主に料理描写のせいなのですが……すみません
さくらが職権乱用のような、そうでないような話をしてから五日後の事、俺は夜明け前から港に来ていた。
というのも、演習に行った艦娘たちが帰ってくるらしいのだ。俺からしてみたら店での話しか聞いていなかったので、いつの間にという感じではあったのだが、俺の言葉が発端ということもあって戻ってくる彼女たちを出迎えることにしたという訳だ。
本来であれば鎮守府の港に帰ってくるということなのだが、今回は魚を積んだ漁船を曳航してきているということなので、一般の漁港に接岸させてそのまま市場に運び込む予定だ。
と、ここまで来ることになった経緯なんかを思い返していると、一緒に来たほっぽちゃんが沖を指さして声を上げた。
「ア、フネガキタミタイ」
「んー?……あれ……かな?」
まだ暗いと言っていいような時間帯にも関わらず、ほっぽちゃんは沖合の船を発見したようだ。艦娘もそうだけど、この子も目が良いな。
彼女の声に、俺以外にも周りにいた人たちから「どこだ?」「あれか?」という声が聞こえてくる。まぁ、普通の人間には見えないよな。なんとなく沖の方で光がちかちかしてるみたいだけれど、多分あれがそうかな?
しばらくその光を見つめていると、次第に明るく大きく見えるようになってきて、すぐに全体像が見えるようになった。
それにしても、艦娘が航行するのを見るのは去年の祭りの時以来だけど、何度見ても不思議な光景だよな。しかも今日は漁船のおまけつきだ。一見すると普通の女の子が、漁船を引っ張って海の上を滑っていくなんて、なかなかシュールな絵面だと思う。
「オー、スゴイ。フネヒッパッテル」
「ねー、すごいねー」
目を丸くしてほっぽちゃんがそんな風につぶやくので同意はしたものの、よく考えたらほっぽちゃんもできるんじゃないか?「やりたい」と言われても困るので、口には出さないけれど……
段々近づいてくる艦隊から目を離し、ふと周りを見回してみると少し離れたところに長門さんの姿が見えたので挨拶をしようと近づいた。
「おはようございます、長門さん。出迎えですか?」
「オハヨー、ナガト」
「おぉ、店主殿にほっぽちゃんではないか。おはよう……どれ、ほっぽちゃんおいで」
「アハハー!イイナガメ」
軽く手を挙げて挨拶を返してくれた長門さんは、ほっぽちゃんを呼び寄せると肩車をしながらこちらの質問に答えてくれた。
「出迎えというよりは、こちらの港と市場を管理している方々とのやり取りが主だがな。本来であれば金剛や加賀の仕事なのだが、ここで我々がやる事と言ったら漁船を接岸させることくらいだからな。それが終われば水揚げは港の方々にお任せだ。私だけでも十分だろうよ」
「そうなんですかー。それにしても船を引っ張るなんてすごいですね」
「まあな。我々艦娘は素の状態でも一般の人より身体能力は高いが、艤装を装備すると更に元になった船の力も加わるのでな、この程度の漁船であれば造作もないさ。さすがにこの大きさでは駆逐艦娘には大変かもしれないが、引っ張るだけならできるだろうな」
すごいな艦娘……と、そんな話をしている間に船が接岸したようなので、長門さんと一緒にそちらへ向かうことにする。
近づいて行く俺たちの目の前では、待機していた漁師さん達が船に乗り込み、クレーンを操作しながら魚を水揚げしていく。いやー、これはテンションあがるね。
ほっぽちゃんも長門さんの頭の上ではしゃいでるけど、大丈夫かな……落ちそう。まぁ長門さんがしっかり支えているし大丈夫か……長門さんも楽しそうだし。
すると海の方から、長門さんを呼ぶ声が聞こえたのでそちらをみれば、武蔵さんが手を振っていた。
「長門、帰投したぞ。それと、ご主人にほっぽちゃんもおはよう」
「おはようございます武蔵さん。もしかして武蔵さんが引っ張ってたんですか?」
「あぁ、この武蔵と霧島で一隻ずつ曳航してきたのだ、なかなか楽しかったぞ。軍艦の本懐は戦であるとはいえ、こうしてそれ以外のことで人々の役に立つというのもいいものだな」
他の艦娘たちはすでに鎮守府へ帰したようで、そこにいたのは武蔵さんだけだったが、そんな風に語る武蔵さんは、何かをやり遂げたような表情をしていてかっこよかった。
「おかえり武蔵。どうだったのだ?」
「ふふ、大漁と言っていいだろう。先方もかなり喜んでくれてな。直接会ってはいないが、地元の方々もかなり喜んでくれたようだ」
「いや、演習の手ごたえを聞きたかったのだが……まぁいいか。鎮守府に戻ったらとりあえず帰投したということだけでも報告しておいてくれ。詳しい話は一休みしてからでいいだろう」
「む、そうか。了解だ、長門……そうだ、時にご主人。明日は休みだったか?」
