、ユーノ君が事故に遭ったことを知らなければならないはず。事故の現場を目撃したなら警察……管理局というのだったか? そこに通報なり救援を求めるなりするのが普通だ。にもかかわらず、明らかに『ジュエルシードを探しに』ここにやってきている」

「もちろん、あのフェイトって子は通報を受けてやってきた管理局員、っていう様子ではありませんでした」

 

 もしも管理局員であればそう名乗ったうえで、管理外世界にいる魔導士に対して何らかのアクションを起こしているはずだ、とユーノは補足する。

 

「ええっと、待って。それってさあ、どう考えても……」

 

 言い淀んだ美由希の言葉を、ユーノが継いだ。

 

「ジュエルシードを手に入れるために、事故を故意に起こした。そしてそれを探しに来た……!」

「……そのフェイトという子が事故にかかわっているかは何とも言えないな。何らかの理由でジュエルシードを欲していたが、それを持っていたユーノ君を偶然発見し、偶然事故に遭ったのを偶然目撃して、これ幸いと探しに来た。そんなところかもしれない」

 

 と、早とちりを諫める士郎。

 そこまで偶然が続けば必然だろう、とは誰もが思ったが、口にはしなかった。情報が少ないのが事実で、いずれにせよ推測に過ぎなかったからだ。なんなら、たまたまこの世界にいた魔導士が、たまたまジュエルシードの魔力を観測したので、興味本位で集めているだけ、という推測もできなくはない。

 それよりも結論を出すべきは、これからの対処である。

 

「フェイトという子には、関わらないようにするのが無難だろうな」

「そうですね。僕らがジュエルシードの大半をすでに所持していることに気づかれればどうなるかわかりませんし……」

「――あ、待って!」

 

 咄嗟に、なのはは声を上げていた。思っていたよりも大きな声が出て、軽く驚いている周囲の誰よりも本人が驚いた。

 そんな中、驚きからいち早く気を取り戻した士郎が優しく問いかけてくる。

 

「どうした、なのは?」

「えっと……」

 

 尻すぼみに言い淀むが、何を言いたいか、どうしたいか自体はなのはの心の中で決まっていた。

 

(フェイトちゃんと……また会いたい)

 

 どうしてそう思ったのか。それは、自分でもよくわからない。そんなのは後回しだ。

 問題は、どうすれば自分の望む方向に持っていけるか。

 これまで、なのはは会議の中であまり意見を出してこなかった。自分に注目が集まっているのを感じて、机の下でぎゅっと手を握り締めた。自分も、この会議の参加者なのだ。

 とりあえず何か言わないと、でもどう言えば……。必死で考えるが、何も思い浮かばない。自分の意見を言うこととは、こんなに難しいことだっただろうか。

 ふと、士郎がゆっくりとお茶を飲みつつ、静かに声をかけてくる。

 

「焦る必要はないよ、なのは。まずは、なのはがどうしたいか、言ってみなさい」

「あ……う、うん」

 

 父に倣い、なのはは目の前に置いてあったカップに口をつける。温かなココアが喉を通って、おなかへと落ちていった。

 それから、おもむろに口を開く。

 

「フェイトちゃんと……また、会いたい」

 

 言葉は、すっと口から出てきた。そのまま続けてなのはは声を上げる。

 

「きっと悪い子じゃないの。もっとちゃんとお話しした方がいいと思う」

 

 なのはの主張は、部屋に落とされた。

 家族が少しだけ目配せを交わした後、美由紀が控えめに手を挙げて言う。

 

「んんー、別になのはの印象を疑うわけじゃないけどさ。まだ一度しか会ってないし、そんなに会話もしてないんでしょ? お姉ちゃんとしては大丈夫かなあ、って思うんだけど」

「だから、避けるんじゃなくて、話したいの。そうしないと分かり合うきっかけにもならないと思うから」

 

 それは幼い視点ではあったが、事実ではある。

 いつになく頑なな様子で自分の意見を主張するなのはに、桃子が助け舟を出してくる。

 

