鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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タイトル通りあの二人と、もう一人彼女たちの妹艦が登場します


五十三皿目:成長したワンコ二匹

 ある日の夕方、お客さんが途切れた店内で特にやることも無くなったので、三人で小休憩を取っていると、店の外から聞きなれた元気な声が届いた。

 

「時雨はやくはやく!マスターさんに見てもらうっぽい!」

 

「そんなに急がなくても、今日はお休みじゃないんだしマスターもいるから大丈夫だよ」

 

 あれは夕立と時雨か、相変わらず元気があって良いことだね。彼女たちの声に榛名と思わず顔を見合わせてクスリと笑ったところで、扉を開けて夕立が飛び込んできた。

 

「マスターさん!みてみて!夕立ったら強くなれたっぽい!」

 

 店に入るなりそう言いながらくるりと回った夕立は、なんだかちょっと印象が変わったように感じる。服装は変わってない……いや、マフラーみたいなのを首元に巻いて、髪型も変わったのかな?後は……もしかして目の色も変わってる?

 

「ごめんねマスター、驚いたでしょ?夕立が『マスターさんに見せるんだ』って意気込んじゃってさ」

 

 夕立の後ろから入ってきた時雨がそんなことを言ってきたが、その時雨もまた雰囲気が変わったようだ。夕立と同じように髪の毛がちょっとはねていて耳の様にも見える。より一層犬感増してない?そして何より二人とも……。

 

「なんだか大人っぽくなったかな?」

 

 と、そんな俺の言葉に夕立は得意げに、時雨は少し恥ずかし気に笑みを浮かべて返してきた。ひとまず二人にはカウンターに座ってもらって、何があったのか聞くことにする。

 

 注文したレモネードをごきゅごきゅやっている夕立は置いておくとして、時雨から話を聞いてみると、どうやらイメージチェンジという訳ではないらしい。

 

「実は僕たち、改二になったんだ。前にちょっと話したことあったと思うんだけど……」

 

 あー、そう言えばそんな話もしたかな。確かこの島に来て間もないころか、確か川内はその改二ってやつなんだっけ。

 

「そうよ、他のとこから来た人たちは大体改二なんだけど、この島で生まれた子だと夕立と時雨が一番乗りっぽい!」

 

 へぇ、そりゃおめでとう……でいいのかな?一番乗りはこの二人だけど、間もなく暁と響も改二改装を予定してるらしい。暁が先を越されたことを悔しがっていたそうだ。

 

「二人とも頑張ったんだな」

 

「へへー、マスターさん褒めて褒めてー」

 

 俺が二人を労うと、夕立がそう言いながら身を乗り出してきたので頭をわしゃわしゃしてやった。嬉しそうに「ぽーいー」と言っているのでそのまま時雨に話を振る。

 

「じゃぁ、なんか簡単にお祝いしようか。都合のいい日を教えてくれたらその日のディナーをタダで……って訳にはいかないけど、お祝い価格でやらせてもらうよ」

 

「ほんとうかい?嬉しいな。ありがたく甘えさせてもらうよ」

 

「時雨、それならあの子も連れて来るっぽい!」

 

 ん?あの子?誰だろう……

 

「そうだね……マスター、実は僕たちの妹が一人着任したんだけど、一緒に良いかな?まだ来たことがないから、是非連れて来たいんだ」

 

「あぁ、もちろん。それじゃあその子の着任祝いも兼ねようか。何か食べたいものはあるかい?」

 

 二人はその質問にしばらく考え込んでいたが、ある程度考えがまとまったのか夕立が口を開いた。

 

「あのねマスターさん。ちょっと喫茶店らしくなくてもいいっぽい?」

 

 まぁ、朝からバリバリの和定食を出してるあたり今更だから、そんなに気にしなくてもいいんだけど、なんだろう?

