鎮守府島の喫茶店   作:ある介

113 / 121
本来だったら梅雨のうちに登場させたかったのですが
ちょっと遅くなってしまいました
タイトルからもお分かりの通り、あの美人さんの登場です


五十九皿目:雨雲と和傘美人

 先週にはすでに、本土よりも早い梅雨明けを迎えていたにもかかわらず、今日はあいにくの曇り空。予報ではこの後雨も降るらしいが、もういつ降ってきてもいいような空模様だ。

 

「キョウハ、ナンダカクライネー。ムシムシスルシ……」

 

「そうだね、こう雲が厚いと太陽の光も遮られちゃうからねー」

 

 いつもより湿気が多く寝苦しかったのか、俺と同じ時間に起きてしまったほっぽちゃんが、寝ぼけ眼で外を見ながらそんなことを言っている。

 

 まぁ、だからと言って気分まで暗くなっていたら来てくれたお客さんにも悪いし、明るく行こう。それに、今日は今までの榛名に変わって新しい手伝い艦娘が来ることになってるしね、そろそろ来る頃だと思うから、暗い顔で出迎えなんてよくないよな。

 

 と、そんなことを考えていたら、勝手口をノックする音が聞こえてきた。どうやらその子が来たらしく「ハーイ」とほっぽちゃんが出迎えに行く。

 

 ほっぽちゃんがドアを開けると、そこに立っていたのは、白と黒の袴姿にえんじ色の和傘を差した、黒髪が美しい女性だった。あぁ、『濡羽色』とか『ぬばたまの』ってのはこういう事を言うんだろうな。俺は彼女の姿から、昔学校で古文の時間に習った表現を思い出していた。

 

 というかもう降り出してきたのかな?道理で蒸し暑いはずだわ。

 

「えっ?あ、もしかしてあなたがほっぽちゃん?」

 

「ソーダヨー、ヨロシク」

 

 ドアを開けて急に現れたほっぽちゃんに、一瞬驚いたような彼女だったが前もって鎮守府で説明があったのだろう、すぐにその正体に思い至ったようだ。そして、ほっぽちゃんの挨拶に「こちらこそよろしくね」と笑顔で返したところで中に入り、俺の方へと向き直って自己紹介を始めた。

 

「軽空母祥鳳です。あの……よろしくおねがいしますね」

 

「ああ、よろしく。そんなに硬くならなくていいよ、気楽に気楽に」

 

 祥鳳さんか……どうも表情が硬かったようなので、そんな風に言うとはにかみながら「はい」と返してくれた。うん、まだちょっとぎこちないけど、良い笑顔だ……ところで、朝ご飯は食べてきたのかな?

 

「あ、いえ、まだです」

 

「それじゃまずは腹ごしらえをしよう。今日は時間に余裕もあるし、祥鳳も初めてだからちょっと豪華にしようか」

 

 こんなじめじめした日こそ、朝からしっかり食べて力を付けなきゃね。という訳で、俺は調理を始めるが、その間二人には店の方を簡単に掃除しておいてもらう。

 

 腹ごしらえをしてからとは言ったし、時間に余裕があるとも言ったけれど、開店の時間は待ってはくれないからそれくらいはね。それに、テーブルを拭いたりとかだったらほっぽちゃんもいつもやってるし、先輩教えてあげてください。

 

「ウン、マカセロ」

 

「ふふっ、先輩、よろしくお願いしますね」

 

 そう言ってほっぽちゃんは祥鳳の手を引いてホールへと出ていった。さ、それじゃ朝ご飯作りましょうか。

 

 ご飯は炊けてるし、出汁も引いてある……味噌汁はすぐできるから後でいいとして、まずは小鉢からにしようかな。

 

 と言ってもこの小鉢もすぐにできるんだけどね。というわけで、オクラと適当な大きさに切ったナス、プチトマトを素揚げにしていく。その間に、出汁・酒・醤油を火にかけて煮立たせたら、バットに入れて冷ましておく。後は揚がったものからこの漬け汁に入れて味をしみこませれば、夏野菜の揚げびたしの出来上がりだ。

 

 色んな野菜をサッパリ食べることができて、栄養も満点。もちろん今回使った野菜以外でも美味しく食べられる……で、漬け込んでいる間にお次は主菜。

 

 今日の主菜は夏バテ対策食材として優秀な豚肉を使おう。と言っても、朝から豚カツや生姜焼きでは少々ヘビーなので、さっぱり食べられる冷しゃぶにしようと思う。まぁ、冷しゃぶがおかず的な主菜か、サラダ的な副菜かっていうのは意見が分かれるところだと思うんだけど、個人的には十分おかずになると思うんだよね。よほど突飛なタレを使わない限りは……だけど。

 

