デートで市場飯って、どうなのさ~日向
歩き始めてそれほど時間もかからずその店に到着しのれんをくぐると、まだ朝早いにもかかわらず結構な数のお客さんで賑わっていた。いつもは適当にカウンターに座るのだけれど、今日は鳳翔がいるので奥まったところにあるテーブル席に腰を下ろす。
「さて、なんでも好きなもの頼んで。こんなところでなんだけど奢るからさ。まぁ、魚市場の食堂っつったら刺身系のイメージだけど、他のもうまいよ」
壁に貼ってあるお品書きを眺める鳳翔に、手を拭きながらそう声をかける。
「ありがとうございます。それにしても色々ありますね……店長さんは何になさるんですか?」
「俺はホルモン丼かな、これに生卵が最高の組み合わせでさ」
濃い目の八丁味噌で仕上げた甘めの汁にホルモンの脂とうま味が溶けだして、なんとも言えない深い味わいになっている。食べ進めるうちにたまに現れるこんにゃくがまたいい味を出している。
「ホルモン丼ですか……なかなかパワフルですね……でも、そうですね、朝早くから働いているとお肉が欲しくなります」
「ホルモンはちょっとヘビーかもしれないけど、お肉だったら牛丼も美味しいよ。ここは玉ねぎじゃなくて長ネギを使ってるから、他の所とはちょっと味わいも変わってくるし」
「じゃぁ、それにします……えっと、卵もつけちゃいましょうか」
そう言って鳳翔はふふふと笑った。それを見ながらさっそく注文すると、大して時間もかからずに注文の品が届けられる。
「え?もうですか?早いですね……ではいただきます」
この早さも特徴の一つだからね。せっかちな市場の人間向けならではというか、なんというか。
丁寧に卵を溶いてから回しかける鳳翔とは反対に、俺は肉とその上に盛ってあるねぎの真ん中を軽くへこませて、そこに卵を直接割り入れる。そして黄身を軽く崩したところに七味を振りかけて、レンゲを差し込み豪快にすくって口に運ぶ……んー、うまい。
「ふふふ、良い食べっぷりですね店長さん」
「おっと、これは失礼。女性の前でちょっとはしたなかったかな」
ついついいつもの調子で掻き込んでしまったが、嫌だっただろうか?
「いえいえ、私が同じようにやってしまったらはしたないでしょうが、殿方はやはりそうやって豪快に食べていただいた方が良いですよ。とても美味しそうで」
そう言ってくれた鳳翔はと言うと、彼女だけ別の店に来ているような上品な所作で食べていた。牛丼をそんなにきれいに食べる人は初めて見たよ。
「それにしても、この牛丼おいしいですね。お肉も柔らかいですし、おつゆもさらりとしていて食べやすいです」
この牛丼は元々先代が東京で食べたものをパク……参考にして作ったものだ。ただ、当時この島で簡単に手に入る肉と言えば安い赤身の肉ばかりなのに加えて、砂糖も高級品だったのをどうにか美味しくできないかと改良したものらしい。
出汁を強めに効かせて、砂糖は使わず醤油と酒、少量のみりんで長時間煮込むことで、筋張ってた安い肉もすじが溶けてトロトロになり、島の周りで取れた魚で取った出汁のおかげで島民好みの旨味が加わったという事らしい。
「なるほど、この一杯の丼にも歴史があるんですね。これだけの方に愛されるのも納得です」
俺の説明を聞いて、鳳翔が感心したところでそろそろ戻って開店準備をしましょうか。俺たちの会話を盗み聞きして、嬉しそうにニヤついている店主は放っておこう。
その後、ちょっと慌ただしく開店準備をして、開店を迎える。さすがに午前中はゆっくりと手ほどきを行う余裕もないので、営業に集中する。例のホンビノスもほとんど必要ないとはいえ、念のため砂出ししなきゃいけないしね。
それにしても、鳳翔のエプロン姿もなかなかいいね。自前の割烹着を持ってきてくれてはいたのだが、せっかくなので今までの手伝いの皆もつけていたエプロンで作業してもらったんだけど、これがまた似合ってるんだよな……っと余計なことは考えずに接客しなきゃ。
