鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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お待たせしました。ちょっと仕事が忙しく……
という言い訳はさておいて、今回は前回予告していた通り
深海からの新しいお仲間の歓迎会です。

それではどうぞ


六十一皿目:新たな仲間のプチ歓迎会

 外で立ち話っていうのも何なので、とりあえず片づけは簡単に済ませて店内へと入っていこうとした、その時。

 

「タダイマー!」

 

「こんちゃー!」

 

 おっ、ほっぽちゃんが返ってきたみたいだ。それに、この声は佐渡ちゃんも一緒か。いらっしゃい……って、うわぁ、二人とも両手いっぱいにいろんなものを持ってるよ。渡したお小遣いであんなに買えるかなぁ……?

 

「お帰り二人とも。これはまた大荷物だねぇ……」

 

「ウン、イロンナヒトガクレタ」

 

「あー、てんちょー、一応佐渡様もほっぽも普通に屋台で買おうとしてたんだけどな、世話になってるばっちゃんとか、屋台のおっちゃんらがなー」

 

 なるほど、おごってくれたりサービスしてくれたと……。

 

「そっか、よかったね二人とも。ちゃんとお礼は言ったかい?」

 

「ウン!」

 

「もち!」

 

 ならいいか。

 

 今の調子なら大丈夫だと思うけど、なんでもしてもらえて、なんでも買ってもらえるのが当たり前と思わないように、『ありがとう』が言えるような子でいてもらいたいし、これからもその辺注意していかないとな……って、まだ結婚もしてないのにこんな父親みたいなことを考えるようになるとは……はぁ。

 

「ヒデトサン?どうしたデスカ?」

 

 プチへこみしているのが顔に出てしまっていたのか、心配そうに金剛さんが声をかけてきたのを、なんでもないとかわして厨房へと向かう。さて、みんなにはちょっと待ってもらってパパっと料理してこようかね。

 

 手伝ってくれるという川内・祥鳳と一緒に厨房へと入り、何を作ろうかと考える。

 

 ちなみに鳳翔は、ほっぽちゃんたちがもらってきた屋台料理で晩御飯にするというので、その面倒を見てもらいながら一緒に食べるということで、店の上の自宅部分に上がっていった。

 

 そんなわけで冷蔵庫を見ながら何を作ろうかと考えているわけなんだけど、今日は普通の営業じゃないってのもあって、それほど仕入れをきっちりしているわけではないから、食材としてはいつもに比べると充実してないんだよね。とはいえ、基本的なものは一通りそろってるから……。

 

「それじゃ川内はここにあるもんでサラダを作ってもらえるかな。内容とかドレッシングは任せるよ。川内なら大丈夫だろ?」

 

「もちろん!まっかせて!」

 

「祥鳳は俺の手伝いな。ま、こっちはいつも通りだ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 そう言えばお酒は飲むのだろうかと聞いてみれば、飲んだことがないので是非飲んでみたいとのこと。まぁ、艦娘と似たようなもんだろうし、結構飲むんだろうな……なんて思いながら、つまみ系のメニューで固めることに決めた。

 

 まず取り出したのは、牛うちもも肉のブロック。いつもはシチューなんかの煮込み料理に使うこれを、今回はたたきにしようと思う。

 

 ローストビーフもいいんだけど、それだと時間もかかるし赤身が美味いこの肉はより生に近い形で食べてもらいたい。ただ、鮮度がいいとは言え牛刺しって訳にはいかないので、表面を炙ってたたきにしようというわけだ。

 

 初めに塩コショウをしてから焼き台で焼いていく。その間に祥鳳にはタレを作ってもらおう。

 

 表面をしっかり焼いたら、醤油・酒・みりん・おろし生姜・おろしにんにくを混ぜて作ったタレに肉を漬け込んで、冷蔵庫で冷やす。ほんとはこのまま一・二時間くらい冷やして味をしみこませたいところだけれど、今日はあんまり待たせるわけにもいかないので、ある程度でいいかな。

 

 そうやって肉を冷やしている間にもう一品。明日の定食用に仕込んで冷蔵庫で寝かせておいた黒ムツの西京漬けだ。以前陸奥さんが来た時にもムツは出したことがあったが、それ以降も時たま入荷してはこうして西京漬けにしたりしてメニューに載せている。昨日の夜に仕込んだものなので味もしみてるはずだし、ご飯はもちろんお酒のあてにもピッタリだ。

 

「んー、いい匂い!へぇ、串に刺して焼いてるんだ……なんか新鮮。後で私たちにも味見させてね!」

 

