ようこそ実力至上主義の『デスゲーム』へ   作:syuman

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デスゲーム No.2 『野球』

1

 

 私、緑川美紀は小さく溜め息を吐いた。

 

「人生に休みはありません。鈍った体躯も動かせるスポーツ隠れんぼをさせるつもりが、着ぐるみに包まれた方と永遠の眠りに着いた方のせいで今回もスポーツですね」

 

 廃墟と化したバッティング・センター。

 ピッチャーマウンドに立っているのは熊の着ぐるみに身を包んだ少女だった。

 野球の専門家に言わせれば、素人がスパイクも履かずにそんな所に立つんじゃないと顔面本塁打なのかも知れないが、残念ながら私には野球にかける熱意はない。

 

「ミニゲームで使うのはこちらですね!」

 

 と、熊は傍らの無骨な機械を叩いた。

 

「改造式のピッチングマシンです。使い古されてはいますが、型は割と最近のモデルですよ。ストレートは時速200キロ。変化球の機能もあったりするのですね!」

 

 今回も無駄に明るく声を張り上げる熊少女だが、そんな説明よりも私には気がかりで仕方のない事があった。

 

「うげぇ、腐敗水が喉の奥から臭いやがる。水も滴る良い女が聞いて呆れるぜ。誰のせいだろうねぇ、あやのん……?」

 

 全身を水浸しにした裏切り者の女。

 確か、斉藤とか名乗っていたはずだ。

 一回戦では彼女にゲームの裏を欠かれ、私達は危うく敗北を喫する所だった。

 

「何でコイツがここにいるんだ……?」

 

 辟易の目線でそう投げ掛けたのは、特徴とか個性なる物を母親の子宮に置き忘れた印象を抱かせる地味な印象の青年だ。

 確か、綾小路清隆とか言っただろうか。

 

「前回のゲームの勝利条件は、ゲームの勝者を正解させる事でした。彼女は確かに鬼側の勝利にかけていましたが、立場は人側に違いありません。なので、彼女が一回戦で敗北すると人側のメンバーから敗北者が発生する事態に陥ってしまいますよね?」

 

「そうなると人側を選択した者の勝利とも言えず、鬼側の勝利とも言えない。だから、文字通りに敗者を復活させたのか」

 

「綾小路さんは話が早くて助かりますね」

 

 とはいえ、私達が彼女に向けているのは怨嗟の視線以外の何者でもなかった。こうして落ち着いて熊の話を聞ける様になるまでには、私と綾小路清隆を除いた全員が彼女に掴みかかっていた程だ。

 

「つかさぁ、現状を理解してないみたいだけどさ。私がみんなを死の危険に晒したとか遥か昔の話だろ? 実際に殺された訳でもねえのに喚くなよ……」

 

 結局の所、私達は勝因を知らない。

 小学生の私に分かるのは、斉藤由梨に裏切られたという事実。勝因もまた彼女が大きく関わっているだろうという予測。

 熊は口を割らず、彼女が屈辱に口を閉ざしている以上、真相は闇の中だ。

 

「まぁ、私情はその程度で。とにかく、言い換えれば皆さんは勝者であって勝者とは言い難い複雑な立場なんですよね」

 

 それ故に敗者復活のデスゲーム。

 生き残りたくば実力を示してみろ。

 いつでも熊の言葉はそれだけだった。

 

「ゲームのルールは簡単、持ち球は十球、一本でもホームランにできれば皆さんの勝利となります。ここをピープルドームだと思ってかっ飛ばしちゃって下さいね!」

 

 思わず、辟易の息が漏れていた。

 

「おや、緑川さんはご不満ですかね?」

 

「どうせ何か普通とは違ったルールが追加されてるんでしょ。単純なバッティングがデスゲームだなんて冗談よね?」

 

 一回戦のテーマは隠れんぼだった。

 体力勝負の面がないのかと問われれば、首を横に振るのは難しいだろう。実際、私が筋骨隆々の大男であったなら、『カメラを奪って壊せば良い』という私の見つけ出した必勝法は実行できていたはずだ。

 だが、争点のベースは頭脳戦だった。

 

「いやいや、今回はルール通りですよ。時速200キロ超で放たれるボールであれば女性でもホームランは可能ですからね」

 

