鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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タイトルにもあるように、おかげさまで投稿百回目を迎えることができました
これもひとえにお読みいただいている皆様のおかげです
お礼になるかどうかは分かりませんが、いつもとは違う感じのお話を書いてみたので
ぜひお読みいただければと思います



投稿百回目記念特別編

「金剛、加賀、長門、三人とも明日の夜は明けておいてね」

 

「了解した。だが、なにがあるのだ?」

 

 提督室にたまたま揃った三人に唐突にそんなことを告げると、長門が聞き返してきた。

 

「んー、ちょっとね。ま、悪いことじゃないから安心して頂戴。そうねー、ヒトキュウサンマルくらいには仕事を終わらせてもらえるとありがたいかな」

 

 私はそれだけ言って仕事に戻った。三人とも顔を見合わせて首をひねっているけど、別に大したことじゃないしそんなに気にしなくていいのに……まぁ、大したことじゃないなら言っても構わないんだけど、そこはほら、ねぇ?

 

 ってことで翌日。仕事を終えた長門が提督室へとやって来た。金剛と加賀はこの部屋にあるそれぞれの机で事務仕事をしていて、それももう片付けに入っている。

 

 というか二人とも今日一日ずっと気になっていたようで、そわそわしたり二人でこそこそ何かを話したりしていたみたいだ。こっちには気づかせないようにしていたみたいだけれど、普段ピシッと仕事をしているだけにちょっと様子が違うだけでも結構目立つのよ。

 

 とは言え私の話しぶりや、時間なんかから予想はついているらしく、後半はどちらかというとワクワクしてるような表情だった。そして長門が入ってきた今も……

 

「ヘーイ、ナガト、遅かったネー」

 

「……待ちくたびれました」

 

「ん?まだ昨日言われた時間には早い気がするのだが……あ、いや、すまん」

 

 ふふっ、あの様子だと二人はもう気が付いてるわね。それならもう隠しておく必要もないけど、まぁ実際に行くまでは黙っておきましょうかね……でも、あれは通常営業が終わってからだから、今から行ってもまだ早いわよ?

 

 早く行こうと無言でアピールして来る部下たちをなだめながら、少し世間話で時間を潰してから駐車場へと向かい、車に乗り込む。

 

「今日は皆サンも一緒ですカー?」

 

 ドアに手をかけたときに気が付いたのだろう、開けるなり室内にそう声をかけた。

 

「ええ、提督殿からお誘いいただきましてね。我々も久しぶりなので楽しみにしておるのです」

 

 金剛の質問に答えたのは先に乗り込んでいた司令部付きの妖精さんだ。そのほかにも工廠妖精さんと、任務妖精さんも手を振っている。

 

 ちなみに妖精さん達が座っているのは後部座席にある埋め込み式のアームレストに装着された特設シートだ。元の車自体はいたって普通の4シーターセダンなのだけれど、妖精さん達の手によって魔改造が施されていてこれもその一つ。ぶっちゃけこういう謎装備がいくつあるのか把握しきれていない……妖精さん、やりすぎ……。

 

 さて、皆乗り込んだところでエンジンスタート、鎮守府を飛び出して海岸通りを進んでいく。ぽつぽつと街灯が立ってるだけの暗い道からトンネルを抜けると、市街地の明かりが見えてくるのだけれど、実はこの景色が結構好きだったりする。

 

 この明かりの一つ一つの下にみんなが暮らしていて、私の仕事がそれを守る助けになってると思うと、なんだか嬉しくなってくるよね……って、こんなこっぱずかしい事誰にも言わないけど。

 

 と、そんなことを考えながら運転していると、秀人の店が見えてきた。店の隣にある小さな駐車場に車を止めて、皆に声をかけた。

 

「さぁ着いたわよー。降りて降りて」

 

 私のその言葉にキャイキャイと楽しそうに車を降りる一同。妖精さん達も三人の肩に乗って一緒に降りた。そのまま金剛が開けてくれた扉をくぐって店内へと入ると、いつものように秀人が声をかけてくる。

 

「いらっしゃいませ、ご予約のお客様ですね……待ってたよ」

 

 芝居がかった大げさな仕草で出迎えをしてくれたんだけど、私のしかめ面に気が付いたのか、めんどくさくなったのかはわからないけど、すぐにいつも通りのやり方に戻した。

 

