カルデア一行がレッドマンの活躍により黒ジャンヌ達の魔の手から逃れた、その夜。
とある森の中に身を潜めていた一行だったが、そんな彼らをみすみす見逃す黒ジャンヌではなかった。
強い生命力を持つとはいえ、レッドマンの情け容赦ない攻撃と追い打ちによって徹底的に痛めつけられたファヴニールは再生に時間を取り動けない。
そこで黒ジャンヌは、自らの配下たるサーヴァントの一人に、彼らの後を追わせた。
サーヴァント、バーサーク・ライダー。妙に胸元辺りの露出度が高い修道服と、十字架の杖、そして籠手が目立つ彼女の真名を、マルタという。
その昔、悪竜タラスクを
同時に、そのタラスクに騎乗した事から、ドラゴンライダーでもある彼女は、現在、カルデアのマスター達と対峙していた。
本来ならば、その隠れ家を知り、マスターたる黒ジャンヌに報告する事が目的であるというのに。
が、その理由はやはりこの物語には関係ないので、容赦なく省く。
それはともかく、カルデアの一行はその時、
そして、マルタは戦いが始まると同時に、自らの宝具を発動させる。
「愛を知らない哀しき竜よ……ここに」
そして呼び出されたのは、かつて彼女が調伏した悪竜であり、彼女がライダーのサーヴァントである由縁……大鉄甲竜タラスク。
亀と竜の合いの子のような姿を持ち、勇猛なる戦士達の刃や矢のことごとくを弾き返す堅牢な甲羅を持つ怪獣だ。
大きさこそ先のファヴニールよりも小さいが、その出自も合わせ、竜種としては非常に高い実力を持ち合わせており、常人からすればファヴニールと大差ない脅威である事は間違いない。
そんな悪竜にマルタが指示を出し、まだ未熟な人理修復者達を試すべく仕向けんとした時だった。
「……この殺気は!」
ただそこにいるだけで感じられる、「絶対に殺す」という意志。刺し貫くだとか射抜くだとか、そんな言葉すら生温い程に研ぎ澄まされ、周囲一帯を包み込む気配。
色で例えるならば、血のような赤色。
そんな殺気を押し隠す事無く漲らせながら、草むらの奥から赤い男がやってくる。
――殺戮者のエントリーだ!
一瞬、立香の脳裏にそんな言葉が過ったが、あながち間違いでもないのが彼、レッドマンだ。
「アンタは、あの時の――」
あまりもの殺気に当てられ、もはや聖女らしさを隠すつもりも無さげなマルタを他所に、レッドマンはずんずんと草むらを掻き分けてやってくる。
左手には、幅広の刃物――レッドナイフを。そして右手には、さっきまで戦っていたと思しきウェアウルフを引きずりながら。
そのウェアウルフの首から滴り落ちる赤い液体、そしてレッドナイフに着いた赤い何かから、その惨劇を容易に想像できてしまう。
ジャンヌはその端正な顔を僅かにしかめ、マシュはやはりというか、盾を用い、なんとかそのウェアウルフの亡骸を視界に入れないように努めていた。
マシュもまたウェアウルフを倒したりはしたものの、レッドマンの容姿といい、その絵面といい、自分達のそれがまだまだ生易しいと言われているかのような錯覚すら覚えてしまう。
多種多様な視線を一身に受けてなお、レッドマンは動じない。そんな彼の視線の先にいるのは――大鉄甲竜タラスク。
「レッドファイッ!」
タラスクを視界に入れるなり、レッドマンはすぐさま右手のウェアウルフの頭部を乱暴に放り捨て、レッドナイフを構えながらタラスクに飛び掛かる!
