高嶺の花と   作:haze

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毎回一話を3000文字を目安に書いてますが気が付けばそれを超えていることがあります。
今回は、主人公の内心に少し変化が…


改めまして

 さて、高垣さんからの返信も確認が終わったのでここからはしっかりと仕事に励もう。本日の俺の業務はようやく終わりを迎えた燻蒸した文書を収蔵庫への保管作業と安定の調書作成と展示室の確認、企画展示の助っ人である。

 まずは更衣室へ移動してスーツから作業着へと着替える。別に私服や作業着のまま通勤してもいいのだが自分の中での仕事とプライベートを分ける習慣としてスーツで勤務している。まぁ、正直なところ私服だと毎日の服選びが面倒なだけだが。

腕時計を外して気持ちを入れ替えるために深呼吸を一度する。

 

 「よし、やるか」

 

 ここからは真面目な俺である。更衣室からそのまま燻蒸室へと向かう。燻蒸作業は学芸員の仕事の中でも危険度が高い。文書等に害を与える虫等を殺すために使われるガスは人間にも勿論有毒だ。ほんの少し吸ってしまうだけであの世にいける。そうならないためにも気を付けなくてはならない。

 燻蒸室へと到着した俺は室内監視パネルを確認し、内部のガス濃度を確認する。昨夜の夜からガス排出を行っていたのでどうやら室内に入っても問題ない。燻蒸に使用するガスが漏れないように特別製の扉を開け近くに置いてあった台車を持って中に入る。燻蒸室には最近寄贈された文書がしっかりと殺虫できるように広げられている。それらを一つ一つ確認しながら台車に移動させていく。元々の保存状態が良かったのかそれほど状態が悪くないこの後に控えるこの史料の調書作成は少しは楽だろう。

 燻蒸を終えた史料を台車にのせたら次はこいつらを収蔵庫へ運ぶ。収蔵庫の二枚扉を開け、史料番号に間違いがないか確認しつつ中に収めていく。ここで番号に間違いがあれば確認作業で残業街道まっしぐらの地獄をみる。

 

 この後に燻蒸室と収蔵庫を何度も行き来していたら午前が終わった。この後に昼休みを挟んだら午後の業務である。事務室に戻る前に手を洗う。すると、企画展で忙しく少しやつれているゴリちゃんがやって来て俺の隣で手を洗った。

 

 「よぉ、ゴリちゃん。お疲れのようだな」

 

 「ああ、どうにか企画展の開催は出来たけどよ。解説したり来館する教授の相手なんかでサボれねぇ」

 

 「だろうな。俺も前に企画展の担当になってから結構たったからそろそろ俺の番か。だりぃな」

 

 「もう当分やりたくねぇ。はぁ、やめだやめだ。折角の休み時間が勿体ねぇ。航はいつも通りコンビニ飯か?たまにはそとで飯食いに行こうぜ」

 

 そう言ってゴリちゃんは自分の頬を両手で叩いて気分を切り替える。

 

 「いや今日は買って来てねぇ。折角だ近所に出来たカレー専門店にするか」

 

 「おっいいねぇ」

 

 そう言って二人で一度事務室に戻ってから腕時計を着け財布とスマホだけ持って外へ出る。

 

 

 

 

 博物館の前の道路に街路樹として植えられている桜はその花弁を完全に散散らせて新緑へと変わっていた。俺達は歩いて5分ほどの場所に出来たカレー専門店へと向かう。

 ゴリちゃんとは他愛のない話をし続けスマホを見る。高垣さんからのメールに何か返すべきだろうか?いやでも余りやり過ぎても相手に迷惑だしなぁ。しかし、うむ、どうしよう。

 スマホを手で弄びつつ考える。

 

 「おい、航。さっきから唸ったりしてどうした?」

 

 「あー、最近連絡先を交換した人から連絡きたんだが返信を返すべきかどうか考えてる」

 

 「はぁ?んなことかよ。取り敢えず返しときゃいいんじゃね?」

 

 「そんなもんか?」

 

 「無視されるよりかいいだろ。それに相手がうぜぇって思ったんなら無視すりゃいいだけだしな」

 

 「そうだな」

 

 取り敢えず

 

 『次は今回みたいにやらかさないようにしますのでこれからもどうぞよろしくお願い致します。

部屋のカップ麺見られたんですね。たまにはしっかり食事したいと思います。

 

昨晩は結構ビール飲まれてましたがその後大丈夫でしょうか?お仕事に支障はございませんか?高垣さんこそお体にお気をつけください』

 

 うむ。こんなもんでいいか。取り敢えず送信っと。

 

 

 俺が文面を考えているうちにカレー専門店に到着した。昼飯時で少し混んでいたがどうにか座ることが出来た。

初めて来る店なので取り敢えずオススメのメニューを頼んでおく。

 氷の入った水が置かれ一気に飲み干すゴリちゃんを眺めながら昨夜の事を思い出す。

 

 あれは夢ではなかった。よくよく思い出そうとすれば少しずつ記憶が鮮明になっていく。はぁ、なんか高垣さんの手掴んでるし、色々やってるわ。元々そんなに悪酔いする体質ではないのだが気が付けば色々とやらかしていた。俺はこんなに自制心の弱い人間だっただろうか?はぁ、訴えられたら確実に終わるな。とはいえ、今朝の感じでは余り気にしてない感じだったし大丈夫か?それにしても彼女可愛かったなぁ。

 

 「おーい、航?カレー来たぞ」

 

 「あ?おお。んじゃ食うか」

 

 注文したカレーがきたので取り敢えず食うか。

 

 