「私は、なのはの意見に賛成ね」

「母さん?」

「まだ何もしてない子を疑うのはよくないわ。関わらないのは楽だけど、何も進展しないでしょう?」

「まあ、こちらが避けても、向こうがそうするとは限らないしな。それなら最初から友好的に接触するのも悪くないか」

 

 穏やかに語り掛ける桃子に続き、恭也も別の観点から同意した。

 極力、関わらないようにするのが無難ではある。ただ、この世界に魔導士がいるのはそもそも珍しい。正真正銘の現地住民であるなのははともかく、ユーノがジュエルシードの落ちたこの海鳴市に拠点を構えていることを奇妙に思い、関わりがあると推測が及んでしまいかねない。その場合にどのようなアクションを取ってくるのか、相手の情報がなければ対処が難しいというのがある。

 関わる場合のメリットは、相手の目的を探れること。ジュエルシードを何のために集めているのか、どうやって知ったのかを知ることができ、いざという時の対応が判断できる。

 デメリットは、こちらがジュエルシードをすでに手中に収めているのを知られる可能性があること。そしてその場合に何らかの干渉を受け、最悪は敵対する可能性があること。

 どちらにも利があるのなら、なのはの感性を信じるのも悪くないだろう。

 士郎とユーノも反論はない様子で、特に士郎は何やら満足げに小さく頷いていた。

 

「えー、反対派は私だけ?」

「美由希はなのはが心配なのよね。だったら、できるだけなのはに危険がないように、考えましょう」

「はぁ、まあそうね。……なのは、どうして固まってるの?」

 

 言われて、なのはは口を開けて呆けている自分に気づいた。

 慌てて口を閉じて、またそれを開く。

 

「その……いいの? フェイトちゃんに会っても……」

「ああ。なのはのしたいようにすればいい」

 

 士郎が目を細めて頷き、全員がそれぞれの反応でなのはの言葉を肯定していた。

 自分の出した意見に対する肯定。それが、なのはの心の何かを少し溶かした気がした。

 

「みんな、ありがとう」

 

 

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「……見つからない」

 

 海鳴市の上空、周囲の建物よりも高い位置で、フェイト・テスタロッサはぽつりと呟きを漏らした。

 息を吐くと同時に、発動させていた広域探知用の魔法を解除する。今日、何度目かの探知魔法は、それまでと同様に何の反応も返ってこない結果に終わってしまった。

 朝からずっと町中を探索していたフェイトは、さすがに疲労を感じて、目についた適当な公園に降り立つ。

 バリアジャケットを解除すれば、天頂からの強い日差しが肌を刺す感触がした。フェイトは涼に誘われるように、木陰になっているベンチに腰掛けた。

 世間にとっては休日の昼間だが、丁度昼食時のためか人の気配はない。静かな公園に、ざわざわと木の葉が揺れる音だけが満たしていた。細いうなじを撫でる風の感触に、くすぐったくて目を細める。

 

「…………」

 

 だが、そうしていても気が休まることはなかった。

 フェイトがこの街にやってきた目的は、ジュエルシードを探し、手に入れるため。

 捜索し始めて、まだ一週間と経っていない。この街は想像以上に広く、まだまだ隅々まで探したとはいえず、焦る状況ではない。それこそ、数か月単位での捜索が必要かもしれない。

 それでも、『大好きな人』からのお願いをまったく叶えられていないことに、僅かならず焦燥を覚えてしまう。

 いっそ、ジュエルシードが暴走してくれれば、探知にも引っ掛かってくれるだろうに――――

 

「……探さないと」

 

