よし、こんなもんかな。これでうまく漬かってくれるはずだ。明日の夜を思い浮かべてニヤニヤしながら、冷蔵庫にタッパーをしまう。
今仕込んでいたのはさわらの西京漬け。前の店で使っていた味噌を取り寄せることができたので、市場でさわらを仕入れてきてさっそく漬け込んでみた。これから一日漬け込んで明日にはいい感じになっているだろう。
作り方は簡単。西京味噌を酒とみりんでのばして作った味噌床に、軽く塩を振ってしばらく置いて身を引き締めたさわらの切り身を漬け込んでおくだけ。魚でなくても肉や野菜でも美味しくできるんだけど、やっぱり最初は魚でやりたかったんだよね。
「そうだ鳳翔、明日の夜は千歳さんと千代田さんだったけ?確か予約の時に聞いたのは日本酒をメインで楽しみたいってことだったと思うけど」
「はい、そうですね。あのお二人は日本酒がお好きです。それとおつまみも魚介中心でというリクエストでした」
よしよし、それじゃこれもおつまみの一つに加えよう。
実は最近新しいことを始めていて、アルコールの仕入れ体制が整ってきたので週に何回か通常営業の終了後、特別営業を行っている。とは言え、酒の量も限られている上にこの店のメインはあくまで喫茶店ということで、そちらに影響が出ない程度に一日一組限定で予約のみとしている。
その特別営業が明日の夜で、予約のお客様が千歳さんと千代田さんという訳だ。ちなみに、ありがたいことに予約は当分先まで埋まっていて、そのほとんどが艦娘の皆だったりする。まぁ、これまで何回か目にした加賀さんなんかの飲みっぷりを見ていると、なるほどなって感じもするね。
さて、まだ休憩時間に余裕はあるし、鳳翔と相談しながら明日の酒の肴でも決めますかね。
という訳で、翌日。通常の営業を終えて、ちょっと休憩を挟んだ後特別営業の開始だ。いくつか照明を落として薄暗くするだけで、グッと店内の雰囲気が変わって小洒落たバーか飲み屋と言った感じだ。
「こんばんはマスターさん。今日はよろしくお願いしますね」
「こんばんは!お姉と一緒に来るの楽しみにしてたんです。美味しい物お願いしますね!」
赤い袴にジャケットと言う和洋折衷な揃いの衣装のこの姉妹は、おしとやかなお姉さんと活発でお姉さん大好きな妹さんという組み合わせで、見てるこっちもほのぼのして来る。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
カウンター席へ案内して、さっそくお酒と一緒に用意していたお通しを出して楽しんでもらう。
今日のお通しは今が旬の蕪を使った煮物だ。皮を剥いて葉を取った蕪を四つ切にして、出汁・醤油・みりんを煮立たせたところに入れて炊いていく。蕪に竹串がスッと入るくらい柔らかくなったところで、三・四センチくらいに切った蕪の葉と熱湯をかけて油を落とした油揚げを入れてひと煮立ちさせたら出来上がり。小鉢に入れて持って行く。
「まずはお通しで、蕪と油揚げの煮物です」
「ありがとうございます。いただきますね…………あぁ、優しいお味ですね」
「いただきます……ふぁ、おいしい。お酒とも……うん、ばっちり」
よかった。じゃぁ二人の対応は鳳翔に任せて、次のおつまみを作ろうかね。
次は刺身、カワハギの薄造りだ。この時期のカワハギは肝が大きく育ってパンパンに膨らんでいるので、この肝をラップでくるんで蒸したものを、刺身の横に適当な大きさに切って添えてある。そのまま醤油をつけて食べても美味しいし、醤油に溶いて刺身をつけて食べても美味しい。まさに旬の味だ。
「どうぞ、カワハギの薄造りです。肝はお好みで醤油に溶いてお召し上がりください。こちらが醤油、こちらがポン酢です」
ここで一旦料理の手を止めて、ゆっくり楽しんでもらうことにする。二人の様子を見ていると、千歳さんはまず刺身で浅葱と紅葉おろしをくるんでポン酢につけて口に運んだ。
「あぁ、さっぱりしているのに、噛むと魚の旨味が感じられて……紅葉おろしのピリッとしたのがそれを引き立ててますね」
対して、千代田さんは肝を醤油に溶いて食べていた。
「うわ、この肝の濃厚さ、クセになりそう。お姉、こっちも美味しいよ」
うん、どっちの食べ方も美味しいよね。笑顔で食べてる二人を見て、俺もほっと一息ついていると、千歳さんが真剣な様子で声をかけてきた。
「あの、マスターさん。マスターさんは『器用貧乏』ってどう思われますか?」
器用貧乏か、言ってしまえば俺も器用貧乏なんだけど……
「器用貧乏って言っちゃうとネガティブな言葉だけど、なんでもできるとかオールラウンダーって考えると良いことだと思うよ?でもどうして?」
「あの、私達がどちらかと言うとそう言うタイプなので……空戦では空母の方々、開幕雷撃ではまだいらっしゃいませんが雷巡の方々、砲撃戦はもとより夜戦でも駆逐艦の方々に後れを取ってしまいますし……そうなると私たちが艦隊にいる意味と言うのが……」
「んー、俺には海戦のことはよくわからないんだけど、確かに一つ一つを見ちゃうとその専門家には負けるかもしれない、でもその全部に参加できるってことですよね?その手数の多さは武器になるのでは?」
俺の料理も、それぞれの専門店に比べれば劣るかもしれないけれど、その分お客さんのどんな注文にも材料さえあれば対応できるって自負はある。それこそ一品目は和食、二品目に洋食、三品目に中華で食後のコーヒーっていう注文もこなせるからね。ま、料理屋と海戦じゃ比較にならないと思うけど。
一発一発の威力はかなわなくても、二人の攻撃が加わることでダメ押しになったり、けん制になったりするんじゃないかな?
