鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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前回ちらっと言ったように今回はあのアメ艦に登場してもらいます


五十二皿目:英国淑女と米国少女

「マスターさん、今夜金剛お姉さまが新しく来た子を連れて来るので『ディナーをお願いしマース』とおっしゃっていたのですが大丈夫でしょうか?」

 

 今朝は榛名のそんな一言から始まった。

 

「あぁ、大丈夫だけど……何かメニューの希望とかはあるのかな?」

 

「えーっと『USAの子なのでSteakが良いと思うデース』と……」

 

 なるほど、今度はアメリカの子なのか……もしかして金剛さんが連れて来るのも英語繋がりって事なのかな?……にしても、榛名は金剛さんの真似が上手いな。まるで本人のようだ……。

 

 まぁ、それは置いておいて、アメリカの子ならやはりステーキもアメリカ風の方が良いのだろうか?それとも日本風の方が良いのかな?俺も直接アメリカ人に聞いたわけじゃないから定かじゃないんだけど、どうやら日本のステーキってのはアメリカ人に言わせると、柔らかすぎるなんて話も聞くし、そこんとこどうなんだろうね?

 

「んー、榛名は分かりませんが、せっかくですから日本のお肉の食べ方を知っていただく良い機会だと思います。多分彼女が艦娘として持っている知識とは違うとは思いますが、マスターさんが作るお料理ですから、きっと気に入ってくれます!」

 

 そっか……まぁ、この島で手に入る牛肉は和牛の中でも『短角種』と呼ばれる種類の牛で、サシが少ない赤身肉なので、『黒毛和牛』の霜降り肉に比べるとアメリカで食べられている肉に近いかもしれない。個人的にはこういう赤身肉の方が好みなんだけどね。

 

 そもそもこの『短角種』は元々東北や北海道の一部で育てられていた肉牛なのだが、それまで肉牛の九割以上を占めていた『黒毛和牛』に比べて丈夫で、原料のほとんどを輸入に頼っていた濃厚飼料の量を減らして、放牧による牧草をメインとした粗飼料での飼育が容易なのと、歩留まりも良いので、最近シェアが拡大されてきている。

 

 話はそれるが、肉牛に関してはかつて六割弱を輸入に頼っており、それが途絶えた直後は値段もかなり高騰したものだが、節制志向の高まりで需要がかなり落ち込んだこともあって、すぐに落ち着いた……むしろ、牛肉=贅沢品というイメージが根強いのか、他の肉類に比べても消費量がひときわ落ち込んで、逆に余っているというような報道がなされたこともあったが……さすがにそれは盛りすぎだったんじゃないかと思う。

 

 そんなこんなで今では、値段こそ以前よりも上がってはいるがそれなりに安定的な供給はされており、我々のような一般庶民でもちょっとしたご褒美感覚で食卓に並べる事ができるようになった。

 

 ま、そんな小難しい話は置いておいて、生産者の皆さまありがとうございますってことで、とりあえずその新しい子に気に入ってもらえるようなメニューを考えておきましょうかね。

 

「ディナーメニューは追々考えるとして、今日の仕事を始めようか、榛名」

 

「はいっ!榛名、頑張ります!」

 

 それからいつものように朝の仕込みと開店準備を済ませて、開店間際に起きてきたほっぽちゃんの朝ごはんを用意する。ちなみに今日の朝ごはんは『鰺の一夜干し定食』で、ザ・日本の朝ごはんだ。昨日懇意にしている市場のおっちゃんが「鰺が大漁で余りそうだから、特価で持ってけ」ってことで仕入れた物だ。

 

 実は今朝のこのメニューはほっぽちゃんのリクエストだったりする。

 

 あのくらいの子供はあまり和食なんて好きじゃないのかも?と思って普段ほっぽちゃんには和食はあまり作ってなかったのだけれど、俺が昨日鰺を仕込んでいるのを見て、食べたくなったらしい。これからはもうちょっと和食の頻度を上げてみようかな?

