鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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タイトルからお分かりの通り
カレーです
全員集合です

とは言え、今日の分は作るところまでですので
不知火の頑張りにご期待ください


十一皿目:カレーだよ、全員集合!1

 不知火がうちで働くようになって、そして鎮守府が警戒態勢を敷くようになって数日が過ぎた。その間にも何人かの艦娘たちが不知火の様子を見に来たりしてくれていて、その時に聞いた話では明日の哨戒で何事もなければ明後日には警戒を解除するそうだ。

 

 そんなある日の閉店後、いつものように後片付けをしていると不知火が話しかけてきた。

 

「あの、店長殿、お願いがあるのですが」

 

 珍しくお願いがあるという不知火。いつもと違うその様子に片付けの手を止めて、腰を据えて話をすることにする。お茶を入れて席に着き、話の続きを促すとゆっくりと喋りはじめた。

 

「今日長門さんから話があったように明後日には警戒が解かれるという話ですが、そうなったらなにか鎮守府の皆にしてあげたいのですが、なにか不知火にできることはないでしょうか……不知火はまだここへ来て海に出てはいませんが、艦娘なので皆がこの数日間大変だっただろうというのは想像できます。ですので、そんな大変な任務をこなしてきた皆に何かしたいのです」

 

 なるほど、打ち上げパーティーみたいなことは俺も考えていたけど、こうして不知火から話が出てきたというのは嬉しいな。もしかしたら艦娘たちが暮らしているというシェアハウスでの会話で、自分が海に出ていないことに関してなにか思うところがあったのかもしれないけど……

 

「わかった。実は俺も、この店を貸し切りにして打ち上げでも企画しようかと思っていたんだ。不知火もその気なら、メインの料理を作ってもらいたいんだけどどうだろう?」

 

「はい、やりたいです……ですが、何を作るのですか?」

 

「それなんだけど、最初はビュッフェ形式にしようかとも思ったんだけど、どうも加賀さんや赤城さんなんかの食べっぷりを見ていると料理が追い付かなそうな気がしてね。一気にある程度の量を作れるものがいいかなーと」

 

 そうなんだよね。初めて来たときにも感じてはいたんだけど、後から聞いた話だとどうやら戦艦や空母などの大型艦が元になってる艦娘っていうのは、元の艦の燃費というかそういう物を引きずっているらしくて、良く食べるんだよね。

 

「と、いうわけで、海軍と言えば……」

 

「もしかして、カレーですか?」

 

「正解!そして、いま不知火から聞いて思いついたんだけど、そのカレーを不知火に作ってもらおうかと思う。俺は好きにトッピングできるようにいろんな揚げ物やサラダなんかを作るから、どう?」

 

「ええ、カレーでしたら皆間違いなく喜びます。ぜひやらせてください」

 

 俺の提案を聞いて不知火は鋭い視線で返事をする。うん、良い返事だ。それにここ何日かの手伝いで、包丁の使い方にも慣れているし、作り方のレクチャーはするとしても一人で問題なく作れると思う。

 

 その後はベースのカレーをどうするか、トッピングはどんなのがいいか、ほかに何を用意するかなど色々話し合った。不知火が真面目な表情で色々と提案をしてきて俺も楽しくなってしまったので、片付けの時間が大幅に伸びてしまったけれど、きっと素敵なカレーパーティーができるだろう。

 

 翌日の閉店間際、珍しく一人でやってきたさくらによって、予定通り明日には、今回の警戒態勢を解除することが告げられた。

 

 さくら曰く「今回の件はある意味上に対するパフォーマンスの意味合いが強かったからね。何もないと思いながら警戒させ続けるっていうのは申し訳なかったと思うけど、あの子達が『良い訓練になった』って言ってくれたから少し救われたわ」だそうだ。

 

 そして、自分はいい部下に恵まれたと嬉しそうに話していた。話を聞く限りじゃ、さくら自身もそれなりに苦労しているようで、そんな彼女も含めて打ち上げパーティーのようなものをやりたいと伝えたら、一も二もなく賛成してくれた。

 

 明日一日時間を空けて、明後日から一週間は鎮守府祭・開港式典に向けた準備に入り、手伝いも出せなくなるということで、それに合わせてうちの店も一時的に閉めることになっている。そこで、その店休初日の夜に打ち上げパーティーを行うことになった。

 

 そんなこんなで迎えた当日、不知火は朝からカレーの仕込みに集中している。彼女に作ってもらうのはカレーだけだが、侮るなかれその量は大きな寸胴鍋二つ分である。正直これで足りるかどうかはわからないが、いざとなったら他のメニューを何か即席で作るつもりだ。

 

「店長殿、終わりました。これで大丈夫でしょうか?」

 

 うん、この子もだいぶ上達したな。細かい包丁使いはともかく、このくらいの作業なら安心して見ていられる。自分の作業をしながら様子を見ていたが、仕上がった野菜もばっちりだ。

