「むー、さてどうしたものか……」
今日は店休。朝の掃除を終わらせてちょっと遅めの朝食を取った後、テーブルに今まで書き溜めてきたレシピノートを何冊か広げて、うんうん唸っていた。いったい何を悩んでいたかと言うと……
「ここんとこの日替わりは洋食系が多かったからな。まぁ喫茶店としてはそれでいいのかもしれないけれど、そろそろ変えていきたいよなぁ」
ということで、明日以降の日替わりランチに悩んでいたという訳だ。大体こうやって週一の店休日にその後一週間の日替わりを考えるので、こうして悩むのもいつもの事と言えばいつもの事なんだけどね。おまけにこうして前もって考えていても、少なくない頻度で前日や当日の朝に変更……なんてこともあるから何とも言えないところではある。
と、思考がそれたところで、集中力がそれてしまったのを感じたのでコーヒーでも入れるかとカウンターへ入りお湯を沸かし始める。
いつものようにサーバー、ドリッパー、コーヒー粉を準備してたところでお湯が沸いて、ドリップを始める。
「ふん、ふん、ふーんっと……あ……」
自分でも無意識のうちに鼻歌なんぞを口ずさんでしまっていたことに気が付いて、誰にも見られていないのに恥ずかしくなってしまった。
気を取り直してドリップを続け、終わったところでサーバーからドリッパーを外して香りを確かめると、思わずにやけてしまう。コーヒーが入ったサーバーとプライベート用のマグを持ってテーブル席へと戻り、さて思考再開だと思って気合を入れなおしたところで勝手口の外に備え付けてあるドアチャイムが鳴らされた。
「ん?誰だろう」
はいはーいと返事をしながら勝手口を開けると、そこにいたのは大きな籠を持った天龍さんと、その後ろからのぞき込むようにしている龍田さんだった。
「おう、大将。休みなのにすまねぇな」
「こんにちわぁ。ごめんねマスターさん、天龍ちゃんがどうしてもって言うから」
「んだよ、龍田だって大賛成だったじじゃねぇか」
「まぁまぁ二人とも、とりあえず中に入りなよ。お茶でも出すから」
とりあえず立ち話も何なので、そのまま勝手口から入ってもらって店内へと案内する。
「さて、何飲む?コーヒーならさっき入れたまだ熱いやつがあるけど」
「新しく入れてもらうのもなんだし、それでいいわよー」
「あぁ、まかせるぜー」
という二人の言葉に甘えて、さっきのコーヒーをそれぞれのカップに注いで話を始めることにした……のだけれど……。
「たけのこ?」
天龍さんが持ってきた大きな籠を足元に置いた時に上から中が見えたので、気になって聞いてみた。
「あぁ、実はよ今朝ちびっ子どもを連れて堀りに行ってきたんだよ。っつーのも、山の上の施設から連絡があってできたら掘って欲しいってな。なんだ、管理の一環っつってたな。で、掘った分は持ってっていいって言われたんで持ってきたって訳よ」
へぇ、たけのこ……と言うか竹林の管理なんだろうけど、やっぱりある程度間引きしないとダメなんだろうね。詳しくは知らないけれど。
その天龍さんの言葉を継ぐように、龍田さんもここに来た訳を説明してくれた。
「それでー、天龍ちゃんと相談してマスターさんに皆の分を料理してもらおうかなーって持ってきたの。いっぱいあるから、余った分はお店で使ってちょうだい。いつもお世話になってるお礼ってことで」
「ありがとう。そう言うことならありがたく使わせてもらうよ。そういえば、一緒に行ったって言うちびっ子たちは来てないのかい?」
そんな俺の質問に天龍さんが「それなんだけどな……」と苦笑い気味に答えてくれた。
「朝が早かったのに加えて、はじめての体験にテンションが上がってたみたいでよ。終わったら眠そうにしてたんで先に帰らせたんだ。今頃布団の中じゃねぇか?」
「ま、私達も帰ったらちょっと昼寝するつもりだけどねー」
と、天龍さんの言葉に龍田さんも続く。あー、たけのこ堀りって朝早くないとダメなんだっけ……たけのこに太陽の光を当てないようにとかって。
「だから、あいつらを連れて来るのは明日かな。昼飯時……は混んでるだろうから、午後一にするわ」
「了解。じゃあたけのこがなくならないように取っておかなきゃね……ってこの量はそうそうなくならないとは思うけど」
「だな。ま、俺たちの分はそれなりに残しておいてくれればいいから、あんまり気にしないで使ってくれよ。たけのこ掘り教えてくれたおっちゃんも、たけのこは早ければ早いほど美味いって言ってたしな」
そう言ってくれるとありがたいね。じゃぁ明日の日替わりはたけのこ尽くしで決まりかな……っとそうだ。
