鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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意味深ひらがなタイトル第二弾……



二十九皿目:むつのあじ1

 今日は朝から魚市場を覗きに来た。ここには島の周りで獲れた魚介類はもちろん、日が昇る前に東京から運ばれてきた魚もわずかながら並ぶ。まだこの島で魚を扱う料理屋は少ないが、その代わりに、一般の奥様方や軍関係者、時には艦娘も覗きに来ることもある。主に多摩ちゃんとか……

 

 そのおかげで以前とは違うかもしれないが、それなりに活気のある光景が繰り広げられている。

 

「おう、田所の坊主!今日は良いの入ってるぞ!」

 

 うちの親父がコッチ関係の仕事を長くやっていたこともあって、それなりに顔見知りも多くこうして声をかけられる。どのおっさんもまだまだ『田所の坊主』を止めてはくれないみたいだけど……

 

 そんな風にいろんな人に声をかけられながら、とりあえずぐるっと一通り見て回る。すると、ある馴染みの店で気になる魚を見つけた。

 

「おっちゃん、これは?」

 

「お、良いところに目を付けたね。そいつは今朝戻ってきた船のやつだ。最近この辺でも上がるようになってな……東京じゃこの値段じゃ買えねぇぞ」

 

「ですよね、めっちゃ安いわ。んじゃこれ貰おうかな。そっちの中小サイズと、こっちのでかいのも」

 

「まいど!昼でよけりゃ帰りがけに配達するけど、どうする?」

 

 一応ここまで車で来たけど、積んでいくのはちと危険か……匂いとか付いちゃうし……

 

「じゃぁ、お願いしてもいいですか?支払いだけ済ませていくんで」

 

 と、そこでの買い物を済ませて、他の所も回りつつめぼしいものを仕入れていく。さて、そろそろ帰ろうかと駐車場へ向かった所で、珍しい顔を見つけた。

 

「あれ?長門さん。こんなところでどうしたんですか?」

 

「おお、店長殿ではないか。いやな、多摩がいないかと探しに来たのだが……どうやらいないようだな。店長殿は仕入れか?」

 

 あー、多摩ちゃんか……今日はいないみたいだったな。

 

「えぇ、結構いろいろと買ってしまいましたよ。大きいものは配送してもらう手筈になってます」

 

 そう言いながら手提げを持ち上げてみせる。

 

「ふむ、今日の夕食は店長殿の所というのもいいな。ちょうど私の妹艦が着任したのだ、その紹介もしたいしな」

 

 へぇ、妹さんか。やはり妹さんも似たような衣装なのだろうか……目のやり場に困りそうだ。決してその姿を見たいからという訳ではないが……

 

「それならぜひいらしてください。ちなみにお名前は何とおっしゃるんですか?」

 

「あぁ、妹は陸奥と言うんだ。少し運の悪いやつではあるが、なかなかいい女で自慢の妹だ……どうした?」

 

「いえいえ、なんでもありません。なるほど、陸奥さんですか。それはそれは……」

 

 なんともタイムリーというか、ナイスタイミングだ。ぜひ、さっき買ったものを食べてもらいたい。あれ?でも自分の名前のものを食べるってどうなんだろう。まぁ、あれなら美味しいのは間違いないだろうし、縁があるってことで。

 

「では陸奥を連れて今夜伺うとしよう。メニューはそうだな……お任せで良いのだが、やはり和食だろうか。私が初めて食べたときの定食が忘れられなくてな」

 

「はい、お任せください。ご飯に合うメニューを考えておきますね。ではまた後で、お待ちしてます」

 

 そろそろ鎮守府に向かうという長門さんと別れて、俺も店に戻ることにする。吹雪も待ってるしな。

 

 その後店に戻り、仕入れた物や配達された野菜を冷蔵庫にしまっていく。その時俺が買ってきた貝類の砂出しをしながら「あっさりーしっじみーはーまぐーりさーん」と謎の歌を歌っていたが、残念、蛤はないのだよ……

 

 手伝い始めて何日かが経ってだいぶ手馴れてきた吹雪のおかげで、特に問題なく営業を行う。例の貝類もあさりバターや、ボンゴレ、スープなどに姿を変えていった……吹雪がやった砂出しもばっちりだ。

 

 ちなみに今日はシジミをトマトスープにしてみた。以前作ってこれはイケると思ったレシピなのだが、所謂マンハッタンクラムチャウダーをシジミで作るのだ。意外としじみとトマトの相性が良く、お客さんにも好評である。もちろん、味噌汁にも大活躍だ。

 

 さて、そんなこんなでランチタイムも終わって休憩時間、勝手口から呼ばれてみれば頼んでおいた魚が届いた。

 

