洋食が苦手という鳳翔さんに作り方教える予定でしたが……
ちょっと長くなったので分けます
とりあえず今回は前フリで……
「店長さん、今日からしばらくの間よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします鳳翔さん」
「そんな堅苦しい呼び方ではなく私のことは『鳳翔』と。こちらが教えを乞う身なのですから、敬語もおやめくださいな」
「じゃぁ、よろしくお願いしま……じゃなくて……よろしく頼むよ、鳳翔」
「……はい」
あー、そこで俯き加減で頬を染めないで……こっちが恥ずかしくなってくるから。
今の会話の通り、今日から鳳翔さんがうちの店に手伝いに来ることになったんだけど、ぶっちゃけ基礎はできてるみたいだし、直接教えなくてもレシピを見れば鳳翔さ……鳳翔なら洋食も作れると思うんだけどね。
ただ、本人の希望という事もあったし、店としても料理ができる人が手伝いに来てくれるのは助かるから、断る理由もない。
そして今日は初日にも関わらず、夜も明けきらぬうちから来てもらっている。その理由は鳳翔が市場を見てみたいということで案内するためだ。そして彼女の格好もいつもの和装ではなく、動きやすいパンツスタイルで来てもらった。さすがに汚れたら大変だし。
「なんだかこういった服装はなれていないので、違和感がありますね」
「たまには良いんじゃないですか?新鮮でなかなか素敵ですよ」
「あらやだ、店長さん。からかわないでくださいな。ほらほら、そろそろ行きましょう」
からかってるわけじゃないんだけど……まぁ、これ以上時間食ってもあれだから、そろそろ行こうかね。と、鳳翔に助手席に乗ってもらって走り出した。
これから向かう市場は、元々は今の鎮守府の場所にあったものを移設……というか新しく今のところに作り直したもので、広さはそれほど大きくないけれど新しいこともあって綺麗で使いやすい。仲卸の数は少ないが、昔からやってるところや干物や貝などに特化しているところ、本土からの荷物を専門に扱うところなど、ある程度住み分けもされていて特に諍いもなく運営されているようだ。
その市場には魚を扱うところ意外にも、包丁などの調理道具や肉類の卸もあり、ちょっと離れた所には青果市場もある。帰りにそっちもちょっと覗いていこう。
そんなことを鳳翔に説明しながら車を走らせると、ほどなく市場に到着した。車を止めて持ってきた長靴に履き替え、ジャンパーを羽織ったらさっそく市場に入っていく。隣を歩く鳳翔もどことなくテンションが上がっているようにも見える。
「まぁ!すごい活気ですね!なんだかワクワクしてきました!あ、でも、お店の方のお買い物は良いのですか?もしあれば……」
と鳳翔が聞いてきたので、大丈夫と笑って答える。何か面白いものが見つかれば買おうとは思っているが、基本的に定番メニューで使う食材は前日のうちにメールやファックスで契約を結んでいる仲卸に注文済みだ。品物は市場の共同配送サービスで配送してくれるので問題ない。
「だから、気になるものがあったらどんどん言ってね」
「はい、ありがとうございます!」
鳳翔はそれを聞いて安心してくれたみたいで、さっそくあちこちに視線を向けては色々とレシピを思い浮かべているみたいだ。
まずは見て回るだけにして一回りしたところで、鳳翔に声をかける。
「とりあえずこれで一周したけれど、何か気になる食材はあったかい?」
するとちょっと恥ずかしそうに答えを返してきた。
「ええ、正直気になるものが多すぎて……でも、思い浮かぶのが和食のレシピばかりなんですよね……」
んー、そんなに気にしなくても良いと思うんだけど。まだ初日なわけだし……
「それでいいと思うよ。というかうちの店は知ってのとおり、喫茶店とは名ばかりのなんでもめし屋みたいなもんだからね。いろんなレシピが浮かんでくるだけで十分さ。じゃぁ、せっかく市場に来たんだし、何か鳳翔の気になる物を買って行って、それで何か洋食メニューを作ろうか」
「わぁ、ありがとうございます!なんでもいいんでしょうか?……それでしたら……さっき見たことのないものがあったのでそれでもかまいませんか?」
鳳翔の言葉に頷きを返すと、彼女は俺の手を取って「こっちのお店です」と引っ張っていった。それにしても鳳翔の見たことない魚介か……実践はともかく、知識としては色々と食材のことも知っているって言ってたけど、それでも知らないってなんだろう?
