予告通り、観艦式・公開演習と艦娘たちがピタパンを食べる回です
海上に響き渡ったさくらの声に応えるように、先頭に立つ金剛さんが手を挙げて……振り下ろす。
「私たちの出番ネ、Follow me!ついてきてくださいネー!」
水上を滑る艦娘たち。湾内を航行しながら、先導する金剛さんが時折手を動かすと、それに合わせて後をついていく艦隊が陣形を変えていく。正直陣形の名前なんてわからないけど、次々と変わっていく様は見事なものだ。見学席の方からも拍手や歓声が上がっている。
そのまま湾をぐるりと回って見学席の前に戻ってきて、まずは戦艦・重巡洋艦の子達が一列に並んだかと思うと
「全砲門!Fire!」
と、金剛さんの号令に合わせて、彼女たちが一斉に沖に向かって砲撃を行う。その音と迫力は凄まじいものだったが、これが俺たちを守ってくれるのかと思うと頼もしく感じる。
島民のみんなも同じように感じたのか、歓声もひときわ大きくなった。だが、そんな中で大きな音に驚いてしまったのか、泣き出してしまった小さな子も居たようだ。
それを解決したのは加賀さん達空母組だった。長門さん達と入れ替わるようにして彼女たちが並ぶと、龍驤ちゃんは広げた巻物の上に形紙を滑らせて、加賀さんと赤城さんは目の前に浮かべた甲板の上を通すように矢を放つと、それぞれが燃え上がるようにして艦載機へと変わる。
その時点で泣いていた子は泣き止んだのだが、続いて彼女たちは艦載機に指示を出して見学席の周りを旋回させた。そんな艦載機の上に乗る妖精さんから手を振ってもらった子供は、すっかり笑顔になって手を振り返している。
最後に前に出てきたのは軽巡・駆逐艦たちだ。軽巡洋艦の先導で駆逐艦たちが手を繋ぎながらやってきて、踊るようにしながら進んでいく。大きな輪、小さな輪になって回ったり、その間をすり抜けるように航行したりしている。なるほど、これは人の姿を持つ彼女たちじゃなきゃできないことだな。
そして、一連のパフォーマンスが終わって、開始時の様に整列した所で再びさくらの声が響く。
「全艦、艦隊を組みなおし、演習へ移行!」
彼女たちは敬礼と共に揃って返事をすると、すぐに艦隊を組みなおして二つの艦隊を編成しなおし、演習に参加しない艦は大きく周りを取り囲んだ。
片方は長門さんを旗艦に、以下高雄・愛宕・加賀・赤城・龍驤といういかにも強そうな編成。対するは川内を旗艦に、以下天龍・龍田・夕張・夕立・時雨という一見火力に乏しそうな感じだ。これで戦いになるのかと疑問に思うが、先日打ち合わせの時に聞いた話だと、今の鎮守府でこの組み合わせが一番見ごたえがあるのだそうだ。どういうことかは見ればわかるという事なので楽しみだ。
そして、霧島さんの号令で演習が開始された。
「さぁ、演習、開始するわよー……全艦戦闘……はじめっ!」
「一航戦、出撃します」
まず先手を取ったのは加賀さん達空母組だった。お互いの砲撃の射程外から次々と艦載機を飛ばしていく。上空から爆弾を落とすものと水面スレスレを飛んで、魚雷を発射するものの二種類があるようで、ものすごい数の艦載機が川内艦隊に迫っていく。
だが、接近してきた艦載機は次々と落とされていった。上空を飛ぶものは夕張が落としているようで、装備を見ても良くわからないのだがどうやら対空に特化させてあるみたいで、まさに夕張無双と言った感じだ。うち漏らしたとしても少数なので、十分回避もできているようだった。
そして、魚雷の方は直進しかしないので、回避するのが基本という事のようだが、時折砲撃を当てて潰しているようだ。
しばらく艦載機の猛攻を耐えると、続いて砲撃戦に移っていく。まず砲撃を行ったのは見るからに大きな主砲を持った長門さんだ。射程もきっと長いんだろうな。そしてその後を高雄さんと愛宕さんの重巡姉妹が続く……対する軽巡や駆逐艦は、まだ射程に届かないようで撃てずにいる。
川内艦隊は一方的に砲撃を受けるだけかと思っていたところで、前に出てきたのは天龍・龍田姉妹だった。
彼女たちの手には刀と薙刀のようなものが握られていて、まさかと思っているとまずは天龍さんが一閃。長門さんが打ち込んできた砲弾を切った。そして次々に飛んでくる砲撃を龍田さんと二人で、涼しい顔して切り飛ばしていく……あれ?艦隊戦ってこういうものだったっけ?
