鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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今回は切りどころが微妙だったので
ちょっと長いですが、一気に行きます



十三皿目:鎮守府食堂

 数日後に祭り本番を控えた今日は、打ち合わせがてら鎮守府にお邪魔している。打ち合わせと言っても、ほとんどは休みの間にメールや店に来てもらって済ませているので、今日は実際に使用する器具や場所の確認と言った感じだ。

 

 一通りの話を終えて、今はせっかくだからと金剛さんに敷地内を案内してもらっている。

 

「あそこの建物が工廠と言って、新しい艦娘の建造や装備を作ったり整備したりするところデス。そして、その隣が入渠施設、ワタシ達は『お風呂』って呼んでるネ……マスターも一緒にどうですカ?」

 

 金剛さんの話によると、修復材という薬湯のようなものに入ることで、戦闘で受けた損傷を回復させることができるそうだ。もちろん普通のお風呂としても使えるということで、みんなでワイワイ入るのが楽しみらしい。

 

 そして金剛さんのお風呂のお誘いは非常に、ものすごく、とても残念ではあるが、丁重にお断りさせていただきました。

 

 鎮守府の敷地を歩いていると、昔は無かったガントリークレーンなんかを見て、少し寂しくなってしまう。武器の類が見えないのと、建物の造りが無骨ながらもレンガの壁になっているあたりまだマシなのかな。

 

「ん?あれは……」

 

「あぁ、どうやら駆逐艦の皆サンが水上航行訓練をしているようですね」

 

 ふと海の方を見てみると、海上に浮かべられたいくつかのブイの間を縫って、何人かの艦娘が滑るようにスラローム航行をしていた。水上スキー……いや、スケートか?映像でしか見たことなかったけど、見事なものだな。

 

 やたら直線が早いのは島風ちゃんかな?あの低く構えているのは夕立ちゃんだろう。スキーの回転競技のように体を倒しながら、ギリギリを攻めているのは暁ちゃんのようだ、普段の姿からは想像できない凛々しさだ。そんな風にしばらくその光景に見とれていると、横で金剛さんが解説してくれた。

 

「あれは、ワタシ達の戦闘機動の中でも基本の動きデスネ、特に駆逐艦は敵に接近して雷撃を行うことが多いノデ、ああしてジグザグに動いて敵の砲撃を躱しながら近づくデス。どうやら、今度のお祭りの公開演習に向けて気合が入っているみたいデスネ。すでにどういう演習を行うかは決まっているのデスガ、駆逐艦の枠がまだ空いてるので選ばれるように頑張ってるようデス」

 

 なるほどね、と金剛さんの話を聞きながら彼女たちの訓練を見る。時折教官役の天龍の指導があったりしながら、皆真剣にやっているようだ。邪魔しちゃ悪いし、そろそろ行こうか。

 

「お昼も近いですし、そろそろ食堂の方に向かいましょうカ?今日はヒデトサンが作ってくれるということで、皆サン楽しみにしてたデス!」

 

「そうだね、行こう……ん?」

 

「どうかしましたカ?」

 

 なんだかさっきから視線を感じるような気がしてるんだけど、特に誰も見当たらないので「なんでもない」と金剛さんに伝えながら、食堂へ案内してもらう。

 

 金剛さんの言うように、今日はここに来たついでにお昼ごはんを作ることになっている。同時に料理教室の真似事もやる予定だ。とはいえ、料理の初心者がほとんどなので、簡単に説明しながら作る様子を見てもらうくらいだけどね。

 

「どうぞこちらデース」

 

 案内されて入った食堂は、行ったことはないが学食や社食、あるいは昔のデパートの食堂かといった感じで、現代感覚ではお洒落とは言えないけれど、どこか懐かしさを感じるようなところだった。

 

 そのまま厨房に入ると、こちらはあまり使われていないという話の通り、ほとんど新品のようだった。それでも最近はうちの店での経験を生かして、川内が腕を振るうこともあるらしく、埃をかぶっている様子はなかったが。

 

「さて、それじゃ準備だけは先にしておこうかね。調理はみんなが来てからにしよう」

 

「ハーイ、それではワタシは皆サンを呼んできマース!」

 

 金剛さんはそう言うと小走りで食堂を出ていった。今日見学予定なのは長門さん・霧島さん・加賀さん・赤城さんの戦艦・空母のお姉さんたちだ。下の子達のために何か作ってあげたいという長門さんからの発案があったらしい。

 

 そこで今回は、料理初心者でも簡単にできて、かつ応用の幅も広いメニューをということで、市販されているとあるものを使った料理をしようと思う。俺も一人暮らしでお世話になってるし、師匠たちの中にも一般の人に教える時にコレを勧める人も多い。

 

 その市販されている物とは……「めんつゆ」だ。

 

