今までの出会いからの話を彼女視点でお送りします。
「小暮航さん」
彼の名前を口に出してみる。一か月前に初めて行った居酒屋で出会って方です。居酒屋に行くのも初めてで少し緊張していましたが彼と偶然相席することになりとても楽しい時間を過ごすことが出来ました。おつまみも絶品でしたが彼と過ごす時間はとても楽しいものでした。あれほどまでに男性と関わるのも初めての事でしたが楽しい時間でした。
私はお酒を飲むのが好きです。ですのでまだ行ったことのない居酒屋でもお酒を呑んでみたいと思っていました。ですので前から事務所の近くでおいしいお酒とおつまみのある居酒屋を探していました。そしたら、丁度私が居酒屋に一度行ってみたいという話を聞いた川島さんからいいお店を教えていただきました。それから、川島さんと一緒にそのお店に行く約束をしました。
ですが、約束の日に川島さんに用事が入ったため行けないとの連絡が来ました。とはいえ、もう私は店の前まで来ていたのでここで帰るというのも勿体ないですし何よりお店から漂ってくる美味しそうな匂いには逆らえません。一人での居酒屋は少し緊張しました。
後になって考えるとここで帰らないでよかったと思います。
お店は、とても繁盛しているようでどこの席も埋まっています。私が入り口でどうしようかと思っているとお髭がとってもチャーミングな方が出てきました。どうやら、店主さんのようです。店主さんは相席でいいなら準備できると仰ったのでお願いしました。するとテーブル席に座っている方のもとに行き二言三言話しているようです。そこに座っている男性がこちらをちらりと見てから店主さんに答えるのが見えました。それから店主さんが私の元に戻ってきてました。相席させてもらえるようで案内していただきました。
とりあえず、メニューにあるおすすめの品を注文しお酒は日本酒にしました。店内はとても賑やかで温かな雰囲気です。こういった雰囲気のお店は初めてですがいいものですね。
お料理とお酒が届くまでの間に正面に座っておられる方を観察してみます。スーツ姿で枝豆をつまみながらおいしそうにビールを飲んでおられます。
見た目は、色素が薄いのか少し茶色かがった髪にスッと筋の通った鼻筋でモデルをされていてもおかしくはないような容姿の方です。そして、今のお酒の入った表情は、気が緩んでいるのか目元が柔らかく解れ見ている私までリラックスしてしまいます。それに、とても美味しそうに飲んでおられるので私も今日くらいは日本酒ではなくビールにすればよかったかしら。そんなことを考えていると私の注文したお料理と日本酒が届きました。早速、頂こうと思います。お猪口に日本酒を注いでまずは一杯です。ゆっくりと飲み干して顔を上げると目の前の男性が微笑ましそうな表情で私を見ていました。私は少し照れ臭くなって
「私日本酒が大好きなんです。ここのお店のお酒は私の口にぴったりです。貴方はビールがお好きなのですか?」
と少し照れくささを隠す様に言いました。それから、このお店には久しぶりに訪れたという男性との間で会話が弾みました。男性はこの近くにある博物館に勤務している学芸員さんだそうです。学芸員という職業はあまり耳にすることがなかったのでお聞きしてみると博物館などで働いたり、貴重な史料を扱う仕事だそうです。これには国家資格が必要だそうで彼は大学生の頃からずっと勉強されていたと仰っていました。私は、今まで関わっていた世界とは全く違う世界でとても楽しませていただきました。
私は彼の話すお話がとても楽しく色々とお聞きしてしまいました。分からない事があれば彼は私の表情からそれを読み取り私に分かりやすいように言い換えて教えてくれます。仕事のお話やその中での愚痴なんかも私の知る世界とはまた違ったお話で彼の語る話にどんどんと引き込まれていったしまいました。
博物館にはいままで殆ど行ったことがありませんでしたが彼の話を聞いていると少し行ってみたい気持ちになりました。
気が付けばお店の閉店時間が間近になり名残惜しいですがお別れしなくてはなりません。終電の時間も過ぎてしまっているので私はタクシーで帰る事にしました。彼はそんな私を途中まで送ってくれました。
別れ際に彼は
「こちらこそ楽しかったです。では、また何処かで」
と一声私にかけててくれました。彼のその言葉は社交辞令かもしれませんが私は本心でもう一度お会いしてお話したいと思いました。
あの楽しかった相席の日から半月ほど経った頃、プロデューサーさんから博物館でのレポーターのお仕事があると聞かされました。博物館と言われて私の脳裏にはあの相席でお会いした彼の姿が浮かびました。仕事を受けるかと聞いてくるプロデューサーさんにすぐにその仕事をお受けする旨を伝えます。彼は都内の博物館に勤務していると言っていました。もしかしたらまたお会いできるかもしれないと思うと少し胸が高鳴りました。
リポーターのお仕事の下見で再び彼と再会ししました。
そのとき私はとても驚きましたが、それ以上に私を見た彼のほうが驚いた様子を見せた時は失礼ながら笑ってしまいました。ふふっ、端から見る彼はクールな印象を感じさせますが話してみるとそんな印象を払拭させるほどとても表情が豊かな方でした。
