鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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今回はお祭り当日の午前中のお話になります
途中までですが……


十四皿目:第一回鎮守府祭2(当日午前)

 三日間に及ぶ元住民たちの帰島も、昨日で終わった。

 

 俺個人としては、昨日は祭りの準備で使ったが、初日には昔馴染みと再会してうちの店で盛り上がったり、両親とも再会したのだけれどそのほとんどの時間は、両親の家の片付けに追われていた。

 

 もっとも、ほとんどの家具は備え付けだったので、どの家でも片付ける物と言えば衣類や趣味のものが多いということらしく、これからのんびりやっていくという話だ。

 

 だからこの三日間で一番忙しかったのは、生産施設の直営店で食材を売っていた研究者さんたちだろう。保存の利く物は前もって注文を取って運び込んでいたとはいえ、どの家の冷蔵庫も空っぽだからね。

 

 そんなこんなで、ついに迎えた鎮守府祭当日……俺は朝から鎮守府に乗り込んで、準備に追われていた。

 

 俺に宛がわれた場所にはすでに屋台と使用申請していた周辺器具も設置してあったのだが、昔ながらの祭りの屋台の屋根にソーラーパネルが設置してあるというのは、なかなかにシュールである。もっとも、この小さなソーラーパネルで鉄板から冷蔵庫、照明にホットショーケースの電力まで賄えるというのだから、いかに深海棲艦侵攻後にエネルギー関連が発展してきたかがわかる気がする。

 

 周りでは自衛軍の人たちが同じような屋台の準備をしており、お互いに挨拶を交わす。今回俺以外は皆自衛官だけれど、祭りは毎年開催されるとのことで、来年には島民が出す屋台も増えるだろう。

 

 さて、一通り機材のチェックを済ませて持ってきた食材や調理器具をセッティングしたら、下ごしらえを開始していく。

 

 大体のものは昨日と今朝のうちに準備してあるので、後は焼くだけというものが多いのだが、野菜類に関しては、流石に昨日のうちに切っておくという訳にはいかないからね。レタスやキュウリなどのサラダ野菜やハムやチーズも挟みやすい大きさに切って、すぐ使えるように冷蔵庫に入れておく。

 

 脇に置かれた鍋の中では、店で作ってきたチリビーンズを温めなおしている。合い挽きと玉ねぎを炒めてトマト缶、ブイヨンを加えて汁気を飛ばしながら煮込んだ後、カレー粉で味付けしたもので、正直なところチリビーンズとキーマカレーの合いの子みたいな感じだ。

 

 そんな時だった。

 

「おはようございます、店長さん。今日はよろしくお願いします、何か問題はありませんか?」

 

「おや、加賀さんじゃないですか、おはようございます。こちらこそよろしくお願いしますね。特に何もありませんよ、ありがとうございます。加賀さんは見回りですか?」

 

「ええ、屋台関連は私の担当なので……ここは譲れません」

 

 見回りがてら挨拶をしてきてくれた加賀さんと少しばかり話をする。加賀さんの話によると、金剛さんはさくらと一緒に軍の人たちと式典の打ち合わせ、長門さんは警備の打ち合わせ中だそうだ。今日はさすがに会えるかどうかわからなかったので、みんなによろしく伝えてもらうことした。時間があれば食べに来てくれたら嬉しいな……っと、そうだ。

 

「加賀さん、せっかくなのでおひとついかがですか?美味しくできてるとは思うんですけど、味見ってことで」

 

「よろしいのですか?それならばぜひ」

 

 俺が提案すると、加賀さんは表情を変えずにそう答えた……いや、心なしかキラキラしてるような気がする。そんな艶っぽい表情の加賀さんにちょっと待ってもらって作業を始める。

 

 昨日あの二人にがんばってもらったピタパンを鉄板で軽く温めたら、半分に切って中を開く。そして空いたところにレタスをひいたら、先ほど温めていたカレー風味のチリビーンズを入れて、紙で包んだら出来上がりだ。

 

「どうぞ、熱いですから気を付けて」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 加賀さんは俺の手からピタサンドを受け取ると、熱さを確かめるようにしながら、ゆっくりと口に運んでいった。一口かじった後「これは……」と言ったきり静かに食べ進めていく。

