鎮守府島の喫茶店   作:ある介

102 / 121
タイトルにあるように今回は榛名さんにガッツリ丼を召し上がってもらいます


五十皿目:榛名とガッツリ丼飯

 さて、先ほども話したように最近はほっぽちゃんの姿を見に来るお客さんが多いということで、開店間際からお客さんが次々にやってくる。

 

 そして、カウンターの端っこで「あむあむ」と美味しそうにパンを頬張るほっぽちゃんを見て、顔を緩ませて頼むものといえば「彼女と同じモーニングを……」という訳だ。おかげでほっぽちゃんが食べているモーニングセットはいつも大人気。今日のクロワッサンみたいに数量限定だったりすると、一時間かそこらで売り切れてしまう。

 

 そもそもの数があまりないにしても、そんなに早くなくなるものかと思うかもしれないが、この時間のお客さんはうちでモーニングを食べてからまた仕事に戻るようで、結構お客さんの回転が速いのだ。おかげでこちらとしてはかなり忙しかったりするのだけれど、こういう時はモーニングタイムでメニューの種類を絞っておいて良かったと思う。

 

 ゆっくり時間をかけて、味わいながら食べていたほっぽちゃんの朝ごはんも終わり、しばらくすると客層もちょっと変わってくる。遅番の自衛官さんや施設の職員さん、早朝の仕事に区切りがついて午後まで長めの休憩というような、ちょっとのんびりしていくお客さんが多くなるのだ。

 

 こうなると店の方も、次の山場のランチタイムまではのんびりムード。お客さんと世間話がてら島内のあれこれを話すこともある。

 

 今日はちょうど施設の農業関係の研究者さんが来ていたので、部署は違うらしいがトマトのお礼と感想を伝えてもらうことにした。もちろん、そのトマトで作ったミネストローネも食べてもらって、せっかくだから魔法瓶に入れて担当の人に差し入れしてもらおう。

 

 そんな中今日が初日の榛名はといえば、持ち前の明るさと人当たりの良さですっかりお客さんとも打ち解けていた。

 

 先ほどの忙しい時間帯もテキパキと給仕をこなし、今も食べ終わった食器を下げたり、お冷を注いだりしながらお客さんとにこやかにやり取りしている。

 

「榛名、初日だけど動きも機敏で無駄がないし、いいね」

 

「はい、ありがとうございます!高速戦艦、金剛型の名は伊達ではありませんから!」

 

 榛名がこっちに戻ってきたときに褒めてみれば、そんな言葉が返ってきた。高速戦艦ってそういう事?……じゃないよね?

 

 今日はまだ料理の腕的に厨房の手伝いができないのはしょうがないとして、その分ほっぽちゃんと一緒にフロアの方を頑張ってもらう。

 

 フロア業務を頑張る榛名を見て、今日の昼は好物だという丼物にしようかと考える……とはいえ、どうせなら榛名が食べたことがなさそうなものを作りたいもんなんだけど……と注文の品を作りながら厨房内を見渡すと、ある調味料が目に入った。

 

「ソースか……そう言えば……」

 

 以前知り合いに紹介してもらって以来、すっかりうちの定番になっている、とある地方メーカーのソース。確かそのメーカーの地元ではこのソースを使った名物丼があったはず……ということを思いだし、手が空いたところを見計らってレシピノートをめくる。

 

「あった、これだ。今日はこれにしよう」

 

 レシピは聞いたことがあったのだが、今まで作る機会が無かったメニューをせっかくだから賄いってことで試作してみて、美味くできたら定番メニューにしてもいいかなと思う。よし、そうと決まればソースだけでも先に作ってしまおう。

 

 トマトとリンゴをふんだんに使って甘味を出しているというそのソースをベースに、かつおだし・醤油・みりんを加えてひと煮立ち。和の旨味と甘味を加えて、元のソースよりもサラッとした感じに仕上げる。とは言えとろみが失われているわけではないので、衣にもご飯にも良い感じに絡んでくれるだろう。

 

 本来ならこれを一晩寝かせるとさらに美味しくなるらしいのだが、今日はとりあえず粗熱が取れたら、このままラップをして置いておくことにする。

 

 そうこうしている間にランチタイムに突入。時間的にはまだ早いが、ちらほらとランチ目当てのお客さんが入ってきたので、スイッチを切り替えてそちらの対応をすることにした。

 

 

 

 

「ふたりともお疲れさん。休憩にしよう」

 

 ランチタイムの最後のお客さんが帰って、片づけをした後二人にそう告げた。

 

「オツカレー。ヒデトオナカスイター!」

 

「ふー、流石に疲れましたね。榛名もお腹……すきました」

 

「榛名も慣れないことして疲れただろ、二人とも手を洗ってそこのテーブル席にでも座って待っててくれ、すぐにお昼にしよう」

 

