次のメニューを作ろうと厨房で作業をし始めてしばらく経つと、川内達が空いた皿を持ってきてくれた。
「店長、次は何作るの?煮付けとか?」
「生姜煮とか美味しそうクマ」
「良いですね、ご飯のおかずにも良さそうです」
何も言わずとも皿洗いを初めてくれた彼女たちから、そんな声が飛んでくる。それも美味しそうではあるんだけど……。
「んー、確かにそれも良いんだけど、そういうのはこの島じゃ定番だしな……次は喫茶店らしく洋風でいきたいから、ちょっと違う煮込みにしようと思う」
「洋風の煮込みというと……トマト煮でしょうか?サバのトマト煮などもありますし、鰹も合いそうですよね」
俺が返した言葉に、少し考えてから答えを出したのは鳳翔だった。うん、さすが鳳翔、ご名答だ。
という訳で、皮つきのまま切り身にした鰹をさっそく調理していく。
まずはフライパンにオリーブオイルを引いてみじん切りにしたニンニク・鷹の爪を炒めて香りを出す。そこに鰹の切り身を入れて焼き色を付けたら、ちょっと大きめの角切りにした玉ねぎ・パプリカ・ズッキーニを入れて焼いていく。
ある程度火が通ったところで、白ワインとトマト缶を加えてひと煮立ち。塩コショウで味を整えて火を止めたら、最後にオリーブオイルを回しかけ、刻んだパセリを散らして完成だ。ニンニクをこすりつけてトーストしたフランスパンを添えて提供する。
「おー、これはバッチリ洋風クマ!イタリアン?スペイン?」
「南イタリアとか?ま、イメージだけど」
「そうですね。ニンニクを効かせているあたり、スペイン風という感じもしますが……」
ごめん、みんな。特にココと言った場所は無いんだけど、あえて言うなら鳳翔が言ったようにニンニクが結構効いてるから、スペイン風ってところかな。
そして、こちらは煮込み料理ということで、並行してもう一品作っていた。優秀な助手たちもいることだしね
「てんちょー、キャベツ切れたクマー」
「あいよー、こっちも揚がるからお皿に盛っておいて……そこの白い大皿でいいかな」
俺の目の前のフライヤーではジュワァと気持ちのいい音を響かせながら鰹が揚げられている。皮つきのサクに衣をつけて揚げた鰹のカツだ。
今回は200℃くらいで3~40秒、短時間で表面が色づいたらすぐに油から上げる。こうすることで中はまだレアのまま仕上げられる。
油を切った鰹カツを適当な大きさに切っていく。サクリと軽い音を立てながら包丁を引けば、断面から現れたのは新鮮な鰹だからこその鮮やかな赤身。これを今日はおろしポン酢で食べてもらおう。あ、でもほっぽちゃんはマヨネーズの方がいいかな?
さらに副菜に自家製の鰹のなまり節ときゅうりの酢の物を添える。
なまり節は、本当は茹でた後に一日くらい天日で干すと更に旨味が増すのだけれど、今回は時間も無かったので、茹でただけで勘弁してもらおう。
さらに、残ったゆで汁にぶつ切りにして下茹でした後、良く洗って血や汚れを落とした鰹のアラを投入。青ネギと生姜を加えて丁寧にアクを取りながら出汁を取った後取り出して、具材として銀杏切りにした大根とニンジンを入れて火を通していく。それぞれ火が通ったところで味噌を溶かせば、鰹のアラ汁の出来上がりだ。
鰹節ほど洗練された上品な味ではないけれど、鰹の旨味がたっぷり溶け込んだ一品だ。まぁ、アラ汁なんかは普段の営業じゃなかなか出せないからね、今夜だけの特別メニューだ。
これで完成と火を止めて振り返ったところで、お手伝い組三人がじっとこちらを見ていた。そして作業台の上には大皿に盛られたトマト煮・鰹カツのほかに、人数分の小鉢に入れられた酢の物と、白飯が盛られていた。
「ははっ、準備万端だな。後は汁椀にコレを入れればオッケーだな」
「ええ、このメニューだとあの子達もきっとご飯が欲しくなるんじゃないかと思いまして。よろしかったでしょうか?」