 

 ほっぽちゃんがいつもの席で朝食を食べ始めたところで店を開ける。程なくしてお客さんもぽつぽつ入ってくると「お、今日は焼き魚か」なんて声と共に、常連客の間から「いつもの」という声もあちこちから聞こえてきた。そしてこの「いつもの」とは「ほっぽちゃんと同じものを」という意味なのは言うまでもないだろう……

 

 さて、ほっぽちゃんのおかげ? で、大量に仕入れた鯵も順調に消費していき、店の営業も順調に時間が経ってあっという間に夕方だ。そろそろ金剛さんも来る頃だろうか。

 

「ハーイ!ヒデトサーン、こんばんわデース!」

 

 と、そんなことを考えていたら、ドアベルの音と共に明るく元気な声が聞こえてきた。いらっしゃいと声をかけながらそちらに目を向ければ、ニコニコと眩しい笑顔を向けてくれている金剛さんと、彼女に寄り添うように少し恥ずかし気な微笑みを浮かべた少女の姿があった

 

 彼女が新しく来たというアメリカの艦娘なのだろう。というか、もっと大きな子が来ると勝手に想像していたのだけれど、意外に小さい子だったのでちょっと驚いた。

 

「サム、こちらがこのお店のマスターのヒデトサンデース」

 

 金剛さんがそう紹介してくれたので、俺も簡単に自己紹介しながら二人をカウンター席へと促す。すると、席へ着く前に彼女も自己紹介をしてくれた。

 

「Nice to meet you! 私ね、ジョン・C・バトラー級護衛駆逐艦、サミュエル・B・ロバーツ!サムって呼んでっ!」

 

 サムちゃんか。なんだか男の名前みたいだけれど、欧米の軍艦は人名が由来になる事も多いらしいから、その類なんだろうね。自己紹介も済んで、お冷を持ってきたほっぽちゃんに驚くという一連のお約束の流れを終えて、ひと笑いしたところで金剛さんが口を開いた。

 

「ヒデトサン、榛名から聞いてるとは思いますガ、今日はSteakでお願いしマース。ね?サム」

 

「はい。昔の記憶はう……うる?うら?覚えですけど、私に乗っていたNavyの皆も好きだったみたい。だから、食べてみたいなって」

 

 正しくはうろ覚え……ね。一応、アメリカンなステーキ肉ではないことや、味付けも日本人に合わせていることを伝えると、サムは笑顔で了承してくれたので一安心。味の方は金剛さんが保証しているから、心配していないのだそうだ。そう言われると、ちょっと気合入れなおさなきゃね。

 

 という訳で、料理ができるまでの間をほっぽちゃんのトーク術で繋いでもらうことにして、榛名と一緒に厨房で調理を始める。

 

 まずはサラダから。今日は今が旬の春キャベツと新玉ねぎを使って作ろうと思う。

 

 薄切りにした新玉ねぎと、一口大に千切った春キャベツ。この二つをマヨネーズ・塩・コショウそして、100%オレンジジュースを混ぜたドレッシングで和えていく。そして、今日はここにもう一つある食材を加える。それが、これだ。

 

「マスター、それは……蒲鉾……ですか?」

 

「そう、蒲鉾。いや、俺が居酒屋の大将に教わったレシピはカニカマを使ったものなんだけど、今のこの島じゃこっちの方が手に入りやすいからな。ハムでもいいっちゃいいんだが……これでもなかなかイケるもんだ。ほら、味見」

 

 榛名の質問に答えながら、薄めの短冊切りにした蒲鉾をボウルに入れて混ぜ合わせる。そこから小皿に少し取って味見をしてもらうと、榛名はほっぺたを押さえながら「んーっ」と声を上げた。な、うまいだろ?

 

 おいしさをわかってもらったところで、このコールスロー風春野菜サラダが入ったボウルを榛名に渡して盛り付けてもらい、先に二人の所へ持って行ってもらう。さて、お次はいよいよステーキを焼いていこう。

 

 使うのはもちろんサーロイン。肉は事前に冷蔵庫から出して常温に戻しておいて、筋の強いところの何か所かに包丁を入れ、さらにフォークで全体に軽く穴を開けておく。全体に塩・黒コショウを軽く振ったら、しっかり熱して牛脂を溶かした熱々のフライパンに投入。ジャアッという音と共に肉の表面に熱が入っていくのがわかる。

 

 ここで注意するのが下手にいじらないこと。俺もちゃんと教わるまではそうだったから、ついひっくり返したくなるのもわかるんだけど、片面ずつしっかりと焼いていく。両面焼けたところでブランデーを使ってフランベをして香りづけを行ったら、フライパンから取り出してアルミホイルでくるんで五分ほど置いておく。