 こうして休んでいると、余計に気が急いてしまう。結局は大して休憩にならない。

 探索を再開しようと腰を上げかけた時、フェイトの耳に足音が聞こえてきた。

 フェイトは視線鋭く、足音の方を見る。

 ……ここ数日、ジュエルシードはまったく引っかからないが、代わりに釣れたものがあった。

 杖型のデバイスに、白いバリアジャケット。栗色の髪をした少女が、空から降り立っていた。

 高町なのは。数日前に聞いたその名前を、不本意ながらフェイトは思い浮かべた。

 なのははバリアジャケットを解除して、すぐにフェイトの座るベンチの方へと駆けてきた。フェイトをとらえるその目は、彼女と対照的に目じりが下がっている。

 

「こんにちは、フェイトちゃん。こんなところで会うなんて、偶然だねー」

「…………」

 

 そんなわけがあるか。

 叫び散らしたいフェイトだったが、その議論は既に何度も繰り返したことだった。

 そう、ここ数日、何度も何度も、なのははフェイトの前に現れている。

 結論としては、なのはの「偶然だよ偶然。あはは」というごり押しにより、『たまたま』フェイトの行くところに、『たまたま』なのはが訪れているということになった。その遭遇率、脅威の百五十パーセントである。五十パーセントオーバーは、一日に複数回会うという意味。それでも偶然は偶然、人気のない公園だろうと、高層マンションの屋上だろうと、繁華街の人ごみの中だろうと、出会ってしまうのは偶然なのである。

 ……探知魔法を逆探知されるのは、まだ理解できる。感覚の鋭い魔導師なら、近くで魔法発動されればそれを追うことは可能だ。しかし、魔法を一切使っていないときにまで会ってしまうのはどういうことだろうか、とフェイトは考えてしまう。本当に偶然だとしたら、それこそ薄ら寒いものを感じるのだが。

 

「あ、偶然といえば、今日はお弁当二つも持ってきちゃったんだー」

 

 なのははさも当たり前のようにフェイトの隣に腰掛け、フェイトとの間に二つの弁当箱を置いた。

 立ち去る機を逸した感のあるフェイトは、とりあえず眉根を寄せてなのはを睨んでみた。

 会いに来る手段はさて置くとしても、その目的もまた謎だ。

 自分と同じくジュエルシードを探しているのかと疑っているのだが、今のところ彼女にその様子は一切ない。探しているにしては、あまりにも危機感がなく、そしてライバルであろう自分に友好的に接する理由がない。少なくとも、フェイトには思いつかなかった。

 疑念を含めたフェイトの睨みにも、いつも彼女は一向に意に介さない。むしろ、積極的に距離を縮めようとさえしてくる。

 はっきり言って、フェイトには理解不能の生き物だった。

 今もまた、なのはは平然とした態度で、鞄から弁当箱を取り出してフェイトとの間に置いた。

 そして、弁当箱の包みを手早くほどき、片方のふたを開ける。

 そこには、一口サイズのかわいらしいおにぎり、肉団子に揚げ物、サラダなどが小分けに入っていた。

 色とりどりのお弁当に、ついついフェイトの目が吸い寄せられた。

 

「おいしそうでしょ? お母さんに作ってもらったんだ。一緒に食べよ?」

「……っ!」

 

 お母さんに作ってもらった。

 その言葉に、フェイトの胸がじくりと染みるような痛みを訴える。

 気づけば、フェイトの口からは拒絶の言葉が飛び出していた。

 

「いらない」

「そんなこと言わずに、ね?」

 

 にこにこと笑顔でお弁当を差し出してくるなのは。

 まったく悪びれない、引く気のない言動に対して、頭に血が上るのを自覚した。

 どうして、そんなことをするの。お母さんに作ってもらったのなら、自分一人で食べればいい。それはあなたを想って作ってくれたものだ。

 そうだ、私のお母さんも、昔は、私のためにお弁当を作ってくれて、一緒に食べたものだ。ピクニックに行って、どこかの丘の上で、お弁当箱を広げて。食べさせて、と甘える私に、お母さんが仕方がない子ねと優しい目で見て。

 そう、昔は――――

 

「いらないって!」

「あっ!」

「あ……」

 

