鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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陸奥がムツを食べます


二十九皿目:むつのあじ2

 あれからあっという間に日も暮れて夕食時。そろそろ長門さん達も来る頃かな?とりあえず、炊き立てご飯は準備オッケー。食材の下ごしらえも済んでるので後は彼女たちの到着を待つばかりだ。

 

「店長さーん、長門さん達いらっしゃいました!」

 

 ホールへの出入り口から顔を出して吹雪が声をかけてきたので俺もそちらへ出迎えに行く。

 

「いらっしゃいませ、お待ちしてました」

 

「店長殿、今夜はよろしく頼む。そしてこっちが私の妹の陸奥だ」

 

「長門型戦艦二番艦の陸奥よ、よろしくね。マスターとこのお店のことは長門やほかの子達から聞いていて、食べに来るのが楽しみだったのよ」

 

 これはまた何というか……武人然とした長門さんとはタイプが違って、柔らかい物腰でどことなく色っぽい。そしてやはり衣装が露出多めで目のやり場に困る……

 

「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」

 

 二人なのでカウンターへと案内すると、陸奥さんに声をかけられた。

 

「ありがとう。本当はもっと早く来たかったんだけど、長門の都合がなかなか合わなくて……いい加減一人で来ようかと思ったわ」

 

「そう言うな陸奥よ、今日こうして連れてきたではないか。その分今朝のうちに店長殿にばっちり頼んでおいたからな、期待していいぞ。なあ店主殿」

 

 って、長門さん。そんなにハードルを上げないで貰いたい……一応満足してもらえるとは思うけど、改めてそう言われてしまうとちょっと……ねぇ?

 

「ええ、腕を振るわせてもらいますよ。それではさっそく用意してきますのでお待ちください」

 

 とりあえずそう言ってその場を離れ、料理を用意しに行く。まずはお通しで簡単なものから。

 

 今日のお通しは長芋とオクラの梅肉和えを用意した。

 

 拍子木切りにして軽く酢水にさらした長芋と、塩もみした後湯がいて斜に切ったオクラを、叩いた梅肉と薄口しょうゆで和える。それを小鉢に盛り、鰹節をかけて出来上がりだ。

 

 これを吹雪に頼んで持って行ってもらってる間に、次はムツの刺身を作ろうかな。

 

 刺身は二種類。あまり大きくないサイズを使ってお昼と同じように湯霜造りにしたものと、大きいサイズを使った普通の刺身だ。大きいものは皮を引いてから切るが、この皮も捨てずに使う。

 

 皮はおろす前に鱗を取っておいて、引いた後の皮を適当な大きさの短冊に切ったら、波うつように串に刺していく。そこに塩を振って焼くと、皮についていた脂が溶けだして軽く油で揚げたようなカリカリの食感になって、魚の皮好きにはたまらない一品になる。

 

「お待たせしました、クロムツのお刺身と皮の塩焼きです。脂がのっててうまいですよ」

 

「ほう!ムツか!脂ののったムツとは……美味そうだな」

 

 二人の所に刺身と皮焼きを持って行くと長門さんが陸奥さんの方をニヤニヤとした表情で見ながらそんなことを言っていた。

 

「あら長門、それはどういう意味かしら?もちろん魚のことよね?」

 

 言われた陸奥さんはそんな風に言い返すが、人を指して『脂がのった』と言えば働き盛りの魅力あふれる年代のことを指すことがあるから、褒める意味もあるけど……あれはあれで三十代くらいだしな。陸奥さんはそんな齢には見えないから、どっちにしろだめか。

「えーっと、まぁいいではないか。ほら、美味そうだぞ?さっきのお通しもサッパリしていてうまかったからな。いやがうえにも期待が膨らむというものだ」

 

「まぁ、いいわ。いただきましょう……あら!あらあら。おいしい!とろける脂が口いっぱいに広がって……こっちの焼いた皮もいいわね。さすがムツと名が付くだけのことはあるわ」

 

 うん、反応も上々。次の焼き物に移ろう。

 

 塩を振ってしばらく置いておいた大きめの切り身を焼き台で焼いていく。お昼にやったように皮目をパリッと、身はふっくらするように焼き上げていく。パチパチと脂が弾ける音を聞きながら、その横ではこの後作る味噌汁の出汁に使うためにおろした時に出た中骨も焼いていく。

