ようこそ実力至上主義の『デスゲーム』へ   作:syuman

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デスゲーム No.1 『隠れんぼ』-2 (終)

1

 

 現状を簡単に説明しよう。分類としては、オレは『屋外』にいる事になる。

 でも高い所に昇って遊園地の敷地全景を見渡している見張り役の鬼側は、転がっている着ぐるみの中に人間が入っているかどうかを見極められない。近づいて呼吸音でも確かめればバレる可能性はあるがら地面を走っているその他の鬼側は、屋外には人側がいないと踏んで行動している。

 だから、根気良く調べたりはしない。

 一刻も早く屋内施設に飛び込み、少しでも多くの建物を調べようと躍起になるはずだ。タイムアップで調べられなかった建物があった、なんて展開にさせない為に。

 ならば、オレに課せられた使命は一つ。

 華麗なスパイアクションを真似て、スポットライトから逃れる事でも、敵の動きに合わせて物陰を回り込む事でもない。

 ただ、ひたすらに息を殺す事だ。

 一切の物音を立てず、じっと動きを止める事。まるで、ゲームの進行には関わろうとせず沈黙を守る、あの熊少女の様に

 言葉にすると簡単かも知れないが、敗北が命の危機に直結する状況で三十分間を無為に過ごすのはかなり堪える。というか、時間の感覚は遠の昔に失われていた。携帯のライトが試合終了を知らせる様にはなっているが、それがなければ着ぐるみの中で発狂していたかも知れない。

 着ぐるみの位置は、ショッピングモール跡地のすぐ近く。

 いざバレそうになったら、一応は建物の中にも飛び込めるような位置取りはキープしてある。

 これで正解のはずだ。

 着ぐるみは服です、だから着ぐるみを撮影しただけでアウトだなんて屁理屈を言われるリスクはあるけど、下手に敷地内を走り回るよりは遥かに安全なはずだ。

 そうは思っていたのだが。

 状況の変化は、周りが生み出す事もある。

 

 どかん、と。

 唐突に着ぐるみの頭を誰かに蹴飛ばされたのだ。

 

 思わず声をあげそうになるのを、必死で抑える。

 今回の隠れんぼはチーム戦だ。終了時に人側が一人でも残っていれば全員の勝ち。だからオレが捕まっただけなら希望が消える訳でもないが、人側が何人残っているかは分からない。

 そして、何よりも……だ。

 もう、オレはオレの人生を、誰かに左右されるなんてまっぴらだ。誰かに敷かれたレールの上を手順通りに最高速度で走る試行には付き合いたくなんてなかった。

 そんな事情も相まって。

 今のがたまたま誰かが躓いたのか、それとも明確に中に誰かいるのではという確認作業なのか、オレは必死に見極めようとする。どちらにしてもやるべきは、じっと固まっている事しかないのだが。

 どちらにしたって、中に誰かいると思われたらおしまいなのだから。

 通り過ぎてくれ、立ち去ってくれ。

 必死にそう祈っているのだが、そこで予定外の出来事が起きた。

 

「ひょっとして、あやのん……?」

 

 聞き覚えのある声が飛んできた。確か同じ人間側の斉藤だ。

 答える義理はないし、何より人間同士で共闘してもメリットはないのだが、こうしている場面を他の鬼側に見られたらおしまいだ。オレは万に一つも見張り役の鬼に異変を察知されないよう、身動きをしないまま小さく呟いた。

 

「あぁ、そうだが。何の様だ……?」

 

「良かった。まだ見つかってないんだね」

 

「そういうお前はどうなんだ? 他の奴等がどうなったか分かるか」

 

 この隠れんぼは、人側同士で裏切る事にメリットはない。そう思って話しかけ、しかし直後に何か違和感を感じ取った。

 そう、斉藤の言動は明らかにおかしい。

 着ぐるみの中に誰かが隠れているのは、細かい身じろぎや呼吸音なんかで分かるかも知れない。でも、それが何でオレだなんて分かったんだ?