と、俺の言葉を聞いて千歳さんは「なるほど」と考え込んでしまう。そんな彼女に声をかけたのが千代田さんだった。
「そうだよお姉!私たちの強みはどんなことにも対応できる万能性なんだから!確かに装甲とか回避とかいまいちかもしれないけど、いっぱい訓練して練度を上げれば対応できるはずよ!」
「そう……かもしれないわね。ありがとう千代田。マスターに鳳翔さんもごめんなさい、情けないところを見せてしまって。美味しい料理とお酒でもう酔っちゃったのかしら?」
そう言って千歳さんは頬に手を当て「ふふふ」と色っぽく笑った。これといった事は言えてないけど、少しは気が楽にになってくれたのかな。とりあえず話の区切りもついたし、次の料理に移ろうか。
次はちょっと趣向を変えて、洋風のおつまみとして仕込んでおいた自家製のオイルサーディンを持ってくる。
頭とワタを取ったしこいわしを、ニンニク・ローリエ・ローズマリー・鷹の爪と一緒に低温のオリーブオイルでじっくり煮ていく。ワインなど洋酒のつまみになることが多いオイルサーディンだけれど、結構日本酒にも合うんだよね。
これはそのまま食べてもいいし、醤油をちょろっと垂らしてみたり、マヨネーズをつけて食べたりしても美味しいので、小皿にそれぞれ入れて持って行こう。
「お次は自家製オイルサーディンです。お好みでこちらをつけてどうぞ、そのままでも美味しいですよ」
すると、鳳翔がその料理に反応した。
「あら、店長さんいつの間に仕込んでいたんですか?」
「ん?昨日の夜、鳳翔が帰った後にね」
「よかったら鳳翔さんも食べてみませんか?すっごくおいしいですよ」
俺たちの会話を聞いて千代田さんがそんな風に言ってきた。横で千歳さんも頷いているので、鳳翔もご相伴にあずかることにしたようで「それではいただきます」と言いながら、千代田さんが差し出したお皿から一匹箸でつまんで口に運ぶ。
「あ、柔らかい。全然骨が気になりません。それにニンニクとハーブの香り、唐辛子の辛味が後を引きます。これは日本酒にも合いますね」
その後千歳さんに勧められたお酒は断っていたが、お客さんに勧められたら一杯くらい構わないんだけどね、俺ももらうことあるし。何よりこの時間は俺の趣味みたいなもんだから、鳳翔も二人と一緒に並んで呑んでたっていいんだけど。
では、そろそろ最後の料理に移ろうかな。最後は焼き物、昨日漬けておいたさわらの西京漬けだ。
これは焼き台よりもフライパンの方が焼きやすいかもしれない。揉んでしわを付けたアルミホイルをフライパンに引いて、そこに味噌を軽く拭き取った切り身を乗せる。両面に焼き色を付けたら日本酒を少量振りかけ、蓋をして蒸し焼きにしていく。付け合わせにこんがり焼いたしし唐を添えて出来上がり。
「お待たせしました。さわらの西京焼きです」
「わぁ、お味噌のいい香り。これは……あの、マスターさん、白いご飯はありますか?」
「あ!マスター私も!」
「はい、どうぞご飯とお味噌汁です」
二人からそんなセリフが出たところで、鳳翔がすかさずご飯とお味噌汁を二人の前に置いた。こんなこともあろうかと用意しておいたんだ、この西京焼きにはご飯は欠かせないと思ってね。
「あぁ、しっかり漬け込まれたさわらとご飯……この組み合わせは間違いないですね」
「お姉、お姉。このしじみのお味噌汁も美味しいよ、なんだかこう、体に沁みわたるー!って感じ」
飲んだ時のしじみの味噌汁ってたまらないよね。ほんと千代田さんの言う通り体に沁みわたる感じ。
ご飯を頼んだところで二人としてもお酒は終わりのようで、さわらとご飯を楽しんでいる。まぁ、まだ夜も長いし、もうしばらくゆっくりしていってもらおう。
限定的ではありますが、秀人の店でもアルコールの提供が始まりました
これで飲兵衛ネタができるようになりましたね
そして水上機母艦の運用ですが
ゲーム内では遠征や6-3、イベント等のルート固定、編成制限の時の制空(補助)要員
等々活躍の場は広いと思います。しかし、この世界ではなかなか思うところもあるようで……
今後の活躍に期待ですね。
お読みいただきありがとうございました