 

 よし、できた。大根おろしを添えて、吹雪に持って行ってもらう。

 

 お次は煮物、最近でこそ高級魚になっているクロムツだが、関東では昔から煮物の定番として扱われた魚のひとつでもある。これに白飯とアラからとった出汁で作った味噌汁を添えて出す。脂ののったムツの煮付け……白飯に合わない訳がない。

 

 では、さっそく作っていこう。まずは鍋に薄切りにした生姜・醤油・酒・みりん・砂糖・水を入れて煮立たせる。煮立ったところで切り身を入れて落し蓋をして四・五分煮たら落し蓋を取り、五センチ位の長さに切った長ねぎを入れてさらに二・三分煮る。味見をした煮汁が、ちょっと濃いかな?くらいに煮詰まれば出来上がりだ。

 

 魚の煮付けは煮汁につけながら食べるので、そこまで長い時間煮込まなくても大丈夫。逆に煮込みすぎると煮崩れたりするので注意だ。

 

「いい匂いですね、店長さん。ご飯とお味噌汁よそっておきますね」

 

 ホールから戻ってきていた吹雪が気を利かせてくれる。今回の味噌汁は、シンプルに豆腐とねぎにした。だが、その表面にはムツのアラから出た脂の粒がキラキラと輝いており、一味も二味も違ったものになっているだろう。

 

「お待たせしました。クロムツの煮付けです。ご飯とお味噌汁はお替りありますんで、言ってくださいね」

 

「おお!やはり日本人ならばこれだな」

 

 そう言いながら長門さんがムツに箸を入れると、薄く色づいたた白身がほろりと煮汁の中に崩れる。彼女は続いてそのひとかけらを箸で取り、煮汁にちょんとつけて口へ入れる。すると長門さんは「んー!」と言いながら茶碗を手に取り、ご飯を掻き込んだ。

 最近分かってきた、何も言わずともわかる美味い時の長門さんの行動だ。

 

「あらあら、長門ったらはしたない」

 

 ちょっと呆れたようにそう言う陸奥さんが、最初に手に取ったのは味噌汁だった。ゆっくりとお椀を傾け口に含むと、驚いたように目を開きもう一口。その後豆腐をひと切れ食べて、ほぅと息をつく。

 

「……食堂で鳳翔さんや川内が作ってくれたお味噌汁も美味しかったけど、これはまた一段と美味しいわね」

 

「この味噌汁はムツのアラで出汁を取ったんですよ」

 

 その言葉に「なるほど」とつぶやきながら、再びお椀に口をつけた陸奥さん。隣では長門さんが、黙々と食べ続けていた。長門さんはあまり口には出さないが、美味しそうに食べてくれるので見ているこちらも嬉しくなってくる。まぁ、うちに来る艦娘の子達はみんなおいしそうに食べてくれるんだけどね。

 

 その後切り身がまだ残っていたので、気に入ったものをもう一度作ることにした。長門さんは煮付け、陸奥さんは塩焼きを注文し、二人はご飯と味噌汁も何回かお替りしつつ味わっていた。

 

 思う存分ムツの味を堪能し、食後のお茶を飲みながら長門さんが声をかけてきた。

 

「いやー、店主殿、今日も美味しかった。ごちそうさま」

 

「ほんと、どれも美味しかったわ。ごちそうさまでした」

 

 二人して改まってそう言ってもらえたので、ちょっと照れながらも頭を下げる。

 

「私あまり運がいいほうではないのだけれど、こうやって美味しいものが食べられるこの島で建造されたのは、運がよかったのかもね」

 

「そうかもな。ま、今後は他の鎮守府でも外の美味い物が食べられるようになっていくとは思うが、こうして他の所に先駆けて食べられるのはありがたい話だ」

 

 そう言って二人で顔を合わせて「ふふふ」と笑い合う。そんな風に言ってもらえるのはこっちとしてもありがたい話だね。

 

 帰り際、陸奥さんが店を出る時に「また来るわね」と笑顔で言ってくれて、思わずドキッとしてしまったが、振り向くと吹雪がジト目でこちらを見ていた……さーて、片付けしなくちゃ。

 




陸奥の味(誤字)

陸奥のあら(誤字?)



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