「……ってなことがあってさー、お昼ぐらいゆっくり食べさせてほしいよ、まったく」
今朝は朝いちばんから川内が店に来て、管をまいていた……と言っても別にお酒を飲んでいるわけではないのだけれど。
なんでも、先日俺が鎮守府で料理を教えて以来、昼ごはんを艦娘たちの持ち回りで作っているらしいのだが、その時に鎮守府一番の料理上手として、なにかと意見を求められるそうだ。ただ、感想を求められること自体はべつに構わないらしいのだが、その時の緊張感が尋常じゃないとぼやいている。
「みんな自分の料理の評価が気になるのは分かるんだけどさ、私だって家庭料理に毛が生えたようなのしか作れないし、塩と砂糖を間違えたりしない限り、文句は言わないっての……」
「まぁ、料理上手の宿命と思ってあきらめるんだな。そのうち落ち着くだろうさ。それにしても、開店と同時に来るなんて、珍しいな……ほい、お茶」
注文通りちょっと濃いめに入れたお茶を差し出しながら、そんな風に話題を振ってみる。開店と同時とは言ったが、実際はちょっと前から待っていたようだ。別に知らない仲じゃないんだし、言ってくれれば中に入れたのに。
「実は昨日の晩から夜間哨戒に出ててさ、夜明け前に帰ってきてさっきまで仮眠をとって、せっかくだからここのモーニングでもと思ったの。まぁ、食べたらまた戻って報告書書かなきゃならないんだけどね。ちなみに、一緒に行った艦隊の他のみんなはまだ寝てるよ。駆逐の子達はさすがに疲れたんだろうね、昼まで起きないと思うよ?あれ」
「ふーん、なんか大変そうだな。それならちょうどいいのが仕込んであるから、朝はそれにしようか?胃に優しいやつ」
「あー、いいねー。さすがに夜戦明けはそういうのがありがたいのよね。戦ってないけど」
まぁ、なんというか、見た感じ疲れてるっぽいからね。こういうのがいいだろうってのと、ちょうどさくらに頼まれてて用意してたってのもあるしね。そろそろそのさくらも来るんじゃないかな?
「おはよー秀人。あら、川内も居たのね、おはよう」
「あ、提督おはよう。提督も朝ご飯?」
「そうよ、あるものを頼んでいてね。川内も食べる?」
「それなら、さっき話したけど川内も食べるってさ。大きめの土鍋で作って、量もそれなりにあるから大丈夫だよ」
「さっすが秀人。抜かりないわね!」
確かに食べるとは言ったけど、なんの話?と川内が首をかしげてきたので、軽く説明する。
実は、昨日の野菜の仕入れの時に、サービスで春の七草が送られてきた。それには所長からの手紙が添えられており、セリ・スズナ・スズシロは施設で栽培したものらしいが、それ以外は所長が田んぼを使って育てていたものらしい。そこで、余った分は使ってもらって構わないので、今日来た時にあるものを作ってほしいという内容だった。
さらにそのことを、さくらが昨日来た時に話したら、余裕があるなら自分も食べたいということで用意していたら、川内が来て今に至る……と説明したところで、川内も何の料理かわかったらしく、ポンと手を打った。
「あー、七草がゆか!知ってる知ってる『セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロこれぞ七草』だよね!もしかして、カウンターのコンロに乗ってる土鍋がそうなの?」
「正解!おかゆを作るのも時間がかかるから、今朝からここでコトコトやってたって訳だ。もういい感じに出来てると思うけどね」
『おかゆ』は生の米を普通よりも多い水量で炊いたもので、きちんと作ると時間がかかる物だ。たまに炊いたご飯に水を足して煮た物を『おかゆ』として出す人がいるけれど、それは『おかゆ』ではない。そのあたりはきちんとしてもらいたい。そもそも、一度炊いたご飯を煮て作るにしても、十分柔らかくするには同じくらいの時間がかかるので、大して時短にはならない。