 そう言って二人を促して、俺も厨房へ戻って昼飯を作り始める。

 

 さて、ソースはできているから次はカツを揚げていこう。と、ここまで言えばもうわかると思うが、今日の賄いはソースカツ丼だ。

 

 ここで使うのは豚ヒレ肉。薄めの衣でサックりと揚げた豚ヒレカツの脂をしっかり切って、先ほど作った特製ソースにとぷりとくぐらせる。ソースに触れた瞬間ジュワッっと音を立てて、衣にソースがしみ込んでいくのだが、いつものロースかつに比べて細かいパン粉を使って、薄めの衣で作っているので、それほどべちょっとした感じにはならないはずだ。

 

 ソースを吸ってきつね色から焦げ茶色に変わったカツを、キャベツの千切りを乗せた丼飯の上に並べていく。ちょっと大きめのカツだけど……四枚乗るかな?……あ、丼の蓋が締まらないけど……まいっか。白菜の浅漬けと味噌汁を添えて、二人の所へ持って行く。

 

「おまたせー、今日はソースカツ丼だよ。初めて作ったソースだけど、味見もしたし美味しいと思うんだよね。いい感じだったら店でも出してみようかなって思うんだ」

 

「うわぁ、すごい、蓋が浮いちゃってますよマスターさん!美味しそうなソースの香りが漏れてますよ」

 

「ハヤク!ハヤク!」

 

 浮いた蓋の隙間から中を覗き込む榛名と、テーブルに手をついたまま椅子の上で飛び跳ねるほっぽちゃん。ちゃんと座らないと、食べさせませんよ?

 

 ほっぽちゃんがちゃんと座ったのを確認してから、皆で一緒に手を合わせる。そのまま同じ仕草で丼の蓋を取ると、甘辛いソースの香りと揚げ物特有のなんとも言えない香ばしい香りが鼻をくすぐる。

 

 ほっぽちゃんは一口食べて目を見開いて一瞬止まった後は「ウマウマ」と食べ続けている。そして榛名はふたを開けた瞬間の香りを楽しんでから、カツを一枚目線の高さまで持ち上げて、うっとりしている。

 

「わぁ、見てください。キラキラしてますよ」

 

「ハルナ!ハヤクタベル!サメタラモッタイナイ!」

 

「えぇ、そうですね。では榛名、参ります……」

 

 なるほど、ほっぽちゃんは冷めないうちに食べようとがっついてたのね……一口が小さいから大変だ。

 

 そしてそんなほっぽちゃんに叱られた榛名は、さっきの表情から一変、真剣な眼差しでカツを見つめ……かぶりついた。

 

「うわ、うわー。なんですかこのソース。普通のと違いますよね?カツだけじゃなく……はむ……ごはんにもあいまふ……」

 

「とりあえず飲み込んでから喋ろうか。それはこのソースに出汁やらなんやらを合わせた特製ソースだよ」

 

「なるほど、それで……それにこのカツ、ソースが染みているのにべちゃべちゃしてませんし、とってもジューシーです!」

 

 と、そう言いながらも箸の動きは止まらない榛名。ほんとにお肉が好きなんだなと感じて、こっちも嬉しくなってくる。

 

 それに、これだけ美味しそうに食べてくれるなら、メニューに加えてもいいかな。とりあえずは日替わりで様子を見てみよう。

 

「はぁ、このソースが染みたキャベツも美味しいです。カツとご飯とキャベツをソースがうまくまとめて……榛名、感激です!これならメニューに加えても人気間違いなしですね!」

 

 感激ってのはさすがに大げさな気がするけど、そこまで言ってもらえるのは悪い気はしないよね……と、結構大盛気味にご飯を盛ったけど、これくらいならペロリだね。ただ、俺はもう十分なんだけど、二人は……。

 

「オカワリ!」

 

「……榛名も、よろしいでしょうか?」

 

 ……だよね。ほっぽちゃんも小さいのに結構食べるんだよね。

 

「はいよ、ちょっと待ってな。しっかり食って、午後も頑張ってもらわなきゃな」

 

 そう言いながら丼を受け取って立ち上がろうとする俺に、榛名は笑顔で答えてくれた。

 

「はい!榛名にお任せください!」

 

 するとここで横からも声がかかる。

 

「ホッポニモオマカセ!」

 

 ふふっ、そうだな。ほっぽちゃんもよろしく頼むよ。

 




ソースカツ丼って意外に日本各地に名物としてあるんですよね
今回は以前もネタにしたソースメーカーがある所のものをモデルにしてます
実際ソースを纏ってキラキラ光るヒレカツは
見た目にもとても美味しそうなんですよね

いつか他の地域のものも食べ比べてみたいです


お読みいただきありがとうございます

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。