鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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お待たせしました
リアルの方では旬は過ぎてしまいましたが、作中はまだまだ盛りということでひとつ……


六十三皿目:旬の味を求めて(和食編1)

 秋刀魚艦隊が出港して数日後、さくらから連絡があった。どうやら明日の明け方彼女たちが帰ってくるらしいのだ。

 

さくらから聞いたところによると、今回の漁はかなりの大漁だったという連絡があったらしく、すでに漁協の方にも連絡して今日のうちから受け入れ体制を整えるそうだ。加工場の方もフル稼働させるということで、漁業関係者はそれはもうテンションが上がっているらしい。

 

 そこで俺もなにかできないかということで、港の食堂のおっちゃんやおばちゃんらと連絡を取って温かいものを準備して彼女たちの帰港を待つことにした。寒い中で準備している漁師のおっちゃん達も大勢いるしね。

 

 というわけで、俺と隣にいるおばちゃんの前にはでっかい寸胴が火にかけられている。

 

 おばちゃんの方はすでに店で作った自慢のもつ煮を持ってきているが、俺の方はこれから調理に入る。

 

 ……で、そのメニューなんだけれど、今日は豚汁仕立てのすいとんを作ることにした。

 

 『寒いときの炊き出しといえば豚汁だろう!』という安直な考えだったのだけれど、それに加えて艦娘のみんながお腹空いてるだろうと思い、すいとんを追加したというわけだ。

 

 ただ、すいとんに関しては戦中戦後の苦しい時期を思い出してしまうのではないかと一瞬ためらったのだけれど、祥鳳に聞いてみたら「それはあるかもしれませんが、大丈夫ですよ」と笑顔で返してくれたので、入れることに決めた。まぁ、それだけ自信満々に言う根拠は教えてくれなかったけれど、祥鳳が言うなら大丈夫なんだろう。

 

 というわけで、早速調理を始めよう。

 

 まずは鍋に油を熱したところで適当な大きさに切った豚バラを投入。ある程度火が通ったところで玉ねぎ・里芋・にんじん・ごぼうを入れて更に炒める。

 

 んー、流石にこの量はなかなかしんどい……。

 

 冬の明け方、しかも港ということでそれなりに寒いのだけれど、そこそこの重労働と業務用の野外コンロの火のおかげで軽く汗ばみつつ具材を炒めていく。

 

 全体に油が回ったところでこんにゃくを加えてさっと炒め合わせたら、店で引いてきた出汁を入れて煮込んでいく。

 

 丁寧にアクを取りながらしばらく煮込んだら、味噌を溶き入れて豚汁は完成だ。そして今日はここに小麦粉で作ったすいとんのタネを流し入れて、更に煮込んでいって出来上がり。

 

 ちょっと味見をしてみたけれど、なかなか美味しくできたんじゃないだろうか。あとはお好みで七味とバターも用意してある。唐辛子の効果で更に体が温まるし……豚汁にバターって美味しいよね。

 

 豚汁が完成して、食堂のおばちゃんとしばらく世間話をしていると、にわかに岸壁のほうが騒がしくなってきた。おっ、帰ってきたかな?

 

 海の方を眺めてみれば、夜明け前に薄明かりの中に艦隊らしき影が見えてきた。あの先頭で大漁旗を掲げているのは……多摩か。

 

 程なくして艦隊が着岸。するとすぐに輸送船から大量のさんまの水揚げが行われる。基本的には港で待機していた漁師さんたちにお任せなのだが、何人かの艦娘も作業を手伝っている。

 

 そんな中で、ほっぽちゃんは長門さんに促されて一足先にこちらに走ってきていた。

 

「ヒデトー、タダイマー!サンマイッパイトレタ!」

 

 俺のところに飛び込んできたほっぽちゃんを抱き上げると、嬉しそうにそう報告してきた。そっかそっか、良かったね。

 

 抱き上げたほっぽちゃんの体は冬の海を航海してきたせいで冷えてしまっていたので、持ってきていたアウターを着せて、バターをひと欠け落とした豚汁を手渡す。

 

「熱々だから温まるよ」

 

「オー!アツアツ!フゥ、フゥー……ンー……ウマイ!」

 

 ふふふ、相変わらず表現はアレだけれど、この表情を見るとホント用意してよかったと思うよ。

 

 美味しそうに豚汁をすするほっぽちゃんを眺めていると、他の艦娘たちもやってきた。あ、でも、長門さんは……まださくらと一緒に漁協の会長さんと話してるな……なんだかこっちをチラチラ見てるのは……気のせいだろう。うん。

 

「店長さんただいまー!秋刀魚いっぱいとれたっぽい!今夜は秋刀魚パーティーしましょ?」

 

「秋刀魚パーティーって、夕立あなた……でもほんとにたくさん取れたわね。店長に料理してもらうのが楽しみだわ〜」

 