と、そんな風に鳳翔が聞いてきたが、もとよりそのつもりで炊いておいたものだったし、何も言わなくてもそこまでしてくれるのはありがたい限りだ。
「それじゃ店長、持って行こう!早く食べたい!」
川内がそんな風に急かしてくるが、それは鳳翔も球磨も同じようで、それぞれ料理を載せたお盆を持ってこちらを見ていた。
「それじゃ、先に持って行ってくれ。俺はちょっと片付けていくから」
そう言って三人を促すと、返事をするなり厨房から出ていった。するとすぐにホールの方から歓声が聞こえてきた。テーブルに持って行った時の皆の表情を見てみたくはあったけれど、あの様子だと反応は上々みたいだね。
細かい洗い物は後にして、とりあえず簡単に片づけてテーブルへ向かうと、すぐにみんなから声がかかった。
「店長、これはいいものですね。このカツ、ご飯にも良く合います……外はサクサク、中のレアな所はもっちりしていて、食感も絶妙です」
「鰹ってトマトとの相性も良いのね、こんな洋風なメニューならワインとかが合うのかしら?」
加賀さんに続いて陸奥さんから掛けられた感想に、俺はちょっと考えてみる。
あ、ちなみに赤城さんは『鰹カツ定食』が気に入ったらしく、ニコニコしながら静かにカツ、ご飯、アラ汁、時々酢の物と食べ進めていた。
で……一応スペイン風だし、普通のワインよりもせっかくならサングリアとかにしたいところなんだけど、ちゃんとしたのを作るには時間がかかるし……それなら……。
そこまで思い立って、俺はちょっと席を外してカウンターへと入る。ワインの種類はあまり揃えてないのだけれど、甘口の赤をデカンタに入れそこに自家製のレモンシロップを漬け込んである輪切りと一緒に入れて軽く混ぜる。
「陸奥さん、こんなのはどうかな?」
「なに?マスター、赤ワイン?……あら、おいしいわね。甘いけどくどくなくて、爽やかなレモンの風味もあっていくらでも飲めちゃいそう……マスターだめよ、火遊びなんて……皆いるんだから」
いやいや、そんなんじゃないから。っていうかほっぽちゃんも今の今まで大人しく食べてたのに、ここだけ「ヒアソビッテ?」とか反応しないの!
「なにやら聞き捨てならない言葉が飛び出したように思いますが……まぁ、良いでしょう。店長、私にもそのワインをいただけますか?」
俺がドギマギしていると、横から加賀さんがそう言ってきたので、新しくグラスを用意してデカンタから注ぐ。すると、他の皆からも「私も私も」と声が上がったので、結局俺とほっぽちゃん以外の全員が飲み始めてしまった。
その後、お腹いっぱいになっておねむのほっぽちゃんを二階に連れていった後で、残っていた料理をつまみに、なし崩し的に酒盛りが始まった。
もうちょっといろいろ意見とか聞きたかったけど、ここまで美味しそうに食べてくれたのを見られたらもういいか。とりあえず今日作った料理は限定メニューとしてボードに書いておこう。
「てんちょー!てんちょーも飲むクマー!あ、その前にこのワインお替りクマ」
球磨が空になったデカンタを持ち上げてそんなことを言ってきたので、軽く返事をしながらカウンターに入ったところで後から川内が入ってきた。
「店長、手伝うよ。なんかつまめるものももう少しあった方が良いかも」
隣に並んでそんな風に言ってくる川内と顔を見合わせて思わず苦笑いを交わし合う。
そういう事ならと、川内と二人で厨房に入り、簡単に作れるつまみを用意し始めた。なんだか最初に川内が手伝いに来てくれた時のことを思い出しながらつまみを作って持って行き、酒盛りに参加する。
なんだか当初の予定とは変わってカオスな感じになってしまったけれど、今日は休みだし、たまにはこんなのもいいよね。
鰹料理っていざ調べてみると色々ありますよね
中でもカツは前に作ったことがあるのですが、かなりおすすめです
切り身を揚げるレシピもありますが、できることなら長い節のままやってみてください
テンション上がります
お読みいただきありがとうございます