鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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五十四皿目:マスターの憂鬱

「……はぁ……」

 

「あら、マスターさんどうしたのですか?何かお悩みでしたら、榛名にご相談ください!」

 

 誰もいないと思って思わずついたため息が榛名に聞かれていたらしく、心配そうな声で尋ねられてしまった。ぶっちゃけくだらない理由なので、説明するのも申し訳ないのだけれど……

 

「いや、明後日の日替わりどうしようかなって……」

 

「今日がフレッシュトマトのマルゲリータパスタで明日がチキンソテーでしたよね?昨日もお肉でしたし、そろそろお魚はいかがでしょうか」

 

 うん、実は明後日のメニューは相場を見て魚のムニエルにしようかと思ってるんだよね。ってことで、ほんとは他のことが理由なんだけど、ごまかしてしまった……ごめんよ榛名。

 

「ドウシタ、ヒデト。オナカイタイ?」

 

 ホールから戻ってきたほっぽちゃんにまで心配されてしまった。いや、大丈夫だよ、ありがとね。

 

「ア!ソウダ、オミズモッテイク!サクラガキタ!」

 

 心配してくれたほっぽちゃんの頭を撫でていると、自分の仕事を思い出してお冷とおしぼりの準備を始めた。さくらが来たんじゃちょっと顔出してくるか。

 

「おう、いらっしゃい。久しぶりじゃないか?」

 

「あー、そう言われてみればそうかもね。最近着任が相次いだり、他の仕事もあったりして忙しくて。とりあえずちょっと落ち着いたからお昼食べに来たのよ」

 

「そっか、それはお疲れさん。ま、決まったら呼んでくれ」

 

「んー、今日の日替わりはマルゲリータパスタ?ピザじゃなくて?」

 

 あまり見ないメニューに興味がわいたのか、首を傾げて聞いてくる。

 

「あぁ、トマトとモッツァレラチーズ、バジルを使ったパスタだな」

 

「じゃぁそれをパンとセットで。食後にコーヒーをお願い」

 

 軽く「了解」と答えて厨房に戻り調理を始める。まずはパスタを茹でながらソースの準備だ。角切りにしたトマトとオリーブオイル・おろしにんにく・塩・コショウをざっくり混ぜ合わせておく。

 

 パスタが茹で上がるタイミングでソースをフライパンで温めて、麺を投入。火を通すというよりは、何度か煽って一通り混ざったくらいで皿に盛り、千切ったバジルとモッツァレラチーズを散らして完成だ。

 

 夏の暑い時だったらソースを冷やして冷製パスタにしても美味しいんだけど、今日はあったかい物を食べてもらおう。軽くチーズが溶けて麺に絡むのも美味しいからね。

 

 他にも注文が入っていたので、これは榛名に持って行ってもらうことにする。後でコーヒーを持って行くときにでもまた顔を出しておこうか。

 

 で、調理の方も落ち着いたので、コーヒーを淹れにカウンターに入ったわけなんだけど……

 

「秀人なんか悩みでもあるの?」

 

……ニヤニヤしながらさくらが聞いてきた。なんだ、榛名から聞いたのか?

 

「さぁ、どうでしょう?いいから話してごらん。何とかできるかもよ?」

 

……こんにゃろう……っていうか、榛名に嘘ついたのばれてたか。後でちょっと謝っとかなきゃな。

 

 でもまぁ、こいつなら多分気持ちを分かってくれるかもしれないし、話してみるのもアリかもしれないな。いや、むしろ同じ気持ちになるといいさ。

 

「下らないことなんであんまり言いたくなかったんだけどな……じゃぁちょっと待っててくれ」

 

 そう言って俺は一旦自室に戻り、一冊の雑誌を取ってきて、とあるページを開いてみせた。

 

「うわー、めっちゃおいしそう……なるほど……そういうことだったのね、これは確かに凹むかもね。この写真やば過ぎだわ」

 

「だろ?メニューの参考になるかと思って、昨日寝る前に眺めてたんだけどさ、この辺じゃ簡単には手に入らないと思ったら、余計に食べたくなっちゃってさ」

 

 俺が持ってきた雑誌は、あるグルメ雑誌の北海道特集号だ。雑誌自体は侵攻前に発行されているので、海産物を中心に北海道の美味い物がこれでもかと掲載されている。

 

 そしてその中でも特に心惹かれたのが、今さくらに見せているページに載っている物だった。

 

