というわけで、さっき仕込んでおいた鯵をフライにしていく。ほかにも魚介や野菜も何種類か一緒に揚げていくのだが、この辺の作業は優秀な助手にお任せだ。
川内は元々ある程度料理ができたということもあるが、飲み込みも早くて揚場ならある程度任せられるほどになっている。ほんと川内が来てくれて助かった。
その間に、こちらは刺身を作ろう。せっかくなので鯵は姿造りで中心に据えて、鯵のほかにボックスに何匹か入っていた他の魚も一緒に盛り合わせる。他に入っていたのは、血鯛・いさき・メバルなどだ。どれもきちんと締められていたので十分刺身で食べられる鮮度だった。
ひとつひとつ丁寧に刺身にしていると、視線を感じたので顔を上げる。すると、一通り揚げ終わったのか川内がのぞき込んでいた。
「さすが店長、きれいなもんだね。でも、お刺身とかってこういう店では普通出さないよね?私が最初に食べた定食とかも」
「んー、まあね。これでも最初は和食中心の居酒屋で修業してたからね、その後洋食屋行ったり中華屋行ったり、蕎麦屋行ったり、一通りのことは身に着けたかな」
「へー、そうなんだ。じゃあそのうちお蕎麦とかラーメンとかも食べられる?」
「そうだな、そのうちな」
農場の人たちからも蕎麦粉や小麦粉をもらってるし、夕張とも約束したしな。どっちも麺やスープを用意するのに気合入れないといけないから、片手間ではできないけど数量限定とかでそのうち出したいなとは考えてる。
そんな会話をしているうちに刺身の方も完成し、フライの油も切れたので大皿にたっぷりの千切りキャベツと一緒に盛って完成させる。ごはんと味噌汁のセットも併せてホールへ持って行こう。
ちなみに今日の味噌汁は鯵のつみれ入りだ。徹頭徹尾鯵尽くしである。
「はい、おまち。鯵とそのほかミックスフライに刺身盛り合わせ、鯵つみれ汁だ。ごはんと味噌汁はおかわりもあるから遠慮なく言ってくれ」
閉店後でもあるので、俺と川内も一緒に晩御飯にさせてもらうことにした。
フライにつける物はなにが美味しいか……なんてたまに議論になったりするけれど、俺はもっぱら醤油派だ。もちろんソースやタルタルソース、マヨネーズ、ポン酢なんかも嫌いではないが、どれか一つと言われたら迷うことなく醤油を選ぶ。
そんなことを考えながら他のみんなは何をつけているかと見回してみれば、川内は俺と同じように醤油をつけて、一度ご飯の上に乗せてから食べていた。ごはんに醤油が染みた所がまた美味しいんだよね、という意見には全面的に同意だ。
龍驤ちゃんはソースをたっぷりかけて食べている。サクサクした衣もいいが、ソースが染みてしんなりした衣も好きなのだそうだ。うん、なんとなくわからないでもない。
最後に赤城さんはと言えば、塩で食べていた。なるほど、それもあったな。出来立てのフライやてんぷら、特に魚介系に塩というのは良く合うからね。逆に冷めてしまうと塩はいまいちだと思うので、揚げたてだからこその贅沢かもしれない。
そうして食べながら会話に花を咲かせていると、どうやら龍驤ちゃんは川内と同じ鎮守府から来たようで、この店での彼女の様子を聞いてきた。
「なぁ店長はん、この子普段はどうなん?ちゃんと仕事しとるん?」
「おう、ほんと川内が来てくれて助かってるよ。今はいろいろ任せられるようになってきたしな。このフライもほとんど川内が作ったんだよ」
「ほー、やるなぁ川内。この子今まで夜になると夜戦夜戦喧しくてな。難儀しとったんよ」
「今は夜はちゃんと寝てるもん!」
はいはいと軽くあしらいながら会話を続ける二人を尻目に赤城さんはおいしそうにフライをぱくついている。いつの間にか塩ではなくソースに移行していた……見た感じ気に入ってくれたっぽいけど、どうかな?
