わずか100㍍。
人類が走りきるのに10秒も必要のない距離は。
世界を、一瞬で盛り上げる。
スポーツの原点にして、個人の能力にのみ依存する競技。
そしてその全ては、一瞬で終わる。
わずかその一瞬のために、多くの人間が、多くの競技者が、魅了され、虜になった。
齢すでに100を越えた人間も、義務教育さえ受けていない幼子さえも、その一瞬に夢を見た。
陸上競技。
青春のすべてに《それ》を関わらせた少年たちの物語の一端を
お見せしよう。
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「on your mark《位置について》」
聞きなれた合図に自然と足が動く。
ゆっくりと目を開け、前を見る。
直線。
広々としたサッカーコートの芝生の回りに、青色の床。床の上には白色のラインが引かれており、9つのレーンを作っている。
目の前にはプラスチックで出来ているであろう黄色く、四角錐型を真ん中で切り取ったような箱が置かれており、その箱に《4》という数字が書かれている。
その箱をよけて前に進むと、スターティングブロックが設置されていた。
ブロックの一歩前に進みしゃがみこむ。
後ろ足になるであろう左足をブロックにかけ、しっかりと踏み込む。
同じように右足をブロックにかけ、しゃがみこんでいた上体を腕で押し上げて再び前を見る。
小学生の頃からずっと変わらずやってきたこの動作は、最早一種のルーティーンと化していた。
上体を倒し指を地面に着け次の合図を待つ。
ここからは、よく覚えていない。
何時ものことだった。
気がつけばいつも、ゴールラインを駆け抜けたあとなのだ。
今回も今回とて例に漏れなかったが、いつもと違うことが1つ。
ゴールラインを駆け抜けたときに、前に誰かいる。
当たり前だが、負けたのだ。
記録は、ベストタイムであったのだが、それでも全くもって通用しなかった。
こんな経験は、始めてではない。
あのときも、今回も、やはり悔しかった。
あのときは、ずっと競いあっていたライバルが一気に速くなっていって、自分だけ取り残されたように感じた。もちろん、悔しさの他にも色々あった。
だから、人一倍練習したし、長所を生かすように努めた。短所は無くすように努力したし意気込みだって負けてないだろう。
その結果、記録は中学に上がった一年目から、一気に良くなったし、二年、三年と学年を重ねるごとに速くなった。
中学生の憧れの舞台である全中にもこうして個人で出れるようになったのだ。
しかし、全国の壁は厚かった。
才能。努力。大舞台での経験や、自信。感情のコントロール。
久々のぼろ敗けだった。
《俺》は、改めて悔しさを知った。
結局、もう1つの個人種目である走幅跳でも、心の整理が付かず思いっきり跳ぶことは出来なかった。
結果は4位。
小学生のときに親しかったが、引っ越しで別れた友人が、優勝し《俺》は、この大舞台で個人のメダルをとることは出来なかった。