その光景に俺も、見学席もあっけにとられて言葉を発せずにいたのだけれど、チラリと来賓席の方を見れば、軍のお偉方が頷いているのが見えた。え?こういうのって艦娘として普通なの?
そんなまさかの艦娘常識に驚いていると、海上でも動きがあった。それまで腕を組んで静かにたたずんでいた川内が走り出したのだ。
後ろから時雨ちゃん、夕立ちゃんの援護射撃を受けながら、自らも魚雷を発射し、砲撃を行い、長門艦隊へと接近していく。白いマフラーをなびかせながら、相手の砲撃をすり抜け、魚雷を飛び越え、爆撃の雨に飛び込んでいく。
映画さながらのアクションを見せる川内が突っ込んでいって、しばらくすると砲撃が止み、お互いの激しい攻撃によって発生した水柱や煙が晴れていった……するとそこには、長門さんに魚雷を突き付ける川内の姿があった。
その瞬間、「わあっ!」と今日一番の大歓声が上がった。いやー、すごかった……すごかったんだけど、魚雷の使い方ってそうじゃないよね?
それから、さくらの簡単な挨拶があって、午後の部に移った。そのころには俺も屋台まで戻ってきていて準備を始めていた。ここからが俺の本番だからね、一つ気合入れていきますか。
演習が終わったのがお昼過ぎと言うこともあって、まずは皆腹ごしらえからという事らしく、屋台スペースはお客さんでごった返していた。誰もが先ほどの演習の様子を興奮冷めやらぬといった感じで話している。
そんな中でうちの屋台に真っ先に来てくれたのは、先ほどの演習で勝利した川内艦隊だ。
「店長!見ててくれた?」
「あぁ、すごかったな!最後を決めた川内もすごかったけど、それを援護した時雨ちゃんと夕立ちゃんもすごかったし、夕張さんもあの猛攻をしのいでたしね。それに天龍さんと龍田さんがまさかあんな方法で砲撃を防ぐとは思わなかったよ」
テンション高めに声を掛けてきた川内に、俺もちょっと興奮しながらみんなのことを褒めた。それぞれ得意げな顔で嬉しそうにしている。
「でしょでしょー。ま、当然の結果ねー……そうだ、午後は私手伝うからね。提督にも許可取ってるし」
あれだけ動いた後で大丈夫なのかと心配したが、本人は全然平気な様子だったのでとりあえずみんなとお昼を食べてからでいいということにして、注文を取る。
みんな二つ食べるということだが、まずは全員共通で頼んだ焼き肉サンドから作ってしまおう。
昨日から漬け込んでしっかりと味が付いた肉を鉄板に乗せていく。湯気と共に立ち昇る、タレの香りが食欲をそそり、それを見た夕立ちゃんが「おっにくーおっにくー」と飛び跳ねている。時雨ちゃんがそれを窘めるが、そんな彼女もソワソワしながらこちらを気にしているようだ。
そんな彼女たちのプレッシャーを感じながら、軽く温めたピタパンの中に千切りキャベツを入れて、そこに焼き肉をたっぷり入れて完成させる。頑張ったみんなには肉マシサービスだ。
「ありがとー!……うわっ、なにこれ、おいしい!昨日と同じお肉だよね?味が染みてるのは当然だけど、柔らかくなってて食べやすい」
「さんきゅー大将……おー、こりゃうまいわ。なあ龍田」
「ほんとねー、なんだかもう一戦くらいできそうな、パワフルな味ねー」
一品目をみんなに渡して、みんなの感想を聞きながら次を作っていく。というか龍田さん、さすがにもう一戦はきついと思うのだけれど。
さて、そんなことを聞きながら作っているのはタンドリーチキンサンドとウィンナーサンドだ。昨日から漬け込んでいた鶏肉を、鉄板で焼きながらスライスしていく。あふれ出た肉汁と漬けダレが、混じり合いながら熱せられることで出る、音と匂いが食欲をそそる。
その横ではウインナーの皮が弾けるパチパチという音も聞こえてきて、さらにはそこから溢れてきた肉汁が鉄板にあたって、これまた旨そうな音を立てている。