 つか、このカレーめっちゃかれぇな!おい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒリヒリと痛む舌を気にしつつ、職場へ戻る。その道中スマホを確認すると高垣さんから返信が来ていた。

 

 

 『食事はちゃん摂ってくださいね

 

二日酔いは大丈夫ですよ。それより、もしよろしければ次こそゆっくり居酒屋で飲みませんか?お返事お待ちしております』

 

 

 「ふぅ」

 

 文面を確認した後、大きく息を吐いて天を仰ぐ。おお、神よ。天はまだ我を見放していなかった。

 

 「よしゃ!おら!」

 

 「うおっ!?どうしたんだよ?びっくりした」

 

 急に声を出した俺に隣にいたゴリちゃんがびっくりしていた。

 

 「おおすまんすまん。まぁうん。天はまだ俺を見放していなかったようだ」

 

 「なんだそれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから高垣さんとは色んな居酒屋を二人で巡るようになった。互いに連絡を取りつつ休みの日や仕事終わりに居酒屋巡りをするようになった。今まで仕事ばかりだった俺にとっては今の居酒屋巡りは生きがいである。最近は段々と手探りで図っていた距離感埋まってきた……と思う。出会ってからそろそろ三ヵ月経つ。最近は高垣さんに対して仕事以外では畏まった話し方をしなくなった。というか、お願いされた。

 飲み屋で二人で珍味をつまみつつ話していると

 

 「あの小暮さん。今はオフですよね」

 

 「え?はいそうですね」

 

 「それならあの時のようにもっと砕けた話し方をしてくれてもいいんですよ」

 

 「いやまぁ、それは」

 

 「というよりしてください。私はもっと小暮さんと仲良くしたいです」

 

 「…ご検討させていただきます」

 

 そう言うと彼女は俺のほうをジトーっとした目で見てくる。

 

 「泣きますよ」

 

 「うぇ!?」

 

 「ううっ、小暮さんにとって私はその程度なんですね。あんなことまでしたのに」

 

 彼女は手を目元に当てて泣きそうな表情になる。周りからの視線が痛い。ちょっ!?マジか!もしかして泣かした?っていうかその誤解を招く言い方はやめようね!俺が社会的に死んでしまいます。

 

 「分かりました!分かりましたから!ほら泣くのをやめてください」

 

 「本当ですか?」

 

 そう言って指に隙間からこちらを伺う。

 

 「はい」

 

 そう言うと彼女は悲しそうな表情から一気に花開いたかのような綻んだ笑顔に変わった。それからお猪口に注いだ日本酒を一口飲む。

 

 「ふふっ、それじゃあこれからお願いしますね」

 

 呆気に取られてからはぁ、と額に手を当て息を吐く。

 

 「どうしました?」

 

 「はぁ、本当に泣かれたかと思ってマジでビビった」

 

 「ふふ、渾身の演技をしました。今までで一番の出来かもしれません」

 

 「今日の出来事で高垣さんのイメージが一気に変わりましたよ」

 

 「ふふっ、それはお互い様ですよ?私もお仕事の時とオフの時の小暮さんには驚きました。」

 

 そう言って楽しそうに笑う。

 

 「そりゃ今はオフですし多少はね」

 

 「私も同じです。アイドルとしての高垣楓ではなく、今ここにいる私はただの高垣楓ですから。ふふっアイドルにもオフの時間はあるんですよ?」

 

 そう言って彼女は左手にお猪口を持ったまま俺に見惚れてしまうような笑顔を向けてくる。

 

 

 

 

 

 彼女にとってこの出来事は俺と飲む日々の中で何気ない会話だったのかもしれない。しかし、俺にとっては少し違った。

 俺は意識しないうちにどこかで彼女との間に一線引いていたことに気が付いた。それも無意識のうちに彼女と距離を開けようとしていたのかもしれない。俺はいつも彼女のことをアイドルとしての高垣楓として認識していた。それはたとえ居酒屋で会う時もそうだったのだろう。意識的か無意識的かと言われれば無意識のうちにそういった認識をしていたと思う。それは彼女に対してとても失礼な事だっただろう。歩み寄ろうとしているのに何時までも他人行儀に接してくる人間ほど話しにくいことは無い。

 しかし、彼女はそんなどこか一線を引いていた俺に対して何気ない言葉でそれを気づかせてくれた。俺は今まで仕事上では非常に多くの人間と関わってきた。しかし、こういったプライベートで誰か過ごすという経験は非常に少ない。職場でも気軽に話すのはゴリちゃんくらいだ。だから、あまりこういった雰囲気に慣れてないし、あまり人と話すのは好きではない。煩わしいのだ。

 

 ただ、それでも今こうしている時間は楽しい。自分でも驚くくらい自然と言葉が出てくる。そして、目の前の彼女にも楽しくいてほしいと思う。そう考え俺は、改めて彼女に声を掛ける。

 

 「高垣さん」

 

 「はい?どうかしましたか?」

 

 「改めまして小暮航です。今後ともよろしくお願いします」

 

 不意の俺の自己紹介にぽかんとした彼女だがそれから花のように笑い

 

 「ふふっこちらこそよろしくお願いします。ただの高垣楓です」

 

 




燻蒸作業は虫との戦いです。一度展示ケース内に蠢く奴らを見つけたとなればもう戦争だ。一匹残らず〇〇てやらぁ!



楯無の方からこちらも見られてる方も多いかと思いますが、こちらは原作ルートをあまり気にする必要がなく書けるのでまた違った楽しさがありますね。
さて、来週まで少し忙しくなると思うので更新頻度は無理のない範囲になりますので次回も気楽にお待ちいただきたいと思います。

そして感想をくださる方々、誤字報告をしてくだる方々毎回ありがとうございます!
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