 

 その間に、付け合わせを作ろう。肉から出た旨味たっぷりのエキスが残っているフライパンに、レンジで蒸しておいたじゃがいも・アスパラガスと、半分に切ったミニトマトを入れて炒めていく。それぞれに焼き色が付いたところで皿に盛り付けていく。

 

 合わせて、ホイルでくるんでおいた肉も良い感じなので、スライスして皿に並べたら完成だ。切った断面は……ミディアムくらいかな?中心部には赤い色を残しつつ、火は通っているといった具合で、とても美味しそうだ。さぁ、スープとライス、そして二種類のソースが入った小皿を持って二人の所へ行こう。

 

「お待たせしましたー、サーロインステーキです。ソースは二種類、わさび醤油と自家製のおろしポン酢です。もちろん塩コショウでも美味しいよ」

 

「ヒデトサン! さっきのコールスロー美味しかったデース!爽やかなOrangeの香りが春を感じマシタ」

 

「これがBeefsteakですか……えっと、いただきます」

 

 待ち焦がれていたステーキを目にして、サムはさっそくフォークを手にした。すでにスライスしてありナイフを使わなくとも食べやすくなっているそれを、一切れフォークに刺してまずはそのまま一口。

 

「Oh……なんて柔らかい……」

 

 ゆっくり味わってから飲み込んで、すぐに続けて二切れ目に手を付ける。今度はわさび醤油で食べてみるみたいだ。

 

「この緑色の物体は……もしかしてこれがWasabiですか?」

 

「ソウ!ワサビ!カライケドオイシイ、ハナニツーントクル!」

 

 サムはどうやら初めてのわさびのようで、ほっぽちゃんの身振り手振りを交えた説明を聞きながら恐る恐る口に運んだ……。

 

「んー!Burn to nose! 鼻がー……」

 

 わさびをつけすぎたのか、慌てて水を口にするサム。口の中のわさびを水で洗い流して、何とか落ち着いたところで金剛さんが声をかけた。

 

「フフフ、大丈夫デスカ?慣れないうちは少しにしておいた方が良いデスヨ。でも、これがまたご飯と良く合うデス。まさに日本ならではの食べ方だと思いマース」

 

 そう言って、わさび醤油につけたステーキと一緒に白飯を楽しむ金剛さん。サムもそれを見て、量に気を付けながらわさび醤油に再チャレンジする。肉を数回噛んだところで白飯を口へ……今頃彼女の口の中では溢れる肉の旨味とわさびの爽やかな辛味、醤油の塩気と香りが混然一体となり、白飯の旨味を引き立てている事だろう。

 

「Oh, I see! これは美味しいです!」

 

 おいしそうに白飯をかき込むサムを見ながら、金剛さんも笑顔を浮かべた。

 

 続いておろしポン酢に挑戦したり、付け合わせの野菜に舌鼓を打ちながら食べ進めて行ったところで、金剛さんが思い出したように声を上げた。

 

「そう言えばヒデトサン、先ほどのコールスローに不思議なものが入っていたのデスガ……これは何デス?」

 

 金剛さんは残っていたサラダの中からかまぼこをフォークに刺して持ち上げると、こちらに見せてきた。と、その質問に答えたのは隣に立っていた榛名だった。

 

「お姉さま。それは蒲鉾だそうですよ。もし気に入られたのであれば、作り方も簡単ですので、今度お家でお作りしますね」

 

「やっぱり蒲鉾でしたカ。いつもは醤油で食べるだけで、こういう食べ方は初めてだったのですぐには分からなかったデース。ぜひ今度比叡や霧島にも食べさせてあげてくださいネ」

 

 そんな姉妹の微笑ましい会話が行われた横で、サムが不思議そうな顔をしながら聞いてきた。

 

「金剛さん、カマボコって何ですか?」

 

「蒲鉾というのは――――」

 

 その言葉をきっかけに、金剛さんによるサムのための『日本語講座・料理編』が始まった。店も暇だし、なんだかおもしろそうなので俺も教えてもらおうかな。よろしくお願いします、金剛先生。

 




アメリカといえばステーキ……なんという安直な……

金剛先生みたいな教師がいたら
俺ももっと勉強頑張っていたと思うんですよ……



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