鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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九皿目のラストです

今回ちょろっと史実というか、シリアスさんが様子を窺ってますが
出てきた瞬間退場していただくのでご安心を




九皿目:二人の大きなお姉さんと一人の真面目な駆逐艦3

「はい、鯵の唐揚げ中華あんかけと青椒肉絲ジャガイモバージョンお待たせ」

 

 持って行った瞬間「わぁ」と声が上がる。主に愛宕さんの声のようだけど、高雄さんもニコニコ顔で皿に取り分けている。不知火ちゃんは……食べてくれてるみたいではあるけど、なんというか、表情があまり変わらないので作った側としてはちょっと不安になる。

 

「不知火ちゃん、どうだい?」

 

「えぇ、頂いてます。おいしいです」

 

「そっか、良かった」

 

 軽く声を掛けてみたが、一言返してきただけでまたすぐに食事に戻ってしまった。箸は進んでいるようなので、気に入らなかったわけではないようだけど……

 

 思わず高雄さんの方を見ると、俺たちのやり取りを見ていたのかちょっと困ったように笑いながら、肩を竦めた。

 

「マスターさん、みんなとてもおいしく頂いてますよ。この青椒肉絲もジャガイモというのは初めてですが、ご飯が進みますね。ちょっとこれは危険かもしれません」

 

「そうねー、さっきのトマトと玉子の炒め物もトマトの酸味とごま油のコクを玉子が良い感じにまとめていて、良かったわ。色も鮮やかで見た目もよかったし、私も今度作ってみようかしら―」

 

 ありがたいことに高雄さんと愛宕さんがフォローしてくれた。優しい人たちだ、なんだか初めてお姉さんらしい艦娘に出会った気もする。いや、決して今まで出会ったお姉さん艦がダメという訳ではないのだけれど。

 

「炒めるだけだから、簡単に作れると思うよ、愛宕さん。それに、ごま油の代わりにオリーブオイルを使って、チーズを入れてバジルを散らすと洋風になってパンにも合うから、朝食とかにもいいかもね」

 

「へー、それもおいしそうね。試してみるわ。ところで、もう一品お願いしたのは大丈夫?」

 

「あぁ、すぐに作って持ってくるから、待っててくれ」

 

 愛宕さんとそんな会話を交わしていると、高雄さんは知らないのか首をかしげていて、不知火ちゃんは鯵の骨を取るのに真剣だった。そんなににらむようにしなくても……

 

「不知火になにか御用ですか?」

 

「いや、ごめん、なんでもない。んじゃ、次を作ってくるから、ごゆっくりどうぞ」

 

 うん、ちょっと目力強くて、びっくりだ。気を取り直して愛宕さんオーダーの料理を作ってしまおう。

 

 まずはニンジンを短冊、キャベツはざく切り、玉ねぎを薄切りにする。また、少し塩を入れた鍋で鶏手羽を茹でる。中華鍋に油、ニンニクを熱して香りが移ったところで野菜を炒めたら、骨から外してほぐした鶏手羽とゆで汁を加えて、醤油、ナンプラー、コショウで味付け。そこに乾燥ビーフンを加えて煮戻しながらスープを吸わせて、水気がなくなったところで油を回しかけて軽く炒めたら完成。皿に盛って櫛切りにしたレモンを添えて持って行く。

 

 さて、愛宕さんからは東南アジア、できればフィリピン料理なんて注文を受けたけど、どういう事なんだろう……

 

「はい、おまたせしました」

疑問に思いながら出来上がった料理を席まで持って行くと、まず反応したのは意外なことに不知火ちゃんだった。

 

「店長殿、この料理は?」

 

「フィリピンのパンシット・ビーフン、まぁ焼きビーフンだな。お好みでレモンを絞ってどうぞ」

 

「そう……フィリピンの……」

 

 あれ?一段とテンションが下がってる?どうしたものかと迷っていると、この料理をオーダーした愛宕さんが静かに話し始めた。

 

「……あなたや私が沈んで、高雄も大破したレイテ沖海戦……その戦場となったフィリピンの料理よ。昨日今日とあなたと話してみて感じたんだけれど、レイテやその前のキスカとか、昔のことに囚われていたり、気にしすぎたりしている気がしたの……だから、荒療治ってわけじゃないけど、この料理であえて思い出してもらって、おいしく乗り越えてもらおうかと思って頼んだの」

