次はいよいよメインの魚を使った一品だ。その魚とは、これからの季節どんどん美味しくなる『ぶり』である。
今日仕入れたのは北海道産の10キロオーバーの大物で、脂も強すぎず適度に乗っておりとても美味しそうだ。という訳でまず彼女たちに届けるのは『ぶり大根』だ。
ぶりの頭とカマ、切り身を適当な大きさにぶつ切りにしたら、一回沸騰したお湯に通して霜降りにする。残っていた汚れや血をきれいに水洗いしたら、乱切りにした大根を茹でていた鍋に入れ、醤油・みりん・酒を入れて、落し蓋をして煮る。
しばらく煮込んだところで、火からおろして味をしみこませる。夕方から仕込んでいたので、良い感じに味も染みているはずだ。軽く温めなおして持って行こう。
そしてもう一品、ぶりの中骨に残った身をスプーンでこそげとった『なかおち』にねぎ・しょうが・大葉・味噌を加えて叩いてなめろうを作って持って行く。あんまり量は無いんだけど……喧嘩しないよな?
「お次はぶり大根とぶりのなめろうだよーっと」
「あぁ、この醤油の香り、たまりませんわ」
大きな煮物皿にたっぷり盛られたぶり大根を見て、お洒落なカフェが似合いそうなお嬢様がやたら日本人臭いセリフをのたまったかと思えば
「マスター!米!米が欲しいクマ!」
球磨ちゃんが白飯を要求してきた……もちろんご用意してますとも。他に欲しい人はと聞けば、全員が手を挙げる。まぁ、そうなるよね。
人数分の白飯を届けて、慌ただしく厨房に戻る。さぁ、つぎつぎ。
次はお刺身。脂ののった腹節二本を使うが、一本はそのまま刺身にして、もう一本は昆布締めにしてある。
皮を引いたぶりの身を日本酒で軽く洗い、両面に軽く塩を振り、昆布で挟んでラップでくるんで冷蔵庫で寝かせてある。昼頃から仕込んであるので、ちょうどいい頃合いのはずだ。
昆布締めと普通のものと、それぞれ切って盛り付けて、ついでに一緒に買ってきたイカなども刺身にして盛り合わせる。結構な量になってしまったが、彼女たちなら問題ないだろう。
「お次は刺身盛り合わせだ」
「あら?店長さん、こちらがぶりというのは分かりますが、なんだか二種類あるように見えるのですけれど……」
「あぁ、こっちが普通のでこっちは昆布締めにしてある。昆布締めの方は醤油でもいいけれど、そのままでも美味しいよ」
日本酒でほんのり顔を赤くした翔鶴さんが聞いてきたのでそう説明する。かぼすがあれば絞って食べたいところなんだけどね。
そんな説明をしているところで、横から伸びてきたのは加賀さんの手だ。がっついているようで、なぜか上品に感じられる所作で昆布締めをひと切れ口に運ぶと、目を閉じてゆっくりと噛みしめながら味わう。そして、口の中に昆布の香りとぶりの旨味が広がっているうちに、杯を煽った……それを見た翔鶴さんも同じように昆布締めと日本酒を楽しむ。
二人とも恍惚とした表情で余韻に浸っていたかと思うと、顔を見合わせて頷いた。何かと思っていたら、並んで上目遣いでこちらを見ながら、徳利をつまんで持ち上げて見せる。
結局、加賀さんと翔鶴さんの二人の視線に負けて、さらに一本つけることになってしまった……でも、あの和装の二人の色っぽさに勝てる男がいたら教えて欲しい。
とりあえず、刺身は結構な量があるし、これで少し時間が稼げるだろうから最後のぶり料理に移ろう。最後は焼きものを二種類用意している。一つはシンプルに塩焼きで、もう一つは幽庵焼きだ。
幽庵焼きとは醤油・酒・みりんに柚子を加えた幽庵地に漬け込んで焼いたもので、これもすでに仕込んで漬け込んであるから、後は焼くだけだ。
焼き加減に注意しながら、厚めに切った切り身にじっくりと火を通していく。時折滴っては『ジュッ』と音を立てる、ぶりの脂と幽庵地がなんとも言えない香りを立てる。いい感じだ。
付け合わせにと幽庵地を塗って焼いた白ネギと一緒に、一人分ずつ皿に盛って席まで届ける。
「最後は塩焼きと、幽庵焼きだよ」
「あぁ……これぞ焼き魚にゃ……あっちで食べてたのは、ただの焼いた魚だったのにゃ」
「多摩よ、流石にその言い方はいろいろ頑張ってくれてた食堂のおばちゃんがかわいそうクマ……ただ、おばちゃんも二言目には『味噌欲しい、醤油はどこだ』とうるさかったクマ」
「そうだったにゃ、おばちゃんごめんにゃさい。でもきっとおばちゃんも同じこと言うと思うにゃ。あれだけ醤油に飢えていたおばちゃんなら……」
目の前に置かれた皿を持ち上げて、多摩ちゃんがしみじみとつぶやく。球磨ちゃんがそれを窘めるが、話を聞く限りではその食堂のおばちゃんも少ない物資に悔しい思いをしていたらしい。
そのおばちゃんは、タイミングを逃して日本に戻ってこられずに向こうに残っていた日本人の方で、同じ日本人としても料理人としても気持ちがわかるだけに、そんな状況で頑張っていたことに頭が下がる。
その後はしばらく談笑しながらの食事が続いた。加賀さんと翔鶴さんの会話からは、体育会系の上下関係が伺える。翔鶴さんは加賀さんのことを尊敬しているようで、加賀さんもどことなく嬉しそうだ。
そして、鈴谷さんと熊野さんは「ぶりって出世魚なんだってー。あたしたちみたいじゃんね」と盛り上がっている。
多摩ちゃんは相変わらずぶりを拝みながら「この鼻に抜ける柚子の香りがたまらんにゃ」とか言ってるし、球磨ちゃんは甲斐甲斐しく佐渡ちゃんの世話を焼いていて、いいお姉ちゃんだ。
それからしばらく食事は続き、この島のことなんかを聞かれて俺も時折話に参加しながら、時間が過ぎていった。
「さて、それではそろそろお暇しましょうか」
綺麗に料理を平らげてくれて、みんな笑顔で食後のお茶を飲んでいると、加賀さんの一言で今日の食事会はお開きになる。すると、会計を済ませながら、加賀さんが思い出したように言ってきた。
「あぁそうでした、明日からこちらの翔鶴と佐渡を手伝いに寄こすことにしましたので、よろしくお願いします」
その言葉に合わせて後ろに立っていた二人も「よろしくお願いします」とお辞儀をしてきた。ふたり来てくれるのは助かるけれど、佐渡ちゃんは料理とか大丈夫なのかな?まぁ、できることをやってもらえばいいか。
俺も「こちらこそよろしく」と返事を返して、店から出ていく彼女たちを、手を振って見送った。
何人かの方が予想してくれていたように
出世魚の『ぶり』をメイン食材に選びました
冬が旬ですし、場所によっては正月祝いや嫁入りのお祝いに使われるので
新規着任祝いという意味もあります
そして、複数回の改装を予定している彼女たちに
出世魚というのも縁起がいいかと……
というか、お酒で頬を染める空母コンビはエロいと思います
お読みいただきありがとうございました