ある日の鎮守府その二と言うことで、小ネタを二つほど
それではどうぞー
その日多摩は久しぶりに港へ顔を出していた。
この島の艦娘たちの中でも無類の魚好きの彼女は、週に何回かこうして港へ顔を出す。そうしているうちに顔見知りも増えて、今では港や市場のアイドル……いやマスコットのような存在になっていた。なので、彼女が歩くとそこかしこから声がかかる。
「おう!多摩じゃねぇか。ずいぶんご無沙汰だったな」
「おいちゃんおはようにゃ。この一週間任務でちょっと遠くまで行ってたにゃ」
「多摩ちゃん多摩ちゃん、ひさしぶりねぇ。今日良いの入ってるから後でいらっしゃい。包んどくから、鎮守府の皆に持ってってあげな」
「おばちゃんいつもありがとにゃ。みんなよろこぶにゃ」
そんな会話を交わしながら市場を抜け、港へと到着するとちょうど漁船が帰ってきたところだった。多摩がその船の係留される様子を眺めていると船から声がかけられた。
「おーい!猫の嬢ちゃん。ちょうどよかった、ちょっと仕分け手伝ってくれや!いつもんとこには話通しておくからよ」
「わかったにゃ!それと多摩は猫じゃないにゃ!」
多摩の返しに船長はハッハと笑いながら船倉の水槽のふたを開け、岸にある水揚げ用のクレーンを誘導していく。クレーンの先についている網が水槽から持ち上げられると、その中には様々な種類の魚が入っていた。
それを女性陣が待ち構える仕分け台の上まで持って行き、網の搾りを開ければ、まだ日が昇り切らない薄暗い港で、照明の光に照らされて輝く魚体が次々と流れ出て来る。
「おー、今日も大量にゃ」
「あぁ、おかげさんでな。そら、どんどん行くぞ」
その後数回に分けられて船の水槽から水揚げされる魚を港の女性陣に混じって仕分けていく多摩。仕分け台から溢れんばかりの魚に自然と表情も緩んでくる。
他の船の水揚げもあってしばらく作業は続き、すっかり日が昇って明るくなったころようやく終わった。
「よーし、お疲れさん。後は俺たちの仕事だ。猫の嬢ちゃんもこれからお役目だろ?いつもんとこで朝飯食ってきな」
「船長ありがとにゃ!それと……いや、もういいにゃ」
そう言って多摩は手を振って『いつもの所』へ向かう。そこは秀人もよく行く場内の食堂、この間秀人が鳳翔と来た時は親父さんが切り盛りしていたが、今は市場の方に行っているのか女将さんだけだった。その店内に元気よく多摩が入っていくと、女将さんもすかさず挨拶を返してきた。
「おはようにゃー!」
「多摩ちゃんおはよう。話は聞いてるよ、今日もおまかせでいいかい?」
「うん、お願いしますにゃ」
そう言って、多摩はカウンターの一番端に座り、料理を待つ。この時間のこの席は半ば彼女の指定席の様にもなっており、他の常連客が店に来た時に、そこに彼女が座っていないと残念がる者もいるくらいだ。
「はいよ、おまたせ。今日は鰺のなめろうだよ。そっちの土瓶には出汁が入ってるからね、出汁茶漬けにしても美味しいよ」
目の前にお盆が置かれるなり、さっそく手を合わせて食べ始める。細かく叩いてなおプリプリの身と銀皮が光るなめろうを、最初はそのままでご飯と別々に食べていく。
「んー、おいしいにゃー。でも、いつもあれしか手伝ってないのに申し訳ない気がするにゃ」
「何言ってんだい。多摩ちゃんはこの後もお勤めでしょ?それに、来てくれるだけで市場が明るくなるんだ、それで十分だよ。ま、ここの男連中は単純だからね、多摩ちゃんみたいな若くてかわいい女の子と話せるだけで嬉しいのさ……ほら、お替りもあるからね、遠慮なんてするんじゃないよ」
女将さんのその言葉に笑顔で頷きながら、半分くらいご飯を食べたところで今度はご飯の上になめろうを乗せて、小鉢に入れられていた卵黄を落とす。それをなめろうと少し混ぜてご飯と一緒に口に放り込む。
「ふわー、しあわせにゃー。お替り、おねがいするにゃ」
そうやって一杯目のご飯を平らげたところで、お替りをもらう。二杯目はさっき女将さんの言っていた出汁茶漬けで食べることにした多摩は、ご飯の上に残りのなめろうを乗せると、その上から熱々の出汁をかけていく。
湯気と一緒に広がる、出汁と味噌と生姜の香りを楽しみながら、多摩はにやにやしながらご飯となめろうを混ぜていく。すっかり混ざったそれを茶碗に直接口をつけてはふはふ言いながら食べていく。
そのままお茶漬けを一気に食べ終えると、一息ついてお茶を飲み干してから店を出る。
「女将さんごちそうさま、おいしかったにゃ。それじゃ行ってくるにゃ」
「あいよ、いってらっしゃい。今度はお仲間も連れて来な。サービスするよ!」
女将さんや他の常連客に見送られて多摩が出ていくと、店内がにわかに活気づく。
