高垣さんいいっすね。
こんな人が身近にいれば毎日が楽しいだろうなぁ
さて、夢のような相席から気が付けばもう1ヵ月が経とうとしている。今ではあの相席は独り身で仕事漬けの俺の虚しい夢であったと言われた方が納得できる。あれから帰宅してからは今まで殆どその存在意義を成していなかったテレビを見るようになり画面の向こう側で舞う彼女を見るようになった。
そして、久しぶりに行ったあの居酒屋へも週一位で通うようになり、もしかしたらまた会えるかもしれないという淡い思いを抱きつつ酒を煽るようになった。まぁ、あれから一度もあの場所で彼女の姿を見ることは無いが。
「おい、大丈夫か?ぼうっとしてるぞ」
いつしか俺は、彼女のことを考えているうちに手が止まっていた。大学の同級生で同じ博物館に勤務になった同僚の山岡に注意されてしまった。
「ああ、悪いな。というかこれってお前の仕事じゃねーかよ」
「そりゃそうだけどさ、今回の企画展担当者が一人だけとか館長鬼じゃん。だからよ我が親友であり心の友である
「わかったよ。その代わり今度俺が企画担当になったらお前も手伝えよ」
「おう。勿論さ。俺に任せな」
そういって山岡が胸を叩く。こいつは見た目がラグビー選手のようなのでそんな動きをするとまるでゴリラのようである。俺はこいつを大学時代からゴリちゃんと呼んでいる。
さて、以上のように俺は今勤務する博物館で来月から行われる企画展示の手伝いをしている。本来の俺の仕事であるとある民家からの寄贈品である中世の古文書の調書作成を手早く終わらせ燻蒸室に放り込んだ後さぼっていたら企画展の準備で慌ただしく動き回っている山岡につかまり連行された。
「そういえば、今回の企画展は、取材入るらしいぜ」
展示品のキャプションを貼り付ける手を止めることなく山岡が呟く。俺はキャプションの原文をPCに打ち込む手を止めずに答える。
「よく館長が許可を出したな。日程調整はどうするんだ?」
「さぁな、館長が今朝俺に取材入れたから頼むぜって言ってどっか行った」
「まじか。まぁ頑張れゴリちゃん」
「ああ。マジだ……助けて」
「嫌だ」
即答すると山岡は作業を止めて椅子に座る俺に泣きついてきた。ええい、触るな抱き着くな近寄るな鬱陶しい!むさ苦しいゴリラにそんなされてうれしい奴なんかいねぇんだ。
「助けてよ~航えもん~」
そういいながら俺を前後に激しく揺さぶる。ええい!離せ作業が進まん!字が打てない!
「分かった!分かったから離せゴリラ!」
「あざっす!マジ航最高!よっ!イケメン!」
「うるせぇ。その代わり日程調整ぐらいは自分でやれよ。当日の担当くらいはしてやる」
「うぃっす!」
こうして開催期間の決まった企画展の準備を二人してひぃひぃ言いながらも進めていく。
「なぁゴリちゃん。なんで今まで取材とかあんまり受けてこなかったのに急に館長は許可出したんだ」
「あー、なんか取材のリポーターが館長が応援してる芸能人らしいぞ」
「そんな理由で俺らは仕事が増やされるのか」
「世知辛いっすねー世の中は」
そう言ってゴリちゃんは飲んでいたコーヒーの缶を握りつぶしごみ箱に放り投げる。俺も飲み終わったコーヒー缶をごみ箱に向かって放り投げててベンチから立ち上がる。
「さてと作業再開するか。行くぞゴリ」
「うい」
さて、企画展だがどうにか開催日の5日前には人に見せられる体制を整えることができた。企画展示室では、残りの照明の角度と室温の経過を確認すれば後はなるようになるさ。
さて、取材についてだが、開催期間中は、来館者の増加が見込まれる。その為、博物館の休館日か公開前位しか時間がない。
今ゴリちゃんが取材サイドと調整しているが果たしてどうなることやら。俺としては、博物館の休館日である休みの日にまで出勤は勘弁願いたい。
