鎮守府の様子を覗いた小ネタ集となっております
その日の鎮守府は朝早くから動き始めていた……いや、この時間を朝と呼んで良いかどうかは疑問ではあるが。そんな、夜明けまでまだ数時間ある暗い港に一人の艦娘の声が響く。
「はーい、みんなおっはよー!……あれ?」
「那珂ちゃんこんな時間なのに、元気いっぱいっぽい」
「流石にこの時間は……ふわぁ、ちょっとだけ眠いかな」
いつもとは違ってテンションの低い夕立と、あくびをこらえ切れなかった時雨に対して、那珂が諭すように言う。
「もー、眠いのはわかるけど、お仕事なんだからシャキッとしなきゃー」
二人よりも着任は遅いが、任務に対するこの姿勢は水雷戦隊を率いた経験か、アイドルとしてのプロ意識か……どちらにしろ見習わなければならないな、と二人が気合を入れたところで、後ろからゴロゴロとドラム缶を転がしながら夕張がやってきた。
「那珂ったら初めて旗艦に任じられて、はしゃいでるんじゃないの?」
夕張のそんな指摘に、那珂は言葉を詰まらせ、たじろいでしまった……どうやら図星だったらしい。その様子に軽くため息をついたあと、夕張は続けた。
「まぁ良いわ、合流に遅れて先方に迷惑かける訳にはいかないから、そろそろ行きましょうか」
そう言ってロープが巻かれたドラム缶を落とし、自らも海面に降り立った。それを見て時雨と夕立も後を追う。
「ちょっと待ってよー!センターは那珂ちゃんなんだからー!」
何とか陣形を組みなおして、那珂・時雨・夕立・夕張の順で海上を進んでいく。しばらく進んだところで夕張が旗艦の那珂に対して、今回の任務の確認を促した。
「もっちろん覚えてるって。まずこのまま北上して、島の東北の合流ポイントへ向かう。そこで島の漁師さんたちの船と合流して、そのまま彼らを護衛。予定されている漁場での操業を終えたらそのドラム缶に少し分けてもらって、島の漁港まで護衛しながら帰ってくると。オッケー?」
「うん、それで大丈夫。ついでに言っておくと、今回含め何回か小規模な試験操業を行って、その後規模を徐々に拡大していって、安全が確認されたら他の鎮守府でも行われる予定よ。ま、安全とされている接続水域からは離れるけど、EEZ内には変わりないしそこまでの危険は無いはずよ」
そんな風に補足する夕張に夕立が軽い感じで声を掛ける。
「じゃあ結構楽っぽい?」
「まぁ、こないだみたいなことがあるから気を抜くわけにはいかないけど、護衛任務の経験を積むにはいいかもね、今後はもっと遠くに行く任務もあるだろうし。次回からは訓練がてら、もっと練度の低い子でもいいかもね」
最期の方は半ば独り言のようなものだったが、夕立の質問に夕張は「気は抜かないように」と注意しながらもその声音が軽いものであることを考えると、この任務の難易度も察することができる。
そんな会話を交わしながら、合流ポイントに近づくとすでに数隻の漁船が待っているようだった。その漁船団に那珂が大きく手を振る。
「漁師の皆さんおっまたせしましたー!漁場のアイドル『那珂ちゃん』お仕事頑張りまーす!」
場所は島に戻り、鎮守府内提督室。時刻もすでに九時を回った。
室内では金剛が重要度に応じて書類を仕分けしていた。その内容は町役場からくる島住民の陳情書や提案書、長門や加賀から上げられる鎮守府の運営関係書類や軍本部からの命令書やこちらから送る報告書など多岐に渡る。
中には妖精さんによるお菓子配給数アップの陳情書なども入っており、それを見た金剛も思わず頬を緩める。
あらかた仕分けも終わって、そろそろかな?と金剛が時計を見たところで「ガチャリ」とドアノブが回り、ドアが開かれる音が聞こえた。
「おはよう金剛。今日も早いわね」
「Good morningテートクー。今日も一日よろしくお願いしマース!」
お互いに朝の挨拶を交わして執務机の前まで来たさくらは、その上に積まれたファイルの数にあからさまに嫌そうな顔を浮かべた。
「うわぁ、今日もあるわねー。だいぶ運営の方は落ち着いたと思ったんだけど、この書類の数は減らないのかしらね」
「落ち着いたら落ち着いたで、新しい仕事も増えてきマス。しょうがないデスネ、頑張りまショー!」
さくらは椅子に腰かけながら、手近なファイルに手を伸ばそうとしたところで「そうだ」と思い出したように小さなバッグを取り出して、金剛に渡した。受け取った金剛が首をかしげながらバッグの中身を確認すると、そこから出てきたのは保温ボトルとランチボックス。
「テートク、これは?」
「さっき秀人んとこで朝ご飯食べてきたんだけど、最近金剛が朝から頑張ってくれてるって話をしたら、サンドイッチ作ってくれたのよ。あなた朝ご飯食べてないでしょ?」
「Really!? Oh! Thank you so much!! What a beautiful morning!!」
「あー、とりあえず落ち着いて。隣の応接室使っていいから、ゆっくりそれ食べて来なさい」
