鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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今更ですが、この物語では章見出しを『Menu-〇:〇〇〇』話見出しを『〇皿目:〇〇〇』としています。


Menu-1:プレオープン
一皿目:島上陸1


 あれから数日がすぎて、いよいよ島への引っ越しの日を迎えることとなった。大きい荷物は先に送ったし、ちょっとした手荷物だけで港へと向かう。

 

「田所秀人さんですね、お待ちしてました」 

 

 港の入り口では自衛官の方が待っていてくれて、車で船まで案内してもらった。まぁ、その辺うろちょろされても困るだろうしね。

 

 出航の時間も迫っていたということでそのまますぐに乗り込んで、間もなく出航という流れになった。今回乗せてもらった船は元々民間船だったもので、座席を減らしたりなんやかんやしたりして貨物兼人員輸送船として改装したものだそうだ。

 

 なんでもジェットフォイルとかいう船で「普通の輸送船に比べると積載量はだいぶ少ないですけど、その分めっちゃ速いんですよ!」と船まで案内してくれた自衛官の方が熱く語っていたのだけれど……ごめんなさい船のことはよくわかりません。ともあれ、到着するのは夕方だそうなのでのんびり過ごさせてもらおう。

 

 いつの間にか寝てしまっていた内に到着していたようで、自衛官さんに起こされて搭乗口へと向かい扉をくぐる。すると見えてきたのはでかいクレーンや無骨な建物が立ち並ぶまさに『軍港』だった。

 

記憶の中の景色と大きく変わってしまった様子に少し寂しさを覚えながらタラップを降り、とりあえず誰か探そうかと歩き始めたところで……

 

「ヒデトサーン!」

 

 どこからか呼ぶ声が聞こえる。誰だろうとそちらを見れば、そこには先日の顔合わせの時とは違う、ちょっと変わった格好をした金剛さんが立っていた

 

「やぁ、久しぶりだね金剛さん。これからよろしくね……にしても、その恰好はなんというか、ユニークだねぇ。いや、かわいいんだけどね」

 

 髪形こそ先日と同じだが、黄色?真鍮色?のちょっと変わったヘッドドレスに、着ている物は巫女服のようなデザインだがスカートは短いし、黒い。それに肩も出てるし、脇も……なんとも目のやり場に困る服装だった

 

「うぅー。あまり見られると恥ずかしいデス」

 

 ちょっと不躾だっただろうか、彼女は恥ずかしそうに自分を抱きすくめるようにしてうつむいてしまったが、ぽつぽつと説明してくれた。

 

「この服は私達艦娘のuniformデス。皆さんそれぞれdesignは違いますが、身体能力や深海棲艦に対する防御力upされマース。勤務時間内は、基本的に皆さんこの格好ネ。冬の海でも寒くないヨ」

 

 ほう、そんな高性能なものだったのか。しかし、艦娘ごとにデザインもちがうのか……それは見てみたいものだ……いや、よこしまな意味は無くて、単なる興味としてね。だから金剛さんそんなジト目で見ないでほしいのだけれども。

 

「そんなことより!正門までご案内しマース。そちらにお預かりしていたMotorcycleも置いてあるネ。さぁ、Follow me! ついてきてくださいネー!」

 

 笑顔でそう言って、颯爽と歩き始めた金剛さんの後を慌てて追いかける。

 

 二人で並んで歩きながらいろいろと話を聞く。ちなみにさくらは元島民たちの引っ越しが迫ってきていることもありあちこち飛び回っていて今はいないとのこと。

 

 他にも、この鎮守府の事、ほかの艦娘の事、普段の生活の事などいろいろ話してくれたのだが、どうも自分たちで生活することになったのはいいが今のメンバーで家事ができる艦娘は少ないらしく、特に料理に関しては残念なことになっているのだそうだ。

 

おまけに、既存の鎮守府では専任の調理師がいる食堂があったりするのだが、この島では設備こそ揃えられているものの調理師はおらず、自分たちで作るか市街地で買ったり食べたりするのだそうだ。それも、艦娘たちの自立と交流を促すためなのだと教えてくれた。

 

「今はまだ街の皆さんもいらっしゃらないのデ、自衛軍の方々が炊き出しをしてくれたりしマス。デモ、ヒデトさんが来てくれたので、お店がOpenしたら一日に何人かはそちらに行くことになると思うネ」

 

 一通りの調味料や加工品、ある程度の野菜やドリンク類など日持ちするものは一通り運び込んであるし、卵や乳製品なんかの日持ちしないものも一部は今日のうちに冷蔵庫に突っ込んであるらしい。

 

調理道具や食器も準備万端だというので、明日からお試し限定メニューのランチ営業をすることにした。女の子たちがレトルトばっかりできちんとした食事をとれてないなんて話を聞いちゃほっとけないしね。

 