 

「夕立、大人っぽい和食が食べたいっぽい」

 

「実は僕たち、空母の皆にたまに話を聞いて憧れてたんだ。なかなか普段は頼めないんだけど、いい機会かなって」

 

 そう言われてみれば、加賀さんや翔鶴を始め空母の皆は和定食や、一品料理でも和食を頼むことが多いかもしれないな。鳳翔は洋食を頼むことが多いみたいだけれど……。

 

 それにしても『大人っぽい和食』か……今までとはちょっと変わったリクエストだけれど、頑張ってみようか。

 

「わかった。精いっぱい作らせてもらうよ」

 

 そう返事をして来店日を決めて、別の話題に移っていった。

 

 

 

 

 そして次の日、何かヒントになるようなものがないかと、昼休みを使って商店街を回ってみる。とは言え普段から通っている商店街で特にこれと言って目新しいものもなく、そろそろ店に戻らなきゃならない時間が近づいていた時だった。

 

「ん?あれは……」

 

 最近開店した雑貨屋の店頭に置いてあったある商品が目に留まった。その店は本土から仕入れた商品のほかにも、島の人たちが作った工芸品なんかも置いてあるようだ。とはいえ、客もまた島民なので、土産物というよりも実用品が多く並んでいた。

 

「んー、これは使えるかも……すいません、これをいくつか貰いたいんですけど」

 

 そう言って、気になった商品を買い込んで、店へと戻る。うん、良い買い物ができたな。

 

 

 

 

 そしていよいよ三人がやってくる当日。時間に合わせて仕込みをしていると、どうやら彼女たちが来たようでホールの方から声が聞こえてきた。

 

「こんばんは。今日はよろしくおねがいするよ」

 

「こんばんはマスターさん。新しく来た妹を連れてきたっぽい」

 

 時雨の挨拶に続いて、夕立が一人の女の子の肩を押してこちらへ連れてきた。二人と同じようなセーラー服に、ピンク色の髪の毛と白い帽子をかぶった大人しそうな少女だ。

 

「はい、白露型駆逐艦五番艦の春雨です。よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくね。さぁ、こちらへどうぞ」

 

 三人をテーブル席へ案内して、ほっぽちゃんに引き継いで厨房へと引っ込む。三人に出す料理を完成させてしまおう。

 

 まずは春に美味しい山菜、ワラビを使ったおひたし。かつおだしに薄口醤油・塩を加えただし汁に、あく抜きをしたワラビを適当な長さに切ってから浸して、冷ましながら味をしみこませる。

 

 これを小鉢にちょんと盛ってまずは一品……と思ったけど、少し隙間があるのでそこに同じだし汁で作った出汁巻き卵を添えよう。

 

 続いてこちらもすでに作っておいたふきとさつま揚げの煮物を盛り付ける。こちらはふきを板ずりしてから茹でて皮を剥き、四・五センチに切ったものと、熱湯にくぐらせて余分な油を落としたさつま揚げを同じくらいの大きさに切り、いろどりに人参の飾り切りを入れて、出汁・醤油・みりん・酒で煮ていく。

 

 煮ていくうちにさつま揚げからも魚の出汁が出て、いい味に仕上がるんだよね。

 

 で、お次の焼き物はちょっと濃いめの味付けってことで、鶏と新じゃがの照り焼きだ。醤油・みりん・酒・ザラメの照り焼きタレで一口大に切った鶏モモと新じゃがを焼いたものだ。

 

 最後は刺身。これはお祝いってことで、鯛を用意した。普通の鯛のお刺身と、昆布締めにしたもの、皮を残して湯引きしたものの三種盛りを仕上げる。

 

 さて、ここまで榛名に手伝ってもらいながら一気に作ったわけだけれど、これらの料理を盛った小鉢を季節のあしらいと一緒に、十字に仕切られた箱の中に入れていく。

 

「わぁ、綺麗ですね。それにいろんな味があって楽しそうです」

 

 そう、これが商店街で見つけたアイテム。ちょうどいい感じの弁当箱があったので、これに料理を入れて蓋をして、ご飯と味噌汁を添えて出せば、松花堂弁当の出来上がりだ。榛名の言う通りいろんな味を楽しめて、目にも鮮やかでこれなら大人の女性向けと言えるんじゃないかな?

