響ちゃんが助手席に、ほかの二人が後ろに乗り込んだところで、スタートスイッチを押してゆっくりアクセルを踏み込めば、車は滑るように走り出す。この季節はもしかしたら寒いかなとも思ったけど、彼女たちは気にならないようできゃいきゃいと楽しそうな声をあげている。うん、オープンカーで海を横目にドライブなんて、彼女たちじゃなくてもテンション上がるよね。
しばらく海沿いを走った後、林道に入っていく。島の中央付近にある山を、ぐるりと回りこむように通っている林道を抜けると、なだらかな傾斜の草原のようなところに出た。店から見て大体島の反対側だろうか。
「わぁ、すごくひろいっぽーい!マスターさん、ここがそうなの?」
「みてみて、向こうに牛が見えるわ!」
「奥の方に大きな建物もあるみたいだけど、あれも生産施設かな?」
口々に見えた物を話し出す。あぁ、確かにこれはなかなかの光景だ。……最後に響ちゃんが言った建物に近づいて行くと、管理施設と研究所が併設されているようで、その大きさがはっきりわかる。
正面入り口横の駐車場に車を止めて、海の方を見れば関係施設の全体を見渡すことができた。
ここの管理・研究・実験棟の隣には加工施設、牧場や鶏舎などの畜産施設が麓へ向かって並び、離れたところにはビニールハウスや小規模の畑が並んでいるのが見えた。
さらに下に目をやれば、水田や麦畑だろうか?かなり大きな田畑が広がり、その横には田園風景に似つかわしくない、近代的な二つのビルが見える……あぁ、あれが噂の野菜工場だろう。詳しくは知らないが、あのビル一つでかなりの生産量があるらしい。
そして、海の上にも様々な施設があることがわかり、あの一つ一つで養殖が行われるのだろう。ここからでは遠すぎてわからないが、恐らく生簀なんかもあるんだと思う。
しばらく眺めていると、後ろから袖を引っ張られた。
「マスター、挨拶しに来たんじゃなかったのかい?」
おっと、ごめんよ響ちゃん。そうだったね、思わずこの光景に見入ってしまったよ。
そのまま響ちゃんに袖を引かれて、施設の中へと入っていく。受付で目的を告げて、所長さんを呼んでもらうと、急な訪問にも関わらず快く対応してくれた。
応接室に通された後、すでに店で顔見知りだったので堅苦しい挨拶などもなく、いつもの野菜のお礼や今後の生産予定などを話し、ついでに今後働くことになっている両親のこともよろしく言っておいた。ま、直接この所長の下に就くわけじゃないけど、社交辞令?笑い話?的な感じで。
しばらく話をして、この後周辺を見て回る許可をもらってこの場を辞することにした。まだ人手も少なく稼働していない施設もあるとのことだったが「とりあえず牧場の辺りでのんびりさせてもらうつもりなので」と伝えて、応接室を後にした。
「さて、どこか休憩できるところはないかな」
外にでて、あたりを見回していると雷ちゃんが何やら見つけたらしく、声を上げた。
「ねぇマスター、あそこなんていいんじゃないかしら」
そう指さした先には、職員たちも休憩に使うのであろう、四阿が見えた。すぐ近くには草を食む牛も居て、ロケーション的にもなかなかいいんじゃないかな。
「よーし、駆逐艦夕立、出撃よ!」
「あっ、ちょっと、待ちなさい!」
じゃあ、あそこで休憩しようかと言うやいなや、夕立ちゃんが駆け出してそれを追うように雷ちゃんも走り出す。
「まったく、困ったものだね……マスター、私たちも行こう」
二人に続いて響ちゃんも歩きだしたが、数歩進んで振り返ると置いて行かれた俺の方に手を伸ばしてそういった。少し気恥ずかしさを感じながらも、伸ばされたその手を取り並んで歩き出す。
手をつないだまま歩いてきたことで、先に着いていた二人が「ずるい」と言ってきたが、それをごまかすようにお茶とおやつを取り出し、四阿にあったテーブルに広げていく。
海洋性気候で冬もそれほど寒くないとはいえ、これくらいの季節になるといくらか風も冷たくなってきているので、暖かいミルクティーは正解だったみたいだ。そして、お皿にあけた砂糖とココアがまぶされたドーナツたちも、次々と無くなっていく。
「さすがマスターね、こんなにかわいらしくて美味しいお菓子も作れるなんて」
「ありがとう雷ちゃん、時間がなかったから簡単なものだけどね」
「いやいや、十分だと思うよ?こういうところでおいしい手作りお菓子を食べるっていうのもなかなか素敵じゃないか」
この子達は二人して褒め殺してくるなんて流石姉妹艦、ナイスコンビネーションだ。と、ここでもう一人が少し前から静かなことに気が付いて、周りを探してみると……なにしてるんだろう、あれ……
「ぽい?ぽいぽい。ぽーいっ!」
……近くにいた牛に草を差し出しながら、何やら「ぽいぽい」言っている。会話してるのかな、あれ……あ、草食べた。仲良くなったっぽい?
