開口一番、戦いのゴングを自ら鳴らしたレッドマンは、猛然とファヴニールに向かって行く。
しかしそれは――傍から見れば無謀極まりない光景だ。
何せ、現在のレッドマンは成人男性程の大きさしかないのだから。
設定上では身長42メートルの巨人である彼だが、英霊という枠で召喚された弊害か、はたまた未熟なマスターによって召喚された弊害か、身長や体重も含め、かなりスケールダウンしてしまっていた。
「む、無茶です! 相手は闇雲に突っ込んで勝てる相手では――」
白ジャンヌが静止の声を上げるが、しかしレッドマン、構わず突っ込む。
敵であるファヴニールは、見る限りでは四足歩行の怪獣だ。しかし、翼も生えている。どうも、レッドマンがこれまで戦ってきた怪獣とは何かが異なる。
図体のデカさに関して言えば、本来のレッドマンや、彼が斃してきた怪獣に比べれば小さくはあるが。
「ダァッ!」
掛け声と共に、レッドマンはジャンプ。スケールダウンはしても、やはり元々の身体能力が高いおかげか、みるみるうちにファヴニールの頭部のある位置に到達する。
本能で動くワイバーンと異なり、明確な知能が存在するファヴニールとしては、これには面食らう。
――まさか、本当に馬鹿正直に真正面から向かってくるなど。だが、所詮は人間同様、小さな存在。人と異なる異形の姿であれど、怖くはない。
そんな、サイズ差からくる慢心と、レッドマンに対する無知が、ファヴニールの最初の隙を作った。
「レッドチョップ!」
上から振り下ろされるレッドマンの手刀が、ファヴニールの頭部を強かに打つ!
その威力、ファヴニールが一瞬脳震盪を起こす程!
「イヨッ!」
レッドマンはチョップの勢いを保ったまま、空中で前転すると、強烈なかかと落としを更にお見舞いする。
その振動は凄まじく、ファヴニールに乗っていた黒ジャンヌも、思わず「きゃっ」と可愛らしい声を上げてしまう。
だが、レッドマンは止まらない。怪獣を斃すまでは。
レッドマンは続けざまに攻撃を加えようとするが、しかしファヴニールも黙ってやられるだけのサンドバッグではない。
『グルルルァァ!!』
怒り心頭状態のファヴニールは、その大きな口でレッドマンに食らいつかんとする。
それに対し、レッドマンは空中で身体を捻り、これを回避。
だが、ファヴニールはそれを見越していたかのように前足を振るう。
「……!」
今度はレッドマンに直撃。その光景、まるで人間に叩き落される蚊の如く。
レッドマンは悲鳴を上げることなく、瓦礫と化した町へと急速に落下する。
丁度落下点にいたバーサーク・ランサーが避け、レッドマンは粉塵と瓦礫のつぶてを巻き上げながら地面に激突。
「……フン! 生意気にファヴニールに挑むからこうなるのよ。良いザマね?」
先程可愛らしく体勢を崩したものの、何事も無かったかのように振舞いながら、黒ジャンヌは赤い挑戦者を鼻で笑った。
対する(一応)レッドマンの味方に当たるカルデア側はと言えば、派手に叩きつけられたレッドマンのいるであろう場所を、息を飲みながら見ていた――マスターたる立香を除いて。
「……いや、まだだ」
彼には確信があった。明確な根拠こそないが……あえて理由を言うならば、それは――
「――レェェェッド!!」
――「彼が、レッドマンだから」。
掛け声と共に、レッドマンが瓦礫の山を吹き飛ばしながら脱出。再びファイティングポーズを取り、またもやファヴニールに向かって突進する。今度は真正面からというわけではなく、微妙に左に逸れながら。
ファヴニールの側面を取る算段だ。
「鬱陶しい! ファヴニール!」
あの妙な掛け声を除けば、大して喋りもせず、悲鳴すら上げず、しかも表情がまるで見えないこの奇妙なサーヴァントを前にして、黒ジャンヌは苛立っていた。
その苛立ちを解消すべく、黒ジャンヌは乱暴にファヴニールを踏みながら叫ぶ。
同時にファヴニールも、それだけで自分が何をすべきかを把握していた。
ファヴニールは唸り声を上げながら、その頭を上へと向ける。その口元から、炎を零れさせながら。
『■■■ォォォ……!!!』
地獄から響いてくるような唸り声を上げながら、ファヴニールが口を開く。
そこから放たれた地獄の炎は天に昇り――流星群となって、その町に降り注いだ。
「チィ! こりゃやべぇ!」
「――ッ! マシュ、ジャンヌ! 宝具だ!」
「わかりました!」
「りょ、了解です!」
町全てに降り注ぐという事は、当然、カルデアのマスター達にも被害が及ぶ。
立香は、咄嗟にマシュと白ジャンヌに指示を飛ばす。彼女らが主に扱う宝具は、いずれも防御に優れたものだ。
指示を受け、白ジャンヌはすぐさま宝具の発動準備に入り、サーヴァントとしての経験がまだまだ浅いマシュも、少し遅れて発動準備を始める。
「やれやれ、無茶をしてくれる」
「狂化された私達が言うのもなんだけれど、衝動のままに攻撃するのも考え物ね」