とはいえ、お仕事中というのもあるのかすぐに居酒屋でお会いした時のような柔らかな雰囲気と優しい口調から一転し真面目な表情に固い口調に変わったとで少し残念に思います。しかし、下見中の案内の中で私の表情から読み取って説明してくれたり案内する際のエスコートといった気配りは変わらず嬉しく思いました。
また、この時に初めて彼の名前を知りました。『小暮航』それが彼の名前です。私は、口に出して彼の名前を呼んでみると前を歩く彼が振り返りました。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、何でもありません」
「そうですか。もし何かありましたらお気軽にご質問ください」
相変わらずの固い口調と表情です。もう少しあの時のように接してもらいたいと思いましたがこれが彼の仕事の時のスタイルなのでしょうから知り合ったばかりの私がずけずけと口を出すのは気が引けました。
その後お世話になった博物館の職員の方々にもお礼を言いたいと小暮さんにお伝えすると快く事務室まで案内していただきました。私が興味深そうに周りを見渡しながら歩いていると小暮さんは一つ一つ丁寧に説明してくださいました。
取材当日になりました。
小暮さんは先に来ていたテレビ局の方たちと先に打ち合わせをされていたそうで待っておられました。そして、取材についてお聞きしたところ今までも何度か取材されたことがあったそうであまり緊張されていないそうです。しかし、
「そうですかね。まぁテレビの取材なんかは今までに何度かありますからね。でも緊張してないわけではないです。むしろ今までで一番緊張してます」
と少し照れながら仰いました。そんな様子を見て私は一歩小暮さんの傍により彼の顔を見上げます。彼は私より身長が高いので自然と下から見上げる恰好になります。
「それはいけませんね。早く慣れてくださいね」
と言いました。小暮さんはそんな私を見るとすぐさま顔を逸らしました。あら?どうかされたのでしょうか?
それから取材は問題なく終わり、ディレクター小橋さんの一言で最後の撮影が終わりました。取材班の方のお礼をいい、それから、折角また再開できたのでまた小暮さんと一緒にあのお店へ行きたいと思い小暮さんに声を掛けます。まだ、お仕事モードなのか少し冷たさを感じさせる彼に聞くのは少し勇気が必要でしたがお誘いしたところすぐに承諾を頂けました。嬉しさから胸を撫でおろしました。
しかし、私はここで連絡先を交換するという事を忘れていたため後になって後悔することになりました。
待ち合わせの一時間前に本来の予定のお仕事はすべて終わりました。しかし、ようやく事務所から出る時にプロデューサーが後ろから追いかけてきました。どうやら、明日の仕事のことで急遽変更があり、今、明日の仕事でご一緒する方が来ているので今から来てほしいとの事でした。
「プロデューサーさん、どうしても今からでないとだめでしょうか?」
「申し訳ありません」
本当に申し訳なさそうにプロデューサーさんが頭を下げます。私は、後ろ髪を引かれる思いで事務所に戻り打ち合わせに向かいました。
それから、打ち合わせをこの後に私も用事があるので出来るだけ早く済ませてくださいとお願いしましたが、打ち合わせはなかなか終わらず私は打合わせ資料と時計の間を忙しなく視線を行き来させていました。
打ち合わせが終わったのは時計の針が十一時を回ろうかという時刻です。待ち合わせの時間から随分時間が過ぎていました。それでも私はこのまま何もせずに帰るわけにも行かずすぐさまタクシーを拾ってお店に向かいます。
自分から約束しておいてこの様です。小暮さんには本当に申し訳ないことをしてしまいました。タクシーの後部座席で私は一人ため息をつきました。あともう少しで待ち合わせのお店です。おそらくそこに小暮さんはもういないでしょう。そうしてふと目線を窓の外に向けるとそこにはゆっくりとした足取りでどこか危なげに歩く男性の姿が見えました。しかも、その後姿は博物館で私を優しくエスコートしてくれた彼の姿にそっくりです。そのままタクシーは歩く男性の横を通り過ぎました。私は男性の顔を確認する為に通り過ぎるタクシーの後部ガラス越しに振り返りました。そこには、繁華街の賑やかな灯に照らされている小暮さんの姿がはっきりと見えました。
「運転手さん。ここでいいです。降ろしてくださいますか?」
「ええ?ここですか?もうすぐ目的地ですよ」
「いえ、ここでいいですので」
手早く運賃を払いタクシーから飛び出す様に走り出しました。
「小暮さんっ!」
私は普段あまり出さない大きな声で呼びかけます。私の呼びかけに少し遅れて彼が顔を上げました。彼は不思議そうにこちらを見た後に見た後、パァっと明るい表情に変わり片手を挙げ
「やぁ、遅かったね高垣さん。この後俺の家で飲まない?」
お仕事の時とは打って変わって表情豊かな彼に私は安心しました。彼のお仕事の際の冷たさを感じる表情も嫌いではありませんが私はこちらのほうが好きです。
「小暮さんがよろしいならご一緒させてください」
「勿論。いいともー」
25歳児よ、そいつはただの酔っぱらいや!
今回の話で今までの主人公との絡みの話を済ませようと思いましたが少し長くなったので二話構成になりそうです。