 ムツを焼いていると、じゅうじゅうと焼ける音と立ち上る香りにつられたのか、川内が近づいてきてそんなことを言ってきた。よく見ると祥鳳も気になるのか、こちらをじっと見ている……もちろん、みんなの分も焼いてるから安心してくれ。

 

 それと、いつもはいわゆる『魚の切り身』の形で出していて、もちろん今回漬け込むときもこの形で漬け込んでいるのけれど、今日はこの切り身をさらに三つ程度に切って、おつまみっぽく串に刺して焼いている。

 

「やったー!楽しみ……っとそうだ、店長ドレッシングちょっと味見お願い。前に教わった醤油味の和風ドレッシングにしてみたんだけど……どうかな?」

 

 ん、どれどれ……うん、うまい。鰹節の風味と、この酸味は梅干しか。なかなかいい感じの和風ドレッシングだ。

 

 味見をしながら作業台の方を見てみると、どうやら大根を入れた和風サラダにしたようだ。なるほど、あれならこのドレッシングがピッタリだろうね。それに、こっちの牛たたきと焼き魚にも合わせたのかな?さすが川内なかなかやるな。

 

「ふっふーん、もっと褒めてくれてもいいんだからね!」

 

 と、川内とそんなやり取りをしている間にムツも焼きあがったので皿に盛り付けたら、続いていい感じに冷えた牛たたきをスライスしていく。

 

 それを大皿に玉ねぎスライスと水菜を盛った上に並べて、最後にタレを少しまわしかけて完成だ。

 

「おまたせしました。牛のたたきに黒ムツの西京焼き、それと大根サラダです。お酒も今用意するから待っててね」

 

 川内達と料理や取り皿なんかを運んだあとで、そういいながらカウンターからあるお酒を取ってくる。

 

 それはとある大手メーカーが昔から作っているウイスキーだ。決して安くはないが、目玉が飛び出るほど高いというわけでもなく、まぁ店で使うにはちょうどいいって感じかな。

 

 もちろん、お酒を飲むのが初めてだというミナミさんにウイスキーをストレートで飲ませるようなことはしない。今日はこれを好みの炭酸で割ってもらって、ハイボールで楽しんでもらおうと思う。そこで、用意したのが基本の炭酸水とジンジャーエール、コーラ……それと、今日はお祭りってことで瓶入りのラムネも用意してみた。

 

 というわけでさっそくハイボールの作り方を説明する。

 

「まずはグラス一杯に氷を入れて、そこにウイスキーを注ぎます。ここで軽くマドラーをひと回ししたら、炭酸が抜けないようにグラスの壁に沿わせながらゆっくりと炭酸を注いで……最後にマドラーを縦に入れて軽く混ぜたら出来上がり。ポイントはとにかく混ぜすぎないこと、あとは比率もいろんな人がいろんな事言ってるけど、好みでいいと思うよ……はい、じゃぁこれは金剛さんに」

 

 グラスに櫛切りにしたレモンを差して金剛さんの前に置くと「いただきます」とほほ笑んだ後、ゆっくりと口に運んだ。

 

「ンー……っはぁ!炭酸の刺激と後から鼻に抜けるウイスキーの香りがたまらないデス。これはいいですね」

 

 ふふふ、金剛さんに気に入ってもらえてよかった。さて、ミナミさんはどうかな……と視線を向けてみると、何やらラムネの瓶を見つめていた。そしてすぐにこちらの視線に気が付くと、その瓶を持ち上げて口を開いた。

 

「ネェヒデト、コノラムネ、マズハソノママイタダイテモイイカシラ?」

 

「もちろんどうぞ」

 

 俺の言葉を聞くや否や、ミナミさんは慣れた手つきでビー玉を落として飲み始めた。

 

「ンッ……ンッ……ッハァ……。コレガラムネノアジナノネ……イエ、トウジハコンナニセンレンサレタアジデハナカッタカモシレマセンガ……デモ、オイシイ」

 

 瓶の半分ほどを飲んで、ぽつりと独り言のようにつぶやいたミナミさん。どうやら昔のことを知っているような口ぶりだけれど、いったい……。

 

「南方棲姫、あんた昔のこと……?」

 

「エエ、デモシッテルトイッテモナントナクヨ。タブンアナタタチトオナジニホンノフネダッタキガスルケレド、ドノフネマデカハワカラナイ。ナントナク、オボロゲニ……ミンナウレシソウニラムネノンデタ……」

 

 川内が上げた驚きの声に、昔のことを思い出すように、懐かし気に、寂し気に……でも、どこか優しい表情でミナミさんはそう語った。

 

