鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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ここで初登場の公式主人公……
ごめんよ、遅くなって


二十二皿目:第十一駆逐隊とレモネード

 最近鎮守府では、海域攻略というのを積極的に行っているらしい。これは自衛軍本部からの要請で、深海棲艦に支配されている海域を攻略し支配権を取り戻そうという、いわば鎮守府の活動のメインと言えるものなのだそうだ。

 

 この海域攻略自体は順調に進んでいてこちらの支配海域も広がっているのだが、そういう海域は支配権を取り戻した後も定期的な掃討作戦を行う必要があるため、広がれば広がるほど戦力の充実が必要になってくる。

 

 おまけに特定の艦種でしか攻略できない海域もあるため、難易度は加速度的に上がっていくのだそうだ。

 

「……ってことでさ、ドロップやら建造やらで新規着任が増えてるのは良いんだけど、なかなか教育も進まなくてさ、ちょっと急ぎすぎたかなぁ」

 

 と相変わらず機密だなんだをお構いなしで愚痴っているのは、朝定を食べに来たさくらだった。こいつは喫茶店だって言うのにモーニングではなく朝定ばかり注文して来る……せっかく手作り食パンの厚切りトーストとかあるのに。

 

「大変そうですな、司令官殿」

 

「何それ、他人ごとね」

 

「だって他人ごとだし」

 

 俺がからかい混じりに言うとさくらは文句を言ってきたが、そりゃ他人ごとだからな、しょうがない。とはいえ、全く俺には関係ないってわけではなくて、最近艦娘の人数が増えてきたことでうちの店にもたくさんの子が来てくれるようになった。ただ、新しい子が挨拶に来てくれてもランチやディナーの忙しい時間だったりして、きちんと挨拶できていない子も多いのはちょっと気になっている。

 

「そうだ、吹雪たちがなんか教えて欲しいことがあるんだって、多分午後あたり来ると思うから対応してあげてね」

 

「おう、わかった。吹雪ちゃんって言うと、あのセーラー服の中学生っぽい子か。確か『始まりの六人』の中にもいた……」

 

 先日軽く挨拶を交わした女の子の姿を思い浮かべる。と同時に、以前見た動画に映っていた姿も思い出された……もちろん本人でないことは重々承知だが。

 

「そうね、確か十一駆……えーっと、第十一駆逐隊のメンツで来るって言ってたから、あの六人の中で言うと叢雲も一緒だと思うわ。何を聞きたいのかは秘密にしてるみたいだったけど、秀人に聞くってことは料理のレシピかなんかじゃないかしら?じゃ、行ってくるわ」

 

 さくらはそう言うと会計を済ませ店を出ていった。何を聞きに来るのかわからないけど、ちょっと楽しみだな。

 

 昨日まで球磨が手伝いに来ていたけど、今日は一人での営業。ランチタイムにちょっと混んだくらいで特に混乱もなく休憩に入る……おっさん連中が少ないのは艦娘の手伝いが無いせいか?

 

 一人なので適当に昼飯を食べたら、少し早いが店を開けてしまう。いつお客さんが来てもいいようにカウンターで作業をしていると、ほどなくしてドアベルが来客を知らせた。

 

「マスターさん、こんにちはー」

 

 入ってきたのは、今朝さくらが話していた吹雪ちゃん達だった。吹雪ちゃんを先頭に白雪ちゃん、初雪ちゃん、叢雲ちゃんと挨拶をしながら入ってきて、カウンターに並んで座った。

 

「いらっしゃい。さくらから聞いたけど、何か質問があるって……っていうかお昼食べた?先に何か食べるかい?」

 

 お冷を出しながらそう聞くと、それじゃ何か食べようかなとそれぞれメニューを広げて考え出したので、しばらくカウンターで作業を続けていると決まったようでお呼びがかかった。

 

「私はナポリタンで!」

 

「あっ、私もナポリタンでお願いします」

 

「……たらこスパ」

 

「私はきのこクリームスパゲティがいいわ」

 

 それぞれ注文した後に、吹雪ちゃんから追加注文が入る。

 

「あと、食後にレモネードを四つ、お願いします!」

 

「はい、かしこまりました。食後にレモネード四つですね。じゃぁすぐに作ってくるから、ちょっと待っててね」

 

 注文を伝票に書き留めて、厨房へと引っ込む。さて、まずはパスタを茹でつつきのこクリームソースからかな。

 