 

 ちなみに今回は煮込み時間も十分とれるので、大きめに切った野菜と角切りにした赤身の牛肉がたっぷり入ったビーフカレーだ。トッピングは無くても十分食べ応えがある。

 

 一通り野菜を切り終えた不知火に次の作業を指示する。お次は玉ねぎを弱火でじっくり炒めて所謂飴色玉ねぎを作っていく工程だ。これがあると無いとでは味の深みが違ってくるからね。

 

 具として入れる大きめに櫛切りにしたものとは別に、薄切りにした大量の玉ねぎをバターを溶かした寸胴でじっくりと炒めていく。やることは簡単だが、焦げないように常に見ていなければならない上に、寸胴は二つなので、結構大変な作業だ。

 

「はじめはなかなか変わらないけど、途中から色が変わっていくスピードが上がるから気を付けてね」

 

「了解しました……あぁ、良い香りがしてきました」

 

 踏み台の上で大変な体勢だろうにそんなことはかけらも見せず、大きな木べらで焦げ付かないように一生懸命混ぜている。この頑張りを無駄にしないように、俺も後ろから色の変化を見守る。ちょっと思いついたことがあったので少しそこから取り分けておく。

 

「うん、こんなもんだろう。そしたら野菜を入れてさっと炒める……よし、こっちに置いておけば焦げないから、次は肉だな」

 

 寸胴の場所を移して、空いたところでフライパンを煙が出るくらいまで熱する。

 

「て、店長殿、煙が出ていますが大丈夫なのでしょうか」

 

「大丈夫、大丈夫。というか俺が使うところ見てきてるじゃない」

 

「ですが、いざ自分が前に立つと……いえ、この程度どうということはありません」

 

 珍しくちょっと焦った様子を見せる不知火をおかしく思いながら、横から牛脂をひとかけら投入する。

 

「はい、脂を全体に馴染ませたら、肉を入れて……そう、強火で表面を焼き固める。そしたら、赤ワインでフランベするから注意してね。俺が回し入れたら、ちょっと傾けると火が付くから」

 

「わかりました。不知火とて艦娘の端くれ、多少の煙や炎に尻込みするような軟な女ではありません。いつでもどうぞ」

 

 さっきフライパンから昇る煙に焦ったのをごまかすように、なんだか妙な気合が入ったみたいだけど、頃合いを見て一言かけてワインを回し入れる。不知火がすぐさまフライパンを傾けて火をつけると、ボウッと火柱が上がった。

 

 そんなフライパンを見つめる不知火の表情がちょっと怖かったのは気のせいだろうか?

 

「よし、じゃあその焼きあがった肉を鍋に入れて……肉汁も一緒にね」

 

 そのままステーキとしても出せそうな肉を二つの寸胴に分け入れていく。肉を入れたらしばらく炒めて全体を馴染ませたら水とローリエを入れて煮込みに入る。

 

「さて、後は煮込みながら時々覗いてアクを取っていけばいいから、この間にお昼にしちゃおうか」

 

 そう言って手元の鍋からスープをよそって、サンドイッチと一緒に出す。サンドイッチはさっき夜の準備と並行して作っておいたもので、シンプルにタマゴとハム&レタス、そして夜用に作ったポテトサラダを挟んだものの三種類だ。

 

「そのスープは何でしょうか?先ほど何やら隣で作業しているのは見たのですが」

 

「これかい?さっき不知火が炒めていた玉ねぎをちょっともらって、ブイヨンで伸ばしただけの簡単なオニオンスープだよ」

 

 不知火が丁寧に炒めて作った飴色玉ねぎの甘味とコクがブイヨンの旨味と合わさって、それだけで十分おいしいスープに仕上がっている。

 

「もう少し手を加えて、オニオングラタンスープにしても良かったんだけど、そこまでやってると時間かかっちゃうからね。さぁ、冷めないうちにどうぞ」

 

「はい、いただきます」

 

 静かにカップを手に取って、琥珀色のスープをしばし見つめる。ゆっくりとカップを傾け、口に含んだ不知火の表情が僅かにほころんだ。この数日間で俺も彼女の僅かな表情を、少しくらいは読み取れるようになっていて、今の顔は美味しい時や嬉しい時のそれだ。

 

 そのまま手早く昼食を済ませた俺たちは、すぐに作業を再開した。鍋が気になるのか、不知火もチラチラと目線を向けて気にしていたからね。

 

 何回かアク取りをして、ルゥを溶かせばちょうどいい時間に出来上がるだろう。俺の方も揚げ物の仕込みと、サラダ……はまだ早いな。まだ時間もあるしのんびりやりますかね。

 




自分はココイチ等専門店のサラリとしたものよりも
野菜がゴロゴロしていてドロリととろみの強いカレーの方が好きです
専門店はそれはそれで美味しいんですけどね



さて、次回はみんなでカレーパーティーです。

お読みいただきありがとうございました

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