という訳で、その日の夜。
そろそろ暁たちが来ようかという頃、他のお客さんの注文もひと段落したので、ホールを雷に任せて彼女たちに出す料理の下ごしらえを行っていた。
始めに小松菜を育ててるって聞いた時は「ずいぶん渋い野菜を選んだな」と思ったもんだけど、その後の話を聞いたり少し調べてみたりすると、最初に相談したという元農家のおじいさんも勧めるのも納得だなと感じる内容だった。
この時期でも平均気温がマイナスにならないこの島では、冬でも育てられる野菜はそこそこあるが、その中でも初心者が育てやすい物っていうのがこの小松菜とほうれん草なのだそうだ。
虫が付きやすいという難点はあるけれど、そこに気を付ければ一か月程度で収穫まで持っていける。そしてほうれん草に比べてアクもなく、クセも少ないってことで小松菜を選んだのだろう。
さてこの小松菜、先ほど言ったようにアクが無いので下茹での手間もなく、いろいろな料理に使える。それこそ、適当に切ってバナナと一緒にミキサーにかけるだけでスムージーとして飲めるくらいに使い勝手もいいのだけれど、今日何を作るかは一応考えてある。
シンプルにそのものを味わえるおひたしは必須として、その他に何をどれだけ作るかは持ってきてくれた量にもよるんだけど。とまぁそんなような事を考えていると……
「マスター!みんなが来たわ!」
と、雷が厨房の入り口から顔を覗かせて声をかけてきた。さてさて、どんな感じで収穫できたのかな?
「店長さん、見て見て!いっぱい育ったっぽい!」
「島風も手伝ったんだから、当然よね」
そう言いながら運んできた二人が見せてくれた収穫用の黄色いコンテナの中には、大きさに差はあれど、青々とした葉をピンと伸ばした小松菜が、隙間なく詰められていた。これはなかなか……
「おー!これは凄いな!こんなに採れたんだ。がんばったね!」
「うん!夕立頑張ったっぽい!店長さん、褒めて褒めてー」
「あー!ずるーい、島風もー」
なんとなく見えないしっぽを振っていそうな二人の頭を撫でていると、暁と時雨がいないことに気が付いた。あれ?と思いながら見渡すと、目が合った響が説明してくれた。
「暁と時雨なら後から来るよ。私たちの代表として指導してくれたおじいさんの所にお礼に行ってるんだ。収穫のおすそ分けを持ってね」
なるほど、そういうのは大事だよね。その教えてくれたおじいさんも喜んでくれるだろうね。
「ほら、みんな。立ち話は他のお客様にも迷惑になるから、とりあえず空いてるところに座ってちょうだい」
後ろから雷がそう言ってきたので、夕立と島風からコンテナを受け取ってみんなには座ってもらう。と、ちょうどその時、暁と時雨が店に入ってきた。
「マスター、こんばんは。ごめんなさい、遅くなってしまったわ」
「お邪魔するよ。今日はありがとうマスター」
「いやいや、気にしなくていいよ。それより、畑仕事を教えてくれたおじいさんのとこに行ってきたんだって?喜んでくれたかい?」
後から入ってきた二人を席へと促しながら、お礼を言いに行ったというおじいさんの様子を聞いてみた。
「うん!とても喜んでくれたわ!また次のじゃがいもの時も手伝ってくれるって!」
「少ないけれど、収穫したものを渡したらその場でちょっと味見をしてね……おいしいって言ってくれたよ」
二人がそう言って笑顔を見せると、駆逐艦の子だけでなく他のお客さんからも「良かったね」というような言葉と共に笑顔が向けられた。それを聞いたみんなは驚いたり、照れくさそうだったりしながらも、笑顔をくれた人たちに嬉しそうに頭を下げていた。
さて、延々とこうしててもしょうがないので、みんな揃ったことだし、さっそく料理を作ってこようか。そう思い、雷に目配せをして厨房へと下がっていく。
彼女たちが持ってきてくれた小松菜を手に取って改めて見てみると、虫食いや病はほとんど見られなかった。