 って……『オナジニホンノフネ』って言った?深海棲艦って、そうなの?前に艦娘と深海棲艦は似たような存在だっていうのは聞いたことがあったし、ほっぽちゃんと暮らし始めてからそれを実感することもあったけれど、似てるってそういうこと?そういう根源的な……。

 

 んー、よくわからん。よくわからんが、とりあえず目の前にいるのは、優しい笑みを浮かべた、ちょっとセクシーなお姉さん……って事でいいよね。もうこれ以上はキャパオーバーだ。

 

 うちの店に来て、楽しく、美味しく食べてくれるのがうちのお客さん。暴れたり、人様に迷惑をかけるような輩は、たとえ島民だろうが艦娘だろうが客じゃない。摘まみ出す。うちの店はそれでいいや。

 

「ふふっ。ヒデトサンもどうやら納得してくれたみたいデスシ、南方棲姫……イエ、ミナミサンの言葉に軽く補足させていただきますネ」

 

 どうも表情に出ていたらしく、自分の中で考えが固まったところで金剛さんがそう話し始めた。

 

 実はこのミナミさんは艤装の形や雰囲気から、どうも戦艦大和が元になっているのではないかと考えられているそうだ。その裏付けとして、本部の大和さん――祭りの時にちらっと会ったあのお姉さん――もシンパシーというか、何やら「他人とは思えない」というようなことを話していたらしい。

 

 そしてもう一つ気になった、ラムネに反応した理由なのだけれど、当時の軍艦の多くには二酸化炭素を使用した消火装置が備え付けられていて、その装置がある艦のうちいくつかの艦……特に南方に赴く艦では、その二酸化炭素を流用してラムネを作るラムネ製造機が設置されていたそうだ。それは海上では貴重な甘味の一つであり、炭酸の爽やかなのど越しは暑いところで作戦に従事する乗組員達にも大人気だったそうだ。

 

 そして先ほど話に出た大和もまた、艦内にラムネ製造機が設置されていた艦の一つであり、大和ラムネは十数年前に当時のレシピで復刻版が販売されたこともあったらしい。

 

 そんな金剛さんの話を「なるほどな」と感心しながら聞いていると、横から祥鳳が遠慮がちに声をかけてきた。

 

「あのー、皆さん。お話は食べながらにしませんか?せっかくのおいしそうなお料理が並んでいることですし……」

 

「そうそう、食べようよ。私もおなかペコペコだよ」

 

 祥鳳の言葉に川内もおなかを押さえながら同意して、皆の笑いを誘った。

 

「だな。せっかく作ったんだし、食べて食べて。まだ次の料理も作ってくるつもりだし、なにかリクエストがあったら作るよ」

 

「アリガトウヒデト。ジャアセッカクダカラコノラムネデ、サッキイッテタラムネハイボールツクッテホシイナ……オサケハジメテダカラチョットラムネオオメデ」

 

 ミナミさんからそんな注文があったので、手早くラムネハイボールを作って手渡す。その間に祥鳳が料理を取り分けて、それぞれ手を合わせて食べ始めた。

 

「ア……オイシイカモ。アマクテノミヤスイワ……デモアマイダケジャナク、ウイスキーノカオリモカンジラレテ……」

 

 ほう、ミナミさんはなかなかいける口みたいだ。これでお酒に慣れてもらったら、後で是非普通のハイボールにもチャレンジしてもらいたい。

 

「ヒデトサーン!このお肉おいしいデース!程よくサシが入って柔らかくて、炙ってあるところの風味もいいデスネ。何よりこのタレがお肉とピッタリmatchしてるネー」

 

 金剛さんはたたきをおいしそうに頬張っている。その表情を見れば気に入ってくれたかどうかは一目瞭然だ。

 

「川内さん、このサラダおいしいです。あとでドレッシングのレシピ教えてもらえませんか?」

 

「もちろん!後でメモに書いて渡すね……こっちの焼き魚も食べてごらんよ。絶妙な漬け込み具合でおいしいよ……でも、これだったら日本酒の方が合うかな……このコークハイもおいしいんだけどね」

 

 祥鳳はサラダが気に入ったようで、川内にレシピを聞いていた。確かにこのドレッシングはよくできてるからね。

 

 そして川内はコークハイにしたみたいだけど、確かにコークハイだったらもうちょっとジャンクな感じの料理の方が合うかもね。揚げ物とか……よし。

 

 次の料理を作るために一度厨房に引っ込む。次に作るのはフライドポテトだ。正直順番としては先に出す料理のような気もするが、思いついたのだからしょうがない。

 