 まるで。

 

 他の人側がどうなったのか、その末路をつぶさに観察してきたみたいじゃないか。

 

 まさか、冷や汗が背中を伝う。

 その間にも状況は刻々と進行する。

 まさか、そんな事があるはずがない。

 そして、人側であるはずの斉藤は、有らん限りの大きな声でこう宣言した。

 

「ここにも人側がいるぞォォォォォォ! 着ぐるみの中だ、全員手を貸せェェェ‼」

 

 意味不明な宣言だった。

 しかし、隠れんぼに大きな影響が出たのは間違いない。

 オレは着ぐるみを脱ぐ暇もなく、そのまま起き上がってショッピングモールの建物の中へと飛び込んだ。ひょっとすると見張り役の鬼がカメラを構えたかも知れないが、少なくとも見つかってはいないらしい。

 でも、それも時間の問題だ。

 これからどこに隠れれば良い。ショッピングモールは広いが、屋内の空間は有限だ。見張り以外の鬼側が四人全員で虱潰しに調べたら、いつかは見つかってしまう。

 そして。

 ゆっくりとショッピングモールに入ってきた斉藤は、にやにやと笑いながら死刑宣告を突きつけた。

 

「ムダムダ。人間側はもう私とあやのんしか残ってねぇんだっつの。ここで二人とも見つかっておしまいだよ!」

 

 人側が仲間を裏切っても、隠れんぼ上でのメリットはない。

 チーム全員が敗北すれば、斉藤にも命の保証はないのだから。

 もしも。

 その前提が崩れているとしたら?

 

「……最初にアンケートがあった。勝つのは鬼側か人側かってヤツだ。てっきりそれで二つのチームを分けたと思っていたが……」

 

「でも、どっちか片方に人が偏ったら隠れんぼがゲームとして成立しないよね?」

 

 五対五の構造にならなかった場合、どうやってチームを決めたのかオレは知らない。くじ引きか何かで決めたのかも知れないし、想像もつかない計略が渦巻いている可能性だってある。

 とにかく重要なのは、斉藤は元々「隠れんぼの勝者は鬼側」だと記入していたのだろうという事。

 そして、隠れんぼの勝敗が『チーム』ではなく『どちらが勝つか、予測を記入した個人』で決まる二者択一のギャンブルだった場合。

 コイツの様な人側に属していながら、鬼側の為に動いている人物だっていたかも知れないのだ。

 

「……、最初から仕組まれていた訳か」

 

 役に立たない着ぐるみを脱ぎ捨て、慌てて携帯に目をやるって。アラームが鳴るまではまだ十五分もある。闇雲に逃げ回るだけでは鬼側から逃げ続けるのは不可能。

 ショッピングモールの建物は広いと言っても、全体的な空間を大きく見せようとする設計の為か、それほど入り組んだ構造はしていない。つまり隠れようとしても簡単に見つかる。正面にある巨大な水槽は水が濁っていたが、流石にこんな所に潜っても息は続かないだろう。

 

「負けたら永遠の自由。どうやって殺されるのか具体的には知らないけど、ゲラゲラ笑って見ててやるから安心しろや」

 

「…………、」

 

 普通に屋内や屋外に逃げても見つかる。

 既にそういうシステムが構築されてしまっている。

 必要なのは、先ほどまでの着ぐるみのような鬼側が探そうとも思わないスポットを見つけてやるしかない。

 心理的な死角を上手に突く事。

 勝算は、もう一つだけしかなかった。

 

2

 

「それで、今の進行はどうなってる?」

 

 薄暗い大学の研究室のような部屋で、メガネの女は煙草を吹かしていた。

 

「やはり、斉藤グループの思考予測型AIがゲームをかっさらって行きましたよ。ホワイトルームには期待していたのですがね」

 

 若いリクルートスーツの学生は、見飽きた光景に辟易の溜め息を漏らす。やはり、今年もこうなるのかと。

 