 そうなると心配は速球に反応できるか。

 理論上は人間は170キロ超えの投球にもタイミングを合わせることができる。だが、素人の小学生や女の子が三球の間にそれを実現できるとも思えない。

 

「身体能力の話ならご安心を。マシンの上部のディスプレイに注目して下さい。ここにはピッチャーの投球フォームが表示されるのでタイミングを合わせるだけです」

 

 男女の能力差の方は、皆さんには設定されていませんし。そんな風に熊は呟いた。

 

「それで、何か質問はありますかね?」

 

 ルールに見落としや設計ミス、隠された意図や抜け道はないか。私達は熊の言葉を隅々まで反芻して考えていた。

 もう誰も同じ轍を踏みたくはなかった。

 

「先に聞いておきたいんだが、今回のゲームはチーム戦で良いのか。まさか裏切り者がミット片手にボールをキャッチしてアウトみたいな展開はないだろうな」

 

「今回は完全なカジノ制、運営サイドの私達が皆さんと争う形になります。ですから裏切りや隠れた敵なんていませんよ。加えてゲームの進行に私達が手を加えない為のピッチングマシンですからね」

 

 私達が直接に手を下すまでもない。今にも悪役じみた台詞を吐きそうな笑顔でアトラクト・マスターは恭しくそう宣言する。

 天井までの高さは五メートルもない。酸性雨のせいかボコボコと穴の開いた天井の下にネットの切れ端と『本塁打』の三文字が書かれた鉄製の点数板。的当て式ではなく純粋に飛距離を出せと言う事らしい。

 室内という条件を考えれば逆風の心配もないだろう。

 むしろ、ここで警戒するべきなのは。

 

「私からも質問なんだけど、ボール球のカウントはどうなるの? ストライクゾーンを外れた球をバカスカ放たれて十球って言うんじゃ挑戦者不利にも程があるよ?」

 

「それに関してはノーカウントですね。どこかの綾小路さんが企みそうな事を先に潰しておきますと、デッドボールもノーカウントに含まれるので気をつけて下さいね」

 

 そう言ってニッコリと笑いかける熊。

 二百キロを超えるデッドボールなんて当たり所が悪ければ大怪我だ。そもそもデッドボールは進塁、本塁打にはならない。

 あくまでも必要なのはホームラン。屁理屈では誤魔化せないぞと熊女の眼が比喩表現抜きで光を発している。

 

「さぁ、ヤル気になった方からどうぞ?」

 

2 緑川の回答

 

 結果から言えばみんなは惨敗だった。

 力は要らないと説明を受けたにも関わらず全力で振り抜いた葉山田、何故か木製バットを選んだ黄桜。そして斉藤は、

 

「もう私に優勝の可能性はない。それなら別にお前らを勝たせてやる必要もねえだろ。精々、苦しんで死ねやバカ共が」

 

「流石に死者が言うと説得力が違うな」

 

 綾小路清隆と夫婦漫才に興じていた。

 残るは私と便りにならなそうな綾小路。

 間違いなく勝利の鍵は私の手にある。

 私は金属バットを手に、バッターボックスの右打席へ足を踏み入れた。

 

「頼りにならない大人達の失敗を見てきましたが、人生初のバッティングセンターに立った気分はいかがですかね?」

 

「最初から誰も頼りにしてないから」

 

 ガコン、という機械音が、予想よりも大きく響いた。

 ピッチングマシンのチューブの中に、白の悪魔が流れ込んでいくのが分かる。

 分厚い二枚のローラーに挟まれる形で、莫大な斥力を得たボールが、凄まじい速度で射出さ、れ……‼

 ガキィ‼ という鋭い音が炸裂した。

 ボールの流れに合わせて勢い良くバットを振ったつもりだったが、手首に恐ろしい痛みが走る。ボール自体も前方へ飛んでくれず、斜め後方へと弾かれ、私の背中側にあるネットへ激突する。

 

「あららぁ、これだと緑川さんも頼りにはならなそうですねぇ……?」

 

「……、」

 

 熊女が何か特別な裏技を使ったり、投球のタイミングをずらす訳ではない。

 人間の反応速度を超えた領域。

 時速二百キロ、速度の暴力。

 何の変哲もない力技だが、それ故に人間のピッチャーには絶対に出せない威力を平気で実現してくる。メジャーリーグだって時速160キロもあれば立派な豪腕選手だ。それをこんなにも簡単に凌駕してみせる。