 前もってさくらから聞いていたから、今日は閉店後にこの子達を招いて秋刀魚づくしの食事会を開く予定ではあったけど……秋刀魚パーティーね……まぁ、なんとも夕立らしい表現だな。その証拠に、たしなめる村雨も笑顔だ。もっともその笑顔は秋刀魚が大漁だったということも理由の一つなんだろうけど。

 

 村雨・夕立姉妹と話をしていると、横で大漁旗を抱えながらもつ煮を頬張っていた多摩が質問してきた。

 

「そういえば、今日は何時くらいに行ったらいいのかにゃ?長門さんからは一度仮眠を取って休んでから集合って言われてるんだけど、時間までは指定されていなかったにゃ……それと、豚汁一杯もらえるかにゃ?」

 

 あー、時間か。一応今日も通常営業があるからな……この子達にはゆっくり楽しんでもらいたいし、閉店後に貸し切りにしようか。そのほうが休む時間もたっぷり取れるだろうしね。

 

「というわけで、閉店後でよろしく。それまでにバッチリ準備しておくからさ、長門さんにも伝えておいてよ……はい、豚汁」

 

「了解したにゃ。ふっふっふ……多摩たちが獲った秋刀魚……楽しみにゃ……はー、豚汁染みるにゃー」

 

 くふふと笑う多摩の横では響も大きく頷いている。そしてその手には豚汁が……って、やけに赤いけど、どんだけ唐辛子入れたのさ。

 

 そんなに入れて食べられるの?……そっか、美味しいんだ……それは良かった。

 

 それからしばらくみんなと話をしていると、椅子に座って豚汁を食べていたほっぽちゃんがこっくりこっくりと船を漕ぎ始めたので、先に連れて帰ることにした。

 

 まだ豚汁もたくさんあるし、仕分け中の漁師さんたちにも振る舞うつもりでいたのだけれど、おねむモードのほっぽちゃんを見かねた食堂のおばちゃんが「こっちは私らで大丈夫だから、連れて帰って寝かせてやんな」と言ってくれたので、後日鍋を取りに来る約束だけしてお言葉に甘えることにした。

 

 と、そんな話をしている間にすっかり寝息を立て始めたほっぽちゃんをおんぶして、家に帰ることにする。お疲れ様、ほっぽちゃん。

 

 

 

 

 そんなお出迎えをした明け方から十数時間。特に何ということもなく日中の営業を終えて、閉店を迎えた……あぁ、そういえば今朝の艦隊の帰港は島中の話題になっているらしく、秋刀魚を楽しみにしているお客さんがたくさんいたなぁ。

 

 明日からうちでも通常営業向けに入荷する予定だし、島内の他の店でも取扱いが始まるはずだ。それに、漁自体も今回の艦隊を皮切りに、定期的に計画されている。もっとも、漁に行くにも艦娘の護衛が必要なのは変わらないので、一般の漁師が自由にというわけには行かないのだけれど……。

 

 それでもここ数年は漁に出られていなかったことを考えると、弥が上にもテンションが上がるというものだろう。

 

 何はともあれ、今日は初物で秋刀魚パーティーだ。今回の漁が決まってから、何を作るかいろいろ考えていたのだけれど、折角の初物ということで、今日は和食で攻めようと思っている。

 

「店長さん、私まで一緒にいただいてもよろしいのでしょうか?」

 

「いやいや、これだけ色々手伝ってくれてるのに、ここでじゃあさようならとか言ったら怒られちゃうよ」

 

 準備を手伝ってくれている祥鳳が、ふと手を止めてそんなことを聞いてきたので、割と真剣に否定しておく。

 

 今夜のパーティーは、初めての秋刀魚漁を頑張ってきた艦隊のみんなへのご褒美というのはもちろんなんだけど、せっかく手伝ってくれてるんだし、それくらいの役得はあってもいいじゃない?

 

 ……なんて感じのことを祥鳳達と話しながら準備を進めていると、店の外がなんだか騒がしくなってきた。どうやらみんなが来たみたいだな。

 

 ただ、ほっぽちゃんがまだ降りてこない。夜になったら降りてくるように言ってあるんだけど、まだ寝てるのか、起きたけど上でゴロゴロしてるのか……。悪いんだけど、祥鳳に頼んで連れてきてもらおう。

 

「お邪魔するぞ、店主殿。今日はよろしく頼む」

 

「さっんまー、さっんまー」

 

「ぽっぽぽぃー、ぽっぽぽぃー」

 

「多摩さんも、夕立もちょっとはしゃぎすぎじゃない?ねぇ、店長?」

 

「ズドラーストヴィーチェ、マスター」

 

 みんな楽しみにしてくれていたみたいで、俺も嬉しいよ。それに今日は特別ゲストも呼んでるからね。期待していてもらおう。

 

 それからすぐに祥鳳がほっぽちゃんを連れてきてくれたので、早速秋刀魚パーティーを始めよう。

 