 最近のめんつゆは化学調味料や添加物を使っていないものがほとんどだし、きちんとした出汁を使っているものも多い。なので、下手に出汁取りで失敗するよりはこれを使った方が、美味しく簡単にできるので初心者にはおススメだ。

 

 炊飯器をセットし、今回使う予定の材料を作業台の上に並べていると、続々とお姉さん方が厨房に入ってきた。

 

「やあ店主殿、さっきぶりだな。すまないが今日はよろしくお願いするよ」

 

 それぞれと挨拶を交わすと、長門さんが代表して頭を下げてきた。

胸元に船のイラストと『PUKA‐PUKA』と書かれたクリーム色のエプロンをしている……意外と似合っていることにびっくりだ。しかも、まさかの私物らしい。

 

「エプロン姿もなかなかお似合いですね」

 

 長門さんに向かって率直な意見を述べてみる。

 

「な、なにを言っているのだ。そんなことはいいから早く始めよう。昼までに間に合わないぞ」

 

 照れているのか、顔を背けて早口でまくしたてられた。さて、それじゃ始めましょうかね。

 

「長門さんもこう言っていることですし、さっそく始めたいと思います。皆さんメモの用意はよろしいですか?」

 

 俺がそう言いながら見渡すと、みんな真剣な眼差しで見返してくる。うん、やる気が伝わってくるね。

 

「それでは、まずは今日何を作るかなんですけど、今日はこの『めんつゆ』を使った丼物を二種類作りたいと思います。実際食卓に乗せる時にはこれだけではちょっと寂しいので、味噌汁やちょっとしたサラダなんかを一緒に出してあげると栄養的にもいいかもしれないですね」

 

 という訳でまずは、日本を代表する米のファストフード、牛丼から作ろう。早い・安い・うまいの三拍子そろった牛丼、先ほど『米の』と言ったが日本のファストフードとしてはもう一つ、『麺の』ファストフードとしてかけそばが挙げられるが、どちらも昔から、サラリーマンの味方として愛されてるものだ。

 

 まずは油を引いた鍋で櫛型に切った玉ねぎを炒める。しんなりしてきたところで、薄切り牛肉を加えてさらに炒める。ある程度火が通ったら麺つゆ・水――今回の製品だと1:3――と砂糖を入れて煮込む。以上。

 

「あの、マスターさん、それだけでしょうか?」

 

「はい、この後煮詰めすぎないようにという注意点はありますが、作り方としてはこれだけです」

 

 霧島さんが驚いた表情で、眼鏡を直しながら聞いてきたが、何か問題でも?という感じで返しておく。とはいえ、これでおしまいだとあんまりなので、アレンジも少し紹介しておく。

 

 味付けはそのままで、牛でもすじ肉や豚・鶏を使ってみたり、ごぼうやにんじん、きぬさや、きのこなんかを足してもいいし、豆腐を入れて肉豆腐にしてもおいしい……そんな感じで色々とアレンジを教えていくと、みんな頷きながらメモを取っていた。

 

 それじゃ、これは弱火で置いといて次にいこうか。次の料理は親子丼だ。基本的にはこれも材料をつゆで煮るだけなのだけれどね。

 

 まずは鍋につゆと水を入れて火にかけるのだが、今度は1:4と先ほどよりもちょっと薄めだ。そこに櫛切りにした玉ねぎと、一口大に切った鶏肉を入れて煮る。鶏肉に火が通ったら火を弱めて、溶き卵を入れて半熟になったら出来上がりだ。

こういった大人数の場合、フライパンでまとめて作ってもいいかもしれないが、できれば親子鍋を使って一人前づつ作ってもらいたい。その方が美味しくできると思うからね。

 

 続いて、こいつのアレンジも紹介する。鶏の代わりに牛や豚をつかえば、所謂『他人丼』ってやつだし、カツを使えば『かつ丼』だ。他にも、お肉はちょっとという時には厚揚げやさつま揚げ、うなぎを使うのもありだし、前の日に残ったてんぷらや唐揚げ、フライを卵でとじるっていうお母さんもいるのではないだろうか。これからの季節、カキもいいかもね……うん、卵とじの無限の可能性を感じる。

 

「なるほど、これならば私達でも作れそうです」

 

「ええ、私は先ほど店長さんがおっしゃっていた肉豆腐を試してみたいですね。お酒にも合いそうです」

 

 赤城さんと加賀さんもメモを取りながらそんな話をしていた。そうこうしているうちに、ほかのみんなの訓練も終わったようで、食堂の方が騒がしくなってきた。

 

「おや?なんだかいい匂いがするね」

 

「そうね~、今日は店長さんが来てるのだったかしら?」

 

 時雨ちゃん、龍田さんを先頭に、続々と艦娘たちが入ってくる。

 

