鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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前回に引き続き、秋刀魚ネタ和食編です


六十三皿目:旬の味を求めて(和食編2)

「あー!時雨なんでいるの!?今日は鎮守府に行ってて帰りが遅くなるって、予定表に書いてあったっぽい!」

 

 夕立が思わず立ち上がってそう言ったように、厨房から出てきたのは時雨だ。

 

 せっかく先日練習したので、今日の塩焼きは時雨に焼いてもらった。そして、このことはサプライズということで、一緒に住んでいる夕立たちにバレないように、今日の行動予定を鎮守府出勤ということにして、みんなが仮眠を取っている間に家を出たのだと、店についたときに話してくれた。

 

 さて、そんな時雨なのだが、大げさな夕立の反応に苦笑しながらも、サプライズのことを説明しながら秋刀魚の塩焼きを配膳している。

 

 身の焼き加減は箸を入れてみないとわからないが、少なくとも見た感じはいい感じの焦げ目がついていてとても美味しそうだ。

 

 かつては秋刀魚の塩焼きに大根おろしで作った猫を添えるのが流行っていたことがあったけれど、今回横に添えられた大根おろしが子犬を模しているのは、時雨なりの遊び心だろう。犬にしたのはやっぱり夕立が犬っぽいからかな?……うん、実に可愛らしいね。

 

 そして、聞いたところうちでの練習以来、鎮守府の方でも七輪を使って練習していたらしいから、炭火の扱いも大分慣れただろう。真面目な時雨のことだから、おそらく焼き加減もしっかり仕上げてきているに違いない。

 

 と、眺めていても仕方がないので、早速いただくことにしよう。あちらのテーブルでも「おいしそう」「時雨すごーい」「ハヤクハヤク!」と待ちきれないような声が聞こえてくる。そんな声に時雨が笑顔で「召し上がれ」と返せば、それぞれが秋刀魚に箸を差し入れた。

 

 ……訂正しよう。一人だけ箸を手にプルプルしているお方がいる。彼女の視線の先を見ると、白い子犬を茶色いぶち模様の子犬に変えたところまでは良かったのだが、その可愛さにやられてしまい、崩せずにいるようだ……。

 

 かわいい物好きとは聞いていたけれど、まさかここまでとは……長門さん……。

 

「さすが時雨ね。塩加減も、焼き加減もばっちりよ」

 

「うんうん。美味しいっぽい!」

 

「ふふっ。気に入ってもらえて良かったよ……長門さんは、どうかな?」

 

 姉妹二人に褒められたのが嬉しかったのか、笑みを深める時雨。そして、いまだに箸を伸ばしては引っ込めてというのを繰り返している長門さんに声をかけた。

 

「あっ、いや、いただくとしよう」

 

 時雨の言葉に覚悟を決めたのかと思ったら、とりあえず大根おろしは置いておいて、秋刀魚を口に放り込んだ。

 

「むっ、パリパリの香ばしい皮に、ふんわりと焼けた身……塩加減も絶妙だな。うん、うまいぞ」

 

「それは良かった。大根おろしと一緒だともっと美味しいと思うんだ。試してみてよ」

 

「う……うむ。善処しよう……」

 

 あらら、長門さんの様子にしっかり気がついていたようで、時雨が一言釘を刺した。時雨ちゃん、何気にSっ気があるのね。

 

 うまいうまいと一心に食べている多摩とほっぽちゃんは放っておいて……というかほっぽちゃんさっきから「ウマイ」しか言ってなくない?まぁ喜んで食べてくれるのはうれしいんだけどさ……て、俺たちもいただこうか、祥鳳。

 

 ……うん、美味い。みんなが言ってるように焼き加減もちょうどいいし、塩加減もいい感じだ。向かいで食べている祥鳳も「美味しいですね」と笑顔を見せている。その俺達の様子を見て、時雨も胸をなでおろしている。

 

 よし、それじゃ今日のメインイベントも無事にこなせたということで、次の料理は時雨も一緒にこっちで食べてもらうことにして、俺は一旦厨房へ引っ込む。

 

 とは言っても、料理自体はもうできているので、後はよそって持っていくだけだ。

 

 祥鳳にも手伝ってもらいながら盛り付けたのは、秋刀魚の炊き込みご飯とつみれ汁のセット。今日の炊き込みご飯は秋刀魚と生姜のみというシンプルな具材で構成した。作り方も簡単で、下ごしらえをした秋刀魚を一度焼いてから、生姜・出汁・醤油・酒を合わせた米の上にのせて炊くだけ。一度焼くことで、香ばしさがプラスされ、臭みも消えるのでおすすめだ。

 

 ちなみにこれは他の魚の炊き込みご飯……例えば鯛めしなんかでもやるのだけれど、焼くと焼かないとでは味わいががらっと変わってくる。

 

 そして今回使った出汁は今日の調理中に出た秋刀魚の中骨を炙ったものと、昆布を使って取った合わせ出汁だ。これで更に秋刀魚の旨味が濃くなっている。

 