 そんなならやらなきゃいいのにと、ちょっと呆れながら手を挙げることで返事とすると、私に続いて入ってきた三人もそれぞれ挨拶をする。

 

「ハーイ、ヒデトサン、こんばんはデース」

 

「こんばんは、店長さん」

 

「久しぶりだな、店主殿」

 

 嬉しそうに挨拶をする三人の声を聴きながら、ずいぶん懐いたものねと苦笑いを浮かべた。

 

 新たな試みをしている組織の長という立場からも、それに幼馴染という個人的な立場からしても、かわいい部下たちがこうして慕ってくれるのは嬉しくなる。ただ、この子達の場合、初めて出会った一般男性ってことで刷り込みっぽい感じもあるけど。

 

 でもまぁ、昔から秀人は人当りも良かったし、関係ないか……そう言えば中学の時も……っと、思考が飛びそうになったところで長門から声がかかって慌てて席に座る。

 

 私が席に着いたのを確認して、秀人がまずはと、食前酒とお通しを並べてくれた。

 

「食前酒はこの間リットリオさんに出して好評だったなんちゃってリモンチェッロと、お通しはたけのことかぶのローストバジルソースがけだ。さくらは車置いていくんだろ?アルコール大丈夫だよな?」

 

「もちろん!そのためにこの時間で予約したんだから!ところで、ちょっと気になってたんだけど、それなあに?」

 

 秀人の質問に答えながら、入ってきたときから気になっていたものを指さして聞いてみる。

 

「あぁ、昨日上に行ったときに貰ったんだけど、裏庭に植えようかと思って。ただ、小さいし花が散るまではここに置いておくのもいいかなって。こんな大きさでも咲くもんなんだな、桜って」

 

 その気になっていたものとは桜だ。卓上に置くには少し大きいような気もしないでもないが、小さな植木鉢に入れられた桜の苗木が、いくつか花を咲かせてカウンターの上に置かれているのが気になっていたのだ。

 

 昔の家にも私が生まれたときに植えたという桜の木があって、毎年その木の下で秀人の家族とお花見したものだ。島を出る時に結構な大きさになっていたのでどうしたものかと気になっていたのだけれど、戻ってきて恐る恐る確認に行ったら、そこは公園になっていて桜の木も残っていたので、ほっとしたのを覚えている。

 

「へぇ、小さくて花の数も少ないけれど、なんだか風情があっていいじゃない。今年はゆっくり時間を取ってお花見ってできなかったし、ちょうどいいわ」

 

 私以外の三人もなんだか見とれているようで、しばし静かな時間が流れる。妖精さん達も見上げるようにしてその桜を眺めていた。

 

「んじゃ、いくつか他のも作ってくるから、なんかあったら呼んでくれ」

 

 秀人のその言葉に軽く返事をして、皆の方を向き直って話しはじめる。

 

「鎮守府の方も最近は落ち着いてきたからね、今日は立ち上げから支えてくれたあなた達にお礼の意味も込めて声をかけさせてもらったの……とまぁ、堅苦しいのは抜きにして、楽しみましょ?じゃ、乾杯」

 

 そう言ってグラス同士を軽く合わせて口に運ぶと、レモンの爽やかな香りが鼻を抜け、弱めのアルコールと炭酸が喉を刺激する……うん、おいしい。

 

 隣に並ぶ子達からも、ため息のような声が漏れるのが聞こえた。

 

「Oh……これはおいしいデスネ」

 

「このつまみもなかなか。たけのこをこのような味付けで食べたのは初めてだが、洋風でも合う物なのだな」

 

 そんな感想が聞こえたところで妖精さんの方を見ると、流石に一人前は多いので特別に用意された量をシェアしながら食べていた。っていうか、その手に持ったナイフとフォークは自前?……

 

 ゆっくり流れる時間と会話を楽しんでいると、そろそろ最初の一品目も無くなろうとしていたところで、加賀がぽつりとつぶやく。

 

「……すこし食べたらお腹がすいてきました……それにこの音は……」

 

 そんな彼女らしい一言が出て、皆でひとしきり笑いながら同意したところで秀人が次の一品を持ってきて、さっき加賀が言っていた音の正体が明らかになった。

 

