高嶺の花と   作:haze

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年内はこれで終わりかな。




案内

 博物館とは、生涯学習施設の一つである。生涯学習施設とは、義務教育を終えた人間が自らの意思で学ぶことをの望んだ時に場を提供する。

 故に博物館には老若男女様々な層の来館者が来る。大学生だった頃は、自分もよく企画展や巡回展が催される度に同期と見に来たものだ。まさか、高垣さんとこうして来るとは思わなかったが。

 その高垣さんは、俺と手を繋ぎながら順路に沿って進む。成り行きでつないだ手はまだ離されていない。余りに自然とした動きで繋いできたので動揺する間もなく返って落ち着いている。

 

 「あの小暮さん」

 

 「はい?」

 

 「博物館の順路って決まっているものなのですか?」

 

 「ええ、一応は。と言っても場所によってはまちまちだよ。ここははっきりしているけどね」

 

 「ルールみたいなのはあるんですか?」

 

 「ルールか…必ずって訳じゃないが、文系博物館は来館者視点で右の壁に沿って、理系博物館は左の壁に沿って回るとはなってるね」

 

 「文系が右で理系が左ですか?」

 

 そう言うと高垣さんは、空いた手を頬に添えて考える。

 

 「ヒントいる?」

 

 「お願いします」

 

 「それじゃあ、まず展示物の横にある解説文(キャプション)を見てみ。んで、ヒントはその書き方だ」

 

 「解説文の書き方?」

 

 俺のヒントに彼女は、縦書きで書かれた解説文(キャプション)を見る。それから、彼女は首を捻る。

 

 「何もおかしいところは無いですよ」

 

 「そりゃ、来館者が見やすいように作らないといけないからね。次のヒントはいる」

 

 「ちょっと待ってください。考えます。……文系と理系…解説文の書き方?…縦書き…」

 

 今見ている展示物は古代の出土品で解説文(キャプション)には、展示物の名前・制作年代・出土場所・材質などの他には簡単な解説文が載せられている。因みに考古研究を先行している同期は土器の事をよくビスケットと言っていた。まぁ、言われてみればそんな色をしている。

 そんな過去の事を思い出しているうちに高垣さんは何かを掴んだらしい。

 

 「小暮さん。文系と理系の違いとこの解説文の縦書きがキーポイントで合ってますか?」

 

 「うん。合ってる」

 

 「あと一つ質問してもいいですか?」

 

 「勿論」

 

 「理系博物館の解説文は横書きですか?」

 

 「おや、よく分かりましたね」

 

 「順路と文系理系の謎が解けました」

 

 「では、答えをどうぞ」

 

 「まず、文系博物館が右の壁に沿ってなのは縦書きの解説文を読むときに右の行から順番に読むので自然と流れが右から左になるからです。それなら右の壁に沿っての順路が一番いいですよね。それで、理系博物館は、数式を扱ったりするので自然と横書きの解説文になるので読む順番が左から右になります。それで左の壁に沿って歩くのが便利という事であってますか?」

 

 「おお、よく分かりましたね。流石です。俺は大学の時に初めてこれを教授から質問されて分からりませんでした」

 

 「いいえ、小暮さんがヒントを出してくれたから分かったんです。出してもらえなかったら分かりませんでしたよ。それにしても、私たちが何気なく見ている場所にまでこんな考えがあったんですね」

 

 「そうだね。さっき高垣さんがおかしいところはないって言ってただろ?それこそ一番重要なんだ。見る人がお違和感を感じずに自然と鑑賞できるようにするのが大事なんだ。」

 

 「なるほど。自然にですか…」

 

 「さて、それじゃ次も観ていこうか」

 

 「はい」

 

 まさか高垣さんが、順路の問題をこんなに短時間でわかるとは思っていなかった。分かってもらえたという嬉しさと興奮の反面、それが学生の頃に分からなかった自分が情けない。とはいえ、当たり前として受け取っている出来事にその理由を見つけるのは案外難しいと思う。とはいえ誰かとこうして博物館を巡りながら鑑賞するというのは案外いいものだと思う。

