鎮守府島の喫茶店   作:ある介

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ホットサラダとかいうお洒落な響のメニューが似合いそうな彼女です


四十皿目:寒い日にはホットサラダ

「うー、今日は寒いな……」

 

 本州の南に位置するこの島は、冬でも比較的暖かい日が多いのだがそれはあくまで『比較的』というだけで、単日で見れば寒い日は寒い。

 

「だめよ、そんなんじゃ。そろそろお店開けなきゃいけないんだから、シャキッとしてね」

 

 お母さんに怒られてしまった……いかんいかん、雷に言われた通りシャキッとしないとな。さぁ、開店だ。

 

「さっぶー……あったかいお茶ちょうだい」

 

 すると、入ってくるなりそんなことを言いながら、さくらはカウンターに突っ伏した。一緒に入ってきた榛名さんがため息をついている。

 

「もう、鎮守府に戻ったらしっかりしてくださいよ?執務室でそんなことしていたら金剛お姉さまに叱られますからね」

 

「わかってるわよ、今だけ今だけ。朝ご飯食べたら力出て来るからさ。秀人、日替わり一丁!」

 

 二人に熱いお茶を出しながらさくらの注文を「はいはい」と聞きつつ、榛名さんにも注文を聞くと彼女は何やら悩んでいるようだった。

 

「榛名は厚切りトーストで……お野菜も食べたいですが……ちょっと寒いですよね。どうしましょうか」

 

 今日の寒さじゃちょっとサラダは冷たいよね。とは言えトーストだけっていうのも味気ないか。

 

「それなら、ホットサラダにしましょうか?その名の通りあったかいサラダなんですけど……」

 

「それは良いですね!お願いします」

 

 「かしこまりました」とその場を離れ、まずはさくらの朝定から作っていく。実のところさくら以外にも朝食に和定食を注文する人は多いので、その日の仕入れで変わる日替わり焼き魚定食を用意してある。

 

 今日の焼き魚は鮭の加工品を専門に扱う業者から仕入れた『沖漬の本チャン紅鮭』だ。道東で獲れた本チャンと呼ばれる紅鮭を、獲れてすぐに船の上で処理をして塩につける沖漬で作られている塩鮭で、昔ながらの塩辛さながらも紅鮭の旨味が楽しめる一品になっている。

 

 自前で鮭が獲れないこの島では、昔から鮭と言えばこういった塩鮭がほとんどだった。正直子供の頃はただしょっぱいだけで、おかずとしてはハズレだと思っていたのだけれど俺もさくらもこういう物をおいしいと感じる齢になったって事なのかな。

 

 そしてこの鮭を焼いている間に、雷には味噌汁を作っておいてもらう。今日の味噌汁はねぎと豆腐、これも体が温まる一品だ。定食にはこれに加えて、小鉢としてごぼうとにんじんのきんぴらときゅうりの漬物がついてくる。お盆にひとまとめにして持って行ってもらおう。

 

 続いて榛名さんのホットサラダを作る。ホットサラダは焼く・茹でる・蒸すといった作り方があるが、今回は焼きで行こうと思う。と言っても、鮭を焼く前にすでにオーブンに入れたので、既に焼きあがっている。

 

 今日使ったのは、スナップエンドウ・ミニトマト・エリンギ・アスパラ・ベーコンだ。これらを食べやすい大きさに切って天板に広げてオーブンで焼く。サラダボウルに移し、塩・コショウ・オリーブオイルを和えて最後に粉チーズを振れば出来上がりだ。トースト、スープと一緒に持って行こう。

 

「お待たせしました。ホットサラダのトーストセットです」

 

「これは……素敵です!榛名、いただきます!」

 

 榛名さんはフォークに刺したまだ熱い野菜をふうふうと冷ましてから口へと運ぶ。

 

「おいしい!シャクシャクとした食感と、トマトの酸味がいいですね。ジューシーなベーコンとチーズが良く合ってていい感じです。何より寒くても美味しくお野菜が食べられるのはいいですね」

 

 まぁ、どうしてもこういう日は冷たい野菜には手が出にくいからね……これなら作るのも簡単だし、野菜を変えたりいろんなドレッシングを使ったりと飽きも来にくいからいいよね。

 

「さくらはどうよ、焼き鮭しょっぱくないか?」

 

「んー、これくらいの方がご飯が進んでいいんじゃない?あ、二杯目はお茶漬けにしたいからお茶お願い」

 

 さくらに感想を聞いてみたら、言葉だけでなく茶碗も一緒に差し出してきた。仕方ないなぁと茶碗を受け取り、厨房に戻ってご飯をよそってお茶を入れ、軽く炙ったもみ海苔・刻みねぎと一緒に持って行く。

 

「さっすが秀人わかってるわね!」

 

 それらお茶漬けセットを受け取ったさくらは、嬉しそうな顔でほぐした焼鮭・海苔・ねぎをご飯の上に乗せてお茶を注いでいった。

 

