――トントントン
生地を押さえている板をずらしながら、リズミカルに麺を切っていく。
「ほー、見事なもんじゃねぇ」
「ありがとう、でも師匠に比べれば太いしテンポも悪いさ」
実際師匠が切る時の音は『トットットット』と気持ちのいい音を奏でていた。
『揉み方三年、切り三月』とも言われ、切るのは蕎麦打ち工程の中でも簡単な部類に入るが、俺なんかがあの短期間であそこまでのレベルになれるはずもないし、むしろ本来なら『揉み方三年』の後に『のし方一年』を加えて、長い修行が必要なのにも関わらず嫌な顔せずに教えてくれた師匠には感謝しかない。
さてさて、浦風の言葉に昔の事を思い出してしまったが麺も無事に切り終わり、次は茹でに移る。
たっぷりの沸騰したお湯に、麺をほぐしながら入れる。麺が鍋にくっつかない様に数回十字に箸を入れたら、あとはしばらく麺を泳がせる。ぐらぐらと沸騰を続けるお湯の対流に乗って、麺が鍋の中を流れていくのを見つめ、頃合いを見計らって平ざるで掬い流水で締める。
水で締めた麺を浦風が用意しておいてくれたざるに盛って、鰹節と昆布の出汁をきかせたつゆと、薬味にねぎ・わさびを添えれば特製もりそばの出来上がりだ。だいぶ前に約束してから結構待たせちゃったから、夕張ちゃんも喜んでくれるといいんだけど……
「二人とももりそばお待たせしました。一応二枚もりにしてあるけど、足りなかったらまた茹でるから言ってね」
「ありがとうございます。んー、良い香り」
「店長さん、流石です。お蕎麦まで打てるとは……いただきます」
「夕張はんに加賀管理艦、てんぷらも揚がったけぇ、食べてや」
夕張ちゃんと加賀さんの前にそばを置いたと同時くらいに、後ろから浦風ちゃんがてんぷらを持ってきた。身内のお客さんと言うことで了解を得て、浦風ちゃんに揚げ物を任せてみたけれど上手くできたみたいだ……これは川内に次ぐレベルだな。
さて、当初の予定では夕張ちゃんにお蕎麦を作ってあげることになっていたんだけれど、どうして加賀さんもいるのか……それは昨日の昼までさかのぼる……
以前生産施設の人にそば粉をもらって以来ガレットや年越しそば、練習でそばを打ったりしているうちにそのそば粉もなくなっていた。そこで、その日のモーニングを食べに来た施設の人に話をして、昼休憩の時に新しいのをもらいに行くことになっていたのだ。
事前に話を通しておいたおかげで、すんなりと受け渡しも済ませて店に帰ってくると加賀さんがお茶を飲んで待っていた。
「おかえりなさい、店長さん。浦風がお茶を入れてくれるというので、休憩中という事でしたが入れていただきました。すみません」
「いらっしゃい加賀さん。知り合いであれば、休憩中でもお店に入ってもらって構わないと言ってあるので、大丈夫ですよ」
そう言いながら、一抱えあるそば粉の入った袋を運んでいく。
「あら?店長さん、その袋は?」
「あぁ、さっき施設に行ってもらってきたそば粉ですよ。明日辺りちょっと出してみようかなと思いましてね」
「お蕎麦ですか……美味しいですね」
そこで、加賀さんの瞳がキラリと光ったような気がした。そして、既に美味しいと確信しているのはどういうことだろう。最初は夕張ちゃんに食べてもらおうと思ってたけど、ここは加賀さんも誘うべきだよね。
「もし、明日の午後辺りお暇でしたら、夕張ちゃんを連れてきてはもらえませんか?以前彼女からお蕎麦のリクエストがあったので、ぜひ食べていただきたいんです。もちろん加賀さんも一緒に召し上がっていただけると嬉しいんですけど……」
とそんな風に誘ってみると、案の定というかなんというか、若干食い気味に答えを返してきた。
「それはぜひ頂きたいものです。わかりました、この一航戦加賀、全力でその任務にあたります」
どうやら正規空母の方々は食べ物が絡むと若干ポンコツになるみたいだ。こないだ鳳翔さんと一緒に来た赤城さんもそんな感じだったし。
とりあえずその後「お蕎麦と聞いて麺が食べたくなりました」と言ってミートソースパスタのダブルをペロリと平らげると、翌日の来店予定時間を告げて帰っていった。
ちなみにこの『ダブル』というメニューは大型艦の子達から要望があってできたもので、その名の通り通常の二倍の量になる。一応『トリプル』までは対応するが、そこまで食べるような子は大体『ダブル』と何か他のメニューの組み合わせで頼んでくることが多かったりする。
とまぁ、そんなことが昨日あって、今日はお二人でご来店という訳だ。そしてその二人は今、美味しそうに蕎麦とてんぷらを楽しんでいる。