 

「とはいえ、二百キロ設定でバットに当てるとは。出力が高いのもあって多少はボールがホップしたみたいですけど、それがなければヤバかったかも知れませんね」

 

「…………、」

 

「あれ、ひょっとして天才小学生ちゃん、ビビって漏らしちゃいましたかぁ……?」

 

「……好きなだけ、言ってれば良い」

 

 笑って見せた。大丈夫、まだ笑える。

 痺れた掌を数回開閉し、改めてバットのグリップを握り直した。

 

「良い基準点になりました……」

 

 焦る必要は欠片もない。どれだけ失敗を重ねても、最後に一発を飛ばせば成功者になるのが四番の役割だ。

 最良、最大、最適の一発。

 全ての球は、それを叩き出すための布石に過ぎない。フルカウントの絶体絶命でも最後の一球次第で全ての結果が変わる。そういう意味では今のは『良い学習』だ。

 

「じゃあ二球目行きますからね!」

 

 熊女は微笑みながら、ボタン操作でピッチングマシンに命令を送っていく。ガコン、と音が鳴り、ボールを吐き出す首の部分が駆動し回転する。

 これが変化球の機動音か。

 あのピッチングマシンは高速回転する二枚のローラーでボールを挟んで発射するタイプのものだ。そして変化球はボールに与える回転によって軌道を曲げる技術。

 つまり。

 多種多様な変化球を手っ取り早く実現するには、二枚のローラーの位置を変えてしまえば良い。『首』の部分が駆動したのはその為だ。

 

 という事は、その逆を突けばどうなる?

 

 生身のピッチャーと違って、ボールを投げる前にどんな球が来るか先読みできる‼

 

「フォークの確率が七割五分……」

 

 白球が発射されてから目で追っても間に合わない。

 ピッチングマシンの駆動に合わせて狙いを下方に修正し、地面を噛み締めて腰を大きく回す。体重の移動を強く意識してコントロールを始める。バットの描く半円の機動と、白球の描く曲線の交差を強く思い浮かべた。全てが教科書通りのホームランの打ち方だ。

 金属バットを握る手に強い衝撃が走る。

 芯を捉えた感覚、そのまま振り抜いた。

 鐘の音よりもはるかに甲高い、金属バット特有の弾ける音が頭の中では若干遅れて炸裂する。

 白球が大きくアーチを描いた。

 ボールは三塁側へ流れたが、ファール球になる程じゃない。

 いけるのか、届くのか……いや、

 

「あぁ、惜しいですね。八十五メートルラインって所です‼ 残り十五メートルも出せばホームランじゃないですか‼」

 

「………………、」

 

 距離なんかどうだって良い。ホームランにならなければ何の意味もない。

 だが、感覚は完璧に掴んだ。

 豪速球のストレートが来ない限りは、反応できないスペックではない。

 まだ残るチャンスは八球もあるのだ。

 これは、勝てない勝負なんかじゃない。

 

3

 

「前回は最大の逆転劇を見せたホワイトルームですが、今回の課題はどうなるんでしょう。限られた試行回数で最良の結果を出す勝負、まるで野球みたいですよね」

 

 リクルートスーツの学生はスポーツ新聞を開きながら、贔屓球団の敗北に落胆の舌打ちを零してそう言った。

 スポーツに最良の行動なんて物はない。場所や天候、時の運を前にしてはいかなるプロスポーツ選手も無力でしかないのだ。

 だが、選手が人工知能であったなら。

 

「まぁ、人工知能に性差なんて物はないからね。単純勝負ならMr.ホワイトルームよりも瞬間的判断力で勝る緑川スポーツクラブのAIの方が優秀な結果になるのかな」

 

 尤も、今回はチーム戦であって勝負の要素は存在しない。裏を返せばクリアするのが誰でも大きな違いはない事になる。

 

「先輩も残念でしたね。折角、ホワイトルームが逆転勝利と思ったら厳密には勝利とは言えないとか斉藤グループからイチャモン付けられちゃって……」

 