タンドリーはレタスと薄くスライスした玉ねぎと一緒に、ウインナーはレタスと千切りキャベツと一緒にピタパンに挟んだところに、蜂蜜・粒マスタード・マヨネーズ・醤油で作った自家製ハニーマスタードソースをかける。
出来上がったところで、すでに最初の奴を食べ終わっていた夕張さんと駆逐艦の二人に渡すと、待っていたのかすぐにかぶりついた。
「うわー!匂いでわかってましたけど、やっぱり美味しいです!ジューシーな鶏肉と濃厚なソースにシャキシャキの玉ねぎの辛味が合いますね!」
「うん、おいしい。いい味だね」
「マスターさん!夕立このソース好きっぽい。もうちょっとかけてほしいっぽい!なんだか、ほかのお肉にも合いそうっぽい」
さすが夕立ちゃん。このソースのおいしさに気づくとは……このソースはステーキやポークソテー、ナゲットにも合うからね。他の二人もおいしそうに食べてくれている。
続けて川内のポークビーンズサンドと天龍さん、龍田さんの卵サラダサンドも手早く仕上げて渡すと、さっきの肉の焼ける匂いに惹かれたのか、ほかのお客さんも並び始めた。邪魔しちゃ悪いってことで、彼女たちが軽く挨拶して立ち去ったので、ほかのお客さんの注文を捌き始める。
そんな感じで一般のお客さんや、時折顔を見せに来る艦娘たちと会話しながら結構な人数のお客さんを捌いていったのだが、そろそろ祭りも終わろうかという時間になって、とある男性がやってきた。
「マスター、チリビーンズを一つ、いただけるだろうか」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
ロマンスグレーの髪をオールバックにした、六十代半ばくらいの男性が注文をしてきた。表情こそ好々爺然とした穏やかな表情だが、背筋はピンと伸びており只者ではなさそうな雰囲気を纏っていた。今回戻ってきた島民すべてが顔見知りという訳ではないのではっきりしないが、その佇まいから察するに軍の関係者のような気がする。
川内がいれば知ってたかもしれないけど、さっき戻らせちゃったからな……
「お待たせいたしました、熱いのでお気を付けください」
出来上がった品を渡すと、一言「いただこう」と返してきた後は無言で食べ進めている。なんだか緊張するな。
「なるほど……いや、大したものだ。お若いのに丁寧な仕事が感じられる。こういった物は初めて食べたのだが、たまには良いもんだな」
「ありがとうございます、ところで……」
あなたは……と訊ねようとしたところで彼の後ろから声がかかった。
「提督!こちらにいらっしゃったのですか。他の方々はもう本土にお戻りになりました。今でしたらさくら提督と余人を交えずお話しできますよ」
「おお、大和か。すまんな、今行く……ではマスター、これからもよろしく頼むよ」
首元に菊紋が図案化された衣装をまとった女性に先導されながら、提督と呼ばれた彼は本館の方に向かって行った。やっぱり軍の関係者だったのか……というかあの女性、『大和』って呼ばれてたよな?ってことはもしかしてあの戦艦大和の艦娘か?さすがに俺でも知っているような有名戦艦の艦娘を、このタイミングで見ることになるとは……なんか、芸能人を見た気分?……なんて一緒にしたらまずいか。
そんなことを思っていると、どうやら祭りも終わりらしく霧島さんが閉会を告げる放送が聞こえてきた。んー、ちょっと食材も残っちゃったな……周りで片付けしてるのはひいふうみい……よし、ちょうど良さそうだな。
残った食材を無駄にするわけにもいかないので、片づけをしている自衛軍の人たちに声を掛けに行くことにした。
今回の演習はお祭り中の見世物なので
かなり演出が入っています
普段の戦闘はこんなに飛んだり跳ねたりしません……多分
本日はこの後に箸休め6も投稿します
お読みいただきありがとうございました