「あ、ありました、このお店です……って、ご、ごめんなさい!お手を……」
いえいえ、むしろありがとうございます?と、鳳翔に連れられてきたのは貝類を専門で取り扱っている仲卸だった。そしてそのお店の前で鳳翔が「この貝なのですが……」と指さしたのは……なるほど、これか。
「あぁ、これは最近日本で増えてきた貝で、ホンビノス貝って言うんだ。確か東京湾ではかなり増えてて、扱いに困るくらいだって聞いたことがあるね」
鳳翔が気になったというホンビノス貝についてそんな風に説明していると、店のおじさんが俺たちの会話を聞いて声をかけてきた。
「らっしゃい。っと喫茶店のマスターか。さすがに良く知ってるね。ちょっと前の食糧不足の時は需要もあったんだけどね、それも落ち着いた今じゃ余り気味って話だ。食っちゃー美味いんだけど、やっぱりあさりだー蛤だーって方が馴染みあるからな。どうしてもそっちに流れっちまう」
なるほど、確かになじみは薄いかもしれないな。家庭じゃ使い道にも悩むんだろう。鳳翔も話を聞きながら、なるほどと頷いている……よし、じゃあこれを使っていくつか作るか。
「おじさん、コレ欲しいんだけど、いくら?」
「一応キロゴマルで出してんだけど、どうかな?」
「んー、でも余っちゃわない?サンマル」
「確かにな、でもサンマルはきついって!活かしで置いとけるしよ。じゃぁヨンゴー……いや、ヨンマルでどうだ!?これ以上は勘弁してほしいんだがなぁ」
おっ、一気に下げてきた。まぁ、流石にこれくらいの値段であんまり値切るのも良くないし、良いとこだろう。
「ありがとおじさん。じゃぁそれで……それと……その殻付き牡蠣ももらっていくよ。そっちはその値で良いからさ。三陸?」
「まいど!築地経由で三陸から送ってもらったんだわ。じゃぁ、その分少しおまけしとくからよ、今後ともよろしくな。そっちの姉ちゃんは艦娘さんだろ?多摩によろしくな」
三陸の牡蠣か……いいね。あんまり量が無いからランチには使えないか。すぐになくなっちゃいそうだな。
それにしても多摩はいつの間に仲良く……ってしょっちゅう顔出してるっぽいし、当然か。長門さんも知ってるみたいだし、仲良くやってる分にはいいのかな。まだ共配の朝の便が出ていないということで、今買った分も一緒に送ってもらうことにして、お店を離れる。すると少し歩いたところで鳳翔が声をかけてきた。
「店長さんすごいですね。今の貝お買い得で買えたんですよね?」
「まぁ、値切りなんて見せるのはちょっと恥ずかしいんだけどね。それに、もともとそれほど高くない品だからどうかと思ったけど……いけるかなって」
男ならバンと言い値で行きたいところだけど、少しでも仕入れ値を抑えたいというのが店舗経営の世知辛いところだね。その分別の品物も買って、いってこいってことで……
「いえいえ、値切れるところは値切っていいと思いますよ?流石にあまりしつこいのは私もどうかと思いますが、お相手の方も笑ってらしたということは、お互いに良い商売ができたという事ではないでしょうか?お店を経営するというのは見栄だけではできませんから」
鳳翔はそう言って笑顔を見せてくれた。うん、ありがたいね。
「よし、まだ時間もあるし、朝ご飯食べていこうか。場内に漁師さんや市場の人たちが行く食堂があるんだ。場所は変わっちゃったけど、昔からやってる店で美味いんだよね」
所謂『市場飯』ってやつで、量もあって安くてうまい。こないだ来た時に行ったけど、昔の味と変わってなくて嬉しかった。
「ぜひ食べてみたいです!行きましょう!」
朝も早かったし、少し歩いてお腹もすいたからね。笑顔の鳳翔と一緒に、気持ち早歩きになりながらそのお店へと向かって行った。
あれ?コレってデート?
鳳翔さんのパンツスタイルは皆さまのご想像にお任せします
(女性の服なんてわからん……とは言えない)
正直市場だけでここまで長くなるとは思いませんでしたが
その分次回は飯テロマシマシでお送りします……お送りしたいな。
お読みいただきありがとうございました