「どうせ単純な機能勝負を設定すれば、ホワイトルームの粗と能力を測定できると考えたんでしょ。審判と対戦相手が癒着してるっていうのは最悪の障害だよね」

 

「まぁ、資金提供には勝てませんから」

 

 実際、科学の栄誉には莫大な資金を必要とする。資金の潤沢なB級科学者と開発費に喘ぐA級科学者なら歴史に名を残すのは間違いなく前者になるだろう。

 

「実際、ホワイトルームの運動能力はどんなモンなんです? まさかとは思いますが運動音痴の鈍足野郎でもないでしょう」

 

「全体的に不利対面のない子だからね。特に速度の勝負なら敵はいない、人間で例えるなら脚の速さはズバ抜けてると思うよ」

 

 仮に、それを発揮できるならばだが。

 そう付け足した女の言葉に、学生は疑問符を浮かべざるを得なかった。先程は今回の課題を野球に例えたが、詳細に例えるならバッティングセンターだ。

 決められた回数内で結果を残せ、求められるのは正に瞬発力や集中力。ここで発揮しなければ何処で発揮すると言うのか。

 

「まぁ、単純勝負ならその通りだけどね。もしホワイトルーム君に忠告するんなら、これは運動能力の問題なんかじゃない」

 

 そこだけはハッキリと断定する。

 

「これは曲りなりにもベンチマーク。一回戦では単純な隠れんぼの試行の中に恐るべき罠を潜ませていた熊の子側のやる事だ」

 

「今回のゲームにも、運営。熊の子側が敢えて隠し通している『アンタッチャブル・ルール』が存在する、って訳ですか?」

 

 触れたらアウトのルールではなく、見つけられなければデス。罠の仕掛けられた巨大な迷路を闇雲に走る凶器のゲーム。

 

「でも、今回のゲームには隠されたルールなんて存在しないはずですよね。流石に運営サイドが嘘を言うとは思えませんし」

 

「嘘を吐きたくなければ、嘘を吐く必要のない会話の流れを意識すれば良いだけさ。ある事情を言わない事は、人を欺くのとは全く別の行いだよ」

 

 諭す様に世迷言を呟いて、裁く様に断言する。詐欺師のテクニックを語る彼女こそが誰よりも詐欺師に思えて、スーツの学生は身震いを隠せなかった。

 

「断言しよう。このゲームを単純な準備運動、頭を使わない簡単なボール遊びと捉えているのなら、彼等はここで敗退するよ」

 

4 綾小路清隆の回答

 

 そこから五球、立て続けに緑川は失敗を重ねた。ストライクゾーンを外れた訳じゃない。熊女が底意地の悪さを全開にして豪速球を立て続けに放った訳でもない。

 彼女はボールの芯を確実に捉えていた。

 金属バットの芯を用い、運動エネルギーを最大限に伝える為にバットの先端側で。

 あれ程の当たりはオレには無理だろう。

 

 だが、現実は残酷極まりなかった。

 

「またもや九十メートルですね。あと少しのパワーがあれば甲子園の親御さん、ピープルドームの外野席を直撃なんですがね」

 

「今回の勝負に裏はない。なら、私の技術が及んでいないとしか考えられない。単純なパワーゲームで私が負けるはずがない」

 

 最初の内はオレも同じ事を考えていた。

 だが、こうも連発で失敗を重ねている姿を見れば流石に絡繰りにも気づいてくる。

 

「重さや硬さに違和感はない。中身に細工されてる可能性は否定できないけど、触った感じは一般的なバットで問題ない……」

 

 となれば、導ける回答は他にない。

 

「ボールに細工がしてあるのね! 通常の高校野球の公式球でもなければ、プロの硬球でもない。もっと格段に柔らかくて衝撃を吸収してしまう特殊素材にッ!」

 

そもそも、プロであれ高校野球であれ、『公式』と名付けられたボール自体がルール変更に合わせて細々と変化を遂げている。ボールの素材を少し変えてやるだけで、選手の打率はコントロールできてしまう。

 しかし、熊女は微笑んだまま首を傾げ、

 

「はぁ? 誰が公式球を使った勝負をするなんて言いました? ていうか、屁理屈を捏ね始めたら200キロの豪速球を投げる人間がいる訳ないでしょ。そんな簡単なお題に十球もチャンスがあるのは変だよね?」