「じゃあせっかくだから、注文がきたら交代で作ってみようか。牛丼は盛るだけだけどね」

 

 そうして鎮守府食堂の特別営業が始まった。牛丼と親子丼の注文は半々くらいだったが、自分たちが食べる用に作ったりして、皆一通り作れるようになったようだ。時折卵が固まりすぎたりしてしまったけど、初めてにしては皆上手に作れていた。食べた方もおいしそうに食べていて、一安心だ。

 

 そして俺も今金剛さんが作ってくれた親子丼を食べている。

 

「うん、美味しいよ、金剛さん。鶏肉もちゃんと火が通っているし、卵もいい感じの半熟具合だ」

 

「ホントですか?良かったデース!」

俺がそう感想を言うと、金剛さんは満面の笑みで返してくれた。そして、なんだかもじもじしながら、言葉をつづけた。

 

「……ヒデトサンにもっといろいろ教えて欲しいデース……」

 

「ああ、俺でよければ喜んで」

 

 金剛さんの後ろで、霧島さんのメガネが光った気がするけど、気のせいだろう。

 そんな会話をしながら俺たちも食事をしていると、やはりどこからか視線を感じる。

 

「んー、どこからだ?」

 

「ヒデトサン、どうしたのですカ?さっきも何か気にしているみたいだったネ」

 

 どこから見られているのかときょろきょろしている俺に金剛さんが聞いてきた。

 

「鎮守府に来てから、なんだか視線を感じるんだよね」

 

「ナルホド、それでしたら恐らく……」

 

 そう言って金剛さんが指さした先を見てみる。すると……

 

「お初にお目にかかります、田所殿」

 

 カウンターの柱の陰から人形が出てきて挨拶してきた……え?

 

「あの、これはいったい?」

 

「前に少しお話したかもしれませんが、彼らが『妖精さん』デース!」

 

 いや、え?あー、なるほど?妖精って、そういう……マジ?

 

……初めて見る不可思議生物?に俺が目を白黒させていると、妖精さんとやらが目の前にずらりと並び自己紹介をしてきた

 

「改めて初めまして、田所殿。私は司令部付の妖精です、お見知りおきを。そして、私の後ろに並ぶのは各施設長であります」

 

「はぁ、ご丁寧にどうも」

 

「彼らのほかにも各施設には多くの妖精がおりますので、そのうちお会いすることもあるかと思いますよ」

 

 そうなんですか。正直まだついて行けてないけど、もうそういう物だと思うしかない。と、何とか納得しようと思っていたところで、食堂の入り口から飛行機が入ってきた。

 

 今度はなんだ?と思っていると、その飛行機はそのままカウンターに着陸して目の前までやってくると、静かに静止した。その上にも妖精さんが乗っていて、彼女?が機体をポンポンと叩くと機体が手品のように消えた。

 

 あー、もう驚かないぞ。なんて思っていると、その飛行機に乗っていた妖精さんが敬礼して自己紹介を始めた。

 

「艦上偵察機彩雲であります。よろしくお願いいたします!」

 

 なんとか平静を装いつつ敬礼を返すと、彼女は妖精さんたちの列に加わった。

 

「さて、今日はご挨拶までということで、これにて失礼させていただきます。機会があればお店のほうにも伺わせていただきます」

 

「はぁ、お待ちしております……ちなみに、お好きなものはなんですか?」

 

 理解が追い付かないままに話が進んでしまっているので、なんとも間抜けな質問をしてしまっていた。お見合いかよ……

 

「はっ!甘いものですな。和菓子洋菓子なんでもござれですぞ」

 

「わかりました。ではお越しの際はなにかご用意させていただきます」

 

 俺の返事を聞くと「楽しみにしております。ではっ」とカウンターから次々飛び降りて去っていった。その光景を呆けながらしばらく見ていたが、我に返って後ろで見ていた艦娘たちに目を向けてみると、彼女たちは満足そうに頷いていた。

 

「いやはや、妖精さん達にも気に入られるとは。さすが店主殿だな」

 

 そんな長門さんの言葉に、ほかの艦娘たちも嬉しそうに笑っていて……どうやらついて行けてないのは俺だけだったようだ。

 




……おや?金剛のようすが……!?(BBBBBB)

いつもより長くなりましたが、十三皿目はこれで終了です

その代わり、明日の更新では
久しぶりの箸休めを短めに一本と
十四皿目その1を投下予定ですので、お楽しみに。

妖精さんを喋らせるか如何しようか迷ったのですが
秀人を驚かせたかったので、喋らせることにしました
まぁ、姿を見せただけで驚きそうなものですが……
後半角カナ表記はさすがに読みにくかったのでやめました


お読みいただきありがとうございました

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