 

 東博ではまず、順路が二階からとなっている。そこからぐるりと一周して一階の順路という風になっている。また、この展示室では、年代ごとに区分されて順番に展示されている非常に分かりやすい展示形態を取っているため分かりやすい。

 

 高垣さんは一つ一つの展示物をゆっくり鑑賞している。手を繋いだままの俺は自然と彼女の隣に並んで同じように眺める。何時もは博物館そのものを見ているのでこうして展示物を見るのは久しぶりだ。何時もは、展示ケースや空調設備の位置なんかしか見ていない気がする。

 

 「小暮さん?どうかしましたか?」

 

 「いや。こうやって展示物をゆっくり見るのはいつぶりかと思ってな」

 

 「博物館で働いているのにですか?」

 

 「うん。何時もケースや空調しか見てないなぁと思ってさ」

 

 「ケースや空調ですか?」

 

 「面白くないと思うけど聞く?」

 

 「ぜひ」

 

 展示ガラス越しに展示物を見ていた高垣さんはこちらに向き直って綻んだ表情を見せてくる。

 

 「それじゃあ、まずケースについて無駄知識を教えてあげよう」

 

 「お願いしますね。先生」

 

 「はい。では、まず正面の展示ガラスをご覧ください」

 

 「はい。先生」

 

 「では、展示ガラスに何か気になる点はありますか?」

 

 「ガラスにですか?」

 

 そう言って高垣さんは展示ガラスに目を凝らす。

 

 「ここに…切れ目?みたいなのがあります」

 

 「そうそう。それ。それはガラスに貼られた保護フィルムの端だ。ガラスが割れた際に飛散するのを防いでくれる。さて、そのフィルムは、展示物側か来館者側のどちらか分かるか?」

 

 「え~っと…両面ですか?」

 

 「正解だ。よくできました」

 

 「ありがとうございます。先生」

 

 「次の質問だ。準備はいいかい高垣君」

 

 「大丈夫です。小暮先生」

 

 「保護フィルムが貼られたガラスが割れるとどうなると思う?」

 

 「フィルムが貼られているので割れても破片が飛び散らないですか?」

 

 「そうだ。場所にもよるが博物館では保護フィルムをどちらか片方か両面に貼る。ただ、片面だと貼られていない方にガラスは倒れる。つまり、来館者側に貼れば展示物がぶっ壊れ、展示物側に貼れば来館者がドーン!だ。とはいえ、最近はフィルムの性能も上がって両面に貼っても透明度が高くなったので主流はどちらかと言えば両面貼りだ」

 

 「先生。両面に貼るとどうなるのでしょうか?」

 

 「知りたいか?」

 

 「はい」

 

 「良かろう。教えて進ぜよう。……まぁどちらかに倒れるんじゃねぇの?」

 

 「先生!そんなのでいいのですか!」

 

「っく、ふはははは。ごめん。これ以上は笑いを堪えられねぇわ」

 

 高垣さんのツッコミに俺はついに笑いを堪えられずに噴き出す。突然始まったこの茶番だが案外面白くついつい続けてしまったが笑いを押さえられなくなってしまった。

 

 「ふふっ、ふふふふ。小暮さん笑いすぎです。ふふふっ、どうでした?私みたいな生徒は?」

 

 そういう高垣さんも笑いを堪えられずに噴き出す。

 

 「いやぁ最高だね。面白れぇわ」

 

 「ありがとうございます。小暮先生もなかなか面白かったですよ」

 

 そう言って笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭いつつ高垣さんは答える。

 

 「それにしてもただのガラスだと思っていた場所にもこんな風に処理がされてるんですね」

 

 ようやく笑いの収まった俺たちは再び歩く。繋がれた手が歩くのに従って少し振られる。横を見ると高垣さんが楽しそうに歩いている。

 

 「小暮さん、私、今とても楽しいです」

 

 横を見た俺と目が合った高垣さんは俺に向かってそう告げる。ふわりと揺れる綺麗な髪と緑と青の瞳が優しく俺を見ている。

 