「通年通り、斉藤グループの勝利かぁ。審査員からは悪女とまで表現される人間らしい強かさが、人工知能の騙し合いという観点では頭一つ抜けるのかなぁ」

 

 全国人工知能ベンチマークコンテスト。

 世界中の研究機関・研究室が予算や立場を排除され現実に『誰が最も優秀な人工知能』を作れるのかを競う科学祭である。

 一回戦のテーマは生死を賭けた隠れんぼ。前年の数億桁の四則計算や数兆字のアナグラム解析とは違い、思考の柔軟性や人間らしさが命運を分ける、知能では量り切れない展開になる、そう思われていた。

 

「先輩のPROGRAM.ホワイトルームは惜しい所までは行ったみたいですが、斉藤グループにまんまと出し抜かれた形ですね」

 

「やっぱり物語の主人公を人格として採用するってのは失敗だったかな? 心理学で言う所の一貫性を人工知能に持たせる為には面白いアイデアだと思ったんだけど」

 

 恐らく、目の付け所自体は悪くない。

 反省点を述べる必要も、後悔を抱くのも既に遅い。要は怨敵の方が強かったのだ。

 

「まぁ、審査員の熊の子グループも腹に一物抱えてそうではありますよ。実際、最新のMRIの中枢システムを斉藤グループから輸入しまくってる癒着企業なんて噂も後を絶ちませんからね……」

 

 世の中には正々堂々なんてない。

 そんな格言が名を体で以て表していた。

 

「身近な所では資金力の差ってのも有りますか。このコンテストの最大前提が資金の差を考慮しないって事です。公正ではあっても公平からは程遠い条件ですよ」

 

「だからこそ、学生から成り立つ私達や中小企業はワンポイント突破型の人工知能で勝負するしかない。まさしく最高の当て馬になってくれれば御の字って訳かな」

 

 この結果を有る者は計画通り、また有る者は出来レース、人によっては胸糞悪いバッドエンドと評するかも知れない。

 だが、得てして現実はこんなものだ。

 主人公は都合良く勝てないし、ヒーローは土壇場で逆転される。ヒロインは魔王に奪われるし、弱者はいつも虐げられる。

 

「先輩、もうすぐ結果発表みたいですよ。最期くらいは自分の眼で見た方が結果はさておきスッキリするんじゃないですか?」

 

「いやいや、結果の決まった勝負なんて見ても楽しい訳ないでしょうが。スッキリなんてのはナルシストのする事だよ」

 

 それだけ言うと、先輩と呼ばれた女は煙草とライターを片手に研究室を後にした。やはり、ニコチンというのは一仕事終えた後には最高のリラクゼーションだ。

 結果は最初から分かっていた。このレベルの人工知能を相手にするのなら最初から小細工なんて仕掛けるだけ無駄だった。

 

「そもそも彼はデスゲームに生きる主人公ではない。現状把握の隙を上手く突いた斉藤グループは実に見事な手際だった」

 

 とはいえ。

 人前では感情を表に出すな。そんな風な教育を受けてきた彼女にも限界はある。感情の坩堝に溜まった辛抱の針が、限界点を容易に飛び越えてしまう。

 それは実に甘美で、蜂蜜を見つけた熊の子の様な陶酔にも似た感覚だった。

 

「おめでとう、綾小路君。二回戦突破もよろしく頼んだよ?」

 

3

 

 そうしてショッピングモールに踏み込んできた鬼側に、オレは簡単に見つかった。

 一応ゴミ箱の中に潜り込んでいたのだが、それぐらいは調べるようだ。着ぐるみの中に隠れていたという情報が、狭い場所への警戒心を与えたのかも知れない。

 オレは最初の質問男の……何とかにカメラで顔を撮られると、主催者の熊少女に誘導される形で、遊園地の正面広場へ連行された。

 そこには他の人側も集められていた。

 判定に使われるカメラを奪おうとしたのか、切れた唇から血を流している女の子もいた。

 広場の時計をしばらく眺めていた熊少女は、やがて鉄製のホイッスルを口に咥えると、甲高い音色を敷地中に響かせた。

 絶望と希望の入り交じった音。

 鬼側と人側。そのどちらか一方に未来を与え、もう片方の全てを奪う終焉の宣言。

 熊少女は、にこやかな笑顔でこう付け足した。

 