その後も草の上に寝転んだり、お嬢様がたが牛と戯れるのを眺めたりしてのんびりした時間を過ごしていると、いつしか日も陰ってきていた。
「みんなー、そろそろ帰るよ」
少し離れたところに座り込んで、ごそごそやっていた三人に声をかける。すると、三人は後ろ手に手を組みながら駆け寄ってきた。なんだろうと首をかしげていると、三人そろって「はい!」と手を差し出してくる。
そんな彼女たちの手に握られていたのは、四葉のクローバーだった。
「今日は楽しかったわ!」
「ドーナツもおいしかったっぽい!」
「だから、これはそのお礼だよ」
そう言いながら一人一人手渡してくる。思わぬプレゼントに、なんだかちょっと感動してしまった……
「ほら、日が暮れる前に帰ろう。あんまり遅くなるとみんな心配するからね」
照れ隠しにそんなことを言いながら、三人の頭を撫でて「ありがとう」と伝える。そして三人にやたらと引っ付かれながら車へと戻り、車を発進させた。
するとあまり走らないうちに、屋根を閉めて暖かくなった車内と心地よい振動にやられたのか、隣と後ろから寝息が聞こえてきた。結局そのまま彼女たち艦娘が住むシェアハウスが立ち並ぶ区域についてしまった。
ただ、着いたのはいいが、許可なく入れないのでどうしようかと思っていたところで響が起きたので、天龍さんを呼んでもらって、まだ起きない二人を運んでもらうことにした。
「大将ありがとな、こいつらの面倒見てもらって。ここんとこ張りつめてたから、いい気分転換になったんじゃねえかな」
「いや、俺も楽しかったから、こちらこそありがとうって感じだ」
「そう言ってもらえると助かるぜ……あー、迷惑ついでに、今度他の連中も連れてやってくれるか」
「あぁ、もちろん。今度時間ができたら声を掛けてみるよ。天龍さんもどうだい?」
「っば、ばかやろう!俺はいいんだよ!」
迎えに来た天龍さんとそんな会話を交わして、皆と手を振って別れる。響ちゃんもまだちょっと眠いようで、雷ちゃんを背負った天龍さんに手を引いてもらっていた。そんな彼女たちの後姿を見送りながら、ほっこりしたところで俺も帰ることにしよう。
車のドアに手を掛けたところで、胸ポケットに刺さる三つの四つ葉のクローバーが目に入り、思わずニヤけてしまう……帰ったら押し花の作り方を検索しようと心に決めて、エンジンをスタートさせた。
帰った後、響と雷が置いて行かれた二人に責められて
六駆の間に険悪な雰囲気が流れたとか流れなかったとか……
そしてなにやら響が秀人と接近してますが
秀人は年の離れた姪っ子くらいの感覚でいます
響ちゃん残念……?
お読みいただきありがとうございました