「二人ともまだ時間は大丈夫?せっかくだから朝掘りの味、味わって行かない?材料持ち込みでってことでお代はいいからさ」
「へへっ、実はその言葉ちょっと期待してたんだよな。よろしく頼むぜ」
「うふふ、私もー。持って帰って私たちが料理するよりも間違いなく美味しいもの」
その期待は嬉しい期待だね。それに、せっかく早起きして掘ってきたんだもの、一番は堀った人に食べてもらいたもんだ。一緒に行ったっていう今はいないちびっ子たちにも何か持って行ってもらおう。
それじゃぁ、せっかくの朝掘りを無駄にしないように、気合入れて作っていこうか。
まずは朝掘りならではの一品から。朝掘りのたけのこ、特に今回みたいに掘ってから数時間しか経っていないようなものは、本来必要なあく抜きもいらないからお湯でゆでる程度で十分だったりする。
という訳で、最初は焼きたけのこだ。まずタケノコを縦に半分に切り、中に切れ目を縦横に入れる。これをアルミホイルでくるんで、焼き台で網に乗せて強火で二十分ほど焼いていく。焼き加減を確認してしっかり火が通っていれば完成だ。塩かわさび醤油で食べてもらおう。
そして、たけのこを焼いている間にもう一品。えぐみが苦手な人にもおすすめなのが、てんぷらだ。衣と油でコーティングされてえぐみを感じにくくなる。
根元の方は薄めの輪切りに、節のある先の方は櫛切りにして衣をつけて揚げていく。途中でちょいと味見ということで一つかじってみる……んー、やっぱり生のたけのこは食感も風味も水煮とは違うね。これぞ旬の味ってやつだな。
さて、てんぷらも揚げ終わり、焼きの方も良い感じだ。さっそくこの春の味を味わってもらおう。
「お待たせ。焼きたけのことたけのこのてんぷらだよ。焼きは塩かわさび醤油、てんぷらは塩で食べてみて」
「おっ!待ってました!んじゃいっただっきまーす」
「わぁ、おいしそう。いただきまーす」
二人ともまずは焼きの方から手を伸ばす。天龍さんはわさび醤油、龍田さんは塩で行くみたいだ。
「くーっ!わさびがきくぜぇ!でもたけのこの風味も負けてねぇな。何つーか、ガツンとわさびが来た後に、ふんわり来るっつーか……あー、うめぇって事だ」
「天龍ちゃん、無理に難しいこと言わない方が良いわよー。まぁでも、ほんとに美味しいわぁ、塩だと旨味がより引き立つ感じ」
「うっせぇ……あ、塩もうめぇな」
ふふふ、おいしかったのなら何よりだ。続いて二人はてんぷらを口に運ぶ。
「へぇ、てんぷらにすると食感も変わるわねぇ。さっきのシャキシャキのも美味しかったけど、このほっくりしたのも美味しいわぁ」
「俺はこの輪切りのやつが気に入ったぜ、なかなか食べ応えがあっていい感じだ」
「ねー、マスターさんにお願いしてよかったでしょー?」
「だな……っておい、先に言ったのは俺の方だろ!?」
「あらぁ?そうだったかしらぁ?……まぁ、いいじゃない。おいしいんだから、はい、あーん」
「龍田てめぇ!むぐっ……うまい……まぁ、いいか」
相変わらずの仲の良さを見せつけてくれる二人。姉妹って言うより気兼ねしない友達同士って感じだけど、一人っ子の俺としてはそういう関係は羨ましいな……さくらは……まぁ、腐れ縁だし。
「さて、そろそろお暇するぜ、明日はよろしく頼むわ」
「おう、任せてくれ。ところで明日一緒に来るのって、誰なんだい?暁達?」
「いや、違うぜ……って、そうか大将はまだ会った事無かったか。ま、最近来た新顔だ、明日ちゃんと紹介するさ。んじゃな」
そう言って天龍さんは店の扉から出ていこうと歩いていく……あ、そっちは……
「あれ?開かねぇ……」
「ふふふ、やぁねぇ天龍ちゃんったら。ボケちゃったのかしらぁ?今日はお店がお休みで、裏からいれてもらったんじゃなーい」
天龍さんのうっかりに、ここぞとばかりにからかう龍田さんと「そうだった……」と額に手を当て俯く天龍さん。ちょっとかわいそうなので、入口のカギを開けてそこから出られるようにしてあげた。
うつむいたままで天龍さんが出て行ってしまったので、残った龍田さんに「じゃあ、明日お待ちしてます」と手を振って見送る。さて、それじゃあ下ごしらえがてらたけのこを茹でながら、明日のたけのこ御膳の内容でも考えましょうかね。
先生方がご来店、春の味覚たけのこを持ってきてくれました
明日来るという新顔の子達と言うのは何型駆逐艦なんでしょうかねぇ……
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