『……!?』
これにはタラスクも意表を突かれ、レッドマンによるマウントポジションを許してしまう。
――よもや、
大半のライダーのサーヴァントは、宝具を発動させればその宝具たる乗り物に乗り、敵に攻撃を仕掛けるのがほとんどだ。
しかし、ことマルタとタラスクに関しては例外であるとも言える。
無論、そのまま騎乗して、人馬一体ならぬ人竜一体となって戦う事もできるが――
『グォォォォ!!!!!』
タラスクが吠え、身体を捩らせる。だが、レッドマンは微動だにしない。それどころか、タラスクの背に乗ったまま、的確に首元目掛けチョップを繰り出す。何度も、何度も。
『グルルァ!!!』
タラスクも、黙ってはいられない。今度は身を捩らせるのではなく、身体を捻るように構える。
レッドマンも、この怪獣が何かする気なのだろうという事は察しがついていた。
「レッドナイフ!」
故に、速攻でケリを着けるべく、愛用の武器の一つ、レッドナイフを取り出し、構えた。
――だが、一足遅かった。
途端に、タラスクはその場で急速回転。そう、『回転』したのだ。さながら、どこぞの亀の怪獣のように。
これにはレッドマンも体勢を崩し、たちまちタラスクの背から放り出されてしまう。
放り出されたレッドマンは、地面に強かに背中を打ち付けるものの、それが何でもないかのように素早く起き上がり、レッドナイフを逆手に持ち構える。
「このッ!」
そこにマルタが、マシュやジャンヌの攻撃を捌きながら、十字架の杖から魔力弾を放つ。
不意打ち気味に迫る魔力弾のいくつかを、しかしレッドマンはレッドナイフで弾き、残りはその場から飛び退いて回避した。
これで、レッドマンの矛先がマルタに向けられたかに思えたが――
「ダァッ!」
「――ウソ!?」
マルタが面食らったのも無理はない。何故かレッドマンは、魔力弾で攻撃を仕掛けてきたマルタには目もくれず、再びタラスクに飛び掛かっていったのだから。
それはそうだ。レッドマンの敵は、怪獣か、あるいは宇宙人だ。確かにこの地球のサーヴァントという存在は、地球人からすれば恐ろしく強い。だが、それ以上に怪獣らしい怪物がいるのも、また事実。というか、レッドマンの知る限りでは、地球由来の怪獣もいる。
巨大で、強靭で、強力。そういう怪獣こそがレッドマンの倒すべき敵であり、マルタのような(外見上)人間の存在は、よほど邪魔立てするならば、といった感じだ。
つまり、レッドマンにとって「サーヴァントは対象外」というわけではなく、あくまで現時点での優先順位は「怪獣=人型異形>サーヴァント」となっているだけである。
たかだか妙な弾丸を撃たれたからといって、目の前の怪獣を放っておくつもりは毛頭ない。
レッドマンはレッドナイフを構えると、再びタラスクに向かって行く。だが、今度は正面からだ。
『堂々と向かってくるか!』
赤い通り魔の剥き出しの殺意をその身に受けながらも、タラスクは臆する事無く、寧ろ逆に火炎を吐きかけて迎え撃つ。
周りの木々に次々と引火する程の灼熱の炎を前に、レッドマンは飛び上がって回避。
当然、タラスクはそれを追うが――
『――ッ、しまった!』
嗚呼、悲しいかな。タラスクは確かに強い。しかし、当然弱点も存在する。
亀に酷似したその身体では、当然、首の可動域が限られている。
その死角に飛び込んだレッドマンは、再度タラスクのマウントを取る。だが、それだけでは先程やった事の繰り返しだ。
当然、それが分からない彼ではない。
『う……ぐッ!?』
だから、今度は首を両腕で絞めるように絡め、レッドナイフを喉笛に這わせた。
いくらタラスクと言えど、動かす必要のある関節部分等の皮膚は比較的柔らかい。
加えて、レッドナイフはただの武器ではない。数多くの怪獣の強固な皮膚を切り裂き、貫き、血を啜ってきたその刃は、当然のようにタラスクの首に傷を作った。
これがそんじょそこらの武器なら、傷一つ付かないだろう。
『舐め……るなァ!』
だが、タラスクからすれば些細な傷。そんな傷に構う事無く、再度回転。だが、それだけではまだ足りない。
『姐さんッ!!』
「姐さん言うな!!!」
そのたった一言ずつのやり取りで、彼らは互いに何をすべきかを伝え、理解した。
マルタは、己の宝具たるタラスクにパスを通して魔力を注ぎ込む。
瞬間、タラスクは更に回転。その風圧が、周囲一帯を襲う!