 

「そんなの、クリアできる訳がないッ!」

 

「諦めるならご自由に。ただし不戦敗として扱わせて頂きますので、お命は確かに頂かせてもらいますから、そのつもりでね」

 

 そこで緑川は完全に折れてしまった。

 クリアできない課題に取り組み続ける程に残酷な仕打ちもこの世にはないだろう。

 

 そして、オレの番が静かにやって来た。

 

 横合いのベンチでは葉山田はスマホを握りしめて『痛くない死に方』の検索に精を出しているし、黄桜は放心状態だった。

 残る斎藤は最初からゲームの進行に興味はない様で、遠くのマシンで60キロの鈍球を相手に悪戦苦闘していた。

 

「どれだけ期待されていないんだ……」

 

 少しだけ落胆するオレに、緑川は憔悴しきった眼差しを向けた。

 

「辞めておきなさい。無惨に失敗して熊に笑われるピエロになりたいの? 今回のお題にかけて、最も専門性が高いのは私。長所も短所もないアナタが挑んでも……」

 

「まだ、諦めるのは早いんじゃないか」

 

 続きを遮る様に言い切ると、オレは目の前の四本のバットを見下した。古い木製のバットが二本と金属バットが二本。

 

「選択肢は金属バットしかないわね」

 

「弘法は筆を選ばないが、何も無刀流とか言う気はないから睨むのはやめてくれ。普通にお前が使った物で問題ないか……」

 

 呼吸を整える、というよりは溜め息を吐く様にバットを握ると熊少女の待つマウントをレンタルのスパイクで踏み締めた。

 

「おや、綾小路さん。先に忠告しておきますが私にボールを当てて殺そうとかしないで下さいね? 故意にやった場合は普通に怒りますからね?」

 

「心配しなくても、それは最終手段だ」

 

「コイツ、当てる気マンマンじゃね⁉」

 

 冗談はともかく、現状では解決策が全く思いつかない。このゲームは良くも悪くも力技で押し通せる世界だ。

 ルールが単純すぎて、前回の様に屁理屈を挟み込む隙間がない。例えば今から周辺を探索して公式球を発見するとか、ピッチングマシンを壊して続行不可能にするなんてやり方は『ゲームの進行』が不可能になってしまうから認められない。

 だから、熊少女が提示するルールの中でやるしかない。コイツは絶対に成功しないと思っている様だが、そのよそくを完全に覆すような抜け道を探す他はないのだ。

 

 絶対に勝つ為に、どんな方法がある?

 

 この勝負はホームランを賭けたものだ。

 だが、あのボールを使う以上は絶対に百メートル飛ばすのは不可能。きっと値として不可能な数値を用いたに違いない。

 真正面にピッチングマシンから放たれるボールに挑んだって、この壁は乗り越えられない。だったら、百メートルの原則を打ち破らなくても勝利の恩恵を得られる何か。そんな夢みたいなルール、ルールの抜け道はこれまでの何処かになかったか?

 これまでの白球のスコアを確認しろ。打ち返したボールの軌道を思い出せ。野球において無駄球なんて代物は存在しない。一球一球の単純な結果、試合運び全体の大きな流れ。そこには膨大な情報が込められている。勝つ為ならばどんな手段でも使い、紐解いてみせろ。ゲームはまだ始まってすらいないんだ。

 

「そう簡単には思いつかない……か?」

 

 オレは頭上を見上げて息を吐いた。

 いや、あるにはある。この環境でなら逆転の芽は確かに息づいている。

 ルールの中だけの、机上の空論じゃない。実際に過去のプロ野球選手がやらかして審判と乱闘になった記録もあるはずだ。

 

「どうかしました? やっぱり流石の綾小路さんでもリタイア案件ですかね? いやはや流石に今回のは意地が悪す……」

 

「いや、四球もいらないと思っただけだ」

 

 ざわめいたのはベンチの方だった。

 ピッチャーマウンドにいる熊女を睨みつけたオレは、金属バットの先端をそちらに向けてみせる。

 

「アイツ。意味分かってやってるの……?」

 

 まるで剣の様に、突き付ける。

 小学生でも分かる宣言、サインを残す。

 

「始めろ」

 

「結構です」

 