 バターを引いたフライパンで薄切りにした玉ねぎを炒めていく。しんなりしたところで、石突を取ってほぐしたしめじと、軸を取ってスライスしたシイタケを入れて炒める。きのこがしんなりしてきたら、ホワイトソースと粗びきコショウを入れてザっと合わせたら一旦置いておく。

 

 っと、そろそろパスタが良い感じなので、一旦ざるにあけてオリーブオイルを絡めて固まらないようにしておこう。

 

 お次はナポリタン。具材を炒めて、塩コショウを振ったところでパスタを投入。さらにケチャップを入れて、絡めながら完成させる。ナポリタンをお皿に盛ったら、さっきのきのこソースを軽く温めて、パスタを入れて和えればきのこクリームスパゲティの完成。

 

 最後はたらこスパゲティ。以前パスタパーティーで佐渡ちゃんが作った時はボウルの中で完成させたが、今回はフライパンを使って作る。

 

 フライパンにバターを入れて溶かし、バターが湧いてほんのり色づいたところで火からおろし、ほぐしたたらこ・醤油を数滴たらしたら軽く混ぜて、パスタを投入。良く混ぜてお皿に盛り、千切りにした大葉と海苔を乗せて出来上がり。さて、四人も待ってるだろうから持って行こう。

 

「おまたせしましたー。ご注文のお品ですっと」

 

「わぁ、おいしそう!やっぱり喫茶店と言えばコレですよねー。金剛さんも言ってましたし。って白雪ちゃんタバスコかけるの?辛くない?」

 

「これが美味しいんだって、かけすぎに注意とも言ってたけど……吹雪ちゃん粉チーズかけすぎじゃない?」

 

 ナポリタン二人組は同じものでも食べ方が少し違うみたいだ。吹雪ちゃんは粉チーズたっぷりタバスコ無し、白雪ちゃんは粉チーズとタバスコをちょっとずつという食べ方だった。このへんはやっぱり好みが出るよね。

 

「うん、おいしい……これのためなら外に出るのもやぶさかではない」

 

「あら、このクリームソースも美味しいわよ。六駆の子達に聞いていたとおりね……古鷹さんにも教えてあげようかしら」

 

 こっちの二人もおいしそうに食べてくれてる。今叢雲ちゃんが言った古鷹さんってーと、昨日挨拶に来ていた高校生くらいのオッドアイの子だっけ。

 

 さっきの吹雪ちゃんの言葉もそうだけど、鎮守府内でも色々とコミュニケーションというか情報交換が行われているようで……知識はあっても食べたことない料理ばかりだろうからね、そういう口コミも判断基準の一つになるんだろう。ま、仲がいいみたいで何よりだ。

 

 それからしばらく彼女たちの話声と、カチャカチャと食器のなる音が響く。時折「天龍さんの訓練が……」とか「愛宕さんがパンパカパーンって……」なんて知った名前がチラチラと聞こえてくる。愛宕さんが……なんだって?

 

 そのうちみんな食べ終わったようで「ごちそうさまでした」という声が聞こえた。それを聞いてお皿を下げながら、注文されていたレモネードを置いていく。そう言えば、初めて来たときもこの子達はレモネードを飲んでいたっけ。気に入ってくれたのかな。

 

「くー、すっぱい……けど、美味しい!」

 

「うん……やっぱりこれだ」

 

 吹雪ちゃんと初雪ちゃんが一口飲んでそんなことを言った所で、今日の本題を切り出す。

 

「さて、お腹もいっぱいになったところで、今日の目的を聞いてもいいかな?なんかのレシピを聞きに来たんだと思うけど……」

 

 俺がそんな風に水を向けると、叢雲ちゃんが答えてくれた。

 

「えぇ、それなんだけど、このレモネードの作り方を教えてもらいたいの。難しいかしら?」

 

「作り方は簡単だし、教えるのも構わないんだけど、理由を聞いてもいいかい?」

 

 どうしてだろうと聞いてみれば、四人で顔を見合わせた後一つ頷いてから吹雪ちゃんが説明してくれた。

 

「はい、マスターさんには話していいとのことなので、少し詳しくご説明しますが、私たちは最近海域攻略中に発見されて着任したのですが、着任してすぐに艦隊に加わるわけではありません。艤装の運用練度を高めるために座学や湾内での訓練等を経て、一定の練度を超えたと判断されてから出撃許可が下ります」

 

 俺には話していいとか、どうせさくらだろう。とそのことは一度脇に置いといて、頷きながら吹雪ちゃんの話に耳を傾ける。

 