 みんなに席についてもらってとりあえず飲み物を配ったところで、早速一品目のお造りから提供していく。

 

 三枚におろして丁寧に骨を抜いて皮を引き、飾り包丁を入れて大きめに切ったシンプルなものと、もう一つ、斜に細長く切ったものに千切りの大葉・おろし生姜・すりごまをあえたものの二種類を用意した。

 

「さぁ、最初はやっぱりコレってことで、お刺身でどうぞ。こっちは生姜をもとから和えちゃってるけど、そっちはお好みでつけて食べてね」

 

 そして、長門さんの前にはみんなとは別に薬味皿に入れたとあるタレを置く。

 

「む?店主殿、これは?」

 

「きっと長門さんなら気に入ると思うから、ちょっとそのタレで食べてみてください」

 

「ふむ、そういうことならいただこうではないか…………んっ!これは!?……この苦み……もしかして肝を使ってるのか?うん、うまい。これは日本酒が進みそうだな」

 

 長門さんご名答。これは秋刀魚の肝を使った肝醤油。下ごしらえで取り出した肝をよく洗い、アルミホイルに乗せて、オーブンで軽く焼く。それを染み出た脂ごと裏ごしして、醤油と煮切り酒で伸ばして、最後におろし生姜のしぼり汁を少量加えて作ったものだ。

 

 焼いたことで出た香ばしさと、肝ならではの苦み、うま味がさらに刺身の味わいを深くしてくれる。そして長門さんが言うように、これは日本酒によく合うのだ。

 

 というわけで、長門さんには日本酒をご提供。燗酒を口に含んだ時に広がる、肝と酒の香りを楽しむのもいいが、今回は冷でいってもらおう。口の中の脂をさっぱりと洗い流してくれるので、この時期の脂ののった秋刀魚を飽きることなく楽しめるからね。

 

 そして、この肝醤油なんだけど、やっぱりほかの子たちには早かったみたいだ。夕立とほっぽちゃんはあからさまに顔をしかめているし、魚好きの多摩は食べられるけど普通の生姜醤油の方が好みって感じかな。

 

 さて、みんな楽しんでくれてるみたいだし、間を空けないように次の料理を持ってこよう。

 

 次は揚げ物、季節の天ぷら盛り合わせだ。秋刀魚をメインに、これも今が旬のキノコ類から舞茸とエリンギ、そしてちょっと意外かもしれないが、えのきを使って人参とかき揚げにしてみた。あとは秋の天ぷらとして外せないさつまいもと銀杏を揚げて盛り合わせる。

 

 本来なら一人前ずつきれいに盛り合わせるんだろうけど、うちはそんな堅苦しい店じゃないしね、大皿に盛り付けて持っていく。

 

「はい、次は天ぷら盛り合わせですよー。塩・醤油・天つゆ、好きなのでどうぞ」

 

「いただくにゃ……うー、揚げたてサクサク。秋刀魚はふんわり……お塩がよく合って美味しいのにゃ」

 

「村雨はこのかき揚げ好きかも。天つゆでしっとりしたのがちょっと……んーん、かなりいい感じ!」

 

「このさつまいももなかなかだよ。ほくほくした食感と、醤油をかけたときの甘じょっぱいのが癖になるよ……ハラショー」

 

 それぞれ好みの味付けでおいしそうに食べてくれて、俺も思わずにやけてしまう。そして、さっきから静かなほっぽちゃんと夕立は……うん、そっとしておこう。

 

 さて、それじゃぁそろそろメインに……いや、今日は秋刀魚料理全部がメインなんだけど、その中でもメイン中のメインをお願いしますか。

 

 すでにさっきから並行して作り始めているので、そろそろ出来上がるはず。そう思ってちょこっと厨房に行ってから、祥鳳と二人でホールへ戻り、長門さんたちの隣のテーブルに座る。

 

 長門さんたちは不思議そうな表情でこっちを見ているが、もう少し秘密にしておこう。すでに知っているほっぽちゃんも空気を読んで黙っててくれてるしね。

 

 すると、それほど間を置かずに厨房の方から声が聞こえて、お盆を手に一人の艦娘が姿を見せた。

 

「お待たせ。マスターに教わって焼いてみたんだ。僕としてはうまくできたと思うんだけど……」

 




お待たせいたしました
秋刀魚艦隊が帰ってきました
前書きにも書いたようにリアルの方ではもう旬は終わってしまいましたが
作中では一番おいしい時期ということでお願いします。

そして、最後に特別ゲスト(バレバレ)が一言だけ登場して
次回につながりますが、次回はもっと早く投稿できる予定です

そして、この場を借りて一言
皆様の応援のおかげで、初投稿から一年(12/2)が経ちました。
本当にありがとうございます。
これからも少しづつではありますが、投稿を続けていきたいと思ってますので
どうぞよろしくお願いいたします。



お読みいただきありがとうございます

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