 

 それほど大きくないのですぐに食べ終わってしまい、少し名残惜しそうに目を細めると。指に着いたソースを舐めとる。そんな表情の加賀さんに、俺は言わずにはいられなかった……。

 

「もう一ついかがですか?」

 

「いただきます」

 

 間髪入れずに……というか若干かぶせ気味で返事をしてきた加賀さんに、さっき食べてる間に作っておいた二つ目を差し出す。どうやら食べるのに夢中で気が付いていなかったようだ。

 

 今度はレタス・チーズ・トマトと自家製の卵フィリングを入れたサラダ風のものだ。この卵フィリングは、ゆで卵を粗くつぶしたところに同じくらいにみじん切りにした玉ねぎを入れて、塩・コショウ・マヨネーズで和えたものだ。玉ねぎはあまり入れすぎると辛くなるけど、適度に入れるとシャキシャキした食感が癖になる。まぁ、ピクルスの入っていないタルタルソースみたいなものかな。

 

「……ふぅ、ごちそうさまでした。やはり、朝から美味しいものを食べると力が出てきますね。ありがとうございます」

 

 食べ終わるの早いな……満足してもらえたなら良かった。俺が「お粗末様」と返せば加賀さんは「これから一日頑張れそうです」と力こぶを作るように腕を曲げて見せてきた。

 

 あまり表情が変わってないから、ちょっとシュールではあるけれど、最後にお互い頑張りましょうと言って去っていった。

 

 その後もちょっとした時間を見つけて川内や不知火をはじめ、艦娘たちが挨拶しに来てくれた。さすがに皆忙しいようで挨拶だけして戻っていったが、口々に「後で食べにくる」と言ってくれた。残念ながら金剛さんと長門さんには会えなかったけど……

 

 そうこうしているうちに、本館前の広場が騒がしくなってきた。島民も集まり始めたようで、そろそろ式典が始まるのだろう。ここは海側なので建物の陰に隠れて良く見えないが、まあいいか。どうせお偉いさんの長話があるくらいだろう。

 

「マイクチェック……1、2……OK?……それではこれより開港式典を執り行います……」

 

 この声は霧島さんだろうか?式典開始を告げる良く通る声が流れてきた。式次第が書かれた冊子を持って、マイクの前に立つ姿がなんとなく想像できる。始まったようだけど、俺はこのままここで準備させてもらおうかね……もうほとんど終わってるけど。

 

 さくらや、自衛軍のお偉いさんの挨拶の後にはやたらカミカミの町長の声が聞こえてきて少し笑ってしまった。避難時に任期が約一年残っていたので、来年まではあの人が町長を務めるらしい。まあ、来年の選挙でも再選するだろうし、しばらくは変わらないだろうな。まだ若いし、有能で人気もあるし。

 

 その後も何人か挨拶が続いた後、式典は無事終わったようで、出席者たちのざわめきが聞こえてきた。この後は場所を港側に変えて、観艦式と公開演習の予定だ。

 

 続々と出席者たちがこちらに移動して来る。港には即席の観閲台とでも言うか、数メートルの高さで作られた見学台が設置されている。今回の観艦式は島民に向けた物であるということで、大人数が登れるようになっていたが、どうやら子供たちを優先して登らせてているようで、きゃいきゃいと楽しそうな様子がここからも見える。よし、俺も岸壁に移動するか。

 

 艦娘たちはすでに海上におり、陣形を組んでいる。どうやら六人で一つの艦隊のようで、三つの艦隊が作られていて、彼女たちをまとめるように金剛さんが立ち、それを補佐するように霧島さんが控えている。

初めて目の前で彼女たちが『艤装』というものを装着しているのを見たけれど、かっこよすぎるだろあれ。

 

「全艦!抜錨!」

 

 黒光りしている彼女たちの装備に見とれていると、さくらの勇ましい声が響き渡った。

 




今回はここまで
明日はこの続き、観艦式からの演習と
屋台への艦娘訪問になります

お読みいただきありがとうございました

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