「うッ……なんて風だ!」
木々をなぎ倒しながら回転するタラスクの風を受け、カルデアのマスターは目も開けていられない。
「ッ、先輩! 私の後ろに!」
咄嗟にマシュがそのフォローに入るが――
「ほらほら、どんどん行くわよ!」
「させ、ません!」
タラスクの風をものともせず、マルタがすかさずマシュに魔力弾を放つも、これをジャンヌが弾く。
一方で、流石のレッドマンもこの回転には苦労させられていた。
というより、これは召喚された時から感じていた事だが……どうも、自分の身体が全盛期のように動けていないような感覚があったのだ。
いや、全体的にパワーダウンしたからというのもあるが、原因はそれ以外にもあった。
召喚システム『フェイト』の未熟さ。
本来の聖杯戦争において召喚されるサーヴァント達は、マスター次第という条件付きではあるが、いずれも十分に戦える状態で呼び出される。
ところが、フェイトは聖杯を介さない為なのか、サーヴァントはかなり弱体化した状態で召喚される。
これを改善するには、特定のエネミーから回収できる『種火』と呼ばれる霊的物質が必要となる。
言うなれば、彼らフェイトで呼び出されて間もないサーヴァントは、少し燃えている焚き木程度。そこに種火を注がねば、本来の姿たる煌々と燃え上がる炎にならないのだ。
ここに来るまで、何体もののワイバーンやウェアウルフといったエネミーを狩ってきたレッドマンだが、種火の面で言えば酷く効率が悪い。
聖杯で呼び出され、更に狂化を施されたサーヴァントからすれば、実際お粗末としか言いようがない。
それでも彼が戦えるのは、彼自身のスキル、『怪獣退治の専門家 A+』にある。
異形存在に対して特攻補正の掛かるこのスキルに加え、本人の持前の戦闘能力があるからこそ、レッドマンはファフニールやタラスクとまともに戦えるのだ。
閑話休題。
タラスクの背の上で振り回されるレッドマンは、これは流石にまずいと感じたのか、咄嗟にレッドナイフを手放すと、今度は両腕で力一杯、首を絞め上げた。
タラスクの元々の首がかなり太いのもあり、容易にはいかない。しかし、その強靭な両腕は、さながら万力のように徐々にタラスクの極太の首を絞め、気道を狭めていく。
『ぐ……ググ……』
しかし、タラスクも負けてはいない。
回転の速度を保ったまま、タラスクは移動を始める。周囲にある木々に、わざと自分の頭や首が当たるように。
案の定、首にしがみつくレッドマンにも木が当たり、衝撃とダメージを与える。
だが、それでもレッドマンは手を離さない。
その時。唐突にタラスクはブレーキを掛け、回転を無理矢理停止させる。
急に止まった事で、レッドマンの身体は慣性で吹っ飛ばされそうになり――
『――姐さん!! 頼みますッ!!』
「余所見してんじゃ――ないわよッ!!」
そこに、マルタの放った魔力弾が殺到! タラスクごと巻き込まれたレッドマンは、数発をモロに直撃を食らってしまい、吹っ飛ばされ、地面を転がる。
「ああ! レッドマンさんが!」
マシュの悲鳴も空しく、その赤い姿は茂みの中へと消えた。
「ほら、アンタ達の斬り込み役はいなくなったわ。さぁ、どうするの?」
レッドマンの姿が消えたのを視界の端で見送りながら、マルタは聖女らしからず、一切の情けも無く、杖を向けた。
――彼女に一つ誤算があったとすれば、それは彼女本来のスタイル……即ち
『――! 姐さん危ねぇ!』
咄嗟に、タラスクがマルタにのしかかるように飛び出した。
「ちょ、アンタいきなり何を――」
そこから言葉を続けようとしたマルタだったが、言葉の合間に聞こえてきた風切り音に言葉を詰まらせた。
気付けば、タラスクのうなじには、三本のレッドナイフが突き刺さっていた。数本はタラスクが庇った際に甲羅で弾き返したが、その三本だけは防げなかった。
……否。その三本は、狙って放たれたのだ。タラスクが、彼女を庇うと知っていたから。
『き、サマァァァァ!!!』
タラスクは体勢を立て直すと、茂みから悠々と出てきたレッドマンに向け、紅蓮に燃え盛るその大口を開かんとしていた。
だが、うなじに突き刺さっていたレッドナイフが、突如として全て爆発。
その光景に、立香とマシュ、カルデアのスタッフ、そして冬木で共に戦ったクー・フーリンには見覚えがあった。
『
そして、冬木で遭遇したシャドウサーヴァント・アーチャーが好んで使っていた戦法。
普通のサーヴァントなら使う事すら躊躇うこの戦法だが、レッドマンにとっては特に関係ない。
そもそもこのレッドナイフという宝具自体、着弾した瞬間に爆発炎上する性質も持っていたりするのだ。彼が任意でその爆発タイミングをずらせても、なんら不思議ではないだろう。
「レッドアロー!」
灼熱のブレスを吐き損ねたタラスクを前に、レッドマンはマルタの杖によく似た槍を呼び出す。
そして、タラスクが再度ブレスを吐こうとした時には、既にレッドマンはタラスクの目の前に立っていた。
大口を開け、今にも炎を放出せんとしている、タラスクの前に。
『……!』
「イヤッ!」
それはまさに、西部劇でお馴染みの早撃ち。
勝負を制したのは――レッドマン。ブレスが発射される前に、赤い槍をタラスクの喉深くまで刺し込む。
「グオォォォォ―――」
苦しみの声を上げるタラスクは、しばらく唸っていたかと思うと、唐突にその頭を強かに地面に叩きつけた。
そんなタラスクを、レッドマンは注意深く観察する。
数秒の観察の後、レッドマンはいつものように、高らかに右手を掲げた。
死亡確認。タラスクは十字架を咥えたまま、事切れていた。
「……ったく、とんでもないバーサーカーを呼び出したもんね。聖女の宝具に十字架喰わせるなんて」
この後、実質宝具を失った彼女が、カルデアの一行の前に敗れ去るのは時間の問題だった。
赤い通り魔は、気づけばその場から既に立ち去っていた。