そんなこんなで午前中の営業を終えて、お昼休憩。鳳翔もこの時を待っていたようで、さっそくホンビノス貝を使って料理をしていくことにする。と言ってもまずは仕込みから。
たっぷりの水を入れた鍋に良く洗った貝を入れて煮ていく。火を通しすぎると硬くなるので、口が開いたところでお湯から上げて殻を外していく。半開きになった貝の口にスプーンを入れて少し回すと殻が開くので、後は殻のカーブにスプーンの丸みを合わせれば簡単に掻き出せる。数は多いがやることは単純なのでテキパキと終わらせてしまおう。
むき身ができたところで、一個鳳翔に勧めてみる。生食ができる貝ではあるけど、一応火も通っているし味を見てみよう。
「へぇ、初めて食べましたが、なかなか美味しいですね。蛤ほどではありませんが、それなりに旨味もあります」
「そうだね。和食であればこの茹で身を酢味噌で食べてもいいかもしれないね。後洋食ならカルパッチョとか」
さて、それではさっそく一品目を作っていくことにしましょうか。鳳翔には隣で見てもらって、レシピを説明しながら作っていく。
まずはじゃがいも・にんじん・マッシュルーム・玉ねぎを五ミリ角くらいに刻んでいく。ベーコンも薄切りにして、同じくらいの大きさに切っていく。続いて、バターをたっぷり溶かしたフライパンでそれらの野菜・ベーコンを炒めてから、小麦粉を少しずつ加えながら炒める。
小麦粉の粉っぽさがなくなったら、先ほどのホンビノスのゆで汁と白ワインを加えて煮立たせて、その後牛乳と剥き身を加えてひと煮立ち。最後に味を見て塩・こしょうで整えたら出来上がりだ。いろどりにパセリを散らしてもいいね。
「はい、ホンビノス貝を使う定番料理、クラムチャウダーの完成だ」
アメリカ原産のこの貝は、実はクラムチャウダーに使われる貝として、向こうでは有名だったりする。もしかしたら知らないうちにこれを使ったものを食べている人もいるかもね。
「これは……なんだかほっとする味ですね。具だくさんであったかくて、寒い時には最高ですね」
日本ではあさりで作ることが多いからそっちの味の方が馴染みあるかもしれないけど、これはこれで美味いんだ。さて、お次はこの貝でボンゴレ・ビアンコを作ろう。
作り方自体はあさりの時と同じ。オリーブオイルを熱してニンニク・鷹の爪の香りを出したところにホンビノス貝を入れて白ワインを振り、蓋をして蒸し焼きにする。アルコールが飛んで貝の口が開いたところで、茹で上がったパスタとゆで汁を加えてフライパンを煽りながらソースを乳化させて絡めていく。
味を見て塩で整え、お皿に盛ってパセリを散らしたら完成だ。あさりよりも大きいので見た目もボリューミーで食べ応えのある一品だ。もちろん、パスタを入れずにワイン蒸しとしても美味しく食べられる。
「今度はホンビノス貝のボンゴレだ。さ、食べてみて」
「はい、いただきます……ん!身がプリッとしていて美味しいです。ソースにも旨味がしっかり出ていて、パスタにもいい味付けになってますね」
「うん、よかった。メモを取ってたみたいだけど、作り方は大丈夫そうかな?」
「はい、大丈夫だと思います」
「それじゃ、今日のおススメに書き加えておくから、注文があったら作ってみようか」
鳳翔なら大丈夫。そう付け加えて笑いかけると、鳳翔もちょっと迷ったものの「がんばります!」と力強い返事をしてくれた。
その後、昼の賄いとしてパスタとクラムチャウダーを平らげた俺たちは、仕入れたホンビノスの半分はボンゴレやワイン蒸し用にそのまま残し、もう半分を茹で身にして殻を外していく。
その間も俺たちは「あの料理に使える」「こんな使い方はどうか」など、ホンビノス貝の使い方をあれやこれやと話していった。新しいレシピを覚えた鳳翔も、作ってみたくてうずうずしているのか、楽しそうな表情で作業を続けていた。
【ほうしょうはあたらしいレシピをおぼえた】
ホンビノス貝、まだまだ馴染みは薄いかもしれませんが
最近取り扱いも増えてきました
安い割に、結構おいしいです
お読みいただきありがとうございました