 この炊き込みご飯は土鍋で炊いて蒸らしておいたので、このまま持っていこう。 

 

 もう一つのつみれ汁はお椀によそって持っていく。これは炊き込みご飯にも使った出汁に三枚におろした秋刀魚の身と、塩・酒・片栗粉・生姜で作った秋刀魚のつみれを浮かべて作ったもので、味付けは薄口しょうゆを少量垂らしただけのすまし汁仕立てだ。最後に白髪ねぎをお椀に盛ってみんなの前に。

 

「マスター、この土鍋はもしかして……」

 

 料理をみんなの前に持っていくと、真っ先に反応したのは響だった。響は雷と一緒に住んでいるせいか、自分で料理をすることはあまりないらしいのだけれど、知識は豊富らしく雷に色々とリクエストをすることもあるのだそうだ。そんなわけで土鍋を見てピンとくるものがあったのだろう。

 

 その証拠に、ずいっと身を乗り出して土鍋に顔を近づけている。ちょっと行儀はよろしくないけれど、香りを楽しむつもりなのだろう。

 

 そんな響の行動に、なんの料理か気がついた子も、まだわからないでいる子も、みんなが身を乗り出してきたところで土鍋の蓋を勢いよく開けると、それまで閉じ込められていた香りが湯気と一緒に一気に立ち上った。

 

「おー!いい香りだにゃ!」

 

「かなーり美味しそうよ、これ」

 

「ううむ、匂いだけで美味しいのがわかってしまうな」

 

 そんなみんなの歓声を浴びながら湯気の中から現れたのは、ほんのり色づいたホカホカご飯と、その上に横たわる秋刀魚が三尾。このサイズの土鍋だとちょっと多いかもしれないけれど、今回は秋刀魚マシマシで作ってみた。

 

 『はやくよそれ』と言わんばかりのみんなの視線を尻目に、最後の仕上げとして秋刀魚の身を丁寧に骨から外し、さっくりとご飯と混ぜ合わせる。

 

 土鍋の底からこそげるように混ぜていくと、中から現れたおこげに再び歓声が湧いた。

 

「ヒデト!オコゲ!オコゲ!」

 

「はいはい、じゃあほっぽちゃんはこれね」

 

「ヤッター!イタダキマス!」

 

 なんでか知らないけど、子供っておこげが好きだよね……そんなことを思いながらほっぽちゃんにおこげ入りを手渡したあと、他の子たちの分もよそっていく。そして、手に渡った子から順に箸をつけていくと、みんなの口からは「ほぅ」というため息がこぼれていくのが聞こえた。

 

「ハラショー。このご飯はいいね。お米にもしっかり秋刀魚の味が染み込んでいて、とっても美味しいよ」

 

「これは出汁も秋刀魚で取ったのかにゃ?いい感じだにゃ」

 

「このつみれ汁も秋刀魚っぽい!ふふふ、おいしー」

 

 このご飯セットも気に入ってくれたみたいで良かった。今回は秋刀魚だけで炊き込んだけれど、普通の炊き込みご飯みたいに根菜類を入れてもいいし、個人的にはきのこをたっぷり入れるのが好きだったりするんだよね。店で出すときにはそうするつもりだし。

 

 とまぁそんな感じで、秋刀魚パーティーの最後のメニューも無事提供し終わり、満足いくまで食事を楽しんでもらったところで、今日のところはお開きとなった。

 

「さて店主殿、そろそろお暇しようかと思うのだが、最後に一つだけ言っておこうと思う……朝の豚汁うまかった。今後もあまり細かいことは気にせずに、うまいものをたくさん作ってくれ……よし、それじゃ皆帰投するぞ」

 

 その長門さんの一言でそれぞれ別れの言葉を口にしては席を立つ。

 

 見透かされていたのか、祥鳳から聞いたのか……どちらにしろ、別れ際にそんなセリフを言い残していくなんて……イケメンだなぁ。

 

 すると、長門さんたちを見送った後で祥鳳がそっと近寄って話しかけてきた。

 

「ね、店長さん。言ったでしょ?大丈夫だって。みんな今を生きているってことなんですよ。そしてうちの鎮守府にいる何人かは、そのことを店長さんから教わってるんですから。もっと自信を持ってくださいな」

 

 そっか、俺が気にしすぎてただけなのかな。というか、祥鳳のセリフで思い出した。今までにも何回かかつての艦の時代を思い出させるような料理はしてきてるんだよな。そう考えると今更な気もするし、みんな強いんだなぁと感心もする。

 

 よし、それじゃ長門さんの言うとおり、これからも頑張って美味しいものを作っていきましょうかね。

 

 取り急ぎは明日からの秋刀魚メニューだな。一応今日出したような和食以外にも洋食でも色々考えてるし、がんばりますか。 

 




これで和食編は終了です
後、洋食メニューをいくつか紹介したいのですが
クリスマスと年末年始が控えてるんですよねぇ……
どうしたものか……

というかやはり登場人物が多くなるとうまく特徴を出すのが難しいですね
もっと精進せねば……と思った回でした


お読みいただきありがとうございます

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