1
「ゲームの説明をする前に、所定の必要書類にサインをお願いします。長文の規約に目なんか通せないよなる方の為に要約すると命の保証はなかったりするんだからねっ!」
どうでも良い議題に付き合って欲しい。
義務教育制度の発達した日本で例えるなら『最期に何か質問はあるか』という試験前の在り来りな教師の問いかけ。
この質問に対する最良のカウンターは?
「状況説明を最初にしてくれないか……?」
オレの言葉に熊が小さく舌を鳴らした。
「期待外れだなぁ、Mr.ホワイトルーム。日本の太子様は同時に十人の話を聞くらしいけど、君なら一を知って十を理解してくれると期待していたんだけどね?」
「世間の一を知っている奴は、他人を誘拐して状況説明もないままに怪しげな書類にサインさせようとなんかしないだろ」
オレの指摘に失笑のため息を零す熊。
先程からのコレは説明不足や変換ミス、ましてや婉曲的表現なんかではない。 少女は熊の着ぐるみに身を包んでいた。
「私はアトラクト・マスター。君を召喚した張本人にしてルールブックその物です。 実際には誘拐よりもノックオフと言い換えた方が正確かも知れませんがね」
「初耳の内容を疑問系で差し出されても反応に困るんだけどな。アトラクトにノックオフ、概ねの内容は理解できた」
それで? 先を促すオレの態度に熊少女の連続舌打ちが出迎える。質問をすれば答えが返ってくるのが当然だと思ってる?
そんな社会風刺代表みたいな瞳だった。
「異世界召喚だなんて大袈裟に表現したけれど、別に君に働いてもらうおうって意味じゃない。端的に言えばやって欲しい事、倒して欲しい人達がいるだけなんだよね」
「魔王撃破を期待するならお門違いだ。歴戦の猛者か、戦場の悪魔。百発百中のガンマンに万能の魔法使い辺りを呼べば良い」
何せオレは洗濯機の故障と一悶着繰り広げていた一般的な学生身分。頑張っても洗浄の悪魔が良い所、進んで諍いに参戦したい戦闘民族ではないのだから。
「具体的には何をさせたいんだ。肉体労働をさせたい訳じゃないんだろう? 頭脳労働というんなら他に相応しい人材も……」
「デスゲームって言えば分かりやすい?」
至極、楽しげに熊少女はそう言った。
「制限時間は三十分、五対五の隠れんぼ。全員を見つければ鬼の勝ちで、一人でも生き残れば人の勝ち。この場合、勝利の女神はどちらの行方に微笑むのか?」
君の解答例を答案用紙に書いて欲しい。
要求されたのは、単にそれだけだった。
「答えを決めたら鬼か人、どちらかを選んで実際にゲームに参加して頂きます。勝利された方には細やかな自由、敗北者には永遠の自由を約束するといった企画ですね」
「ゲームの内容に興味がない。他人に物事を頼むなら、相応の報酬を用意して然るべきだろ」
仮にゲームに参加したとして、コチラには何の得があるのか。至極、当然の疑問に対して熊少女がやれやれと首を振る。
「放送コードなら規制の嵐だけど、現在の君はまな板の上の鯉だ。生存権も選択権も私達の手の内にあるんだからね?」
殺す気が在れば今すぐに、そんな前提。
「何より、私達は暇潰しの駒にもなれない子供を生かしておく程、慈善事業では動いていないって所を理解して欲しいよね」
不参加は敗北よりも性質が悪い。
最高なら当て馬、最低でも噛ませ犬の遠吠えを私に聞かせて死んで行け。
熊の大きな瞳がそう物語っていた。
「生存権に選択権、付け加えるなら拒否権もオレにはないって訳か」
「君相手だと話が早くて助かるよね」
辟易の溜め息と共に備え付けられた万年筆を手に取った。最初はイカれたサイコパスが単独で世迷言を実行に移しているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
コイツは自分を『私達』と呼称した。
少なくとも一朝一夕では逃げきれない。
「分かってくれたみたいだね……?」
「オレだって命は惜しいからな。それにゲームは隠れんぼなんだろ? 鬼にさえならなければ走り回る必要もない」
なんて、あまり深く考えずに『人』と書かれた空欄にサインを書き込んだ。
思えば。
すでにこの時から『隠れんぼ』は始まっていたという事に、オレはもっと早い段階で気づくべきだったのだ。
2
次に瞳を開くと、まず最初に飛び込んできたのは、赤く錆びついてボロボロになった巨大な観覧車の姿だった。
「それじゃ、ゲームを始めるんだね!」
下は幼い女の子から、上は中年の男達まで幅広い年齢層が分布する中、熊少女がやたら楽しそうに声を張り上げた。
「皆さん、左腕の腕章に注目して下さい。赤い方が鬼で、白い方が人になります。分かったらバラバラに分かれてね~!」
オレの左腕には、白い腕章がある。
つまりはハイド、人間サイドだった。