 まずは豚肉を茹でるんだけど、ここでひと工夫。豚肉には軽く片栗粉をまぶしておいて、これをお湯に生姜と酒を加えて沸騰させたもので茹でる。色が変わったらすぐにざるに取りだし、そのまま常温で冷ます。こうすることで、硬くなったりパサついたりしないし、臭みもなく茹でられるんだよね。

 

 片栗粉をまぶしたことでプルプル、つやつやと美味しそうに茹で上がった豚肉が程よく冷めたら、皿に盛りつけた千切りレタスの上に盛り、その上に同じく千切りにした茗荷と大葉をたっぷり盛り付ける。タレは取り分けてから、お好みでポン酢か昆布を漬け込んだオリジナルの出汁醤油をかけてもらおう。

 

 さて、最後は味噌汁だ。今日はここにも夏バテ対策にピッタリの食材を使う。

そもそも味噌汁自体が塩分やアミノ酸の補給で夏バテ対策にうってつけの料理なんだけど、今日は具としてミネラルたっぷりの海藻、モズクを入れよう。

 

 モズクと言えば沖縄が有名だけれど、暖かい海に生えるのでこの島の海辺でも獲れたりする。商品として流通させるほどの量は採れないが、昔から島の食卓にはたびたび上ったものだ。

 

 という訳で、味噌汁が出来上がったところで二人を呼んで朝ご飯にしよう。

 

「はい、おまたせ。しっかり食べてね。あと、二人の反応次第じゃメニューにも加えるかもだから、感想の方もよろしく」

 

「わぁ、おいしそうですね。冷しゃぶですか、これなら朝でもさっぱり食べられそうです」

 

「ゴッハンー、ゴッハンー。ン?コノオミソシルミタコトナイ。ナニ?」

 

 そうか、ほっぽちゃんはモズクは初めてだったか。結構好みが分かれる食材だけれど大丈夫だろうか。

 

 それぞれ手を洗って席に着きながらそんな会話を交わし、さっそく食べ始める。

 

「お肉がプルプル柔らかくて美味しいです。この出汁醤油が良く合って……ごはんも進みますね」

 

「アハハ、ツルツルー!モズクオモシロイ!」

 

 ほっぽちゃんは美味しいじゃなくて、面白いか。まぁ、確かにこのモズクの食感は味噌汁にはあんまりないから面白いかもね。というか、気に入ってくれたみたいで良かったよ。

 

「なるほど、この暑さでお味噌汁は敬遠しがちですが、これは良いですね。それにネバネバ系の食材は夏バテにも良いのでしたっけ?なんだか元気が出そうです」

 

 確かにこう暑いと味噌汁はちょっと……って感じもするけど、そういう時にこそ食べてもらいたいんだよね。あぁ、熱いのが気になるようなら冷や汁って手もあるか。

 

 それに夏バテに良いとされるネバネバ食材。今回はモズクとオクラだけだけど、ほかにもトロロ・メカブ・モロヘイヤ・納豆なんかもいいよね。その辺の食材でもなにか考えてみようかな。どうしても和食になりそうな感じはあるけど……パスタあたりなら合わせられるかな。ネバネバ食材を使った和風冷製パスタとか美味しそうだ。

 

「揚げびたしも味が染みていて美味しいですね。それに色も綺麗で、目でも楽しめます」

 

「それは良かった。ところで、祥鳳は普段料理とかするの?」

 

 よしよし、祥鳳の反応もいいし今度ランチでも出してみよう。と、ちょっと気になったことを世間話的に聞いてみることにする。

 

「そうですね、着任して日は浅いですが料理はしていませんね……今までの食事も出来合いのものや、レトルトばかりで……」

 

 なるほど、そういう事なら今まで来てくれた子達みたいに手伝いながら料理を覚えて欲しいものだけど……というようなことを考えていると、祥鳳が「あっ、でも!」と手を叩いて笑顔で話し始めた。

 

「実は妹がいるのですが、彼女の得意料理が玉子焼きなんです!ですので、毎日手作りの玉子焼きは食べていますよ。それがとても美味しくて……ぜひ店長さんにも食べていただきたいです」

 

「へぇ、それはぜひ一度食べてみたいな。そうでなくても今度紹介してくれるとうれしいな」

 

「ええ、今度非番の日にでも顔を出す様に言っておきますね」

 

 そう話す祥鳳はとても嬉しそうで、妹さんとの仲の良さが感じられるいい表情だった。

 

 それから二人ともしっかりとご飯をお替りして朝食を終えた。みんな夏バテの様子もないし、今日も一日頑張っていこう。

 




和傘美人祥鳳さんの登場でした
そして今回は出て来ませんでしたが瑞鳳も着任したので
そのうちお話にも登場させたいと思います

……ご想像の通り玉子焼きネタになりそうですが……



お読みいただきありがとうございます

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。