「あぁ、噛む度に香りが広がるお蕎麦がたまらないです。麺つゆもお出汁の風味がありながら蕎麦の香りを邪魔してないですし……平賀さんが最期の食事にと選ぶのもむべなるかなって感じですね」
「えぇ、それにこのてんぷらもなかなかイケますね。旬のお野菜のほのかな苦みが大人の味です。塩で食べても美味しいですし、浦風いい仕事をしましたね」
夕張ちゃんはしみじみと蕎麦を噛みしめてそんなことを話していた。確か彼女の言っている平賀さんってのは、軍艦の設計士だったかな?前に尊敬する人物だって話してた気がする。その平賀さんが最期に食べたってのが彼女の蕎麦に対する思いの元なのかな。
そして、加賀さんはてんぷらをサクリと言わせながら浦風を褒めていた。褒められた浦風は珍しく照れているようで、今の鎮守府の重鎮としてもかつて大きな戦果を挙げた艦としても、加賀さんに褒められるというのは嬉しいのだろう。
今日のてんぷらは旬の野菜を中心に用意してみた。加賀さんが言っていた大人の味わいのふきのとうに春菊、厚めの短冊切りにして揚げたホクホクの長芋、そしてセリと大粒のあさりで作ったかき揚げだ。
麺つゆにつけるのはもちろん、塩で食べるとより風味が引き立って美味しく食べられると思う。そしてかき揚げも綺麗な円形でふんわりと仕上がっているあたり、ほんとに上手に揚がっている。
すると、夕張ちゃんが浦風に声をかけた。
「浦風ちゃんもせっかくだからお蕎麦食べない?てんぷらもこんなにきれいに美味しく揚がってるし。ねぇ、良いでしょマスターさん?」
ふむ、そうだな。これも勉強のうちってことで。浦風もこっちを見て目をキラキラさせてるし……
「いいんじゃないかな。じゃぁ、加賀さんのお替りを茹でる時に一緒に浦風の分も茹でようか」
加賀さんが食べ終わりそうなのを見てそう言うと、加賀さんはスッとざるを差し出してくる。それを受け取りながら指を一本立てると、彼女はちょっと顔を背けながら二本立ててきた。かしこまりました、二枚もりですね。
その後、加賀さんのお替り分と浦風の分の蕎麦を茹でて持ってくると、美味しそうに食べている彼女たちに感化されたのか、ほかのお客さんも蕎麦を頼んできた。食べるのを止めて接客を手伝おうとする浦風を手で制して対応をしていく。
しばらくし厨房で作業していると、浦風が戻ってきた。もうちょっとゆっくりしてても良かったのに……
「店長はん、ありがとう。お蕎麦おいしかったわ。それで、二人が蕎麦湯あったら欲しい言うとったんじゃけど」
もちろん、ありますとも。ただ、蕎麦湯を入れる赤いアレが無いので、大きめの出汁ポットに入れて持って行く。出汁茶漬けやひつまぶしなどで使う用に用意しておいたものだ。
すると二人がそれぞれお礼を言ってくれる。
「マスターさん。お蕎麦とても美味しかったです。私のわがままを聞いていただいてありがとうございました。なんだか初心を思い出して、改めて頑張っていこうかなって」
「えぇ、ほんとに美味しかったです。私からもお礼を……それに浦風を初めこれまで多くの艦娘を受け入れてくださりありがとうございます。最近では鎮守府の食堂もにぎやかになりまして。いろいろ作る子も増えてきたんですよ」
二人ともそれぞれ思うところあったようで、穏やかに微笑みを浮かべながらそう言ってくれた。なんだか作って良かったな。
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいよ。毎日という訳にはいかないけど、またそのうち作ろうと思うから、その時はまた食べてくれるかい?まぁ、この間のラーメンとか、こういう料理は気が向いた時にって感じだけど、個人店だしいいよね」
そんな風におどけて軽く言うと、二人も笑って返してくれた。
「もちろん。でも次に作るときも教えてくれたらうれしいかな」
「ええ、先日のラーメンも食べそこないましたので……提督のあの言い方……思わず弓に手が伸びそうになりました。次こそは……譲れません」
なんだか物騒な加賀さんの物言いに、夕張ちゃんと顔を見合わせてプッと吹き出した。加賀さんなりの冗談なのかもしれないけど……さくらさんや……あなたはどんな風に話したのかね?
一応お店の名前は伏せますが(バレバレとか言わないでください)
先日某青い一航戦と同じ名前の蕎麦屋に立ち寄ったのが
このお話を書いたきっかけです。
そこに蕎麦と言えばの夕張を一緒に登場させました
以前のお話でいつか夕張に蕎麦食べさせるって言ってましたし。
お店は人気店らしく、なかなか美味しかったです。
そして加賀さんの最後のセリフ……ガチだと思うよ?店長さん……
お読みいただきありがとうございます