という訳で、今日の七草がゆなのだが、特に奇をてらうことも無く、基本の作り方で作ってある。水の分量は米の七倍、七分がゆだ。研いだ後一時間ほど浸水させた米と、分量の水を土鍋に入れて中火にかける。そのまま何もせずに火にかけ続け、煮立ってきたらしゃもじで底を撫ぜるようにしてかき混ぜて、くっついていた米をはがし、火を弱火にしてちょっと隙間を空けて蓋をする。
その後は40分ほど弱火で炊き続けて、今がちょうどそれくらい時間が経ったところだ。なので、どんなものかと蓋を開けてみると、もわっと湯気が上がると同時に甘いような香りが立ちのぼる。カウンター越しに覗いている川内も「おー」なんて声を上げているけど、その後すぐに「あれ?」と首をかしげる
「店長、七草がゆだよね?草はいってなくない?」
仕上げの塩をひとつまみ入れて、サッと混ぜながら前もって茹でて刻んでおいた七草を取り出して川内に見せる。
「一緒にやると水分量とか変わってきて何かと失敗しやすいからね、別茹でして最後に混ぜた方が美味しくできるんだよ」
と、説明しながらおかゆと七草を混ぜ合わせて、茶碗に盛る。このままだとちょっと味付けが物足りないかもしれないので、作り置きしている塩昆布と鰹節の佃煮、梅干し、藻塩をそれぞれ小皿に入れて添える。お好みで使ってもらおう。
「はい、どうぞ。七草がゆだよ」
「お、おいしそー。やっぱりこの日はコレ食べとかないとね」
「いっただきまーす……ふぅ……ふぅ……あふっ」
二人してはふはふしながら食べている。そりゃ熱いに決まってるさ、出来立てだもん。
「店長おいしい。なんだかお米の甘味と七草の爽やかな風味が広がる感じ。こう、胃の辺りからじわーっと優しさが体中に染みわたるの……それに、この藻塩っていうのもいいね、なんだかまろやかな塩味が」
目を閉じて、浸るように感想を述べる川内。相変わらずこっちが照れるような表情と表現だ。
「私はこの塩昆布かな。こないだのお汁粉のときも持ってきてたよね?今度はこれのおにぎりとか食べたいなー。この鰹節のも捨てがたいわね」
さくらはさくらでいつも通りねだってくる。わかったわかった、今度作ってやるよ……あぁ、川内もそんな目をしなくても作ってやるって。
二人を軽くあしらうと、さくらが話題を切り替えて、川内に話しかけた。
「そう言えば川内、夜間哨戒の結果はどうだったの?まぁ、特に連絡が無いから問題なかったんだろうけどさ」
「まぁね、詳しくは鎮守府で報告しようと思ってるけど、特に異常はなかったわよ。いつも通り静かなもんだったわ」
「そっかー、じゃあどういう事なのかしらねー、あれ」
そんな会話をしながら、さくらがチラチラこっちを見てくる。あー、これは聞いてくれってことだな?だが、その手には乗らんぞ、また軍事機密に巻き込まれるのは勘弁してくれ。俺はただの一般人なんだ。
さくらの視線には気づかないふりをしながら、洗い物に集中しているように見せる。しばらくして川内が「おかわり!」と茶碗を差し出したところで、さくらもあきらめたのか「チッ」とわかりやすい舌打ちをして、おかわりを要求してきた。
まったく、お前は俺に何をさせたいんだ?まぁ、ただ聞いてほしいってだけなんだろうけど、今回は残念だったな。ぶっちゃけ気になって仕方ないんだけど……知らんぷり知らんぷり。
結局そのまま二人は鎮守府に向かって行ったので、俺の平穏は守られた。なんか誰かが話してきそうな気がするけど、まぁいいか。
相変わらず川内の感想は食レポみたいです
そしてさくらは秀人を巻き込もうと……
徹夜明け、飲み会明けのおかゆはほんと体に染みますよね
何気に作者はおかゆ好きなので、レトルトのストックをいくつか置いてあります
もうちょっと気軽におかゆを食べられるお店が増えればいいのに……
お読みいただきありがとうございました