「ほい、揚げたてメンチお待ち!で、メンチにはこれだろ」

 

 秀人が持ってきたのはジュウジュウ、パチパチと音を立てる揚げたてのメンチカツ。少し小さめに作ってあって、それが山盛りだ。しかもキンキンに冷えたビールも一緒に……あー、これは見ただけでわかる。やばいやつだ。

 

 一口で一気にいくには大きいけれど、ナイフなんて洒落た物は使ってられないと、箸でつまみ上げたそれにかぶりつく。まずは何もつけずにそのままだ。

 

 ザクッと気持ちのいい音を立てて衣を破れば、口の中に肉汁がこれでもかとあふれ出る……そして噛めば噛むほど感じられる肉の旨味と、野菜の甘味。でも、普段食べているメンチよりも甘味が強いような気がする。それにこの食感……。

 

「Wow! コレはCabbageデスカ?甘味があっておいしいデース!」

 

「あぁ、春キャベツを使ったキャベツメンチだよ。みじん切りじゃなくて短冊で混ぜ込んでるから食感も残ってるだろう?」

 

「ハイ!シャキシャキで甘くておいしいデース!」

 

 なるほど、キャベツメンチか。大きめに切られたキャベツがシャキシャキとしっかり存在感を主張している。そして、ここでビールを…………んー!……うまい!

 

 次はソースにしようかと、ソース入れに手を伸ばしたところで「そうだ、忘れてた」なんて間の抜けた声で言いながらとんでもないものを持ってきた。

 

「はい、ロールパン。残ってるだけだからこれで終わりなんだけど、良かったらどうぞ」

 

 秀人が差し出したバスケットからロールパンをひとつ……いや、ふたつ掴んで秀人に無言で差し出す。すると、秀人は私が何も言わなくても、それを受け取って真ん中にナイフで切れ目を入れて返してくれた。うむ、苦しゅうない。

 

 切れ目の入ったパンの中に千切りキャベツと半分に割ったメンチカツを挟んで、上からソースをタラり……ちょっとずれて指についてしまったけれど、お構いなしで口に運んだ。

 

 んー、メンチの割れ目から染み出た肉汁と、ソースが混ざってパンにしみ込んで……生の千切りキャベツとメンチの中の火が通ったキャベツの食感の対比も面白い。そしてこれも当然ビールに合わない訳がない。

 

「て、店主殿!私のも頼む!」

 

 長門のその一言に金剛と加賀も続く。うんうん、そうしたまえ。それもまたメンチカツの正しい食べ方の一つなのだから。

 

「さて、みなさん。次は焼き魚にしようと思うんだけど、お酒はどうする?」

 

 そんな秀人の質問に、加賀と長門は日本酒を、私と金剛はビールを頼む。んー、焼き魚かー何が出て来るんだろう。

 

 ちょっとワクワクしながら「これでも摘まんでて」と持ってきたお新香をポリポリやって、ビールを飲んでいると、不意に長門が口を開いた。

 

「そう言えば今日はほっぽちゃんはいないのだろうか」

 

 あー、長門ってばこう見えてかわいい物好きだし、面倒見もいいのよね。

 

「さぁ?もう寝ているのでは?ま、起きていたとしても無理に呼んでは駄目よ長門。せっかくこの島に慣れてきたというのに怖がらせてしまうわ」

 

「そうですネー。それにしても皆サン仲良くなれて良かったデスネ。最初はビックリしたデスケド」

 

「全くだわ。提督に何の説明もないままここへ連れてこられたときは何事かと思いました」

 

 あれ?そうだっけ?車でここまで来る間に軽く説明した気もするけど……

 

「まぁ、今は仲良くやってるんだし良いじゃない」

 

 って、あれ?加賀ったら、そんな頭抱えないでよ。金剛と妖精さん達もやれやれみたいなジェスチャーやめて欲しいな。長門は……あれ、落ち込んでる。あぁ、さっきの加賀の『怖がらせる』ってのが効いてるのね……。

 

「あれ?皆どうしたの……まいっか、はい。金目鯛の自家製一夜干しと、加賀さんと長門さんには日本酒、人肌燗でどうぞ」

 

「おお!なんという馥郁(ふくいく)たる香り……やはり酒はこれくらいの温度が一番香りが立つな。ほら、加賀」

 