「どう?赤城さん」
「ええ、とてもおいしいです。加賀さんの話は大げさではありませんでしたね」
一体加賀さんはどんな話をしたのやら。なんか照れくさくなって頭を掻いていると、赤城さんは小さく笑って話を続けた。
「このフライは川内さんが揚げたそうですけど、下ごしらえがきちんとされているのがわかりますし、そちらのお刺身も丁寧な作業で見た目も綺麗に整えられていて、目でも楽しめます。それにこのお味噌汁……なんだかほっとする優しいお味で、毎日でも飲みたいですね」
そこまで一気に話すと、一口味噌汁をすすり「ほぅ」と息をつく。その様子を見て、この人がただの大食いってわけじゃないんだろうなと感じる。
食にこだわりはあるけれど、美食家とか言うウンチクたれのようなものでは無く、いろんなものをおいしく、楽しく、たくさん食べる健啖家というやつなのだろう。そんな彼女に褒められるのは、料理やっててよかったと思う。
「そういえば全然違う話なんだけど、龍驤ちゃんて空母なんだよね?まだそんなに多くの艦娘さんに会ってないからわからないんだけど、空母ってその、みんな加賀さんみたいな感じかと思ってたから……意外と……なんていうか、可愛らしいなぁと」
相変わらず川内とわいわいやっている本人を横目に、そんな疑問を赤城さんに投げてみる。赤城さんや加賀さんは大学生くらいな感じだけど、龍驤ちゃんは幼いとまではいかないがどちらかと言えば少女と言えるような印象を受ける。
「あー、元になった艦が軽空母であまり大きくなかったというのもありますけど、あまり本人の前で言わないであげてくださいね。表には出さないようにしてますけど、以前自衛官の方に駆逐艦と間違えられた時には、後々かなり落ち込んでいましたから。まぁ、間違えたのはそこのおじさまなんですけどね」
おっちゃん、なにやってんねん。おっと、思わず関西弁になってしまった。いや、サムズアップしてる場合じゃないですよ……聞こえてたんですか。
「それに、艦時代は一緒に一航戦を務めたこともありますし、別れてからも私たちとは別の場所で多くの作戦をこなして戦線を支えていた殊勲艦の一隻でもあるんですよ。だから私たち正規空母も頭が上がらないんです」
「へー、小さな体で頑張り屋さんってことか」
「うふふ、そうですね。私も負けていられません」
そんな話をしながら彼女の方を見れば、勝ち誇った顔で川内を見下ろし、最後の一枚になったアジフライに箸を伸ばそうとしているところだった。どうやら知らない間に熾烈な争奪戦が繰り広げられていたようで、川内も悔しそうな顔をしている。
すると突然……
「あー!ウチのアジフライ!何してんねん!」
横から箸がものすごいスピードで伸びてきて、最後のアジフライをかっさらって行った。まぁ、言うまでもなく赤城さんの仕業なのだが。
「慢心しては駄目。ですよ、龍驤さん」
歯噛みする龍驤ちゃんに、ニヤニヤする川内。赤城さんは味わうようにゆっくりとフライを頬張り、それを見て笑うおっちゃん……いやはや、楽しそうで何よりだ。そんな楽しい雰囲気で夜は更けていった。
「悪いな、帰り遅くなっちまって」
「いいのよ、楽しかったし。それに私だってここの店員なんだから、片付けだって仕事のうちでしょ」
楽しかった時間も終わり、俺たちは片付けをしているところだ。川内には彼らと一緒に帰ってもらうつもりだったが、さっき言われたような理由で手伝ってもらっている。正直助かるよ。
そんな時だった。川内の携帯が着信を知らせた。
「はーい、川内です……え?……はい…………はい、了解しました……大丈夫です、私から伝えます……はい……では後で」
ん?軽い感じで電話に出たと思ったけど、なにやら真面目な話みたいだ。気になってしまい思わず作業の手を止めると、話も終わったようで川内もこちらに向き直る。
「店長ごめんなさい。提督から緊急の呼び出しがかかっちゃった。これから鎮守府に行かなきゃならないんだけど、いいかな?」
「あぁ、それは構わないが、なにかあったのか?」
「うーん、詳しくはまだ話せない……というかまだはっきりしてないんだよね。とりあえず店長は普段通りに生活していて大丈夫だってさ。明日朝また顔出すからその時に話すね」
「わかった、こっちのことは気にしなくていいから、あんまり無理するなよ」
「うん、ありがとう!行ってきます」
いってらっしゃい……と見送ったはいいが、結構慌てて出ていったな。多分深海棲艦がらみだろうとは思うが、何があったのか心配だ。
俺の方は普段通りでいいってことだから、そこまで切迫してはいないのだろうけど……なんて気にしていてもしょうがないか。とりあえず今日のところは片付け終わらせて、さっさと寝ることにしよう
『いっぱい食べる、君が好き』
そして、龍驤を駆逐艦同様
「ちゃん」付けで呼ぶ主人公……
フライに何をつけるかは友人ともしばしば議論になります
ただ一つ言えるのは
「揚げたてなら何をつけてもうまい」
さて、次回何やら不穏な雰囲気が……
お読みいただきありがとうございました