「ほんとデスカ!?さすがヒデトさんデス!明日は絶対お店に行くネ!」

明日からの開店の話をすると、彼女は一瞬嬉しそうな顔になったが、すぐに残念そうな顔をしてしまった。どうしたものかと思っていると前を見ながら口を開いた。

 

「ヒデトさん、残念ながらこの後お仕事があるので今日はここまでデス。明日のOpen楽しみにしてるネ。じゃあまた明日……good-byeネ」

 

 いつの間にか鎮守府の正門まで来てしまっていたらしい。後ろ髪引かれる思いではあるが、この後仕事ではしょうがない……というか俺もやることいっぱいあるしな。

 

 守衛さんから前もって送って預かってもらっていた愛用の電動スクーターを受け取り、門を出たところでスクーターにまたがると、笑顔で手を振る金剛さんに手を振り返し、モーターをスタートさせる。

 

 だんだんとスピードを上げ鎮守府が遠ざかるが、チラリとサイドミラーを見れば金剛さんが小さくなりながらもまだ手を振ってくれている。危ないので振り返ることができないのが申し訳ないが、電動モーターの軽やかな音を響かせながら海岸通りを進んでいく。

 

 たしかこの先だったかな……しばらく走って、海にせり出した山の端をくぐるトンネルを抜けると目の前に飛び込んできたのは、水平線に沈みゆくでっかい夕日だった。

 

「おおー。やっぱりここからの眺めはいいねぇ」

 

 思わず声を上げてしまうほどの絶景がそこには広がっていた。

 

 さっき船を降りたときは、変わってしまった港の姿を寂しく思ったが、こうしてあのころと同じ夕日を見ると帰ってきた実感がわいてくる。

 

 昔は港で遊んだ帰りに、家のある少し離れた市街地に向かって自転車を漕ぎながら眺めた夕日だが、またこうして拝めるっていうのは金剛さんたち艦娘のみんなが頑張って領海を維持してくれているおかげなんだろう。そう思うと、明日からの営業も頑張らなきゃな。

 

 なんてそれっぽく浸りながら市街地に入り、教えてもらった自分の店の前まで来たんだけど……

 

「ここだよな?……なんだ、これ『ふゅじんち さっき』?」

 

 外観は赤茶色したレンガ造りで、海が見えるウッドデッキがあるおしゃれな作りの喫茶店なんだけど、そこに掲げられた看板には謎の言葉が刻まれていた。

 

 しばらくそこに立ち尽くして考え込んでいると、ふと閃いた。もしかしてこれは、横書きだけど右から読むんじゃなかろうか。

 

 そうして見直すと『きっさ ちんじゅふ』と読める……なるほど、どうやらこれがこの店の名前らしい。

 

 そういやさっき金剛さんも言ってたな。今回店を開くお礼としてどうしても看板を書かせてほしいと言ってきた駆逐艦の子達がいたって。

 

 見るとなかなかかわいらしい丸文字で、見ようによっちゃ味がある……かな?どうやら四人で書いたらしくそれぞれ違った筆跡で下の方に小さく『ぃでれ』『ばーしぱす』『んーゃじ』『すでのな』と書かれている。これも同じだとすると『れでぃ』『すぱしーば』『じゃーん』『なのです』だろうか……うん、意味わからん、口癖かなにかかな?

 

 ともかく、店にくることがあったら、お礼でなんかサービスしてあげよう。話によるとまだ子供――金剛さん曰く、実際は年齢という概念はないのだが、言動は見た目の年齢に引っ張られるそうだ――らしいし、特製お子様ランチでも作ってあげようかな。

 

 謎の文字列が解読できたところでようやく店に入る。内装もかなりおしゃれな感じで、さくらが昭和レトロと言っていたように、全体的に落ち着いた色味のインテリアでまとめられていていい感じだ。所々に錨なんかの船にまつわる小物も置いてあったりして、まさに海辺の喫茶店だな。

 

 その半面厨房は最新の冷蔵庫やコールドテーブルはもちろん、小型だがフライヤーやアイスクリームメーカー、ミキサーもある。そういえば、喫茶店と言いつつどんな料理でも作れるように営業許可を取ってあるって話だったっけ。アイスクリーム製造許可も取ったのか。

 

 設備のチェック、器具のチェック、食材のチェックを一通り済ませ、その後も使い勝手を確認しながらいろいろいじったりしているうちに夜も更けてきて、結局遅くまで店舗であれこれやってしまった。

 

 ふと時計を見れば日付も変わろうかというところだったので、適当なところで片付けて二階の自宅部分に引っ込むことにする。こっちは……特に変わったとこもないな。とりあえずサッとシャワーを浴びて寝ることにする。明日は初日だし、食材も限られてるから何種類かしか作れないけど、何にしよう。

 

 さっき見た食材を思い浮かべて何ができるか考えながら、島での新生活一日目が終わっていった

 


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