鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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今年の恵方は『南南東』らしいです


三十五皿目:福は内

 シャッシャッシャ、パタパタパタ。俺がしゃもじでご飯を切る音と、隣で鳳翔が扇ぐうちわの音と一緒に、うちわの風に乗って出汁とお酢の香りがあたりに広がる。

 

 今俺は鎮守府の食堂で、大量の酢飯と格闘中だ。

 

「にしても、こんなに大量に使うかなぁ?……使うよなぁ……」

 

「そうですね、一人一本じゃ足りないでしょうし……」

 

 いくつかの大きな桶に入った、もはや何合分かもわからない量の酢飯を作りながら鳳翔とそうつぶやく。今日は二月三日、節分にちなんで皆で恵方巻を作ることになり、店を午前中で閉めてこちらに来ているのだ。

 

「そう言えば鳳翔たちはあっちに参加しなくてもいいの?」

 

「ええ、私は初回に参加しましたので。それに、そろそろ戻ってくるのではないでしょうか?皆さんが戻ってくるまでに仕込みも終わらせなければいけませんし」

 

 俺が言った『あっち』というのは島の神社で行われる豆まきのことで、この島の神社でも避難以前から豆まき自体は行われていたが、今年は帰島して初めてという事や、艦娘達もいるのでかなり大規模に開催されるらしく、そこにみんな参加しているのだ。

 

 神社での豆まきは日本各地で昔から行われているが、深海棲艦の出現後の食糧不足が影響してか、家庭で豆まきが行われることはほとんどなくなってしまった。その代わりに各地の神社での豆まきが重要視されるようになってきたらしいが……。

 

 とまあそんな事情もありつつ、鎮守府からは豆まき係として艦娘たちが参加することになった。午前中から何回かに分けて全員で豆をまくということで、鳳翔は初回の豆まきに参加した後店に戻って手伝い、そのままこっちにきたという訳だ。

 

 そしてもう二人、豆まき後にこちらに合流してきた艦娘がいる。それが、今鍋に向かっている川内と、焼き台の前で咳込んでいる不知火だ。

 

「店長、ちょっと味見おねがい」

 

「うん、いいんじゃないか?出汁もしっかりとれてるし野菜のうまみも出てる。みんな喜んでくれると思うよ」

 

「やった!よかった」

 

 川内が作っているのは大根・ニンジン・ごぼう・里芋・とうふ・シイタケ・長ネギ・油揚げといった具沢山の醤油仕立てのけんちん汁だ。

 

 そして不知火が煙にやられているのが鰯の丸干し。この辺りで取れた中羽から大羽の鰯のワタを抜いて塩水に漬けてから一夜干しにしたもので、これをじっくり焼き上げている。

 

「店長殿……これはさすがに……ケホッ……」

 

「うーん、ちょっと一気に焼き過ぎかな、もすこし分け焼いても良かったんじゃない?みんなに渡す前に軽く温めなおすわけだし……どっちにしろ一回じゃ焼き終わらないでしょ?」

 

「そうですね……これは不知火の落ち度かもしれません……ケホッ」

 

 換気扇が回っているのでこっちまで煙は来ないけれど、目の前の不知火は大変だろう。その煙が邪気を払うから頑張って……涙目になっている不知火にエールを送っておく。

 

 そうこうしているうちに酢飯も仕上がったのでテーブルごとに小さな桶に分けて、濡れ布巾を被せておいて出番を待ってもらうことにする。続いてバットに恵方巻の具材を各種用意していくことにする。

 

 まずは基本的な太巻きの具材としてかんぴょう・きゅうり・シイタケ煮・でんぶ・玉子焼き・穴子・高野豆腐の七種類を使った縁起のいい七福巻。そして、まぐろ・サーモン・いくら・いか等海鮮太巻き用の鮮魚の巻き芯も用意した。

 

 他にも子供が好きそうなものってことで、ツナマヨやカニカマ、棒カツやエビフライなんかもあるので、何も食べるものが無いってことは無いと思う。

 

 あとは太巻きではないけれど、油揚げを煮た物もあるのでお稲荷さんも作れるようにしてある。これは俺が食べたかっただけってのもあるけど……こっそり茎わさびや針生姜を混ぜた酢飯も用意していたりする。うん、楽しみだ。

 

「とりあえずこんなもんかな」

 

「そうですね、足りなかったら……またその時に考えましょう。あと、その美味しそうなお稲荷さん私もいただけますか?内緒にしておきますので」

 

 もちろんです。鳳翔さん……と、さすがに量が量なので厨房内には置き切れず、食堂のテーブルにずらりと並んだ材料を見て感慨にふけっていると、食堂の外が騒がしくなってきた。どうやらみんなが帰ってきたみたいだ。

 

「たっだいまー!佐渡様の帰投だぜ!おっ、てんちょー、見てみてこんなに取れたんだ!いひっ」

 

 一番に入ってきた佐渡ちゃんがこちらを見つけて駆け寄ってきて、グレーの外套のポケットから、両手いっぱいのおひねりを取り出して見せてくれた。嬉しそうな彼女を良かったねと撫でていると、駆逐艦達を先頭に艦娘たちが帰ってくる。

 

「さぁ、みんなこっちよー、ちゃんとついてきてねー」

 

 駆逐艦に続いて長良ちゃんに連れられて入ってきたのは……おや?あれは島の子供たちか。

 

「あっ、店長さん。この子達も一緒にお願いします。神社で仲良くなって一緒に恵方巻作ろうってことになって。お母様方は今本館の方で司令官や秘書艦の方々とお話し中です」

 

 長良ちゃんが説明してくれたけど、そういう事なら大歓迎だ。と、その前に外は寒かっただろうから、あったかい物でも飲んでからにしようか。

 