黒ジャンヌ側のバーサーク・サーヴァント達はと言えば、狂化されているとは言っても思考能力までは落ちていない。
飛び退く、あるいは霊体化によってその場から離脱する。
そしてレッドマンはと言えば――
「イヨッ!」
あろう事か、そのままファヴニールの身体の下へと、スライディングで滑り込んだ。
「馬鹿め! ファヴニール! そのまま潰してしまいなさい!」
黒ジャンヌが口元を嗜虐的に歪ませると、ファヴニールにレッドマンを潰すよう指示。
それに従うように、ファヴニールはその身に掛かる重力に逆らう事無く、身体を落とす。
――グサッ
ファヴニールの黒い巨体が降ろされた瞬間、聞こえてきたのは瓦礫と一緒にレッドマンが潰された音、ではなく、何かがファヴニールの(あくまでも)比較的柔らかい腹部を貫く音だった。
『――!?!???!』
その痛みは、かつてかの
更に驚くべきは、自分の意思が一切介在しないにも関わらず、身体が勝手に浮き上がっている事だ。
「な――」
「ダァッ!」
再度ファヴニールの上で黒ジャンヌがよろめくと同時に、ファヴニールの下にいるレッドマンが、なんとファヴニールの身体を持ち上げていた。
そのまま、レッドマンは力の限り、ファヴニールを投げ飛ばす。
「きゃあ!?」
悲しいかな、またまた可愛らしい悲鳴を上げ、黒ジャンヌが振り落とされる。
ファヴニールは、レッドマンの筋力ステータスが以前よりも落ちているせいか、5・6メートル程度投げ飛ばされ、横倒しになって落ちる。
投げ飛ばした当のレッドマンはと言えば、その右手に赤い槍――レッドアローを手にしていた。
先程ファヴニールの足元に刺さっていたのを、そのまま回収したのだ。
横倒しになったファヴニールを確認すると、レッドマンはレッドアローを、槍投げのように振りかぶる。
「レッドアロー!」
そして、投擲。
恐るべき速度で投げられたそれは、ファヴニールの強固な皮膚では比較的柔らかい腹部に突き刺さり――爆発!
爆炎と共に、血飛沫どころか肉の塊を撒き散らしながら、ファヴニールは断末魔の雄叫びを上げる。
しかし、そこで終わるレッドマンではないのは、読者諸兄も良くご存知だろう。
レッドチェック。公式に使われる言葉ではないが、シンプルに説明するとレッドマンによる生死確認である。
レッドマンは、未だに身体をなんとか動かそうともがくファヴニールに悠然と歩み寄ると、腹部に突き刺さったままのレッドアローを引き抜き、今度は胸部の心臓があると思しき箇所に突き刺す。
何度も、何度も。
「……うぅッ」
偶然にもそれを目撃してしまったマシュは、思わず胃の中のものをリバースしかけるが、盾を文字通り構えてなんとか耐える。
そんな純朴な少女が自らの行いを見ているとは知ってか知らずか――知っていたとしても止めないだろうが――、レッドマンは胸への刺突を一旦止め、頭部へと向かう。
もはや呻き声一つ上げないファヴニールの頭部に到達したレッドマンは、やはりというか、念には念を入れてと言うべきか、レッドアローを両手で握りしめ、刺す。
喉元を。目を。とにかく軟らかそうな箇所を、徹底的に刺す。とことん刺す。
「…………うわぁ」
生のレッドファイトを目の当たりにしたマスターの少年は、何とも言えない表情でそれを見つめる。
「……何だろうな、俺も似たような事した気がするが、あそこまでやった記憶はないぜ……」
本来
もし、彼女が良く知る人物――今回はキャスターとして召喚されたジャンヌ没後のジル・ド・レェが殺戮を行うならば、彼は笑うだろう。狂気の赴くがままに。まだ生きているジル・ド・レェならそんな事はないとは思われるが。
彼以外の狂人であっても、何かしら喋ったり、雄叫びを上げたりぐらいはする。
しかし、レッドマンは無言を貫く。先述した通り、戦いの折に技の名前を叫んだり、掛け声を上げたりはするが、一度戦いが終われば、一切口を開かなくなる。
トドメとばかりに
怪獣を斃したならば、無言でレッドチェック。生きている可能性があれば、無言で追い打ち。
「…………」
ファヴニールが全く動かなくなったのを見るやいなや、レッドマンは天を仰ぎ、右手を斜め上へと伸ばす。
レッドチェックからここまでの一連の流れを無言で行うからこそ、ほとんどの地球生まれの英霊には無い異常さが際立っていた。
その場にいたサーヴァント達が呆然とする中、レッドマンは無言のまま、その場を後にする。
――だが、レッドマンは知らない。ファヴニールの恐るべき生命力を。完全に倒す為には、竜殺しの力を持つ英雄……ジークフリートの力が必要になる事を。
……が、ぶっちゃけた話、レッドマンの戦いの記録において同種の怪獣が何度も襲って来るなどいつもの事な為、また現れたところで特に気にせず殺しにかかるだろう。
ちなみにカルデアの面々は、サーヴァント達が呆然としている間にやってきたはぐれサーヴァントのマリーとアマデウスに助けられ、この場を後にしていたそうな。