静かに廻り始めた世界。
ものぐさ村長、空蝉は村の空気に何を思うのか。
夏なのに、木枯らしが吹くように心が寒い。
聞き飽きた蝉の声すら、今だけは場違いなものに思えた。
土地と住処を用意してくれた、しずえさん。
受け取った村の地図か、私の頭が馬鹿になっていなければ、目の前にある『それ』が私の住処なのだが。
「え、これ…テントじゃん。」
ひょっとして、しょぼいテントは外観だけで、中には素敵なお家が広がっているのでは…と、淡い期待をして、暖簾形式に、扉をめくる。
窓も布団も、ランプも、何も無い。
薄暗い空間だけが、そこには広がっていた。
正真正銘のテントだった。
「村長の扱い、雑じゃない?」
まだ何もしていないのに、既に心境は、偉い村長になっている私。
住処というよりは、寝床を確保しただけだ。
これからお金を溜めて、ちゃんとした住居や家具を手に入れるしかないということか。
やれやれと、地面に直結した硬い床に、ゴロンと身を横たえる。
「あー…、住人に挨拶周りしたほうがいいよね。
…まあ、面倒くさいから、後でいいか。」
ものぐさというか、気だるいというか。
自身の悪いところだなと、ぼんやり思いながらも、意識は呑気に睡魔に呑み込まれようとしていた。
真っ暗なテントの中。
月明かりに誘われるように、目を覚ます。
結構な時間を、眠っていたようだ。
時刻を確認する時計も、行く行くは手に入れねばと考えながら。
大きな欠伸をひとつして、私は身体を起こす。
「…?
何か、身体の節々に疲労感が…。」
そんなに動いてもいないのに。
駆け回ったような、重い物を運んだような感覚が、全身を支配していた。
首を傾げながら、私はテントの外に出る。
「月が綺麗だ…。」
妖しいほどに美しい、満月が世界を見下ろしていた。
星も静かに、夜空の中を煌いている。
都会の街では、こんなの見られない。
ゆっくりとまばたきをして、自然が生み出す宝石に見惚れていると。
土を踏むジャリッという音が、そっとこちらに近づいてきた。
「やあ、うつきくん。」
大柄で厳つい顔をした熊が、私の顔を見て、ヒラヒラと手を振る。
うつき…空希…?
彼は誰かと私を、見間違えているようだ。
「さっきはありがとう。
僕の代わりに荷物を届けてくれて、とても助かったよ。」
「えっと…私は…。」
一方的に、感謝の意を述べていた熊の子。
戸惑う私の顔を見て、ようやく人違いだということに気づいたようだ。
「すまない!
君は空希くんじゃないね。
新しく村長さんになった、空蝉さんかな?」
頷くと、彼は目を細めて笑ってみせた。
人相は悪くとも、笑顔が似合わない者はいないのだ。
「僕はクマロス。
よろしくね、可愛い天使。」
キザな台詞を残して、クマロスはウインクをすると。
優雅にその場を後にした。
「空希なんて人、居たっけ。」
キョロキョロと辺りを見渡すも、それらしき人物は、視界の届く範囲には見当たらなかった。
代わりのように、川沿いや役場の前など、いろんなところに動物の住民の姿がある。
「な、何…?」
みんな足を止めて、私の顔をじいっと見つめている。
私が歩めば、たくさんの視線が一緒に動く。
それは目を奪うなんてものではなく、『監視』のような異様な雰囲気を放っていた。
気味が悪くなり、私は疾しいことも無いのに、逃げるようにテントへ戻った。