メモを片手に電話をするゴリちゃんを見るとどうも今日程の調整をしているようだ。日程を決まるから近くにいてくれとの事なので事務室の自分の席に座り眺めていると電話をしているゴリちゃんがこちらを向き何かを伝えようとしてきた。仕方ないので近くまで寄るとメモ帳を差し出してくる。そこには、明後日から開催日前日までの三日間と企画展開催中の博物館の休館日に印がつけられている。どうやらこの印の日で取材日程を決めようとしているようだ。俺は、迷わず開催前の三日間を指で指し示す。
それを見たゴリちゃんは、頷き電話越しに日程希望日を伝えていた。
さて、どうやら後は任せていいようなので昨日から燻蒸作業を進めている史料たちの様子を見に行くとしますかね。
燻蒸作業の経過確認を終えて事務室に戻るとゴリちゃんが俺を手招きしてきた。取材日程が決まったようだ。
「なんだ。ゴリちゃん。取材日程は決まったのか?」
「おう。三日後になったから当日は頼むわ。俺は目録の印刷状況チェックで居ないけど」
「はいよ。分かった。んで、どの程度の解説を挟めばいい?」
「あーそうだな。聞かれたら答えるくらいでいいんじゃね。どうせ詳しい説明まで相手さんも求めてねーだろうし、いざとならあっちでいい感じに編集してくれるだろ」
「それもそうだな。んじゃまぁ気楽にやるわー」
「よろぴくー」
「うぜー」
「ああ、それとだな。明後日にリポーター役の芸能人が下見に来るらしいから対応よろしく」
「はぁ!?聞いてねぇぞそんなこと!」
「そりゃ今言ったしな。とにかくよろしく頼む!その時間は俺展示品輸送の立ち合いだから」
「今度なんか奢れよ。ったく仕方ねぇ」
「ありがとうございます!マジお前が同じ職場で助かったわ!あ、それと芸能人さんに手ぇ出すんじゃねーぞwお前ってば言動さえ何とかすりゃすぐにモテるくらいにはいい面してるからな」
「うるせぇ!と言うか俺がこんな態度取るのはてめぇに対してのみだ。バカ野郎!」
ニヤニヤとニヤついているゴリラの顔面にはとりあえずこいつの机にあった図録の見本を叩きつけておいた。
さて、そんなこんなで日は流れ、取材のために芸能人さんとやらが下見に来る時間になった。誰が来るかはゴリラのやつに聞いても「いやぁそれは見てからのお楽しみってことで。テレビ見ねぇお前でも知ってるとは思うぜ」とほざくのでもう一度目録アタックを食らわせておいた。
結局誰が来るかわからないので、待ち合わせ時刻の30分ほど前に博物館の受付横で待つことにした。来館者は必ずこの受けつけ前の二重扉から入ってくる。なぜ、二重扉になっているのかは、館内温湿度管理をする上で外気の侵入を出来るだけ少なくする必要がある。そんなわけで元々文化財を扱う施設は入り口といったもの自体が少ない。
さて、腕時計を見ながら待ち人を待っていると入り口に見覚えのある人影が見えた。それは、丁度一か月ほど前に居酒屋で見た彼女に似ている。正面で待っていると彼女は二重扉をこえてこちらに歩いてくる。あの時と同じように帽子とマスクを付けてはいる。しかし、俺は知っている。その帽子とマスクに隠れた彼女の表情を。数時間ではあったが酒を呑みながら笑いあった時間を。ダジャレを言って自分でツボにはまってしまい涙が出るまで笑ってしまう彼女を俺は知っている。
そして、彼女のオーラというのだろうか、気品までは隠せていない。周りにちらほらといる来館者も興味深そうに彼女を見ている。
そして、目が合った。果たして彼女は俺のことを覚えているだろうか?人気者で日頃から多くの人と関わりあう彼女の記憶の片隅に一晩だけあった俺はまだいるのだろうか。
そんなことを考えていると彼女は、目を見開いて
「あら?あの時のビールの方ですか?偶然ですね。またお会いできました。博物館で働いているとはお聞きしましたがまさかここだったんですね」
どうやら彼女は俺のことを覚えていたようだ。気が付けば呼吸を忘れて見とれていた俺は、呼吸を思い出したかのように言った。
「ようこそ、博物館へ」
さて、俺は果たして噛まずに言えていただろうか。
今だに主人公もヒロインも名乗らない。まぁ主人公に関しては、名前部分のみ出てきましたが。
次回でどちらも名までが出るでしょう!さて、ヒロインは一体誰なのか!
ようやくその謎が明かされる!!