 「俺もです」

 

 

 

 

 

 

 東京国立博物館の後は、東京国立科学博物館へ行く。建物の正面の展示されているクジラの大模型に高垣さんは目を奪われていた。シロナガスクジラの全長30メートルで潜行しようとする姿を模型化していて科学博物館のいい目印になっている。

 

 「大きいですね」

 

 「そうだなー」

 

 ぼーっと二人して眺めた後館内に入る。

 

 「ここは理系博物館ですよね?」

 

 「そうだよ」

 

 「という事は左沿いですね。先生、見ててくださいね案内してあげますから」

 

 入館料を払い、パンフレットをもらった高垣さんが胸元で小さくガッツポーズをする。先ほど話した博物館の誘導順路の話をもとに俺を案内してくれるようだ。

 

 「さて、小暮さん行きましょう。見事案内してあげますからね」

 

 そう言うや否や高垣さんは入館料を払った時に離した手を再び繋いで歩き出す。東博とは逆で高垣さんが俺を案内する。

 でもね、高垣さん。誘導順路は理系と文系で決まってるって言ったけどさ。ここはその例外なんだ。でも、やる気十分見たいだし、見てて可愛いから言わない。

 やる気十分で足を進める高垣さんに率いられて誘導順路の魔境こと東京国立科学博物館の館内を進む。パンフレットを空いた手で持つ高垣さんの後姿を見つつつい頬が緩んでしまう。

 

 「えっと、まず、左の順路は…ここかしら?いや、でも、ここにも順路があるし」

 

 「高垣さん大丈夫ですか?」

 

 「え、ええ。大丈夫ですよ。私に任せてください。こっちです」

 

 「ちょい待てい。そこはトイレや」

 

 

 

 

 東京国立科学博物館は、自由選択動線といって元々誘導順路が設けられていない。その為、すべての展示品を見るためには何度も同じ順路を通る必要がある。一筆書きでルートの作成ができる東京国立博物館とは対になる動線計画をしている。その為、ここでは、先ほど高垣さんに教えた文理の左右ルートは適応されない。

 

 「うぅ、順路が分かりません」

 

 高垣さんは、俺の手を牽くのを止めて振り返る。やる気に満ちていた表情から一転し潤んだ瞳で俺を見上げてくる。

 

 「言うの遅れたけどさ。ここって左周りじゃないんだ。というか実はここって決まった順路無いんだ」

 

 そう伝えると高垣さんは一瞬ぽかんとした後に、俺の言葉を飲み込んで空いた手で俺の肩をポカポカと叩いてくる。

 

 「もうっ、そういう事は最初に言ってください。小暮さんの意地悪」

 

 赤みの差した頬を僅かに膨らませて拗ねたような表情をする。俺が見ているのを認めるとわざとらしくぷいと顔を逸らす。

 

 「いやごめんって。あんまりにもやる気に満ちてたからつい」

 

 「ついってなんですか。もう、意地悪な人は嫌いです。お詫びを要求します」

 

 「嫌われるのは嫌だなぁ。お詫びか…どうしよう」

 

 「今日中に考えておいてくださいね」

 

 「了解です」

 

 

 

 

 

 

 

 「もう、今のところは許してあげます。それでここはどうやって見ていけばいいんですか?」

 

 「さっきも行ったけどここは自由選択動線っていって指定された順路がないんだ。だから、来館者自身が自分の興味のあるもの、見たいものを自由に見ていけばいい。高垣さんは何を見たい?そこに行こうか」

 

 「それじゃあ、ここに行ってみたいです」

 

 俺の話を聞いてパンフレットに視線を落とした彼女は興味のある場所を指さした。

 

 「了解。じゃあそこに行こうか」

 

 「はい。あっ、ここまでの案内は私がします」

 




そういえば最近東博行ってないなー

あそこイイよ!空調設備も変わってるし、表に出てる展示物は複製h…なんだお前はちょ、やめr!
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