 そう思ってあったかいミルクココアを作ってみんなに配っていると、一人の駆逐艦が寄ってきて横でこちらを見上げて来る。

 

「どーぉマスター?鬼っ子如月だっちゃ。ほらほら、お祓いしないと襲っちゃうかもしれないっちゃ」

 

「ちょっと如月ちゃん!マスターさんの迷惑になっちゃうから、だめだよぉ。それにその口調なんなの?」

 

「えー、だって司令官が鬼っ子になるならこの口調だって言ってたから」

 

 頭に鬼の角を付けた如月ちゃんがしなだれかかってきて、それを睦月ちゃんが止めに来ていた。というかさくらは如月ちゃんに何を教えてるんだよ……まぁ、かわいいけど。

 

 ただ、いかんせん見た目年齢的に『おしゃまな親戚の子がじゃれている』ようにしか見えないのがねぇ。俺はもう少し、こう、大人な女性が……。

 

……おっと、そろそろみんな一息ついたかな?じゃあ恵方巻作りに入ろうか!別にあちこちから冷たい視線を感じたわけじゃないよ?

 

 まずはお手本として、鳳翔や川内、不知火と一緒に四人でみんなに見せながら一本巻いてみる。太い標準タイプと、子供向けの細いタイプだ。

 

 この時に注意するのは欲張って酢飯や具材を入れすぎないこと。ついつい色々入れたくなる気持ちもわかるんだけどね。

 

 一通り作り方を説明した後は、みんなに食べたいものでそれぞれ作ってもらう。予想はしていたけれど、やっぱり普通の太巻きはあんまり人気ないね。その辺は俺たちで巻いていこうか。ま、自分の分を作ったら他のものも作ってもらうけどね。

 

 手の空いてる軽巡や重巡のお姉さんたちに監督してもらいながら恵方巻を作っていく。

 

「みてみてーなんだか魚雷っぽい!」

 

「ちょっと僕はそれ食べたくないかな……」

 

「これを使ってバトントワリング……どうかな黒潮姉ぇ」

 

「いや、無理やりダンス要素を入れんでもええんとちゃうかな。食べもんで遊んだらあかんで」

 

「これがニッポンのセッツブーンですね!」

 

「プリンツ、違う。節分。何度言ったら覚えてくれるの」

 

 そんな艦娘たちの声に混じって、島の子供たちの笑い声も聞こえてくる。仲良くなれて良かったね。

 

 恵方巻の起源だとか商業的な狙いだとかはさておいて、節分を楽しむツールとしては良い物なのは間違いないと思う。そんなことを感じる笑顔がそこかしこで見られた。

 

 視界の端ではそんな食堂の様子をカメラに収める衣笠さんと、子供たちに話しかけてはメモを取っている青葉さん。今回のことも記事にするようで、精力的に動いている。

 

 楽しそうにしているとはいえ、二・三本巻いたら子供たちは満足して飽きてしまうだろうから、その前に俺たちも加わって巻き終えてしまうことにする。まぁ、そのあたりは監督のお姉さんたちもうまくやってくれてるみたいだ。特に愛宕さんや古鷹さんは子供たちの扱いも上手いようで、保母さんの様に楽しませている。

 

「ちゃうちゃう、そこはこうやって……こうすんねん!」

 

「わー、りゅーじょーちゃん、すごーい」

 

「せやろ、伊達に発艦に使うてへんからな、太巻きならウチに任しとき!って、太巻きちゃうわ、巻物や!それと龍驤お姉さんや!頼むで、ほんま」

 

「みんないい?……これがノリツッコミ。それにちゃん呼びもしっかり拾ってる……流石龍驤さん」

 

「初雪……もう……言わんといて……」

 

 龍驤ちゃん一応立場的に監督側なんだけど……すっかり溶け込んでるな。まぁ、うん、楽しそうで何より。

 

 あらかた具材も巻き終えたところで、さくらがお母様方を連れて食堂に入ってきた。それに気づいた子供たちは、それぞれの母親を自分達のテーブルに呼んでは作った恵方巻を自慢している。あちこちから「ママ、見て見て!」「はい、これお母さんの分」という声も聞こえてきた。

 

「秀人ごめんね、急に人数増えちゃって。助かったわ、ありがとう」

 

「いや、こっちも楽しかったし構わないさ。それに川内達も来てくれたから準備もそれほど大変じゃなかったし」

 

 さくらがこっちにやってきてそんなことを言ってきたので、軽く返しておく。ま、こういうのもいいじゃないか。

 

 さて、揃ったところで、夕食にはちょっと早い時間だけどみんなで恵方巻タイムだ。

テーブルの上を片付けてお皿とけんちん汁、鰯の丸干しを配膳していく。飲み物はお茶の中に豆まきの豆を入れた福茶だ。これも縁起物として欠かせない。

 

 その後、さくらの音頭で食べ始めたのだが、いつの間にか始まっていた武蔵さん対長門さん対赤城さんの恵方巻早食い対決や、暁ちゃんが欲張って詰めた具材がほとんどこぼれてしまったりと色々あったけれど、なんといっても印象的だったのは最初の一本目をみんなで同じ方角を向いて無言で食べたことだろう。

 

 正しい食べ方かもしれないけど、あのシュールさはカメラを構えた衣笠さんに釣られてみんなが失笑してしまうのもしょうがないよね。

 




龍驤……頑張れ。
そして、今回は大人数なのでちょい役ですが
節分modeの佐渡様と如月を出せたので満足です。

文中で秀人も行っていたように昨今の恵方巻商戦に思うところはありますが
節分をイベントとして楽しむツールとしては悪くないとは思います

それに由来を調べるとなかなか面白い説も出てきますし……



お読みいただきありがとうございました

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