興奮のあまり全文英語で話し始めた金剛を落ち着かせながら、応接室につながる扉をさくらが指さすと、金剛も自分のはしゃぎっぷりに気が付いたのか顔を赤くしながら、そそくさとその扉に向かって行った。
「まったく……あんなに喜ぶとは思わなかったわ。今度から一緒に行くようにしようかしら」
金剛の消えていった扉を見つめながらさくらはそうつぶやくと、目線を机に戻してこの日の執務を始めることにした。
時間は進み、お昼時。鎮守府各所に設置されているスピーカーから、この日の調理担当艦の声が聞こえてきた。
「ヒトフタマルマル。正午です。昼食ね。本日の担当は私加賀と赤城さんの一航戦が担当いたします。食べたい方はお早めに……」
食堂に備え付けられた放送機器のスイッチを切って、厨房で待機していた赤城の元に戻った加賀。手を洗い、自前の割烹着を着ると赤城と向き合い気合を入れた。
「それでは赤城さん、やりましょうか。炊飯器のセットは大丈夫ですか?」
「はい、加賀さん。今日はここが私達の戦場ですね。ごはんは二つがすでに炊きあがっていて、保温用のおひつに移してあります。追加もセット済みですよ」
加賀の質問にウインクしながら答えた赤城に加賀も「さすが赤城さん」と返したところで、食堂に入ってきた艦娘たちがいた。
「加賀さーん、赤城さーん。お昼ごはん食べに来ましたー!」
厨房に向かってそう声をかけた吹雪とその妹たちだ。そして、その後も続々とお昼ごはんを食べに艦娘がやってくる。それを見た一航戦の二人は、お互いに頷きあって調理を始めた。
この日二人が作ることにしたのは、先日秀人に教わった麺つゆレシピの応用編、豚の生姜焼きだ。
麺つゆにおろし生姜をたっぷり加えた漬けダレに、様々な部位の豚小間切れを漬け込んで焼いた簡単メニューである。本来であればロース肉を使いたいところだが、流石に艦娘たちが満足するだけの量をロースだけで賄うとするとかなりの額になってしまう。予算も考えた上でのやむを得ずの豚小間だが、どの部位も味が良いのは間違いないので、皆もそれほど気にしてはいない。
「さぁ、赤城さん、どんどん来ますよ。そろそろ戦艦や重巡の方々も来るでしょう」
「えぇ、そうなったらさらに回転を速めなければ……私たちの分は残るでしょうか?」
いたって真面目な声音で自分たちの分を心配する赤城に、思わず吹き出しそうになりながら加賀は新しい肉を焼き始めた。
いつの間にやら日は暮れて、任務を終えた艦娘たちもそろそろ帰宅し始める時間だ。
そして、鎮守府正門から市街地へと向かう道を、何人かの艦娘が複縦陣で歩いていた。
「不知火ちゃん、マスターさん大丈夫っぽい?」
「えぇ『今日はお客さんも少ないから、いつでもどうぞ』だそうです。それにしても良かったのですか?私たちまで誘ってもらって」
さっきまでどこかへ電話をしていた不知火と、並んで歩いていた夕立がそんな会話をしている。不知火が電話をしていた相手は秀人で、どうやら彼女たちは彼の喫茶店に向かっているようだ。
そして、不知火の質問に答える形で、後ろを歩いていた時雨から声がかかる。
「気にしないでよ。漁師さん達からいっぱい貰っちゃったし、僕たちだけじゃ食べきれないからね。夕張さんや那珂ちゃんも誰かに分けるって言ってたよ」
「どんな料理作ってくれるかな、楽しみー。ねぇねえ、早く行こうよー」
島風はすぐにでも走っていきたくてうずうずしているようだ。そんな島風を最後尾から窘めたのは、妖精さん特製の大きなクーラーボックスを引っ張る愛宕だった。
彼女が引くクーラーボックスには、時雨と夕立が今朝の任務で貰ってきた魚の一部が入っている。それを秀人に料理してもらおうという訳だ。
「まぁまぁ島風ちゃん。焦らなくてもあのトンネルを抜ければすぐ着くわよー。それにしても高雄は残念だったわねー、こんな時に夜勤だなんて」
「そうだぜ、島風さん。お店は逃げないんだ、ゆっくりいこうぜぇ。いひっ、さっかなー、さっかなー」
佐渡も愛宕に合わせるように言うが、さっきからテンション高めだ。それにしてもこの佐渡、愛宕が引っ張るクーラーボックスの上に乗っているのだが、特に何事も無いように進んでいるのは愛宕の力が強いのか、妖精さんの技術力なのか……
一行がその日の任務であった事などを楽しげに話しながら進んでいくと、間もなく秀人の店にたどり着いた。
「マスターさんこんばんはー」
先頭を歩いていた夕立が元気よく扉を開けると、店内からも返事が返ってきた。
「いらっしゃいませ!待ってたよ」
今日はどんな美味しいものを食べられるのだろう。そんなことを考えながら店に入っていく彼女たちの顔は、自然と笑顔になっていた。
割烹着姿の加賀さんに
「朝ご飯できてますよ」
と優しく起こされたい……
次回はこの続きの料理編という訳ではないので悪しからず……
お読みいただきありがとうございました