鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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今回からお手伝い艦娘が交代します。
そんな彼女の初日の朝のお話……


四十九皿目:ふわふわほかほかブレックファースト

 先日までの雷に代わって、今日から新しい子が手伝いに来てくれることになった。手伝い希望の申請自体は前々から出していたらしいのだが、今回ようやく順番が回って来たそうだ。

 

「本日からお世話になります、よろしくお願いします!榛名、がんばります!」

 

 ということで、朝から元気に挨拶してくれたのは金剛さんの妹艦の榛名さん……じゃなくて榛名。長い髪を首の後ろあたりで結んで、気合もばっちりみたいだ。

 

「こちらこそよろしく頼む。とりあえず料理は初心者ってことだから、簡単な下ごしらえを手伝ってもらいながら練習していって、そのうちいくつかお客さんに出せるものを作れるようになれたらいいかな」

 

「はい、わかりました。でも、良いのでしょうか?榛名のような初心者の料理をお出しして……」

 

「ま、実際に出せるかどうかは俺もしっかりチェックさせてもらうし、それにこの島の男連中は可愛い艦娘の子達が作ってくれた物なら喜んで食べてくれるさ……」

 

 もちろん、お客さんに出す以上はある程度のクオリティがないと出せないのは当たり前なんだけど、この島の男どもと来たら……特に漁師連中や独身の自衛官は、艦娘が作ってくれたものなら、なんでもありがたがる傾向にあるからね。店を預かる店長としては、ちゃんとしたものを出さなきゃとは思うのだけれど、男として気持ちがわかるだけに複雑な心境だ。

 

 とはいえ、その辺も含めてのうちの店っていうのをわかって来てもらえてるようだから、問題ないっちゃ問題ないんだけど……ま、ありがたいことだよね。

 

「そうですか……頑張ります……ところで、ほっぽちゃんはまだお休み中で?」

 

「あぁ、あの子はいつも開店の八時くらいに起きてきて、店の方で朝ご飯を食べるってのが日課でね。最近じゃぽわぽわしながら食べるその姿が可愛いってんで、それを目当てに来るお客さんもいるくらいさ」

 

「へぇ、榛名も会うのはひな祭りぶりなので、ちょっと楽しみです」

 

 そう言ってふふっと笑う榛名。その笑顔にちょっとドキッとしながら、それをごまかす様に色々説明しながら作業を開始する。

 

 厨房の方の作業は榛名が来る前から進めていたので、切りの良いところで一旦ストップ。店の方に回って開店準備を榛名に説明しながら進めていく。

 

 後は扉に引っ掛けてあるプレートをひっくり返すだけといった所で厨房に戻り、開店前に本日のスープと焼きあがったパンの味見がてら、簡単に朝食を済ませることにする。

 

「ちょっと今日は時間が無くて、簡単なものですまないね」

 

 そう言って、今日のスープであるミネストローネと焼きたてクロワッサン(のちょっと形が崩れたやつ)、ササっと作ったスクランブルエッグを榛名の前に差し出す。

 

 実はこのミネストローネ、「試しに作ってみたから使ってみて欲しい」と生産施設から貰った、調理用のトマトを使って作ったもので、日本で一般的に売られている生食用のものに比べて、皮や果肉が硬かったり、そのまま食べるには味や風味が薄かったりするが、熱を通すとそれが一変する。

 

 硬かった果肉も柔らかくなり、味わいも濃くなるのに加えて、色も抜けにくいのでトマトの鮮やかな赤を目でも楽しむことができる。

 

 そんな調理用トマトを使って作ったミネストローネは、トマトのほかに角切りにしたじゃがいも・ベーコン・ニンジン・玉ねぎが入った基本とも言えるレシピだ。好みで黒コショウや粉チーズ、タバスコを振っても美味しい。

 

 そしてクロワッサンは、さすがに一から作るのは時間がかかるので、休みの日などに暇に飽かせて作り置きしておいた冷凍生地を使っている。とは言え一人で用意できる数にも限界があるので毎日は出せないのだけれど、自家製パンの中でも人気の一品だ。

 

 最後のスクランブルエッグもまたモーニングで人気の品なのだが、うちの店では普段オムレツを作るときには何も入れないで卵だけで作っているのだけど、このスクランブルエッグの時は牛乳を入れて作っている。

 

 牛乳を入れた卵液に塩を一つまみ。これをあまり熱しすぎないフライパンで焦げないように焼いていく。それだけでホテルのモーニングも顔負けのふわふわスクランブルエッグの完成だ。ここにケチャップをちょっと添えて……