「俺もなめろう定食ちょうだい!」
「あー、俺はさっき食っちまったけど……一杯だけなめろう茶漬けってできる?」
おいしそうに食べる多摩にあてられた常連客の注文が殺到する……これもまたいつもの光景だった。
お昼過ぎ、鎮守府本館前の広場で柔軟体操を行っているジャージ姿の二人の艦娘がいた。
「ねぇ、長良さん。今日はどのコースにするの?」
「今日はちょっといつもと趣向を変えて山の方に行って、トレイルランっぽいことをやってみようかなって。島風ちゃんやったことないよね?」
「うん、初めて聞いた!もしかしてさっき渡されたコレってそれ用の靴?」
「うん。昨日届いたばかりなんだけどね。とりあえず市街地まではいつも通り海沿いに走って、途中にハイキングコースの入り口があるから、そこから山を駆け上がるって感じかな。ってことではい、バックパック。ドリンクとテーピングとかのファーストエイドキットが入ってるから」
「おぅ!なんかかっこいい!ありがとう!」
そんな会話をする二人の後ろから声をかける艦娘がいた。
「長良お姉ちゃーん!島風ちゃーん!良かった、まだ出発してなくて。はい、これ」
小走りで二人に近づいてきた阿武隈が、持っていた手提げから二つのタッパーを差し出した。
「どうしたの阿武隈ちゃん。これから出撃じゃなかった?」
「うん、そうなんだけど、お姉ちゃんたちが走りに行くって聞いたから、ちょっと時間をもらって作ってきたの。店長に教わったおにぎりスティックだよ。走ったらお腹減ると思って……二人で食べて」
「うわー、ありがとう!一応行動食は持ってきたけど、これに比べちゃうと魚のえさね!」
「ありがとう!阿武隈ちゃん!にひひ、食べるの楽しみー」
お姉ちゃんには『さん』なのに、なんで私は『ちゃん』なんだろうと思いながらも、二人の嬉しそうな表情に阿武隈も笑顔で「いってらっしゃい、気を付けてね」と手を振り見送ると、二人も手を振り返し、鎮守府を飛び出していった。
鎮守府を出て走り慣れた道を一気に市街地まで駆け抜けると、二人は予定していたハイキングコースへと入る。トレイルランと言うには整い過ぎた道かもしれないが、初心者の二人にとってはちょうどいいらしく、颯爽と駆けていく。
「長良さーん、おっそーい!早く早く!」
「島風ちゃん、山道はペース守っていかないとばてちゃうよ。それに足元も不安定なんだから」
初めての山道にテンションが上がっているのか、ハイペースで進む島風を長良は窘める。
「だいじょーぶだいじょーぶ!だって島風だも……おぅっ!?」
長良に注意されて、そんな風に返そうとしたところでちょっとした段差に躓きそうになる島風。何とか踏みとどまるが、流石に肝を冷やしたのか大人しく長良の後ろについてペース落とすことにしたようだ。
とは言え、艤装をつけていなくても身体能力の高い艦娘なので、普通の人間に比べてかなり速いペースで山道を走っていく二人。程なくして視界の先に木々が切れて広場の様になっているところが現れた。
「見えてきた!島風ちゃん。あそこだよ!ラストスパートッ!」
「よーし!島風いっきまーす!」
ここまでくれば、もう道も平坦で危ないところもないということでペースを上げる二人。まるで風のような速さで木々の合間を抜けると、そこは木製のベンチとテーブルが置いてある小さな見晴らし台になっており、遠く水平線まで見渡すことができるようになっていた。
「わー、これはすごいねー」
「うん……あっ、ねえあれって阿武隈ちゃん達じゃない?」
そう島風が指さす先には大海原を単縦陣で進む艦娘の姿があった。さすがにこの距離から顔まで見えるわけではないが、恐らく島風が言う様に阿武隈達なのだろう。
「そうだ、阿武隈ちゃんの作ってくれたの食べよう!ほら、長良さんも!」
島風は長良の手を取り、ベンチへと連れていき腰を下ろすと、バックパックの中から出発前に阿武隈に手渡されたタッパーを取り出した。
その中には、一本一本はそれほど大きくないが食べやすいように棒状に握られ、ラップでくるまれたおにぎりスティックが並んでいた。
「にひひっ、おいしそう!」
「ほんとだ。料理を教わったとは聞いてたけど、こんなにきれいに作れるようになってたんだ……」
「ほらほら、早くたべようよ。はい、お手拭き」
二人は手を拭うと、思い思いのおにぎりに手を伸ばしていった。
多摩が市場に出入りしていることについて、ある人からコメントをもらっています
「迷惑になってなければ良いクマ。でも、後でお礼を言いに行ってくるクマ」
トレーニング好きの長良とスピード狂の島風
走るということに関して意外と話が合いそうだと思い組ませてみました
お読みいただきありがとうございました