「あいよ、お待ちどう。余ってたちっちぇえのも持ってきたから使ってくんな」

 

「おお!マジっすか!ありがとうございます!」

 

 そう言って持ってきてくれた荷物には、発泡の箱が一つ追加されていた。おやっさんと一言二言話してから別れ、厨房に運び込んで開けてみると中には青魚に鯛やかれいなど、何種類かの魚が結構な数入っていた。おやっさんは小さいって言ってたけど、そこそこの大きさのものもあったりして色々使えそうだ。さくらの朝飯用に干物でも作るか。

 

「うわー、すごいですね。今朝市場で買ったやつですか?」

 

 横から覗いていた吹雪も、いろいろな魚が入った発泡に歓声をあげる。そして「こっちはなにかなー」と言いながら今日のメインが入っている箱を開けた。

 

「ひゃっ!これなんですか?すごい歯、噛まれたら痛そう……なんだかイ級みたい」

 

 あー、結構鋭い歯が並んでるからね。太刀魚や鱧なんかに比べればかなりマシだけど、それでも注意しないとケガをする。

 

「それはクロムツって魚だ。東京の方じゃかなりの高級魚として扱われるが、最近この辺でも獲れるみたいで結構安かったんだよ」

 

「へー、ムツって言うんですね……陸奥さんと一緒だ」

 

「おう、今日長門さんがその陸奥さんを連れて来るから、その時に使う予定だ……そうだ、ちょっと味見してみるか?この時期は脂がのっててうまいぞ」

 

 せっかくだから吹雪にも食べてもらおう。こっちの小さいのを使って、刺身と焼き物でも作ろうかね。

 

「やったぁ、ありがとうございます!じゃあ私はご飯とお味噌汁用意しますね!」

 

 そう言って吹雪はスキップでもしそうな感じで味噌汁を作り始めた。さすがに出汁は顆粒のだしの素を使っているが、味噌汁くらいなら作れるようになった。

 

 その間に、ムツをおろす。まずは塩焼き用に鱗を取って三枚におろしたら、串を打って塩を振っておく。このまましばらく塩を馴染ませてる間に刺身用にもう一本おろす。

 

 他の魚にも言えることだけれど、特にこのムツという魚は皮の下に美味い脂があるので、皮ごと食べられるように湯霜造りにしよう。大きいものだと皮は引いた方が良いかもしれないけれど、このくらいのサイズならこっちの方が美味しいと思う。

 

 鱗を取って三枚におろした身を、皮目を上にしてざるに並べてキッチンペーパーを被せたら、その上から熱湯をかけていく。キュッと皮が縮んだところで氷水にくぐらせて身を締めて、水気をよく拭き取ったら皮に飾り包丁を入れて少し厚めに切れば出来上がりだ。

 

 続いて、塩がなじんだところで塩焼きを焼いていく。まずは皮目にしっかり焼き色を付けてから、ひっくりかえして身を焼いていくのだが、火が通るにつれて皮に油が浮いてきてパチパチ弾ける音がなんとも美味しそうだ。

 

 焼きあがったらお皿に盛って、大根おろしを添えて完成だ。昼の賄いとしてはちと豪華な気もするが……吹雪に勉強させるためだしな、うん。

 

「はい、お待たせ。クロムツの湯霜造りと塩焼きだ」

 

「んー、美味しそう。いいのかなぁ私だけ……ごめんね、みんな」

 

 ま、その辺は手伝いに来てくれる子の特権と言うことで。冷めないうちに食べよう。

 

 まず吹雪が箸を伸ばしたのは湯霜造りだ。わさびを乗せて醤油につけるが、その醤油を弾くほど脂が乗っている。

 

「いただきまーす……ん!んー!おいしいです!皮の食感と、とろける身が口の中で……」

 

 ふふふ、そうだろうそうだろう。この皮が美味いんだよな。塩焼きはどうかなっと……うん、ふっくらした身がたまらないな。大根おろしの辛味とムツの脂がまた合う。

 

「この塩焼きも良いですね!ふっくらしてて口に入れるとほろほろ崩れて……こっちのパリッとした皮もまた違った食感でおいしいです」

 

 そう言いながらおいしそうに箸を進める吹雪。その顔が見られて俺も嬉しいよ、これはいい買い物したわ。

 

 これならきっと長門さんと陸奥さんも気に入ってくれるだろう。夜が楽しみだな……

 




はい、ムツです。クロムツです。

久しぶりにむっちゃん旗艦にして愛でていたら
ふと、むっちゃんで何か書きたい欲求が。
今回は出て来ませんでしたが……


お読みいただきありがとうございました

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