「そして、私たちはまだその許可が下りていないので外洋には出られないのですが、その間にも他の方々は攻略を進めたり、今後出撃許可が下りた後に、比較的安全に継続して練度を上げられるような海域の奪還を進めています。私たちはそれを見送ることしかできないので、疲れて帰ってきた先輩方に何かできないかと思ったんです」

 

 そこまで説明した吹雪ちゃんの後を引き継いだのが白雪ちゃんだ。

 

「レモンの酸味には疲労回復効果もあると聞いたことがありますし、お風呂の後に冷たいのを飲んでさっぱりしてもらおうかなって、それに先日いただいた時に、マスターさんがこの時期は温めても美味しいとおっしゃっていましたので、これはピッタリだなと」

 

 なるほど、それでレモネードか。うん、良いんじゃないかな、きっとみんな喜んでくれると思うよ。

 

「よし、わかった。じゃあうちの特製レモネードの作り方を教えよう!」

 

 俺がそう言うと、四人は嬉しそうに顔をほころばせた。一見クールっぽく見えた初雪ちゃんや叢雲ちゃんも喜んでくれているので、よほどみんなのために何かしてあげたかったんだろうね。

 

 そして、作り方を教える前に俺はカウンター下の扉からある物を取り出して四人に見せる。それに反応して口を開いたのは叢雲ちゃんだった。

 

「その瓶は……レモンを漬けているのかしら?」

 

「そう、レモンの砂糖漬け……レモンシロップだね。うちのレモネードはこのシロップを水で割ったところに、生のレモンを絞ったものを加えてるんだ。今日はこのシロップの作り方を教えようと思う。といっても簡単だから、そんなに身構えなくてもいいよ」

 

 俺はもう一つ新しい瓶を厨房から持ってきて、作りながら説明を始めた。

 

「まず瓶を良く洗って、水気を乾燥させたら消毒用のアルコールを噴霧して、きれいな布巾でふき取る。でかい鍋で煮沸消毒してもいいけど、大変だと思うからこれでいいと思うよ」

 

 続いてレモンを輪切りにしていく。深海棲艦が来るようになって輸入の柑橘は出回っていないので、ワックスはついていないので安心だ。良く洗う程度で使える。

 

「次に輪切りにしたレモンと同じくらいの量のグラニュー糖を交互に入れていって……最後に蜂蜜を適量垂らす……あとはしっかり蓋をして冷暗所に置いておけば五日から一週間くらいで使えるようになるよ。皮の苦みが苦手だったら輪切りにする前に薄く剥いてあげると良いかな」

 

「結構簡単なんですね。これなら私たちでも作れそうです」

 

 白雪ちゃんがメモから顔をあげてそう言うと、初雪ちゃんが後に続く。

 

「それで、これをどうするの?」

 

「シロップができたら、水で割ればレモネードに、炭酸水で割ればレモンスカッシュになるよ。割合は好みだからお任せするよ。で、うちの場合はお客さんに出す前に、ここにレモン半分の搾り汁と輪切りにしたレモンを一枚、ミントの葉を浮かべて作ってるんだ」

 

 うちのレモネードは最後に生の搾り汁を加えてる分かなり酸味が強いものになっている。この辺りは店によってさまざまで、最初からシロップを使わないで生の果汁と砂糖だけで作るところもあれば蜂蜜を入れないところもあるし、グラニュー糖ではなく黒糖を使うところもあると聞く。

 

 このレモネード、あるいはレモンスカッシュってのはコーヒーに並ぶ、喫茶店におけるそれぞれの店の顔ともいえるんじゃないだろうか。

 

「最後に加える搾り汁は、酸っぱくなりすぎたりして調整が難しいかもしれないから、最初は水で割るだけにしたらいいんじゃないかな?それでも十分美味しいはずだから」

 

 四人は立ち上がってカウンターを覗いていた体勢のまま頭を下げて「ありがとうございました!」と声をそろえて言った。さっそくこの後商店街をめぐって材料をそろえて作ってみるということで、そのまま会計を済ませて帰っていった。

 

 今の季節なら消毒をきっちりやればそうそうカビは生えたりしないと思うけど……喜んでくれるといいね。

 




今まで出てきてなかった吹雪型が登場です
なんとなく吹雪なら先輩たちにこんなことしそうだなーと……
運動部のマネージャー的な?
あ、叢雲もタイプは違うけどやりそう
(あくまで作者のイメージです)


お読みいただきありがとうございました

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