「はぁ……面倒くさい…………デース」
いつもはこっちまで笑顔にしてくれるような明るい金剛さんが、今日は何やら落ち込んでいる……カウンターに座って、注文したアイスティーのストローをカラカラと回しながら、さっきからそんな風にため息をついていた。
「……えっと、金剛さんはどうしたんです?」
「……えぇ、実は……」
手伝いに来ている榛名も、詳しい事情は知らないそうで隣で心配そうにしているし、俺もあまりにいつもと違った様子が気になって、一緒に来店した霧島さんに小声で聞いてみた。
霧島さんが言うには、週明けから金剛さんはさくらの付き添いでしばらく本土に行くことになっているのだそうだ。すでにある程度はインターネットを介したテレビ電話会議で決まっており、島の方でも受け入れ準備が着々と進んでいるのだが、最後だけはさくらが直接出向かなければいけないらしい。
これまでにもさくらが本土に出向く際は、金剛さんが秘書艦として付き添っていたため、今回も当然一緒に行くことになったのだが、それが面倒くさいということらしいのだ。
「まぁ、マスターさんの前で多少大げさに拗ねてはいますが……」と霧島さんはジト目で金剛さんを見ていたけど。
と、ここまで話を聞いて、金剛さんも一言いいたくなったのか顔をあげて口を開いた。
「今までは本土に行くと、空いた時間にこの島では食べられないものを食べたり、買い物に行ったりできたノデ、あっちでの面倒なお仕事も耐えられたデスガ、今となっては当分ヒデトサンの料理を食べられないナンテ、耐えられまセーン!」
金剛さんはそう言ったきりカウンターに突っ伏してしまった。
普段は見せない彼女のその様子に、俺たちは顔を見合わせて肩を竦めたが、俺としてはそこまで言ってくれるのは、かなり嬉しい。
開店してからというもの金剛さんは最低でも週一回、多い時には毎日のようにうちの店に食事に来てくれている。忙しいことも多くて、ゆっくり話をしている時間はほとんどないが、それでも「おいしい」「ごちそうさま」と笑顔で言ってくれるとこっちも嬉しくなるもんだ。
そんな彼女が多少大げさにでも、これほど落ち込んでいるのは何とかしてあげたいな……とは言え、俺にできることは料理位しかない訳で……
「金剛さん、今日もご飯食べていきますよね?今日のメニューは任せてもらって良いですか?」
「ハイ、構いませんガ、どんなお料理なのデスカ?」
「ふふふ、それは出来上がってからのお楽しみです。でも、きっと気に入ってもらえると思いますよ」
そう言って人差し指を立てて内緒のジェスチャーをすると「じゃぁ楽しみにしてるデース」と少しはにかんで言ってくれたので、霧島さんの注文も取って厨房へと向かった。
さて、この料理で元気出してくれると嬉しいんだけど……と、そんなことを考えながら、冷凍庫からあるものを取り出す。
それは、以前時間があるときに仕込んでおいた、エビの旨味たっぷりの洋風出汁だ。近くで獲れた小ぶりの伊勢海老を何匹かおまけで貰ったので、作ってみたのは良いんだけど量が少ないのでどうしようかと思っていたのだ。ただ味には自信があるので、これを使って金剛さんのスペシャルメニューを作ろう。
あ、何日か前の事なので、身の方は俺とほっぽちゃんが美味しく頂きました。食べた瞬間ほっぽちゃんのテンションが急上昇でちょっと面白かったな。
さて、このエビ出汁を鍋で溶かしている間に、他のことを進めておこう。セットのサラダは榛名に頼むとして、俺の方はフライパンでバターライスを作り始める。
たっぷりのバターを溶かして玉ねぎ・マッシュルーム・刻んだエビを炒めたら、ご飯を入れて炒めながら絡めていく。このあといつもなら塩コショウで味を整えて完成だけれど、今日はここにエビ出汁を少量回しかけて、エビの風味を加える。薄く紅色に色づいたバターライスを塩コショウで味を整える。
一旦このバターライスをボウルに移したら、空いたフライパンをきれいにして再加熱。バターを溶かしたところに溶き卵を投入して軽く混ぜたら、バターライスを入れて包み込んでいく。
鍋の中のエビ出汁には生クリームを加えて伸ばしてアメリケーヌソースを作る。少しづつ煮詰めていくと段々とろみが出て来るので、良きところで火を止めてお皿に乗せた先ほどのオムライスにかける。後はここにいろどりのブロッコリーと、エビフライを二本ほど添えたら完成だ。
そして、並行して作っていた霧島さんご注文のスパゲティトマトソースだけれど、ここにも先ほどのソースを少し回しかける。いつものトマトソースに濃厚なエビの風味とクリームのまろやかさが加わる。
「これで良し、金剛さん元気出してくれるかな」
「ふふふ、大丈夫ですよマスターさん。こんなに美味しそうなんですもの、金剛お姉さまはきっと喜んでくださいますよ」
「だといいな。それじゃ榛名、持って行くの手伝ってくれるか?」
独り言を聞かれたのはちょっと恥ずかしいけど、妹の榛名がそう言ってくれるなら大丈夫だろう。自信をもって持って行くとしようかね。
「お待たせしました。濃厚、海老のオムライス金剛スペシャルです」
ちょっとおどけた感じでそう言いながらオムライスを目の前に置けば、金剛さんの表情が途端に明るくなった。
「ワォ!良い香りデスネ!これは……ほんのり赤く色づいていて、色味もかわいらしいデース!」
「私のスパゲッティにもかかっていますね。なんだかいつもと違って……どんな味がするのでしょうか」
かわいらしいって感想は初めて聞いたけど、確かに言われてみればピンク色でかわいい……のかな?