 

 なんというか、かつての銀座辺りの料亭の高級ランチとかそんなイメージ……ま、田舎育ちの勝手なイメージだけど……

 

 ちなみに今回のご飯は、鯛をおろした時のアラと昆布で取った出汁で炊いてある。炊飯器を開けた時の香りがたまらなかった。

 

「はい、お待たせしましたっと。特製松花堂弁当だよ」

 

「これは見事だね。とても美味しそうだ」

 

「これってば、美味しそうなお料理いっぱいでよりどりみどりっぽい」

 

「ふわぁ、綺麗ですねー」

 

 目の前に置かれた弁当箱の蓋を取るなり、三者三様のセリフが口をつく。ちょっぴり盛り付けのセンスには不安があったけど、榛名が手伝ってくれたおかげできれいに盛り付けることができたからね。よかったよかった。

 

 こういう弁当とかだと、一品料理とはまた違った盛り付けのセンスが求められるんだよね。全体のバランスというかなんというか……。普段作り慣れていないからちょっと戸惑ったけど、榛名のセンスの良さに助けられたかな。

 

「あぁ、このおひたしは美味しいね。ほんのり苦みがあって……春の味ってやつかな」

 

「夕立はお刺身!ダイダイ?をちょっと絞るともっと美味しいっぽい!」

 

 その食べ方は、昔からダイダイを育ててる家が多かったこの島ならではの食べ方だね。白身魚の刺身にはダイダイの酸味が良く合うんだ。

 

「この鶏の照り焼きも美味しいですよ姉さん。じゃがいももホクホクです」

 

「そうだマスター、このご飯なんだか鯛の風味がするんだけど、鯛めしって訳でもないみたいだよね?出汁?」

 

「ああ、白飯っていうのも味気ないと思って、鯛と昆布の出汁で炊いたんだよ。お祝いだし、鯛めしにしても良かったんだけど、おかずもいろいろあるから、ほんのり香りが付く程度でね」

 

「なるほどー、確かにこれならおかずの味も邪魔しないですし、むしろすごく良く合います」

 

 時雨の質問に答えた俺に、春雨がそんな風に言ってくれた。

 

「マスターさん、ご飯お替りほしいっぽい!」

 

 と、横から夕立がご飯茶碗を差し出してきたので、それを受け取って厨房へ戻る。お替りを持って行くのは手が空いていたほっぽちゃんに任せて、俺は軽く片づけをしてしまおう。

 

 一通り片づけを済ませてカウンターに戻ると、テーブル席からは三人の元気な声が聞こえてくる。

 

「白露型は今まで時雨姉さんと夕立姉さんだけだったんですよね?」

 

「そうだよ、だから春雨が来てくれて嬉しいんだ」

 

「村雨も早く来ないかなー、あと五月雨も来たらあの時の二駆復活っぽい!那珂ちゃんと一緒に出撃するっぽい!」

 

「それは楽しみかもしれないですね。あ、でも由良さんはまだいないんですか?」

 

「まだー、由良さんも早く来たらいいのにー。長良さんと阿武隈さんも首を長くし過ぎてキリンさんになっちゃうっぽい」

 

 ふむ、結構たくさんの艦娘が来たと思ってたんだけど、どうやらまだまだたくさんいるらしい。ぶっちゃけ全部で何人いるんだ?

 

「ほんと、みんな早く来てここの料理を食べさせてあげたいな。このふきの煮物だってこんなにも味が染みてて美味しいし……さつま揚げもじんわり美味しい……」

 

「うん、今日のお料理は、なんだか大人のオンナになれたっぽい!あ、でもでも、夕立は皆にパスタも食べてもらいたいっぽい!」

 

「そうだね、ここはパスタも美味しいからね。僕はなんだろう……なんでも美味しいから迷うな……」

 

「ふふっ、時雨姉さんも夕立姉さんも仲いいですね。今度は夕立姉さんのおすすめのパスタを食べに来たいです。時雨姉さんのおすすめの料理も……」

 

「うん……そうだね、これから時間はいくらでもあるんだ。一緒にいろんなものを食べようじゃないか」

 

 うん、いろいろ食べて、いろんな楽しみを知るといいよ……なんてね。うち以外にも美味しいものを作ってるとこはあるし、あちこち巡ってみるのもいいんじゃないかな。

 

「あらマスター、なんだか楽しそうですね?」

 

「ん?ああ、ちょっとね……」

 

 ニヤニヤしながらそんなことを考えてたら、榛名が声をかけてきた。とっさにごまかしてしまった……。

 

 とりあえず、何か春雨を使った料理でも考えてみようかな……

 




これでワンコ(仮)からカッコカリが取れましたね
そして春雨は出したもののあまり目立たせられなかったので
そのうち麻婆春雨ネタでもやろうかな……

まぁ、出した理由もここの所雨が多かったから……
なんてことはない……ですよ?たぶん



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