言われるがままに分かれると、人間は男が三人、女が二人の五人組。他方で鬼側は全員が男の五人組になっていた。体力自慢が鬼側に立候補した為に偏ったのだろう。
「名前の確認を。鬼側は山口広さん、笹山忠宗さん、猪川庄司さん、田崎雄大さん、浜崎公平さん。人側は黄桜藤之助さん、葉山田陽一さん、緑川美紀さん、斉藤由梨さん、綾小路清隆さん。以上が今回の参加者になりますね」
正直な所、欠片の興味もなかった。
熊少女にしても同じようで、共闘しようが個人主義に走ろうが、彼女にとっては無意味な些事に変わりないのだろう。
「隠れんぼの範囲は敷地内だけ。鬼側の皆さんにはインスタント・カメラをお渡ししますので、撮影された人側の方はアウトになります。人側は捜索時間中に動いても構いませんが、見つかる可能性が跳ね上がるのも覚えておいてくださいね」
「リスクとリターンのバランスか……」
オレの呟きに、熊少女はクスリと笑う。
「まず最初に鬼側の方々にはここで待機して頂いて、人の方々に三十分かけて隠れて頂きます。次の三十分は鬼側のターン、制限時間以内に全員を見つけるか、一人でも人側が逃げ切るのか」
「その前に、確認を取りたいんですが」
声を上げたのはスーツにメガネ、いかにもエリートコースを真っ直ぐに進んできたようなインテリ感の漂う青年だった。
「おや、笹山さん。意外な所から質問の矢文が飛んできましたね。はいはい、核心に触れない程度でお答えしますね」
至って淡々と熊少女はそう言った。
「今回は人間側に女性が偏っている様ですが、死の淵に立たされた人間は男女問わずに恐ろしい物です。とてもでは有りませんが、無抵抗など貫き通せる物ではない」
「マハトマ・ガンディーの発言は、デスゲームに巻き込まれる事態を想定していませんからね。平和ボケって奴ですかね」
デスゲームを想定した日常生活って何なんだ。常に相手の裏を欠き戦略を張り巡らせる平和的活動家みたいな話だろうか。
怖すぎるぞ、そんな想定してる奴。
「抵抗のみに関わらず、逃亡の際に建造物を破壊したり、必要な物を奪ったりという可能性も考えられるはず……」
「つまりはゲーム内での犯罪行為がどの程度までなら許容されるのか、ルール違反に問われないのかを聞き出したいのですね」
全てはお見通し、そんな口振りだ。
「まぁ、あなた方には外も内もないのですがね。答えから言うと刑法だの人権だのは気にして頂かなくて結構ですよ。別にあなた方にモラルを身に付けて頂こうなんて私達はカス程も思っちゃいませんからね」
ゲームの根本を破壊しない限りですが。
熊少女はそう付け足して咳払いを零す。
「他に質問はありますか? なければ時間的にもゲームを始めたいのですがね。いやはや下働きも辛いものでね」
それでは、と彼女の声が封切りだった。
開始のホイッスルが鼓膜を揺らす。
オレ達は白い腕章の人側なので、説明通りにバラバラに散らばっていった。鬼側とは違い、人側には一ヵ所に集まって共闘するメリットはあまりない。一人でも生き残れば全員が『勝利』になるルール上、離れて距離を取った方が勝率は上がるはずだ。
「やはり、重要なのは隠れ場所か……」
放置され、荒廃した遊園地で一番目立つのは観覧車だが、敷地内を縦横無尽に走り回るコースターのレールも目に留まる。ホラーハウスやフリーフォール辺りの施設の他に、お土産用のショッピングモールや飲食街みたいな一角もある。
隠れんぼである以上、何かしらの建造物に潜入するのは定石だろう。
その上で、当面の議題はこれ。
「一ヵ所に留まるか、少しずつ動くか。どちらを想定した位置取りをするかだな」
全く動かず固まっているのが前提なら、とにかく誰もやって来れないような場所に潜り込む必要がある。例えば、コースターのトンネル部分。普段は立ち入りが禁止されている危険地帯だが、コースターが廃止されている今ならば潜り込める。
しかし一方で、こうした複雑な場所に潜り込んでしまえば、周囲の状況を観察できなくなる。そして、いざ見つかりそうになった場合に脱出するのも困難だろう。
少しずつ動く場合は、複数の逃走ルートを意識した場所に隠れなければならない。ある程度は見つかりにくく、ある程度は脱出しやすい状況を作る訳だ。逆を突けば鬼側も簡単にやって来れる場所でしかないので、単純に見つかるリスクは跳ね上がる。
どちらを取ろうとも一長一短だろう。
方針の選択に頭を悩ませていた所で、背後から声をかけられた。
「ねえ、そこの君。白い腕章を付けてるんなら君も人側でしょ? 私は斉藤って言うんだけど、君は何て言うんだっけ?」
振り返ると、女子大生ぐらいの女の子がこちらに近づいてきた。
「……、綾小路だ」