 さて、こっちはほっといて榛名さんは大丈夫かな?と見て見れば、こちらも美味しそうにトーストを両手で持ってもぐもぐしていた。榛名さんは千切らない派だったんだね、ちょっと意外かも。

 

 と、ここでさくらにちょっと気になったことを聞いてみた。

 

「そういや今日は珍しく一人じゃないんだな。いつもは一人で来るのに」

 

 すると、榛名さんより一足早く食べ終わったさくらが、お茶を飲みながら答えた。

 

「あー、今日はちょっと早めに仕事始めてたからね。で、ひと段落着いたところで手伝ってもらってた榛名と一緒に朝ご飯を食べに来たって訳」

 

 話を聞くと、以前からの秘書艦である金剛さんとは別に、第二秘書艦という彼女の補佐をする艦娘のローテーションが組まれることになったらしい。なるほど、前に霧島さんが嘆いていた人手不足の対策か。それで余裕も出てきてこうして朝ご飯を食べにくる余裕も出てきたのかな?だったらいいんだけど……

 

「そう言えば、さっき出てくるときに駆逐艦たちが騒いでた気がするんだけど、榛名何か聞いてる?雷でもいいんだけど」

 

「いえ、榛名はなにも……」

 

 と、さくらと榛名さんが首をかしげていると、隣にいた雷が説明してくれた。

 

「それなら、今日の午前中にみんなで育ててた小松菜を収穫するからって、朝から暁がはしゃいでたわよ。珍しく響もテンション高めだったわ」

 

 へぇ、いよいよ収穫か。響までテンションが高かったってことは、良い感じに育てられたのかな?

 

「じゃぁ、収穫したらうちに来るのかな?」

 

「ええ、予定が空いてる子から順番で来るってことになってるわ。今日はうちの姉妹と時雨・夕立・島風が午後の訓練が終わってから来る予定よ。他の子は明日の出撃の準備があったり、遠征で外にでちゃったりするんだって。午前中空いてる子は収穫には参加するけどね」

 

 ってことは、一番最初のメンバーか。駆逐艦の中では古株だね。みんなが来るまでに何を作るか考えておかないとね。雷の説明にそんなことを考えていると、さくらと榛名さんも口を開いた。

 

「あら、いいわね。でも、そういう事なら言ってくれれば予定を調整したのに」

 

「ええ、せっかくですから皆さん一緒に来られるようにしましたよ?さすがに今からは難しいですけど、前もって言ってくださればよかったのに」

 

 そんな二人の言葉を聞いて、雷はちょっと苦笑いしながら話始めた。

 

「それなんだけどね、この間いつ収穫するかをみんなで相談したんだけど、実際に司令官とか艦隊の管理をしてる長門管理艦に話してみようって意見も出たのよ。でも、うちの暁が『暁たちの本業は深海棲艦との闘いよ。そこに影響のない範囲でってことで空き時間に畑をやらせてもらってるのに、そんなわがままを言う訳にはいかないわ!決まっているスケジュールの中でやりましょう!』ってね」

 

 はぁー、やるなぁ暁。なんだかお子様なところが目立つけれど、伊達に長女じゃないって事か。するとそれをきいたさくらが優しい表情で言った。

 

「そっかぁ……私としては戦いとは関係ないところも色々経験してほしいから、そういうわがままは大歓迎なんだけどなぁ。もし加賀や長門が反対しても説得するし」

 

「そうですね。でも、加賀さんも長門さんも、金剛お姉さまだって反対しないと思いますよ?特に長門さんはだいぶ暁ちゃん達のことを気にしていた様ですし」

 

「司令官も榛名さんもありがとう。でも、暁の言葉を聞いて私たちも納得したのよ。だから、リーダーになっていた暁と時雨が参加できる今日にしたの。でも、そうね、今度は前もって相談してみようかしら」

 

 なんつーか、みんな優しいよね。さくら達もそうだけど、暁たちもちゃんと考えてる。でも、駆逐艦の子達が戦いのことばかり考えてるっていうのも、艦娘としての矜持みたいなものがあるとしてもちょっと寂しいからね。さくらの言う通りもっと関係ないことを経験してほしいな。

 

 ま、そのためにうちとしてもお手伝いって形で受け入れてるわけで、これからもどんどん来てもらいたいね。島の人たちにも好評だし。

 

「そういう事なら今日来る予定の子達は早めに上がれるようにしてあげましょうか」

 

「そうですね。彼女たちの今日の予定は湾内での訓練だったと思うので、天龍さんにそれとなく話しておきましょう」

 

 そう言って二人は立ち上がると、鎮守府へと戻っていった。そっか、採れたてを食べられないのは残念だけど、後から来た子達も美味しく食べられるようなメニューを考えておかなきゃ。

 

 二人が帰った後の食器を片付けながら、俺はそんなことを考えていた。

 




榛名はオサレなカフェメニューが似合いそう

そして暁の何気ないオトナな部分が垣間見えました
本人はいませんが……



お読みいただきありがとうございました

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