「それはアメリケーヌソースって言って、香味野菜と一緒に潰しながら炒めた伊勢海老の頭や殻に、いつも店で使ってるフュメ・ド・ポワソンやトマト、白ワイン、ハーブなんかを加えてじっくり煮込んだ後……って、細かいことは置いといて、食べてみてください」
「そうですネ、温かいうちにいただきマース」
ソースの説明もそこそこに、二人を促して食べてもらうことにする。スプーンを手に取り、ゆっくりとオムライスに差し入れる金剛さん。あまりじっと見るのは失礼なので気を付けてはいるが、どうしても気になってしまう。
「ンー!口の中がエビでいっぱいデース!力強いエビの風味がクリームと玉子でまろやかになって、口の中に優しく広がるデス」
金剛さんはそう言うと、続けてエビフライを切り分けてソースを絡め、口へと運んだ。
「あぁ……このお店のエビフライが美味しいのは知っていましたし、いつものソースやタルタルソースも良いのですガ……この組み合わせはFantasticデス……」
そんな感想と共に深まる笑顔を見て、俺も、妹の二人も一緒に笑顔になった。そして、一安心したのか霧島さんもパスタに手を伸ばした。
「なるほど、このソースでこんなにも風味が変わるものなのですね。エビは入っていないのに、ふんわりと感じられるエビの香り……なんだか不思議な感じですが、おいしいです」
霧島さんのパスタにかけられたアメリケーヌソースはそれほど多くないので、ガツンとエビの風味、旨味を感じられるわけではないとは思うけれど、それでもその旨味は感じてもらえたみたいだ。
そこからはいつもの明るい金剛さんに戻って、楽しそうに、そしておいしそうに大好きなオムライスを楽しんでくれた。時折、今度の本土出張の愚痴も口をついて出てきたが、おいしいものを食べている今では笑い話にしてしまっている。
「ヒデトサンのお料理を食べられないのは悲しいデスガ、こんなにおいしいオムライスを食べることができたので、頑張れそうデース」
「そう言えば金剛さん、向こうにはどれくらい行くことになっているんですか?最終確認だけならそんなに長くないんですよね?」
と、ここまでちょっと気になっていたことを聞いてみた。
「五日間……デス」
「え?」
「向こうには五日間滞在する予定デス……」
えーっと……あまりにも悲しんでいるのでてっきり数週間くらいかかるのかと思っていたのだけれど……五日間?
予想していたよりもはるかに短い期間に思わず霧島さんの方を見ると、霧島さんは頭を抱えていた。
「ほらお姉さま、マスターさんも驚いてらっしゃるじゃありませんか。ですから五日間くらい大したことないと言ったのです」
「うぅー……デモ、前後の準備期間も含めたら一週間以上デース!今まで一週間以上も間を空けたことは無かったノニ……それに、今回はワタシは特に何もすることが無くて、ホントウにただの付き添いデス、そういうならキリシマが行くと良いデース」
「そうは言いますがお姉さま、移住計画は大変重要なものです。付き添いとは言え、その最終確認に提督の隣に立つのが、秘書艦筆頭のお姉さまでなくてどうするのですか」
「そう……ですケド……むぅ……」
ま、まぁそんなに悲しんでくれるのは嬉しいけど、最初に霧島さんが「大げさ」と言ったのもわからなくもないかな……ただ、金剛さん本人にしてみたらやっぱり残念なことには変わりがないわけで、どうにかしてあげられたら良いんだけど……。
そんな感じでしょんぼりしている金剛さんと、頭を抱える霧島さんを見ながら、俺は少し頭を働かせることにした……。
最近金剛お姉さまの影が薄い気がして……
というか美味しいもので機嫌がよくなっちゃう金剛さん
なんてチョr……
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