 なんて一人で勝手に言い訳をしながらじゃがいもを皮付きのまま櫛切りにしていく。切ったじゃがいもをさっと洗って、キッチンペーパーに挟んで水気を取ってから揚げていくのだが、まずフライパンにオリーブオイルを入れて、そこににんにくとフレッシュハーブを入れて香りを移していく。

 

 使うハーブはローズマリー・タイム・オレガノの三種類。洋食で使う頻度の高いこのあたりのハーブは常にある程度の量をストックしてあるので、贅沢にたっぷり使おう。

 

 これを弱火でじっくり過熱し、ハーブはカリッとした状態に、にんにくは茶色く色づいたら取り出して、じゃがいもを投入。かき混ぜながら揚げて火が通ったら取り出して油をきっておく。

 

 味付けは、先ほど取り出したハーブ類の堅い茎を取り除いて、葉の部分を軽く刻んで細かくしたら、塩と黒コショウを加えて混ぜ合わせハーブソルトを作る。これを、油をきったじゃがいもと一緒に大きめのボウルに適量入れて煽りながら混ぜれば、お手製ハーブソルトのフライドポテトの出来上がり。

 

 で、これはこれとして、若干オイルとハーブソルトが余ってるんだよね……んー、このハーブの組み合わせなら肉でも魚でも合うし何か焼こうか、それとも……そうだ。

 

 食材のストックと相談して使い道が決まったので、オイルを深めのスキレットに移し種を抜いた鷹の爪を入れて、弱火で温めなおす。ある程度温まったところで大きめに切ったマッシュルームとエリンギ、鳥のささみを入れて煮込んだら、ハーブ香るアヒージョの完成だ。ここにバゲット……は今日は焼いてないから、家用にストックしてあった食パンで勘弁してもらおうかな。

 

 四つ切にした食パンを軽くトーストして、表面をカリッとさせたものと一緒にアヒージョとフライドポテトを持っていく。

 

「おまたせ、フライドポテトとアヒージョだ。熱いから気を付けてね」

 

 三人の前に料理を置くと、わぁと歓声が上がった。と、そこで背後から声がかかる。

 

「あら、なんだかいい香りですね。おいしそう」

 

 声の主はほっぽちゃんたちと上に上がっていた鳳翔だった。聞くと、二人は昼間はしゃいで疲れていたのか、晩御飯を食べてしばらくしたところで寝てしまったそうで、佐渡ちゃんも今日はそのままうちにお泊りということになった。

 

「私をのけ者にしておいしそうなものを食べて……ふふっ、冗談ですよ。あの二人の楽しそうなお祭りの話を聞きながら食べる屋台料理もおいしかったですから。でも、ちょっと物足りないので私もご一緒させてもらってもいいですか?」

 

 一瞬真顔になったのでドキッとしてしまったけれど、そんな冗談を言うなんて鳳翔もすっかり慣れたもんだな。もちろん大歓迎なので、ご希望のハイボール(ちょっと濃いめ)を作ってあげて迎え入れる。

 

「ありがとうございます店長さん。さっそくいただきますね」

 

 鳳翔はそう言うと、グラスをあおってハイボールを一口。

 

「んー!おいしいですね。このフライドポテトもハーブの香りが効いていて、炭酸の刺激とウイスキーの香りによく合います」

 

 まずハイボールを味わってからポテトを摘まんで、再びハイボールをあおる。なんだか見た目にそぐわない飲み方をしているのを見て、思わず笑いを漏らすと鳳翔にも聞こえてしまったようで、赤くなってしまった。

 

「あらやだ、ちょっとはしたなかったですね」

 

「ごめんごめん、いい飲みっぷりだったよ。用意した俺としても嬉しいよ」

 

「ヘーイ、鳳翔!こっちのアヒージョも食べてみるデース!とってもdeliciousですヨー」

 

「鳳翔さん、このサラダ私が作ったんだ。食べてみてよ」

 

「こっちのたたきもおいしいですよ。お肉が柔らかくて、玉ねぎと水菜のシャキシャキ食感ともよく合います」

 

 金剛さんをはじめ口々に鳳翔に料理を勧める三人。それをほほ笑みながら見つめるミナミさん。口数はそれほど多くないけれど、どうやら楽しんではくれているみたいだ。

 

 さて、このメンツだとまだまだ食べたりないだろうし、また何か追加で作ってこようかな。

 

 




というわけでお待たせしてしまった分いつもより色々増量してお届けしました
次回以降もまた間が空いてしまうかもしれませんが
お待ちいただけると嬉しいです



お読みいただきありがとうございます

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