「フム、あやのんね。ところで隠れる場所だけどさ、まさかトリッキーな場所にしようとか思ってないよね? 観覧車の支柱の頂上に昇って、下からは見えないぜ的な」
「だとしたら何だって言うんだ……?」
決めてはいないが、適当に相槌を返す。
すると斉藤は眉をひそめて、
「ルールはちゃんと理解してる? 鬼側はカメラで撮影したら人側を捕まえた事になるんだよ。手が届かない場所に逃げ込んだとしてもシャッター一発終わりだよ」
考えてみれば、確かに一理ある意見だ。
カメラというアイテムを改めて考慮してみると、実に面倒なゲームの全貌が明らかになってくる。
「逆もまた真、鬼側が一人でも高所に昇り、敷地全体を撮影なんてすればトリッキーサイドは全滅だって有り得る訳か」
「そ、そこまでは考えてなかったけど。後は時計合わせってちゃんとやってる? これを欠かすとギャンブル漫画ならヤバイよ?」
首を捻るオレに、斎藤が仕方ないなと溜め息を零した。
「基本中の基本の考え方でしょ。三十分で人側が隠れて、次の三十分で鬼側が捜索することになる。ここで考えてみて、ステージは廃墟とは遊園地。玩具に着ぐるみ、日用品だって落ちてるんだもの、非常用のホイッスルぐらいはあると思わない?」
そうしてホクホク顔で勝利を宣言する人側を撮影すれば一網打尽。正にギャンブル漫画並の逆転劇の完成となる訳だ。
「改めて教えとくと、さっきのホイッスルが鳴ったのが四時半ちょうど。今はそこから三十分で隠れる人側のターン。基準時間は絶対に覚えておくようにね。私だって生存者は多い方が助かるんだから……」
この隠れんぼは命をかけた熾烈なものだが、敵味方がはっきりしているのは不幸中の幸いと言えるだろう。チーム全体が連帯責任で動く為、仲間を裏切る行為は有り得ないのだ。
「じゃあ私も隠れるわ。お互い、生存を目指して頑張りましょうね」
ホラーハウスの方へ走り去る斉藤の背中をしばらく見送っていたが、やがてそんな暇はない事を思い出す。
人側に共闘のメリットはないが、一方の鬼側には共闘するメリットが大きい。鬼側の一人が高所に登り、カメラを構えて待機。その上で他の鬼がホラーハウス等の屋内施設を虱潰しに調べていけば、人側の全滅は時間の問題だ。
加えて、屋内施設は限定された空間だ。どんなに上手に隠れても、建物を隅から隅まで調べられたらお仕舞い。
……制限時間の三十分以内に、高い所の見張りを除く四人が全ての施設を調べきれない、という可能性もなくはないが、それに頼るのは余りにも危険だろう。
状況は明らかなどん詰まりだった。
ここで勝たなければおしまいなのだ。
勝利の為ならどんな手段も使う。それは鬼側も人側も共通の認識であるはずだ。でなければ犯罪行為の確認なんて取るはずがないのだから。
真正面から、まともに隠れんぼをしていては駄目だ。
もっと卑劣に、相手が絶対に見つけられない『必勝法』を用意しなくては。
「いや、待てよ……」
建物の中に入らなければ、高所の見張りに発見される。
屋内施設に隠れても、一つずつ隅々まで調べられれば大抵は見つかってしまう。
でも。
屋内でも屋外でもない、第三の逃げ場があるとしたら?
3
開始から三十分が経過した。
人側の持ち時間はなくなった事が、遠くから響くホイッスルの音色で伝えられる。
すぐにバタバタという足音が複数聞こえてきた。
おそらく鬼側の中でも一人は、高い所に昇って見張りをしている事だろう。
もっとも、隠れている場所が場所なだけあって、オレの視界はかなり制限されていた。手の込んだ隠れ方をすると、周囲の情報が分からないのは難点だった。テレビゲームのように、入り組んだ地形を真上から除き込む機能なんてないのだから。
おまけに息苦しさが半端じゃない。
呼吸をするたびに生暖かい空気が溜まり、このまま窒息死するんじゃないかと思ってしまう。
「うわぁ‼ 待て、撮るんじゃない!」
「人間を発見したぞ! 確か葉山田だったか? おい、掴みかかるんじゃねえ! 大人しく捕まれやバカ野郎が‼」
「ホラーハウスの方に誰か走って行ったって連絡があったぞ! 猪川が見張ってるから応援に行ってこい‼」
「見張りのクソが! その時点で写真を撮れてれば捕まえてたってのが分からねぇのか! このゲームは追いかける必要は欠片もねえんだよ‼」
視界が制限され、ほとんど周囲の状況が分からないまま、人々の会話だけで隠れんぼが加速しているのが分かってくる。自分の心臓が鼓動を速め、その音が周囲に漏れているのではないかと錯覚までしてくる。
でも、大丈夫、大丈夫なはずだ。
鬼側の考えが、見張りが屋外を、残りが屋内を、という二択で捜索活動を続けているならば、オレの隠れている第三地帯は絶対に見つけられないはずだ。
何故なら、
オレは地面に転がった、薄汚い着ぐるみの中で息を殺していたのだから。