何やらすれ違いがあったようだけど、長門さんと簡単にやり取りをした後、武蔵さんはこちらに向き直り質問してきた。
「えぇ、ですがご要望とあらば開けますよ」
「そうか、ありがたい。では一席頼めるか?今回参加した新人二人を向かわせるので、今日の魚で美味い物を食わせてやってくれ……あー、酒もできれば出してやって欲しいかな」
ん?武蔵さんが来るわけじゃないのか?それならそれで構わないけど、いいのかな。
「私や他の者はまた通常営業の時にでも伺わせてもらうさ。あぁ、そうだ。払いは私につけておいてくれ。休みの日に店を開けてもらうのだから、手間賃も乗せておいてくれていいぞ」
いや、その辺は別に構わないんだけどね。こういう事ができるのも個人店の良さだと思うし。
「手間賃云々はとりあえず置いとくとして、明日の夜のご予約は承りました。お待ちしてますとお伝えください」
「ああ、よろしく頼む。ではな」
武蔵さんはそう言って振り返り、朝焼けの海を進んでいく。そして、長門さんも鎮守府に向かうということなので、名残惜しそうではあったけれどそこで別れ、俺たちは市場へ向かって歩き出した。
そして翌日。武蔵さんが言ってた新人さん達が来るのに合わせて仕込みを行う。昨日あの後市場に寄って色々と仕入れてきた――艦娘漁船団の魚はまだ仕分け中だったので、注文だけして後で届けてもらった――から、材料は潤沢だ。さて、何から作ろうかね。
ちなみに、俺とさくらが食べたがっていたホッケの開きはすでに昨日のうちに仕込んで干してある。ホッケの旬は秋とは言え、なかなか脂ものっていたので今から焼くのが楽しみだ。
今日のメインはこのホッケともう一種類、春の魚がたくさん水揚げされていたので、それを使った料理と、その他店に出すほどの量はないが細かい魚をいくつか仕入れたから、それを使って何品か作ろう。
という訳でまずはアンコウをおろしていく。アンコウと言えば冬の魚と思われるかもしれないが春でも結構獲れる。ただ、冬に比べて肝も小さく商品価値も下がるので出回る量は少ないが……今回小ぶりではあるが良質のアンコウが手に入ったのでせっかくなので使うことにした。
さっそくおろしていくのだが、吊るし切りはせずに普通にまな板の上でさばいていく。正直慣れていれば、こっちの方が楽な気もするんだけど……。内臓・ヒレ・皮・尾の身・頭とそれぞれ解体して、ぶつ切りにしていく。鋭い歯の部分は食べられないので、混じらないように気を付けて……っと、喉の所にある歯も忘れずにとらないと……
久しぶりにおろしたけど、しっかり体は覚えているもんだな。
続いて身の部分はとりあえず置いておいて、ぶつ切りにした皮や骨、ヒレを湯通ししてから水で良く洗い汚れを取る。それを昆布だしでじっくり煮ていく間に、他の仕込みも済ませていく。程よく煮詰まったところで、濾しながら骨をきれいに取り除き、皮や身は煮汁に戻していく。ここにゼラチンを入れて溶かしたら。粗熱を取ってバットに流し、冷蔵庫へ。後は冷えて固まれば煮凝りの完成だ。
続いて内臓を使った一品。小さいながらも綺麗な肝が入っていたので、薄皮と血管を取り綺麗に洗った後、塩を振ってしばらく置いておく。その後塩を洗いながし、さらに日本酒に漬け込んだら、ラップで巻いて二十分ほど蒸して冷ましたら完成。食べる時はポン酢と紅葉おろしで食べてもらおう。
本当はもう一品胃袋を使って作ろうと思っていたものがあるのだけれど、残念ながらあまりモノが良くなかったので断念。いくら加熱すれば無害とはいえ、ちょっと虫が多いと……ねぇ。
「タダイマー!オナカスイター」
「おかえりほっぽちゃん。手を洗ってきてからご飯にしようね」
といった所で、遊びに行っていたほっぽちゃんが帰ってきた。彼女は最近あちこちに出かけては、島の皆のお世話になっているらしい。今日も昼過ぎに「ジーチャントバーチャンノトコロイッテクル」と駆け出していったので、集会所でお年寄りに遊んでもらったのだろう。
今までにも何回か行っているようで、以前迷惑かけてないかと一度俺も挨拶しに行ったことがあるのだけれど、お年寄りの皆さんには「いいのいいの」「気にするな」と軽く言われてしまった。お礼も込めて今度行くときには何かお土産を持って行ってもらおう。
さて、ほっぽちゃんも帰ってきたことだし、仕込みは一旦ストップして晩ごはんにしようかね。
長門のナガモンsideが見え隠れ……あ、頭のアレは外してます。刺さるので
ということで、ほっぽちゃんが帰ってきたので、今回はここまでです
次回はいよいよ噂の新人さん2名とホッケが登場します
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