 静かに、ゲームの幕が上がった。

 緑川達とは方法論からしてガラリと変わるが、失敗は許されない。考えが伝われば後付けで禁止にされるかも知れない。

 初球が暴れ廻る獅子の如く喰らいつく。

 ほとんどオレの上半身に掠めるように襲いかかる、内角ギリギリのカーブだった。タイミングを外され、慌てた様にバットを振るが、間に合わない。

 ボールは大きく真上に弾かれ、バッティングセンターの天井スレスレまで浮かび上がってから、オレのすぐ後ろへ落下した。

 

「典型的なキャッチャーフライですね。四球もいらないとか言ってましたが、やっぱり十球必要なのではないですかねぇ?」

 

「…………、」

 

 純粋な距離なら確実に手近だが、この方法には運の要素が大きい。単純計算が当てはまるとは思わない方が良いだろう。

 だが、既に方針は決まっている。

 

「む、無視しなくても良いじゃないですか。こうなりゃ絶対にあと二球しか投げてやりませんからねっ!」

 

 二球目。

 変徹もないスライダー。今度はタイミングを合わせる事ができた。ポイントは、下から救い上げるように打ち上げる事。バットとボールの打撃音が炸裂し、白球は上方へ大きく狐を描いた。

 

「なんだ、格好つけてもやっぱりホームランなんて無理なんじゃないの」

 

「どうやらこれが綾小路さんの限界みたいですね。私としましても残念ですよ」

 

 熊少女は大して残念そうな寵しも見せずにそう言った。

 

「まず外野方向に飛ばないんじゃ話にもなりませんからね。これが野球で言う所のスランプってヤツなんでしょうかね?」

 

 ベンチからも落胆の声が続出する。

 音声認識検索で痛くない地獄の暮らし方とか調べている奴までいるんだが。

 

「何でも良いですけど。最後は当機自慢のストレートで決めちゃいましょう‼」

 

 悪趣味極まりない宣言だった。だが、悪趣味だろうが悪食だろうが関係ない。何が起ころうが、最後に勝つのは必ずオレだ。

 スパイクで地面を踏み締める。腰を大きく回す。全身で蓄えた血からの塊を、バットの先端まで移動させていく。

 白い悪魔がやって来る。

 これが紛れもない最後のチャンス。

 生存権を賭けた最後のチケット。

 球種もコースもピッチングマシンの角度を見れば分かるから、空振りはない。時速200キロという圧倒的な威力に押し負かされさえしなければ、何とかなるはずだ。

 

 そして。

 金属バットと白球が激突する。

 硬い音。

 ボールは百メートルゾーンへと向かう理想的なコースからは大きく外れ、真上へと突き進んでいく。

 熊少女はわざとらしく目の上に片手でひさしを作り、天井を見上げてこう言った。

 

「どうやら、この勝負は私の勝ちみたいですね。Mr.ホワイトルーム?」

 

「本当にそうか?」

 

「…………?」

 

 わずかに怪訝そうになった熊少女はオレの顔を見て、その疑念をより強くする。

 命を賭けた、正真正銘、最後の一球。

 それが百メートルゾーンに向かって飛んで行かなかったのに、オレの顔から絶望を感じ取れなかったからだろう。

 そしてそれは間違っていない。

 最後の最後、引き当てたぞ、クソッタレ。

 

「落ちてこない。どうやらボールがネットに引っ掛かってるらしいな」

 

「え……あ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

 

「打ったボールが落ちてこない場合はどうなるんだ? 確か、ドーム球場ごとのルールがあったはずだ。打ち上げたボールが照明器具にぶつかったり、骨組みに挟まって落ちてこなかった場合はどうなるか。ここをピープルドームだと思ってかっ飛ばすんだったな? 球場のルールブックには何て書いてある?」

 

 外野席までの距離が両端ギリギリでさえ百メートルなのに対し、ドームの天井は高い所でも五十メートル前後。水平方向と垂直方向事情が変わってくるはずだが、単純な距離だけなら天井を狙った方が効率的だったりする。

 何より、ここは天井の低いバッティングセンター。ドーム気分でかっ飛ばせばハプニングが起こってしまうのも仕方のない話だ。

 

「……って、事は、え? 嘘でしょ……?」

 

「ホームランでゲームセットだよ」

 

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