「ありがとうございます。ほんと、良い香りだわ。さぁ、長門も」

 

 長門……日本酒の香りで復活するなんて……まぁ飲兵衛二人はほっといて……金目鯛いただきますっと。んー、一夜干しだからかしら?ふんわりした身の食感は残りつつ、味もしっかりしてるわ。ちょっと小ぶりだけど脂ものってて……やっぱり日本人は焼き魚よね……。

 

「ねぇ加賀、それ一杯頂戴?」

 

「ふふ、やはり焼き魚には日本酒ですよね提督」

 

「まぁね。でも、一杯で良いわよ。あなた達みたいに蟒蛇じゃないから」

 

「そうですね。こうして美味しい食事とお酒をたくさん楽しめるという点は、艦娘であることに感謝しなくてはなりませんね」

 

 あー、あの加賀がこんなこと言うなんて、少し酔ってるのかしらね。ま、楽しんでもらえてるみたいで何よりだわ。

 

「いやはや、田所殿の作るものはいつも美味しいな」

 

「我々はなかなか鎮守府から出られませんからね。装備の連中はたまに持ち主の艦娘に連れてきてもらってるようですが」

 

「えー、ずるい!待遇改善を要求するー!」

 

 桜の下の妖精さん達もアルコールが入っていい感じみたいだ。とりあえず、ストライキでも起こされたら困るから、これからは定期的に地上施設担当も連れて来るようにしましょうか。

 

「美味しい魚には日本酒ももちろんですが、ごはんも欠かせませんね」

 

「Exactly! これを食べてご飯を食べないなんて、ガリョーテンセーを欠くというやつデース!」

 

 あら、いつの間にか隣の三人はご飯を頼んでたのね。金剛の言うことは分かるんだけど、私はもうお腹いっぱいだわ……っていうか、金剛ってあんまり使わないような難しい言い回しを知ってる割に、発音はまだ片言なのよね。ま、かわいいからいいけど。

 

 っていうか長門はいつの間にお茶漬けセットなんて頼んでたの?……なんか「ほわぁ」とか言いながら斜め上を向いてにやけてるし……あー、なんだかぽわぽわしてきたわ……ちょっと飲み過ぎたかしら……――――

 

 

 

――――「あれ?さくらは寝ちまったのか?」

 

 俺が最後のデザートを持ってカウンターへ向かうと、さくらは突っ伏して寝息を立てていた。

 

 植木鉢の縁に腰かけていた妖精さん達が、人差し指を立てて口に当てるジェスチャーをしてきたので、頷いておく。

 

「テートクはおちゃらけているように見えて、真面目さんデスカラ。お疲れなのでショウ……少し寝かせてあげてくだサイ」

 

「そうだな。帰りは私が背負って行こう。こう見えて私は力持ちなのだ」

 

「こう見えてって見たままですが……まぁ、確かに提督にはお手数をおかけしてばかりですからね。ですが、最近は人も増えて下も育ってきたので、これからは少し楽になると思いますよ」

 

 デザートの器を受け取りながら、口々にそんなセリフを聞かせてくれた。いやぁさくらさん、慕われてますなぁ。余ったさくらの分のデザートは……俺がもらおう。

 

 酔っぱらっているのか、いつもより辛辣な加賀さんの言葉にしょんぼりしている長門さんを慰めつつ、しばらく会話に興じる。内容は本人が寝ているのをいいことに、鎮守府でのさくらについてだ。祭りのときとか、たまに呼ばれて行った時とかに少しは見ているが、やはり幼馴染としてはどんな風に仕事をしているのか気になるもんだしね。

 

 起こさないように声量を落として話をしていると、なんだか内緒話をしているような気分になってくる。だからといって、陰口・悪口なんかは出てこない……ま、多少の愚痴は出て来るが。

 

 なんというか、当然俺が知らないこいつの姿ってやつが見えて、なんだか見る目が変わった気がする。頑張ってるのは知ってたけど……次来た時にちょっとサービスしてやろうかな。

 




今回特別編ということでさくら視点(ラストは秀人ですが)で書いてみました
そのせいで料理描写もなく、ただただ食べて飲んでのお話になってしまいましたね
そして、お花見話を書けなかったので、申し訳程度の桜要素……


お読みいただきありがとうございます
今後ともよろしくお願いいたします

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