「それでは結果は火を視るよりも明らかですが、一応お伝えしておきますね?」

 

 彼女の声が広がっていく。

 人側は恐怖に怯えた顔で涙を流し、鬼側は正しく悪鬼羅刹の恵未を浮かべて勝利を確信していた。

 

 

「捕まった人側は全部で四人。『斉藤由梨さんは健在です』という訳で、生存者が一人残っている状態ですので、隠れんぼは人側チームの勝利になりまっすね~☆」

 

 

 ようやく、肩の力が抜けた。

 そして、僅かばかりの安堵感。

 多分、それは常人であれば無為と表現した方がそれらしい程の感情の揺れ。

 

「私達が……勝った……の?」

 

「どうやら、そうみたいだな……」

 

 緑川と呼ばれていた小学生は、口の端から流れる血を拭くと疑問符を浮かべてそう言った。そう、何であろうと勝利は勝利。

 オレ達は紛れもなく、このバカみたいな『デスゲーム』に勝ったのだ。

 他の面々も、状況は分かっていないようだがとにかく緊張はほぐれたらしい。赤の他人同士だったはずなのに、涙を浮かべて抱き合ったりしている。かくいうオレも知らない人に抱き締められて頬にキスをされた。してきたのが葉山田とかいう男の参加者だったのは残念だが。

 一方で、心穏やかではないのは鬼側だ。

 

「な、何でだ! よりにもよって、斉藤の奴が最後まで見つからなかったって、どういう事なんだ⁉ あいつは鬼側の勝利に賭けていたんじゃなかったのか⁉」

 

「私達に協力していたのも含めてブラフ。いえ、そんなメリットはありませんね。現にこうして隠れ続けているのです。そんな安全地帯があるなら、そもそもブラフを仕込む必要なんて有りませんし……」

 

 誰が何と言おうが隠れんぼは終わった。

 結果は既に確定している。これでどん詰まりの現状は取り敢えず打破できた。

 そう確信したオレに熊少女が話しかけてきた。

 

「見事な勝利、おめでとうございますね」

 

「どうでも良いが、褒美を何かくれ……」

 

「では、ほんの少し失礼しますね……?」

 

 至福の欧米式挨拶を頂いた。これて着ぐるみを脱いでいたなら全国の男子高校生は歓喜の渦に包まれていただろう。

 これでは熊に教われる男の子である。

 

「ところで、おそらく『隠れんぼの鍵』を握るのは綾小路さんだと思うんですが、事の真相をお尋ねしてもよろしいですか?」

 

「その前に、ゲームの結果を確定してくれ。後になってソイツは反則だなんて言われたらどうしようもない。何があっても結果は覆らず、手にした生存権を没収されないと保証してくれよ」

 

「構いません、私が知りたいのは斉藤さんの居所と本ゲームの必勝法のみ。結果にまで関わる権利は持ち合わせてませんのでね」

 

「ああ……」

 

 それなら実に簡単だ。

 斉藤は鬼側の勝利に賭けていたが、立場はあくまでも人側だ。だから彼女が最後まで見つからなければ、オレ達は勝てる。

 そう思って、最後の行動に出た訳だ。

 鬼側の連中が絶対に探さない場所。

 それでいて、オレには絶対に隠れられない場所に。

 

「はて、そんな場所がありましたかね?」

 

「ショッピングモールの濁った水槽の中。服に適当な錘を入れて、底に沈めてあるよ」

 

 

 ルールには。

 

 

 人側の『生死』に関する記述は特にない。


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