 

 って言ってもホテル云々は俺も食べたことないから、作り方を教えてくれた先輩の受け売りだけどね。

 

 とまぁそんな感じの朝食を用意したわけなんだけど、榛名はそれを見るなり目をキラキラさせていた。

 

「うわぁ!簡単なものなんてとんでもないです!とても美味しそう……いただきます」

 

 そう言って手を合わせると、まずはスープカップに手を伸ばした。

 

「んー、トマトはもちろんなんですけど、それ以外にもいろんな旨味が溶け込んでて美味しいです!」

 

 彼女の笑顔を見て、俺もスープを口へ運んだ。うん、うまい。まぁ、味見しながら作ってるからちゃんとできてるのは分かってたんだけどね……それでもやっぱりこうして食べてみないと。

 

「卵もふわふわ、クロワッサンもほかほか、こんな朝ご飯を毎日食べられるなんて、ほっぽちゃんが羨ましいです」

 

 そう言ってもらえると作った甲斐があるってもんだ。さて、これからしばらく一緒にやって料理の方も練習するわけだけど、最初にちょっと聞いておこうかな。

 

「榛名は作りたい料理とかはあるのかな?好きな料理とか」

 

「そうですね……マスターさん、笑わないで聞いてくれますか?先日のお料理も美味しかったのですが、実は榛名……」

 

「おう」

 

「丼物が好きなんです。それもお肉系が大好きで……」

 

 ん?んーむ、やけに口ごもるから、どんな変な料理が出て来るかと思ったんだけど、意外と普通?本人的にはちょっと……って感じなのかな。

 

 あ、いや、確かに榛名のイメージ……というか、女の子という事からしたらちょっと意外かもしれないけど、今までにも色々見てきたからねぇ。ガッツリ系が好きと言われても動じなくなったというか、いっぱい食べてくれるのは嬉しいから大歓迎ではある。

 

「それに、鎮守府の食堂で長門さんが作ってくれた時に聞いたのですが、簡単に作れるものもあるということなので、是非作れるようになりたいな……と」

 

「じゃあ、これから色々レシピを覚えていってもらおうかな。家ではあまり作らないの?」

 

「本当ですか?榛名嬉しいです!家では……そうですね、大体金剛お姉さまが食事を作ってくださるので……代わろうと思っても『これもシュギョウデース!』と……」

 

 なるほどね……おまけに最近は金剛さんの料理の腕もかなり上がったらしく、バランスの良い献立が並ぶようだ。それはそれでいいことだけれど、じゃぁその分うちの手伝いしながら勉強して、今度作ってあげようか。

 

「はい、そうですね!」

 

 そう言って榛名に笑顔が戻ってきたところで、朝食の片づけをして仕込みに戻る。残ってた仕込みを終わらせてそろそろ開店かという頃、自宅部分につながる廊下から足音が聞こえてきた。どうやらほっぽちゃんが起きてきたみたいだ。

 

「……オハヨーヒデト……ウゥ……ネム……」

 

「顔は洗ってきたのかい?」

 

「ウン、アラッタ……デモネムイ……ハッ!?ダレ?」

 

 顔は洗ったというが、それでも眠そうに目をこするほっぽちゃんが、榛名を見つけて驚きの声を上げた。

 

「榛名よ、ほっぽちゃん。ひな祭りの時に会ってるんだけど……あんまりお話できなかったからね、改めてよろしくね」

 

 そう言って腰をかがめ、ほっぽちゃんに視線を合わせて手を差し出す榛名。せっかくだからとそのままほっぽちゃんを店の方へ連れて行ってもらい、扉のプレートもひっくりかえしてもらう様に頼む。

 

「ン、ヨロシク…………エッ!?……ワワッ」

 

 すると榛名は、ほっぽちゃんと握手したまま彼女を抱き上げて店へと連れて行った。急に抱き上げられて一瞬驚いたほっぽちゃんだったが、榛名が歩き出すとキャイキャイと嬉しそうな声を上げていた。

 

 目もすっかり覚めたみたいだし、朝ご飯を作って持って行ってあげようか。さ、今日も一日営業開始、頑張っていこう。

 




榛名さん、まさかの丼物好き発覚……異論は認め……る
それっぽい理由があったりなかったりするのですが
まぁこういうのもアリかなってことでひとつ。


お読みいただきありがとうございます

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