「昔はこの島でも本土経由でそれなりに手に入ったからそこまで高くなかったけど、このご時世じゃなぁ……まぁ今でも築地なら手に入らないことも無いから、仕入れてもいいんだけど、今じゃ超高級品だしいくらかかるか……」

 

「あー、そう言われると無性に食べたくなるわね……ホッケ……」

 

 そう、俺が……いや、俺たちがさっきから食べたいと嘆いている物、それはホッケだった……

 

 北海道の海産物と言えばカニやシシャモなどもあるが、雑誌に載っている写真の破壊力たるや……と言った感じで、すっかりホッケに脳内を占領されていたのだ。

 

 正直なところ、この北海道特集以外にも日本各地のグルメを紹介したものを読んでは、似たような思いに苛まれることがしばしばあるのだが、今までは割と作ることができたりしたのでここまで凹むことは無かった。

 

 二人そろって叶わぬ願いにため息をついていると、空いたテーブルを片付けていた榛名がやってきて、軽く呆れ顔で窘めた。

 

「あら、今度は提督までそんなため息をついて……だめですよ、そんな顔をしていては」

 

 そんな榛名を見て、さくらはしばし考え込むと、何かを決意したような顔をして口を開いた。

 

「ねぇ秀人、ホッケって北海道でしか取れないのかしら?」

 

「いや、東北の辺りでも獲れるはずだけど」

 

「東北か……確か大湊から演習の申し込みが入っていたはず……というか大湊なら北海道も目と鼻の先ね」

 

「おまえ……まさか……って、そりゃ職権乱用じゃ?」

 

「いや、漁業の許可を取れば大丈夫。もちろん獲れた魚の一部はあちらさんを通して地域の皆さんにも食べてもらえるように手配するわ。というか、逆に一部をこちらがいただいて、大部分は提供する形になると思うけど」

 

 さくらの話によると、この島のように直接艦娘が護衛するということはないが、今回さくらが考えているように、艦娘たちが網を使って漁をして、鎮守府が漁協を通して市場に流すということも最近行われているらしく、微々たる量だが出回る魚も増えていて、一般の反応としてもかなり好評らしい。そして、もう少ししたらこの島の様に艦娘が護衛する漁が、各地で行われるようになるのだそうだ。

 

 なんだかんだ言ってこの島での取り組みも少しずつ広まっているってことかもしれないな。

 

「そうと決まれば、さっそく手配しなきゃね。そうね……向こうの人たちにもたくさん食べてもらいたいし、網でガッツリいきますか。となると、ある程度馬力がある重巡以上で艦隊を組んで……ちょうどいいからこの間着任した子達にも行ってもらって、経験を積んでもらいましょうか……戻ったら長門に相談して……金剛にも向こうに連絡してもらわなくちゃね」

 

 なにやらさくらの頭の中では着々と計画が立てられているようだ。ところで、その経験っていうのは演習での戦闘経験だよな?漁業の経験じゃないよな?

 

「うまいこと獲れたら、秀人、干物づくりお願いね。やっぱりホッケと言ったら干物でしょ」

 

「お、おう、任せろ」

 

「というわけで、秀人これお会計ね。私は急ぎの仕事ができたから、それじゃ!」

 

 あ、行っちまった。ま、問題ないって事ならあまり期待せずに待ってましょうかね。何が獲れるかは分からないし、ホッケ以外の魚が獲れたとしてもそれはそれで楽しみだ。

 

「行ってしまわれましたね、提督」

 

「そうだな。榛名はさっき言っていた艦娘って誰だかわかる?」

 

「そうですね……重巡洋艦以上の大型艦は最近何名か着任されているようなので、その中の誰かだと思うのですが……すみません」

 

「いや、いいんだ。さ、気を取り直して仕事に戻ろう」

 

 新しいお客さんが入ってきたのが見えて、榛名にそう言って俺もさくらのコーヒーカップを洗う。榛名はさっそくお客さんをお出迎えして席へと案内し、そこへすかさずほっぽちゃんがお冷とおしぼりを渡しにいく……ナイスコンビネーションだね。

 

「ヒデトー、チュウモン!ヒガワリイッチョウ!」

 

「日替わり一丁ね、了解!」

 

 あと少しでランチタイムも終わって休憩に入るし、今日の賄いは二人も気になってたマルゲリータパスタかな。

 




次回、艦娘北の海でホッケ漁!(仮)

昨日某番組を見ていてホッケが食べたくなり
それまで書いていたものを変更して勢いで書いてしまいました……
そちらのお話は練り直してまた後日……


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