「これって農薬とか使ったの?」
「んー、あれは農薬になるのかしら?なんか、農業施設の施設長さんにも話を聞きに行ったんだけど、研究段階のもので完全天然由来成分で作ったものがあって、それを使って感想を聞かせてくれないかって言われたの。私たちも役に立つならって思って使ってみたんだけど、ごらんの通り効果はバッチリだったわね」
一緒に厨房へ戻ってきた雷に聞いてみると、そんな説明が返ってきた。
へぇ、そんなものがあるんだ……でもそれがあったにしても、これだけ綺麗に仕上げるには、とても丁寧に作業していたのだろうということは感じられた。
もちろんそれ以外にも、虫が少ない冬場に育てたことや、収穫した時点でおかしいものは取り除いてから、ここへ持ってきているって事もあるのだろうけど、それも込みで大したもんだと思う。後で、あっちの子達にも育てているときの様子を聞いてみようかな。
それにしても、明日以降に来る子達の分も取っておかなきゃいけないんだけど、これだけあったら色々つくれるなぁ……と、状態を確認したところで一品目のおひたしから作っていこうと思うのだけれど、これは雷に作ってもらおうかな。
「え?良いの?わかったわ」
作ると言ってもすでに出汁は引いてあるから簡単だ。まずは小松菜を流水で洗って土やほこりをきれいにしたら、沸騰したお湯に茎の方から入れていき二分ほど茹でる。茹で上がったら冷水で締めた後しっかり絞って適当な大きさに切り、出汁・醤油・みりんと和えて器に盛って鰹節を乗せたら出来上がり。
茹でて更に鮮やかになった緑がきれいだし、ちょっと味見をしてみたけど見た目も味も、普通に売っているものと遜色ない物だった。
「さぁ、まずはおひたしで食べてみて」
そう言ってみんなの前に一人分ずつ小鉢に入れたおひたしを並べていく。皆で顔を見合わせた後、まず箸をつけたのは暁と時雨のリーダー二人だった。
「あぁ……これを僕たちが作ったんだね……」
時雨は目を閉じてしっかりと噛みしめながら、何かを感じているようだった。そして暁は、野菜が苦手ということもあって、ちょっとおっかなびっくりといった感じで口に運んでいた。
「はむっ……あ、おいしい。ちょっと青臭い感じはするけど、おいしいかも」
よかった、暁も食べられた。確かに小松菜は青臭いと感じる人もいるから気にはなってたんだけど、補正も多少はあるのかな?
人が舌で感じる以外に美味しさを感じる要素として、いろんな補正があると思うけど今回は『自分で育てた補正』があると思う。このほかにも恋人の『手作り補正』や『デート補正』、食べる場所に由来する『市場補正』や『海の家補正』なんかもあるかな……まぁ、『思い出補正』はたまにマイナスになることもあるけど。あれ?これってこんな味だっけ?みたいな。
とまぁ話がずれてしまったけれど、俺としてはそういう様々な補正も込みで『食べる』ってことを楽しんでもらいたい。たまにこういう事に否定的な人もいるけれど、今日はそういうのは放っておいて、『自分たちが作ったから美味しい』っていう自信を持って楽しんでもらいたいかな。
暁と時雨が食べているのを見ながらそんなことを考えていると、二人に続いてほかの子達も次々と口に運んでいく。
「わぁ、シャキシャキしてておいしいのです!」
「ハラショー、これはいいね。頑張った甲斐があったというものだよ」
みんなもその味に満足してくれたところで、次は炒め物とご飯ものだ。小松菜は油や肉との相性も抜群で、個人的には豚肉が特に合うと思っている。ってことで今日のメインでもある小松菜と豚肉の炒め物から作っていこう。
次回はメインのお料理と、駆逐艦たちの畑仕事のお話になります
なんだか書きながら電が
だんだん食いしん坊キャラになってきた気がします……
お読みいただきありがとうございました