 むきになって振り払った手が、何かに当たった。

 我に返ったフェイトは、驚いたなのはの表情を目の当たりにし、その視線の先を追う。

 ベンチの傍の、土の地面。そこに、弁当箱が転がっていた。

 蓋を開けた状態から完全に真っ逆さまにひっくり返っているので、もうその中身に手を付けることはできないだろう。

 

「ご、ごめんなさいっ……そんなつもりじゃあ……!」

 

 頭に上っていた血が、さあっと一気に降りた。とんでもないことをしてしまったという後悔が喉につまり、それ以上の言葉を継ぐことを許さなかった。

 

「……ううん、大丈夫」

 

 落としたものをそのままにはしておけないと、なのははひっくり返った弁当箱を片付け始めた。フェイトは無意識のうちに伸ばした手を宙ぶらりんにしたまま、ただ見ていることしかできなかった。

 しばらくして片付け終わったなのはは、ぐちゃぐちゃになってしまった中身を隠すように蓋を閉めて、ぽつりと呟いた。

 

「落としちゃったものは仕方ないね」

「…………」

 

 フェイトは何も言えない。きっと何か声をかけなければいけない。でも、何を言っていいのかわからなかった。

 フェイトは動けない。きっと謝らなければならない。でも、どう謝ればいいのかわからなかった。

 ただ、ここで『逃げる』という選択肢だけは欠片も思い浮かばない辺りが、フェイトの生来の性根を物語っているのだろう。

 それを察してかどうか、高町なのはは少しだけ笑う。そして、ベンチに残っていたもうひとつのお弁当箱を開いた。箸を手に取り、おかずのひとつを手に、こう言うのだ。

 

「うん、仕方ないから――――二人で半分こだね」

「……え?」

「はい、あーん、して?」

「え、え? ……え?」

 

 意味がわからずポカンと口を開けたフェイトに、――――なのはが卵焼きを突っ込んだ。

 

「あむっ!?」

 

 口に物が入った感触に、反射的に口を閉じた。

 舌に感じたほのかな甘さに、食べ物であると脳に認識が及び、混乱の渦中にあったフェイトは何も考えられずに咀嚼を始める。

 そして卵焼きが喉を通って行ったあたりで、なのはから声がかけられる。

 

「おいしい?」

「おいしい……」

 

 思わずそう返してしまって、やっと我に返ったフェイトは顔が熱くなった。

 そんなフェイトに構わず、なのははさらに次のおかずに箸を伸ばした。

 

「じゃあ次はタコさんウィンナーね。はい、あーん」

「たこさん……? いや、そうじゃなくて……!」

「あ、そうだね。私も食べないと。はい、お箸使える?」

「使えるけど……え? いや、どうして渡してくるの!?」

「あーん」

 

 そういって餌付けを待つ雛鳥のように口を開ける高町なのは。

 フェイトは手に握らされた箸と、目の前の少女と、お弁当箱へと視線を往復させる。

 どうしろと。いや、何を求められているかはわかるが、どうして。なんで。なにが、どうして、こうなった。

 フェイトが挙動不審にうろたえている間も、なのはは一向に雛鳥ごっこをやめようとしない。

 そのうち、なのはの口の端からよだれが垂れそうになっているのを見て、慌ててフェイトは目についたおかずをつかみ、その口へと放り込んだ。

 

「あむ。んー、おいひい」

「そ、そう……」

 

 満足そうにうなずくなのは。

 混乱した頭で生返事をするフェイト。

 

「じゃあ次は私の番だね」

「ええぇ……」

 

 終始、押してくるなのはにたじたじとなり、結局お弁当の中が空になるまで食べさせ合いっこを堪能させられたのだった。

 




温泉回なんてなかった。


 お気づきかもしれませんが、各話のタイトルはアニメのタイトルをもじっています。
 が、今回の「ここは湯のまち、海鳴温泉なの」はどうしようもなかった。せめてお風呂シーンでも入れようかと思ったが、話の流れ的に断念。
 実に無念である。紳士諸兄には謝罪を申し上げたい所存。
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