 

「愛宕……」

 

「愛宕さん……でも、あの時はあなたも……」

 

「えぇ、そうね。でもあなたは昔のことを気にしてちょっと肩ひじ張りすぎなんじゃない?気合を入れる気持ちもわかるし、私たちも今度こそって気持ちはあるわ。でも、何の因果かこうして人の体で生まれ変わったのだから、今の状況を少し楽しんだとしても罰は当たらないと思うわよ?……というわけで、せっかくマスターが美味しいものを作ってくれたのよ、さぁ!食らいなさい!」

 

 あれ?なんか最初は真面目な話かと思ったんだけど……そのキメポーズはちょっと……

 

「あーたーごー。せっかくいい話だったのに、最後の一言で台無しよ!なによそれ?夜戦でも始める気!?」

 

「あらやだ、高雄そこは『馬鹿め!』って言ってくれなきゃー」

 

 あ、高雄さん頭抱えてる。「あんたねー」って、そりゃ高雄さんだって怒るわな。不知火ちゃんだって……ってあれ?

 

「ふっ、ふふふ、あははは。愛宕さん、おかしいです……でもそうですか、もう少し楽しむですか……不知火にもできるでしょうか?」

 

 あっ、笑った……

 

「もちろん!できるわよ。想像してごらんなさい?深海棲艦と戦うのは大変だけど、みんなで戦ってみんなで帰ってきて、またマスターに美味しいものを作ってもらって、笑いながら食べるの。それだけで楽しくなってくるじゃない?ねぇ、マスター?」

 

 っておい、そこで俺に振るのか?高雄さんまで一緒になって、「頑張って!」みたいに首振ってるし。

 

「あ、あのさ、俺は昔のことは記録でしか知らないからあまり言えないけど、少なくとも今こうして俺が店をやれるのは、君たち艦娘って存在が守ってくれてるからだし、これからもきっとそうなんだと思う。だから、感謝の気持ちってわけじゃないけど、俺は俺のできることとして、おいしいと思ってもらえるような料理を作っていくからさ、勝っても負けてもまたみんなで食べに来て笑ってくれるとうれしいかな」

 

「店長殿……はい、ありがとうございます。それと、改めて明日からよろしくお願いいたします」

 

 俺の言葉を受けて、不知火ちゃんはまた真面目な引き締まった表情に戻ってしまったけれど、何となく表情に険がなくなった気がする。そんな彼女とテーブルを挟んだ反対側では、なぜか川内まで加わった三人で揃ってサムズアップを決めていた。

 

 その後、別のお客さんが来たのでそちらの対応に行ってしまい会話する時間はなかったが、結構重めのメニューながらペロリと平らげた後も、しばらくお茶を飲みながらあれこれ話をしていた様だ。

 

 最後に不知火ちゃんに明日の予定を告げて見送る。笑顔が出たのはあの時だけだったけど、なんとなく上手くやっていけそうな気がしていた。

 

 そして翌日。

 

「店長殿、おはようございます」

 

 約束の時間に現れた不知火ちゃんは、グレーのパーカーにショートパンツとタイツという、どこかに居そうな女の子みたいな装いだった。

 

「おはよう。そういうかっこもいいね」

 

「ありがとうございます。もう少し気楽にというお話でしたので、ちょっとラフな服装にしてみました」

 

「うん、良いと思うよ。じゃあさっそく手を洗って手伝ってくれるかな。あ、せっかくかわいいかっこなんだし、汚れないようにちゃんとエプロンしてからね」

 

 俺がそう言うと、彼女は荷物を置いてエプロンを手に取り、手洗い場に向かった。

 

 まだ言葉遣いは固いけど、さっそく実践に移すあたり良い傾向だと思う。ある意味真面目だからこそ見た目から、っていうのもあるのかな?ともあれ、包丁を握ったことはないってことだから洗い物や掃除から手伝ってもらおうかな。

 




これにて九皿目終了です

先日のイベントではうちの不知火が活躍してくれたので
フォーカスを当ててみました。
決して私服modeにやられたとか
ちょっとツンとしたあの表情にやられた
ということはありません。ええ、決して。

それとレイテ関連で重巡の中では那智の方が関係は深いですが
那智だとちょっと重すぎる感じがしたので今回は見送りました



このあと例によって箸休めを同時投稿しております
そちらもどうぞ。

お読みいただきありがとうございました

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